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あの法律の施行日が近づいているけれど
明日4 月21日(火)、衆議院の「海賊行為への対処並びに国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動等に関する特別委員会」(深谷隆司委員長)に、参考人として招致されることになった。第171 回国会提出「海賊行為の処罰及び海賊行為への対処に関する法律案」(閣法第61号)について意見陳述する。防衛省昇格法案の審議で、参議院外交防衛委員会に参考人として呼ばれて以来である。
今回の参考人は、日本船主協会会長、日本船長協会会長、全日本船員組合長、そして私である。研究者が私一人だったのが意外だった。法案の問題点をさまざまに掘り下げるというよりも、早く成立させるための関係者の声を揃えたという印象が強い。駆け込み的に海警行動(自衛隊法82条)で出しておいて、後から合法性を追加するという手法をとるのだろうか。とにかく、私なりの意見を述べるだけである。国会での意見陳述については、いずれこの直言でも紹介することにしたい。
さて、ある法律の施行日が近づいている。5 月21日の施行まで1 カ月近くに迫った裁判員法のことではない。施行まで1 年をきった憲法改正手続法のことである。
この法律についてはこれまでも何度か書いてきた。施行まで1 年をきったにもかかわらず、附則や附帯決議で指摘されている成人年齢の引き下げなどについて、その後国会で検討された形跡はない。憲法審査会の規則の委員の選任などもまだ決まっていない。安倍晋三内閣のもとで慌ただしく成立したが、福田康夫内閣のもとでほとんど棚上げ状態になり、今日に至っている。
そんななか、4 月1 日から総務省が緑色のパンフの配布を始めた。都道府県や市町村の窓口に置かれている。「ご存じですか?平成22年5 月18日から『憲法改正国民投票法』が施行されます」。中身はイラストを交えて、「国会の発議」「広報周知 国民投票運動」「投票」「開票」という段取りが書かれている。「国民投票の有権者とは」という見だし。「憲法改正国民投票法が施行されるまでに、年齢満18歳以上満20歳未満の者が国政選挙に参加できること等となるよう、公職選挙法の選挙権年齢や民法の成年年齢などを検討し、必要な法制上の措置をとるものとされています。また、年齢満18歳以上満20歳未満の者が国政選挙に参加すること等ができるようになるまでの間は、年齢満20歳以上の者が投票権を有することになります」とある。内閣府が行った世論調査の結果などでは、成人年齢の引き下げや18歳選挙権について、肝心の当事者が積極的でないとされている。あと1 年で18歳選挙権が実現するのは絶望的である。
1 年後に施行が迫った法律について、先週、早稲田大学比較法研究所のホームページに短い文章を出した(英文)。その日本文を下記に掲げることにしたい。何度か書いてきたものをまとめたものだが、再確認のため、以下掲載する。
憲法改正手続法の附帯決議について
憲法改正手続法(2007年5 月18日・法律第51号)。日本国憲法第96条の憲法改正条項を具体化する手続法である。「憲法改正国民投票法」とも呼ばれる。日本国憲法制定から60年後にようやく成立した。憲法改正の手続きを定める技術的な法律だが、憲法改正をめぐる政治対立が反映して、これまで整備されてこなかったものである。当時の安倍晋三内閣の強引な政権運営の結果、国会審議の途中で強行採決がなされ、野党の賛成を得られなかったばかりでなく、内容的にも多くの問題を残した。そのことを象徴しているのが、参議院の「日本国憲法に関する調査特別委員会」における「附帯決議」である。18項目の内容は、日本の立法史上、際立って異例な特徴をもつ。
そもそも附帯決議とは、国会の委員会で法案や予算案の採決にあたり、所管する省庁に対する運用上の努力目標や注意事項などを盛り込む決議のことをいう。野党側が法案賛成の際の条件として付けることが多い。政治的、道義的性格をもち、法的拘束力はない。
この18項目という数字は、特段に多いというわけではない。近年では、2005年の改正介護保健法の24項目、障害者自立支援法の23項目という例もあるからである。では、何が問題なのか。
まず、最低投票率の問題がある。例えば投票率30%という場合、憲法上過半数で憲法改正は可能となるから、有権者の15%強でも憲法改正は可能ということになる。そこで、「憲法改正の正当性に疑義が生じないよう」に、本法施行までに「最低投票率制度」を検討すること、という項目が盛り込まれた(第6 項)。法案審議の過程でも、この点は重要な焦点となった。だが、与党が法案成立を急いだため、曖昧にされた。制度設計上、そのような「疑義」を生ずるような手続法は失敗ではないか。審議不十分のまま強行採決に至ったため、積み残しの重要問題をすべて附帯決議に羅列したと言えなくもない。
そのなかでも、私が「日本立法史上の汚点」と考えているのは、第12項である。「罰則について、〔犯罪〕構成要件の明確化を図るなどの観点から検討を加え、必要な法制上の措置も含めて検討すること」。これを初めて見たとき、私は思わず目を疑った。これは法案の拙速とか手抜きを超える問題を含む。
もともと附帯決議というのは、「構成要件が明確なものとして可決された」罰則について、人権保障の観点から、その運用上の注意を促すというのが本来の任務である。今回の附帯決議には、「罰則の適用に当たっては、…国民の憲法改正に関する意見表明・運動等が萎縮し制約されることがないように慎重に運用すること」(第14項)というのがある。これに加えて、構成要件が不明確なまま可決されたので、今後、それを明確化するように求めるという第12項は、立法府の仕事としては敗北宣言に近い。犯罪構成要件の明確化は政策論ではなく、法律論のなかでも最も重要な憲法論に関わる問題である。犯罪構成要件が曖昧で不明確なものは、憲法31条〔罪刑法定主義、明確性の原則〕違反の可能性が高いからである。立法府が、最初から憲法違反の疑いを附帯決議で宣言して制定した法律は、前代未聞ではないか。
この法律の施行日は、「公布の日から起算して3 年を経過した日」、すなわち2010年5 月18日である。「私の首相任期中に憲法改正を実現する」という執念で、国会に憲法改正手続法の成立を急がせ、結果的にこの異様な附帯決議を生み出すことになった安倍首相は、法律成立の4 カ月後に突然辞任した。その後の内閣は、憲法改正に慎重な姿勢をとっている。法律施行を目前にして、附帯決議で示された諸問題の検討はほとんど進んでいない。これは、憲法改正手続に関するきわめて重要な法律である。この際、施行を延長して、附帯決議18項目すべてについて十分な審議を行った上で、法律自体の全面見直しを行うべきではないだろうか。
【早稲田大学比較法研究所ホームページ「日本法の動向」"On Additional Resolution of Constitutional Amendment Procedural Law"より転載】
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