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http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20090423k0000m070143000c.html
記者の目:「裁判員制度」いよいよだが=松下英志
国民が刑事裁判に参加する裁判員制度がいよいよ来月始まるが、ここに至っても一般の関心が十分盛り上がっているようには見えない。その大きな理由は、制度を導入する意義が分かりにくいからだろう。確かに「国民参加」は耳に心地よいが、なぜ今、必要なのか。制度の骨格をまとめた司法制度改革審議会では、今までの刑事司法について「その役割を適切に果たし国民からの信頼を得てきた」との認識が示されたが、そうであるなら新しい制度を導入する必要はない。裁判所と検察、弁護士の法曹三者は、現行制度の問題点や国民参加の必要性など、今こそ率直に「本音」を語るべきだ。
弁護士の側から見ると、今の刑事司法を巡る問題点はいくつも挙げられる。取り調べにおける「自白の偏重」、その自白調書が裁判で重きを置かれる「調書裁判」、それらの背景にある「密室での取り調べ」、否認すると釈放されない「人質司法」、判事と検事の人事交流の下で裁判所の判断が検察寄りになる「判検一体化」などだ。これらが冤罪(えんざい)を生む土壌にもなっていると、多くの弁護士は指摘する。
例えば痴漢事件の場合、逮捕された人は身に覚えがなくても、翌日には会社に出社しなければならないのに否認すれば釈放されない(=人質司法)ため、一時的に認めたとする。だが、その後の公判で否認に転じても、捜査段階で認めた供述の方に信用性があるとされ(=自白の偏重、調書裁判)、その供述の任意性を否定しても、現行制度下では原則的に取り調べの録音・録画がなく(=密室での取り調べ)、大抵のケースでは任意性がなかったとまで認められない。そのうえ判決では、裁判官の判断が同じ「官」である検察官寄りになる(=判検一体化)のは当然、という具合だ。
これらについて、弁護士の一部は、裁判員制度を導入することによってかなりの改善が期待できると考えている。数日間から1週間程度で終わる裁判員裁判では、これまでの公判に提出されたような自白などの分厚い調書を、一般市民の裁判員が逐一目を通すのは時間的に不可能で、「被告や証人から法廷で直接、供述や証言を聞くしか判断する方法がない」と想定されるためだ。つまり、裁判員の参加で、捜査段階の「自白偏重」や「調書裁判」が見直され、自白を得るための「人質司法」や「密室での取り調べ」も変わらざるを得ないと見ているのだ。
では、裁判所の側から見た制度導入のメリットは何か。「判検一体化」というのは、裏を返せば「検察官主導」に他ならない。戦前、裁判官と検察官は法廷で同列に並び、裁判官は検察官の捜査記録を追認するだけの「検察官司法」とやゆされた。現在の刑事裁判でも同様の傾向が色濃く残り、裁判官にとって裁判員制度の導入は、刑事裁判の主導権を検察官から取り戻す絶好の機会でもある。
それを強烈に印象づける出来事が07年12月にあった。ある刑事裁判を巡る決定で、最高裁は、警察官が取り調べの際に作成したメモを証拠開示するよう命じた。このメモを巡っては、検察側が「手元になく開示の対象外」と抵抗しており、従来ならば裁判所も無理強いはしなかっただろう。しかし、最高裁は裁判員制度導入をにらみ、「裁判員に判断材料を提供するための新たな証拠開示制度の一環」と位置づけ、検察側の抵抗を押し切った。
これは、刑事裁判の主導権が検察官から裁判官に移ったエポックメーキングな出来事だったと顧みられるかもしれない。今後「裁判員のため」という文言は、裁判官にとって検察側を従わせる「錦の御旗(みはた)」となるだろう。
制度導入で一番メリットが少ないと思われる検察にとっても、「長期裁判」をなくすという課題においては裁判員制度と合致している。短期間で終わらせる必要がある裁判員制度の下では、かつて一部の刑事裁判でみられたような弁護側の「引き延ばし戦術」を封じ込めることができる。
もちろん、制度の導入で法曹三者、とりわけ弁護士側の「もくろみ」通りにいくとは限らない。裁判官も加わる評議で「自白偏重」や「調書裁判」がどこまで変わるかは未知数だ。
とはいえ、国民は、法曹三者のこうした「同床異夢」をほとんど知らされず、参加や守秘の「義務」だけを負わされようとしている。納得できる説明がないままでは、国民は、法曹三者それぞれのもくろみを実現するための「人質」や「手段」に過ぎなくなってしまう。今からでも遅くはない。法曹三者は、少しでも国民の理解につながるように本音ベースで説明すべきだ。(東京社会部)
毎日新聞 2009年4月23日 0時02分
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