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http://www.niigata-nippo.co.jp/editorial/index.asp?syasetsuNo=1956
社説
柏崎原発訴訟 地震棚上げの門前払いだ
想定外の地震に見舞われた原発の安全審査が妥当だったのかどうか。最大の関心はそこにあった。門前払いをした最高裁は問題の本質にかかわる審理を避けたのではないか。
東京電力柏崎刈羽原発1号機をめぐり、反対派住民が国の原子炉設置許可処分の取り消しを求めた訴訟の上告審で、最高裁は住民側の訴えを退ける決定をした。これにより、住民側の敗訴が確定した。
理解に苦しむのは、中越沖地震の発生が今回の判断を「左右しない」とした点だ。地震は住民側が上告した後の二〇〇七年七月に起きた。柏崎刈羽原発は設計時の想定を超える揺れに見舞われ、いまも全号機が停止している。
〇五年の控訴審判決で、東京高裁は「国の安全審査の調査審議、判断の過程に看過しがたい誤りがあるとはいえない」としていた。だが、誤りなしとされた審査を経て設置された原発の耐震安全性は不十分だった。
最高裁は法規の解釈や適用を主に審理する法律審である。事実の認定には携わらないのが原則だ。そうだとしても「原発と地震」を考えるうえで見過ごしてはならない中越沖地震を棚上げするかのような態度は、被災地の意識とは大きく懸け離れている。
中越沖地震が明らかにしたのは、原発にとって最も重要な安全性の不備である。県の技術委員会では原発沖の活断層評価をめぐって意見が分かれるなど新たな論点も浮上した。
しかも最高裁は地震の後、住民側と国側にそれぞれの主張を盛り込んだ上申書の提出を促すような対応を取っていた。原告側には「通常は事実調べをしない最高裁では異例の対応」と受け止める声もあった。
提訴から約三十年がすぎている。住民側が訴え続けていた地盤問題の不安は現実になった。それなのに、最高裁はなぜ地震に踏み込まなかったのか。残念な思いが強い。
地震は耐震性をめぐる新たな事実を示した。地震や地盤に関する最新の研究成果をどう原発の安全に反映させていくのかという原子力政策の根幹にかかわる問題も提起した。その大切さをきちんと評価することが確定判決を下す上告審の役割だったのではないか。
司法には行政をチェックする重い責任がある。「地震に左右されない」とし、一、二審判決を追認したままで終わった今回の最高裁判断には、その覚悟が感じられない。
地震列島にある日本の原発では、中越沖地震がもたらしたのと同様の問題はいつでも起こり得る。耐震安全性の確保は最も重要な課題である。にもかかわらず最高裁は、それを形式的に処理したと言わざるを得ない。
[新潟日報4月24日(金)]
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