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小沢民主党代表の資金問題以来、国内政局は膠着状態が続いている。人々の関心は、北朝鮮によるミサイル発射と金融サミットに向けられ、国際社会における日本の政策能力が問われる場面となった。 北朝鮮ミサイルについては、日本政府とメディアの大騒ぎが目立つ結果となった。私は、三月末にソウル大学に招かれて講演を行った。その時、同大学の研究者と議論した中で、ミサイルも話題に上った。韓国の政府、メディアの受け止め方は至って平静であった。北朝鮮の行動様式を熟知している人々にとっては、またかという感想である。北朝鮮の行動は確かに挑発的であるが、挑発に対して、「これは挑発だ」と大騒ぎすれば、北朝鮮の意図は達成されたことになる。ミサイル発射の誤報というおまけはついたものの、落ち目の麻生政権にとってミサイル危機は干天の慈雨になったことは間違いない。しかし、対外危機の強調によって国内世論を統一することは、為政者にとっての禁断の果実であることを忘れてはならない。 ロンドンで行われた金融サミットでは、世界的な協調による経済刺激策の展開が合意された。日本でも、補正予算の編成による経済対策が準備されている。世界的な経済危機を乗り越えるために政府が積極的な政策を取ることには異議はない。しかし、今回の日本政府の対応を見ていると、既視感に襲われる。 私は二月中旬、アメリカに行った。ちょうどオバマ政権の最初の政策である経済対策法案が議会で審議されているところだった。その論議の過程で、オバマ大統領も、野党共和党も日本を引き合いに出して自説を正当化していた。オバマ大統領は、九〇年代の日本の景気対策は小出しの政策を遅れながら出したため、効果がなかった。自分の政策は迅速、大規模だと主張した。共和党は、バブル崩壊以後の日本の景気対策は財政赤字を増やしただけで効果がなかったのであり、オバマの政策もその轍を踏むだろうと反論した。いずれにしても、日本は悪いお手本である。 肝心の日本の政治家や官僚がそのことをどれだけまじめに受け止めているのだろうか。九〇年代の景気対策を作った人々は既に引退しているので、みんな他人事だと思っているのだろう。しかし、経済政策を作る手順、仕組みは相変わらずである。九〇年代の景気対策が投入に見合う効果を生まなかったのは、次のようなからくりがあったからである。 当時の大蔵省は表面的な健全財政主義に固執し、景気が悪いにもかかわらず、当初予算の規模を過小に押さえ込む。年度の途中になって追加的景気対策が必要という雰囲気が強まると、政治の側から総額○○兆円の景気対策という指示が出され、補正予算の編成が始まる。しかし、年度途中で時間的余裕もないため、当初予算編成で落とされた筋の悪い案件に金がつけられ、予算消化が自己目的化する。こうして、バブル崩壊以後、総計一四〇兆円もの追加景気対策が実行されたが、穴の空いた水道管に水を通した結果となった。 ここから引き出すべき教訓は単純である。大規模な景気対策を行う際には、各省からアイディアを上げさせてはだめである。そうすれば、必ず官僚組織の保身だけに役立つような事業にちまちまと予算が付く結果になり、金を使い切った時に目に見える効果が上がらない。また、そのような政策は、全国、全国民を対象とする事業ではなく、条件を満たす特定の地域や団体を対象とした事業であるため、予算を受ける自治体の側で手間ばかりが増える結果となる。 緊急の景気対策は、平時にはなかなかできないような思い切った政策に、数兆円単位の予算を塊として投入することが必要である。また、将来の日本に向けた戦略的投資こそが求められている。こうした政策を展開するためにこそ、政治主導が必要である。政策の世界では、量が質に転化するのであり、数兆円の金も各省に割れば、単なるばらまきに終わる。各省の縦割りを超えた発想ができる政治的リーダーシップこそ、大規模経済対策の成功の鍵である。 整備新幹線や高速道路網の早期完成という公共投資系の事業に一気に予算をつぎ込むことを考えてもよい。これらの事業は地域の疲弊を止めるために、ある程度の効果を生むことが予想される。ただし、そのためにはこれらのインフラ整備が、収益性を度外視した公共事業であるという合意を作らなければならない。 今の日本で真っ先に必要なのは、医療、介護、教育など、人に関わる公共サービスの再建である。小泉時代の「改革」の最大の誤りは、これらの政策について「量入制出」のアプローチを取ったことである。社会保障支出をあれだけ削減すれば、医療や介護の供給体制が崩壊するのは当然であり、サービスを受けられる者と受けられない者との間に巨大な格差が生じる。すべての国民に対して憲法が謳う最低限度の生活を保障するためには、これらの公共サービスの需要を計算した上で、それに見合う供給体制を構築するという、「量出制入」のアプローチに転換することが必要である。 お手本はある。イギリスの労働政権は、二一世紀に入ってから毎年医療支出を一割ずつ増やし、保守党政権時代に荒廃した医療を立て直した。そのせいで、日本はイギリスに追い越され、GDPに対する医療予算の比率は先進国中最低になった。 もちろん、借金による臨時の支出には限界があり、社会経済の混乱が収まった後には、今後の国民負担のあり方についてまじめに議論する必要がある。政府が将来の日本社会について明確なビジョンを持って政策を提起すれば、国民も議論に参加するはずである。 逆に、政府が思考停止のまま景気対策の数字を大きくすることだけに腐心するならば、九〇年代の愚を繰り返すことになる。今は重大な分かれ道である。(週刊東洋経済4月18日号) |
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