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「草なぎ剛全裸事件」、海賊対処法案は何ごともなく衆院を通過した・桂 敬一 [ジャーナリズム]
「草なぎ剛全裸事件」が伝えたものは何だったのか
―海賊対処法案は何ごともなく衆院を通過した―
日本ジャーナリスト会議会員 桂 敬一
4月23日朝、メール・チェックのため、コンピューターをネット・プロバイダー
のウェブ・サイトに接続、ポータル・ページを開けたら、ニュース速報のなかに、タ
レント、スマップの草なぎ剛が「公然わいせつ罪で現行犯逮捕」とする見出しがあった。
また馬鹿タレントが酔っぱらったかなにかして、通りがかりの女性に下半身を露出で
もしたのか、と思ったが、本文を開けてはみなかった。
ところが、画面を切り替え、そのまま仕事をつづけ、昼近くになったので居間に上
がり、昼のニュースをみようとテレビをつけ、NHKにチャンネルを合わせたら、途
端に飛び込んできたトップ・ニュースがこの事件だったのには、驚いた。そして、あ
まりにもくだらないので、腹が立った。そのままみていたら、深夜の通行人などいな
い公園のなか、泥酔したご当人がたった一人で全裸になり、大声を上げていた、とい
うだけの話ではないか。
しかし、近所の住民が気がつき、不審に思って警察に通報、逮捕・連行、留置され
るにいたったというのだが、これしきのことでなんで逮捕なのかという疑問が、まず
湧いた。意図的な公然行為が歴然としているとか、あるいは麻薬・覚醒剤併用ないし
携行、さらにまた交通事故でも引き起こしている、というようなことなら話はわかる。
だが、伝えられる程度のことだけだったら、所轄のどの警察署にもある、俗称「トラ
箱」、酔っぱらい保護設備内に一晩収容、保護すればいいだけの話ではなかったのか、
と思えたからだ。
NHKはこの日、衆議院特別委員会の質疑の実況中継をやっていた。午前9時から
11時45分までだ。アフリカ・ソマリア沖に派遣した海自の武器使用を緩めるため
の「海賊対処法案」の審議だった。そのことは新聞報道などで知ってはいた。しかし、
賛否の姿勢は別として、どの新聞も、この委員会審議もこれにつづく衆院本会議も、
自公与党は数を頼んで可決を急ぎ、舞台が参院に移って野党に否決されたら、また衆
院で再可決する、と予測していたので、すっかり白けた気分になっており、テレビは
みずに仕事をしていた。
それでも、正午のトップ・ニュースが草なぎ剛の全裸事件はないんじゃないの、と思
わざるを得なかった。直前までの国会中継のハイライトこそ、トップだろうが。ちな
みにそのあとは、あの滅茶苦茶な15.4兆円の09年度補正予算案審議開始、問題
の海賊対処法案審議、介護保険料値上げ、それに産業革新機構新設構想とつづいた。
これらのどのニュースも、草なぎ剛全裸事件より前にあって然るべきものだ。
所用があったので、腹の虫が収まらぬまま、夕方近くから外出した。外で飯を食い、
帰宅は遅くなった。私がNHKニュースに怒っていたのをみていた娘が、「夜の9時
のニュースも一番大きいニュースは草なぎくんのことだったよ」と教えてくれた。呆れ
るのと同時に不審もいっそう募った。
娘の話によれば、警察は草なぎの自宅の家宅捜査までやったというではないか。容疑
事実はなにかと聞いたら、それははっきりしない、というのだ。公然わいせつ罪の容
疑だけだとしたら、それで家宅捜査は前代未聞だろう。
しかし、NHKだけではなかった。23日の各紙夕刊も草なぎ剛全裸事件で持ちきり
だったのだ。まだ、家宅捜査情報はなかったが、同日昼過ぎに赤坂署から拘置設備の
ある原宿署に移送されたときの、おそらく二日酔いやつれだろう、憔悴した草なぎの、
まるで一夜明けて後悔に苛まれる、気弱な凶悪犯といった趣の写真をばっちり添えた
大きな記事が、紙面に載っていた。
翌24日朝刊もそうした記事の氾濫。これらの記事を読んでわかったのは、草なぎが
話題の映画に出演していたほか、民放テレビに数多くのレギュラー番組をもち、大ス
ポンサーのCMにもたくさん出演しており、加えて2年前から、政府肝いりの地上デ
ジタル放送推進キャンペーンのメーン・キャラクターとして活動中だった、などの事
情こそが大騒ぎの理由だということだった。
映画・番組がお蔵入り、CMが放送中止、地デジ宣伝キャラクターは差し替え、な
どのことで大損が発生するという話だったからだ。そういうことなら、損害を被る当
事者たちはたいへんだし、気の毒だとは思う。しかし、それにしても、その大騒ぎが
メディア・ジャックのような状況をつくり出してしまうのはなぜなんだ、そんなにこ
のニュースが重要なのかと、私の疑問は深まるばかりだった。
だが、報じられたことがなんだったのかでなく、このニュースで隠されたニュース
がなんだったのかに着眼してみると、ぼんやりながらも、この大騒ぎの、本当に考え
てみなくてはいけない問題点が、みえてくるように思える。
23日早朝段階では、草なぎ剛全裸事件はネット・ニュースだけだった。だが、午前
9〜10時ごろには、民放の午前中の情報番組に、大きく登場していたはずだ。午後
の情報番組は、出かける前にみた限り、いたるところ草なぎ剛全裸事件で賑わっていた。
帰宅後の夜のニュースでさえもが、どの局もこの話題ばかり。
この事件のネット内での噂の動向を探っていた娘が、「いろんなブログや、2ちゃ
んねるでも、けっこう怒っている人がいたよ。民放のワイドショーがこんなに草なぎで
騒いだら、せっかくNHKが国会中継で海賊対処法のことをやっても、みる人間はい
ないって、怒って書いている人もいた」と教えてくれた。
問題はそれだ。NHK・23日の正午のニュースの構成どころではない。ほぼそれ
以降の民放ニュース・情報番組や、各紙夕刊のうえでの海賊対処法案の扱いは、もっ
と小さかった。大方の新聞は翌24日朝刊でも、法案が衆院本会議で可決されたとい
うのに、さらに小さな記事しか載せなかった。
法案が通ったか通らなかったかの事実だけがニュースではあるまい。その法案が政
治情勢の今後の展開にどんな意味をもつか、それが通ったら、具体的にどのような重
要な問題が生じることになるか、などのことを同時に報じていくことこそ、真のニュ
ースなのではないか。そういうニュースが、国民の注目を浴びるのに最も適したタイ
ミングに、草なぎ剛全裸事件の影にすっかり覆われてしまうというようなことが、どう
して生じるのかと、私はいぶかしく思わないわけにはいかなかった。
私が一番気になるのは、憲法記念日を直前に控え、また、「憲法改正手続法」の施
行がほぼ1年後にくる、という状況のなか、政府・与党、改憲派メディアが最近、同
法内で設置が決まっている「憲法審査会」の始動をしきりに促す画策を活発化させて
いることだった。同法は、「戦後レジームからの脱却」をスローガンに、アメリカの
押しつけ憲法を日本人自身の手で書き直すと、真っ向から明文改憲を自分の使命と宣
した安倍晋三元首相の執念と、その強行採決を含む強引な国会運営によって、法案成
立をみたものである。
法案成立は2007年5月18日、憲法第96条(憲法改正)の条項を、国民投票
手続を中心に、細かく具体化した法律のため、「憲法改正国民投票法」とも呼ばれる。
この法律の施行日は、「公布の日から起算して3年を経過した日」と定められている。
2010年5月18日には、否も応もなく施行となるのだ。この先もう1年しかない
のが現実だ。
自分の任期中に憲法を改正する、と見得を切った安倍元首相は、アメリカに対する、
インド洋上の海自給油協力延長の約束が果たせそうもないのを苦にして、涙目の記者
会見で辞任を発表する羽目に追い込まれた。そのあとの福田康夫前首相は、派手な明
文改憲で危ない橋を渡ることを狡猾に回避、ぎりぎりまで解釈改憲でいこうとした。
だが、細かいところまでいちいち口出しする公明党にうんざりし、腹を立てて政権
を投げ出した。その結果、憲法改正国民投票法においては制度的に国会内に設置され
たことになっている「憲法審査会」が、実際には委員の人数も、その党派別人数も、
ましてや委員名も決まらないままになっており、実質的には設置されてないに等しい
状況がつづいている。
ところが、改憲派勢力が衆院の3分の2の多数を制しているうちに、これらの要件
と、国民投票に付すべき事項の整理や投票実施に伴う作業など、審査会の業務分掌な
どを定めた「憲法審査会規程」を、憲法改正国民投票法の施行前に制定しておく必要
がある―その審議開始を急げとする声が最近、与党サイドから強く出るようになって
いるのだ。
自壊した安倍・福田政権は審査会規程制定の強行突破ができるような状態にはなか
った。そして、発足直後、急激に支持率を低下させた麻生太郎内閣も、そうした事態
が変えられそうもなかった。これは見方を変えれば、各種「九条の会」の数が全国で
7000を超すことにもなった護憲勢力が、彼らに勝手な改憲の策動を許さなかっ
た、ということもできる。
だが、1年後の改憲国民投票法施行を控えた現在、状況は新しい情勢、問題の出現
に伴って、安閑としてはいられないものに変わりつつある。
第1は、北朝鮮のロケット試射に対して、政府が「ミサイル」迎撃・破壊方針を実
行、陸海の自衛隊に応戦体制を取らせ、メディアと国民を、ある種の狂騒に巻き込む
状況をつくり出したことが挙げられる。国民保護法で「指定公共機関」とされた放送
は、政府発表の情報をそっくりそのまま流す始末となった。こうした事態が国民に、
普通の生活も戦時体制と不可分な関係にある、と感じさせたことの効果を、軽視する
ことができない。
第2が、時を同じくしたソマリア沖への海自の出動だ。海賊退治は本来、警察の任
務だ。マラッカ海峡でそうした活動に実績をあげ、高い国際的評価を得ている海上保
安庁がやる気でいたのを、麻生内閣は自衛隊にやらせることにした。目当ては自衛隊
の海外出動の常態化だ。日本の民間船護衛のために、あるいは外国船救出のために、
ドカンと一発やれるチャンスに恵まれたら、実質的に自衛隊は軍事的な国際貢献もO
Kだとする実績が残せる、と踏んだ節がある。「海賊対策新法」はそれを狙うものだ。
第3は、普天間の米軍ヘリ基地の名護移転・沖縄海兵隊のグアム移転(日本側はお
よそ60億ドルの費用負担)の日米協定の実施が迫っていることだ。どうみてもその
内容は、今後の米軍の国際的軍事戦略の再編に添ってなされるものであり、そこにお
ける日本の費用負担の増大や沖縄の米軍基地の変容・自衛隊の米軍との共同作戦への
参加の密接化などは、本土防衛を基本とする自衛隊や日米安保のあり方をそっくり変
えてしまう。
以上の三つは、明文改憲がむずかしければ、こうした事態を現実に人為的につくり
出し、集団的自衛権は実質的にはすでに行使される状況となった―憲法9条は2項と
も変えるしかないと、解釈改憲も限界に達した現実を国民に突き付けようとする企み
の下に、やられているものだといえよう。
そして第4として、改憲メディアがこうした企みの推進に密接に関わり、むしろ政
治をリードする傾向さえ強めていることが指摘できる。改憲キャンペーンの先頭を走
る読売は、国民投票法案成立直後から折りに触れ、憲法審査会の設置を促しつづけて
きた。
さらに今回の北朝鮮「ミサイル」迎撃、ソマリア海自派遣に関しても、先頭に立っ
て強行策を提唱、米海兵隊グアム移転が8000人規模でなく、2000人程度でし
かなく、沖縄基地の負担軽減は怪しいとする問題が浮上、野党が協定反対の態度をみ
せると、「民主党は『反米』志向なのか」と脅迫的な社説(4月16日)まで掲げた
のだ。4月3日の世論調査の結果、改憲賛成が過半数(51.6%)となると、途端
に「(憲法)改正論議を再活性化すべきだ」ともいいだしていた(同6日社説)。
このような情勢が生じているなか、わずか1年のちには国民投票法の施行があると
いうのは、護憲勢力にとって容易ならざる事態が迫っている、ということを意味する。
だが、護憲勢力にとっても、明るい展望が開けてくる可能性もある。
その一つは、国民投票法施行前に、かならず政権交代のかかる総選挙がある、とい
うことだ。これまで考察したような企みを進めてきた政治勢力を、完膚無きまでに打
ちのめす機会とするために、私たちは総選挙の争点の中心に改憲の是非を置き、各党
・各候補者の姿勢を厳しく問うていく必要がある。
また、安倍内閣の拙速によってもたらされた国民投票法の欠点、不完全さを、改め
て問題にしていくことも必要だ。最低投票率規程(投票率が一定水準以下の場合はそ
の国民投票全体を無効とする)がないため、有権者総数のわずか15%の賛成でも、
改憲ができてしまうなどは、まったくもって論外だ。
また「年越し派遣村」の成功で、雇用不安の波を最も大きく受ける若者たちの政治
的役割の重要性が、広く認識されるようになっている。国政選挙有権者とともに国民
投票有資格者の年齢を18歳以上とすることも、今や緊急の課題となっている。それ
らとの取り組みを通じて、護憲勢力は、防戦的護憲に止まるのでなく、活憲的護憲の
たたかいを有利に進めていくことができる。
最後になるが、唯一の核兵器使用国・アメリカの大統領、オバマが「その道義的責
任から、世界の核廃絶実現を目指すために努力を尽くす」と約束したことも、大きな
力となる。唯一の核被爆国・日本はこれに対して、憲法9条と国是の非核3原則を生
かし、オバマ大統領の目標実現に全面的に協力する、というべき立場にあるからだ。
終わりにまた、草なぎ剛全裸事件に帰ってみたい。彼は4月24日、朝9時ごろ=送
検、午後2時半ごろ=釈放(処分保留)、夜9時=記者会見と、その都度、メディア
の前に姿を現した。最後の会見は、各局生中継なしと申し合わせたのに、NHKが勢
い余ってファウル、頭2分ほど生中継して紛糾、収録のやり直しとなった一幕があっ
たらしい。
これらの取材の時間設定はどれも、新聞・テレビの同日と翌日(25日)の報道に
は好都合のものだった。当然どのメディアもしかるべく賑やかに扱った。圧巻はやは
り24日午後9時の会見。テレビ報道の伝え方の丁寧だったこと。興味深かったのは、
彼の人柄のよさ、率直さが、テレビ映像で実によく感じられたことだ。
視聴者は、無自覚故の過失を心から悔いて詫びる、この素朴な若者の姿をみて、嫌
悪感の払拭に止まらず、同情や好意の感さえ覚えたのではないか。今後、彼に過酷な
罰を科すものは、多くの人々から反発を食らうことになりそうだ。このような結末ら
しい状態がもたらされたというのも、不思議でしょうがない。
絶妙なみえざる手によって、巧みにメディアすべてが踊らされ、「草なぎくん」が、
かつてグリコが「一粒で2度おいしい」と宣伝した、アーモンド・チョコレートのよ
うに仕立てあげられたのが、ことのしだいではなかったか。
地デジ普及推進にとっても、それが「草なぎくん」に結びつけて記憶される限り、悪
い話ではない。しかし、本当に重要なものごとがこんな風に隠され、国民の運命が知
らぬ間に狂わされていくのでは、たまったものではない。
メディアに求めたいのは、みえざる手を動かす権力の正体やその思惑を、徹底的に
暴いて欲しい、ということだ。事件報道でも犯罪報道でもエンターテインメントとし
て消費していくばかりだと、終いには戦争報道までもエンターテインメントとして消
費させられるメディアに転落してしまうのではないかと、この先が心配になる。
マスコミ九条の会HP/メディアウォッチ
http://www.masrescue9.jp/media/katsura/katsura.html
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