白紙化された 一括譲渡契約 今年一月、鳩山邦夫総務相が日本郵政とオリックス不動産との「かんぽの宿」一括譲渡契約に対して「国民が出来レースだと思う可能性がある」と待ったの声をかけた。これを契機に「入札」をめぐる多くの疑惑が浮上し、宿泊・保養施設「かんぽの宿」の売却問題は白紙に戻されることとなった。 「かんぽの宿」、東京中央郵便局の建て替え問題と続く経過をみると「総選挙を乗り切って政権維持を図りたい麻生政権の生き残り策」とも見られる。麻生の「郵政民営化は間違いだった」発言はその証左といえる。また「旧郵政省のファミリー企業で、天下り先」を失うことに対する官僚の「反乱」という側面も色濃く存在する。 だがそれと同時に「かんぽの宿」問題が明らかにしているのは、小泉―竹中ラインの下で押し進められた郵政民営化の本質が「国民の共同財産」を日米の「ハゲタカ・ファンド」に切り売りするための「改革」であったという事実である。また「かんぽの宿」問題は一九八〇年代末から進められた新自由主義的グローバル化・規制緩和の実態の一側面を余すことなく映しだしている。それは「規制緩和」を「改革」として賛美し続けた「日経」や「朝日」などのマスメディアが果たした役割や犯罪性さえ同時に暴露している。ここでは郵政民営化全体について取り上げることはできないが「かんぽの宿」が垣間見せた「規制緩和」の実態を明らかにしたい。 民営化は誰の ためだったか 郵政民営化の核心は郵貯・簡保の三百四十兆円という膨大な金融資産を「国」のくびきから解き放ち、米日金融資本がさん奪することを目的にして押し進められたということである。民営化の手法は国鉄、電電公社の経験を基礎とした「分社化」であり、小泉が「改革」の旗を振り、マスメディアが「応援団」の役割を果たすことで充分であった。この縮図を最も体現したのが二〇〇五年の総選挙における「小泉劇場」であった。 小泉に郵政民営化を強力に要求したのがブッシュ共和党政権とウォール街のリーマンやメリルリンチ、ゴールドマンサックス、シティバンクなどの米国の金融資本とハゲタカファンドであった。米国の郵便事業が未だ民営化されていないにもかかわらず、強力に日本政府に対して民営化を強制したのは「三百四十兆円」をターゲットにしたからに他ならない。 今回の「かんぽの宿」問題の主役を担った日本郵政とオリックスの関係は、「民営化」の決定・実施と並行して準備された。つい昨年までオリックス株の約五七%を前記した大手外資が握っていた。その中には昨年倒産したライブドア事件で有名になったリーマン・ブラザーズも含まれている。 だがサブプライム問題でハゲタカファンドなどの外資の一部が撤退を余儀なくされるとふだんあまり耳にしない「日本トラスティ・サービス信託銀行」が筆頭株主に代わった。この日本トラスティ・サービス信託銀行はりそな銀行、住友信託銀行、中央三井トラスト・ホールディングがそれぞれ三分の一ずつ株式を持っている。 二月二日の参議院本会議における国民新党の自見庄三郎の質疑応答の中で明白になった事実であるが、この信託銀行は郵貯・簡保の旧勘定で百三十兆円の管理業務をすでに引き受けているのである。これは郵貯・簡保の持っている三百四十兆円の三分の一を超えている。三井住友銀行が当時の竹中総務相と組み日本郵政の社長に西川善文を送り込んだのはそのためである。 西川が三井住友銀行頭取であった時代、バブル期の不良債権を処理するためにゴールドマンサックスに増資を依頼し引き受けてもらっている。西川の三井住友が日本の大手銀行の中で初めて外資導入の先鞭をつけたのである。日本トラスティ・サービス信託の裏にはすでにゴールドマンサックスが食い込んでおり、二〇〇七年三月に一括売却された「かんぱの宿」や社宅問題ではゴールドマン・サックス系ファンドが「大活躍」している。 また今回の売却にからんで日本郵政がアドバイザーとして契約を締結しているのがメリルリンチ日本証券である。外資が「かんぽの宿」の売却にどんなアドバイスをするかはさておき、成功報酬が最低六億円も払われる。オリックスとの契約は白紙に戻ってもメルリリンチとの契約は維持され、毎月アドバイザー料として一千万円が支払われている。二重三重にハゲタカファンドは関わっている。 不正きわまる 「出来レース」 この問題が表面化した時、日本郵政側は盛んに「競争入札」という言葉を使ってオリックスへの売却はルールに則ったものであるかのような印象を与えようとした。しかしこの二月十六日、総務省が日本郵政に「入札」に関する資料の提出を求めると事態は一変した。 事実は@二〇〇八年五月に二十七社が応募したが信用力とホテル運営能力の審査で五社が落とされ、六月には十五社が辞退A八月の一次審査では三社にしぼられたが、さらに一社も辞退し、十月の最終審査には二社が残った。この時オリックス不動産は二十三億六千万円、対抗馬のホテルマネージメントインターナショナル(HMI)が四十三億五千万円の価格を付けた。日本郵政は「評価が低すぎる」として「ゆうぽうと世田谷レクセンター」を対象から外し、それ以外の価格を引き上げるように要請し、その結果オリックスに決まったのである。このように事実経過の中に「競争入札」は一回もなく、実質は「任意契約」のための「不正な出来レース」に他ならなかった。 日本郵政と西川は、「年四十億〜五十億円の赤字や全従業員三千二百四十人の雇用維持を考えると譲渡価格は適正」であると何度となく「赤字」と「雇用維持」を強調した。竹中もこの間頻繁にテレビに出演し「かんぽの宿は赤字の不良資産」説を持ち出し必死に弁明し続けている。 だが「かんぽの宿は二〇〇五年度には十七億円の黒字。それが〇六年度には突然三十六億円の赤字となった。その最大理由は減価償却期間を六十年から二十五年に大幅に短縮したからである。赤字はあくまで『帳簿上』のことで『営業』は黒字」なのである(『文芸春秋』09年4月号)。日本郵政は「入札」の途中で「赤字」を入札業者に示し、その段階で三分の二を辞退させている。「転売の禁止」と、強調されている「雇用継続」も「転売を阻止する縛りは二年間となっており、雇用にいたってはオリックスとの間で「少なくとも一年間は現行の条件を維持する」となっているだけである。つまり二年後には転売が可能であり、一年後には従業員を入れ換えることができる契約となっている。 二〇〇七年三月に売却された「かんぽの宿」の中で、一万円と評価された鳥取県岩美町の「鳥取岩美簡易保険保養センター」は、一年もたたないうちに六千万円で鳥取市の社会福祉法人に転売された。四千円と評価された沖縄東風平レクセンターも一括で購入した業者により学校法人尚学学園に四千九百万円で転売されている。オリックスの目的もさらにこれを数倍、数十倍の規模でやろうとしたのである。二千四百億円をかけて作った七十施設をわずか百九億円で叩き売る関係が「出来レース」でないという方がおかしい。 新しい抵抗の 闘いと合流を 一九八〇年代後半から始まった「規制改革」「規制緩和」はその進展過程で新たな多くの「ベンチャー企業」をつくり出した。その典型的な企業がグッドウィルであろう。グッドウィルは規制緩和で成立した介護事業や人材派遣にいち早く乗り出し、一挙に「時代の寵児」に上りつめ、矛盾が顕在化すると「詰め腹」を切らされ没落した。 だがそれより巧妙に規制改革会議の議長の椅子に座りながらそれがつくり出す「利益」をむさぼり続けたのがオリックスの宮内である。宮内はハゲタカファンドの裏に隠れて村上ファンドなどに投資をして巨大な富を手に入れ、他方では自ら規制を解除し公共的な病院の民営化・PFIにも三菱などと組んで積極的に突き進んでいる。最早病院は医療の場ではなく利潤追求の場に化したのである。 二〇〇五年に成立した郵政民営化法は、二〇一二年九月までに「かんぽの宿」をすべて廃止し売却することを条文化している。しかし宮内はその五年前に「かんぽの宿」の統廃合と民営化を主張し、オリックスグループとしてねらいを定めていた。 「『かんぽの宿』は全国に八十カ所くらいあり、郵便局で集めた資金で造られました。……そもそもなぜ、国の機関が宿泊事業をしなければならないのか根本から問い直すことも必要でしょう」(宮内『経営論』)。 ここにあるのは国民の財産・公的資産をいかに資本の利益対象にしていくかという思想だけである。これが規制緩和の実態であり、残ってしまいどうしても利益対象にならないものだけを国民に税金で支えるように押しつけるのである。 郵政の四社分割とほぼいっしょに「ゆうメイト」と呼ばれる非正規労働者が大量に導入された。「ゆうメイト」を安い賃金で働かせるだけでなく、返す刀で郵政労働者の労働条件を切り捨てることによって「マル生」時代よりも劣悪な労働環境が郵政の労働現場に強制された。これが意味しているのは、一方では「三百四十兆円」の金融資産の売却の準備をしながら、他方では再び「赤字」を口実に郵便事業会社をクロネコヤマトやペリカンに売却するか統合再編しようという目論見である。 郵政民営化をめぐる第一ラウンドは、全郵政、全逓などの屈服によって少数の闘う者が孤立させられ、全体的には闘わず敗北させられた。しかし今日、全国に拡がり始めた「派遣切り」に対する抵抗と闘争、そしてそれと合流し始めた労働者・市民。第二ラウンドはこの新しい流れとともに反撃していかなければならい。 (松原雄二)
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