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03/04/2009
第290号 経済危機の世界で
>日々通信 いまを生きる 第290号 2009年3月5日<
発行者 伊豆利彦
ホームページ http://homepage2.nifty.com/tizu/
経済危機の世界で
世界の経済危機は深刻になる一方で、どこまで落ち込むかわからない。1929年の大恐慌に擬されるが、本当にそうなのか。1929年は私たちにはほとんど神話のようなものだ。『怒りの葡萄』には農地をうしなって長い行列をつくって大陸を彷徨するアメリカ農民が描かれていた。日本でも徳永直の『失業都市東京』に食う米もない失業者の苦しみがまざまざと描かれていた。しかし、私の心に一番深く刻まれているのは小林多喜二の『沼尻村』である。
『沼尻村』は満州事変突入直後に書かれた作品で、戦争に突入する当時の日本が鮮明に描き出されている。東京で働いていた二人の若者が失業して北海道の故郷に帰ってくる。故郷はしかし旱魃がつづき、大凶作で、農業も破綻して、行く先がない。国家主義の台頭があり、戦争によって危機を乗り越えようとする主張も強まっていた。労働者の間に国家社会主義の主張が勢力を延ばし、満州をとらなければ生き延びられないという主張が農民の間に広がっていった。
身動きできない貧困からの脱出を小作料減免に求める運動と、戦争を待望する国家主義的な動きとが民衆の中にあり、鋭く対立した。当時の日本では後者が優勢になり、軍部がそれを利用して戦争へと突入していった。日本国民は平和を望んでいたのに、軍部が権力で抑圧し、戦争へ駆り立てていったとばかり主張して、国民の責任を否定するのは問題だ。権力による思想弾圧と強力な思想動員の事実を軽視する事はできないが、しかし、すべてを軍部指導者の問題にして、国民の責任を不問にすることはできない。
『党生活者』に描かれているのは満州事変開戦直後の軍需工場である。長くつづいた不況で生み出された失業者を、軍需生産に転じた工場は臨時工として雇い入れる。低賃金でいつでもクビを切れるからだ。戦争を理由に労働管理はきびしくなり、トイレの時間にまで干渉した。組合はこの戦争が雇用を増加させたことを強調して、戦争支持の立場に変わり、慰問金集めに協力する。これに反対する者は、工場にまで入り込んできた憲兵や警察と協力して、次第に勢力を増した在郷軍人会や軍隊の下請け機関となった青年会から「ウルトラ」として攻撃される。
「小林多喜二と反戦平和」
http://homepage2.nifty.com/tizu/proletarier/takiji@hansenheiwa.htm
「文学にみる戦争と平和」『沼尻村』
http://homepage2.nifty.com/tizu/sensoutoheiwa/sh19.htm
戦争がはじまれば熱狂的な戦争支持の声が国民を支配する。「非常時」という言葉が流行語になり、戦争に反対するものは「非国民」と呼ばれて、一般大衆から非難攻撃された。軍部権力の弾圧ばかりが強調されるが、国民が軍部に協力して、共産主義者や社会主義者はもちろん、平和主義者や民主主義者を告発し、攻撃した事実を忘れることはできない。
戦争は世論に支持されて始められ、拡大され、ついに破滅にまで追い込まれた。このような世論の形成に力があったのが新聞であり、ラジオであった。当時のマスメディアはいまに比べれば貧弱なものだった。それでもラジオによる宣伝は国民の心の底にしみ通って、戦争の大きな力となった。いま、日本のマスコミはそれをどれだけ自覚しているだろうか。いまは当時に比してはるかにマスメディアの力は大きい。アメリカのマスメディアは今度の戦争にどれほどの役割を果たしたのか。戦争に反対する人々の声はどれほど擁護されたのか。日本の場合とどれほどちがったのかを知りたい。
ブッシュの8年は戦争の8年だった。長い戦争は国民生活を破壊した。経済危機に追い詰められたアメリカ国民はchangeを標榜する無名の黒人新人候補オバマを大統領に選んだ。アメリカの歴史始まって以来のことである。それだけ、アメリカの危機は深刻だったのだろう。一つの体制の終りが新しい体制を生む。オバマ体制はそのような新しい体制のはじまりになるだろうか。オバマ大統領はしかし、クリントン国務長官をはじめ旧クリントン政権の人材、さらにはゲーツ国防長官をはじめ共和党の人材までを閣僚その他の重要ポストにつけて、超党派体制を目指している。いまのような危機の時代には、何よりも深刻な傷口をふさぐことが必要で、右派も左派もなく、やることは同じで、必要なのは実行力で、国民的団結なのかもしれない。オバマ政権は就任前から矢継ぎ早な対策を発表して、迅速な行動力を示した。しかし、傷口はあまりにも深刻で、はたして再生できるかどうかわからない。
再生できなければどうなるか。破滅するとはどういうことか。いま必要なのは、未来におびえることではなくて、未来に向かって、再生を求めて、あらゆる力を結集し、可能な限りの力をつくして、できることは何でもやってみることなのだろう。いまのアメリカ、いまの世界には既成の処方箋はないのではないか。
いま、私は1945年に敗戦を迎えたときのことを思い出す。戦争に敗けて、はじめて私たちが戦った戦争が間違っていたことを知った。敗戦後になってみれば、そもそも勝利の見込のないおろかな戦争だった。アジア諸国民を解放し東洋永遠の平和を実現する聖戦だと信じていたが、敗戦後の眼でふりかえれば、アジア諸国民をに対する犯罪的な侵略戦争だったことも疑うことのできない事実だと思われた。この反省が戦後の日本の平和と繁栄をもたらした。国のためには自己を犠牲にせよと教えられたが、国とは何かということも改めて考えさせれた。国民の平和と安全、幸福を守るのが国ではないか。戦争に敗けて私たちは実に多くのことを学び、新しい社会の建設を自分たちの生涯の仕事だと考えた。それが私の戦後のはじまりだった。
オバマ大統領はブッシュが支配した戦争の時代の誤りを明らかにすることから出発しようとしている。オバマ大統領は改革の諸政策が成功するとは限らないが、何もしないでいるわけにはいかないのだと述べた。これまで目の前の利益ばかりを追いかけて、長期の展望を見失っていた。これからは、国際的な協調を重視し、協力して新しい秩序を実現したいと述べ、あらゆる困難に打ち勝って来たアメリカの歴史を強調して、あらゆる困難にもかかわらず、アメリカは現在の危機を打開することに成功するだろうと述べた。
私はオバマが成功するのは困難だと思うが、それにもかかわらず、困難を見据えた上で、なお、不透明な未来に向けて、あらゆる力を結集して前進しようと呼びかけたオバマに共感する。歴史を生きるとはそういうことではないのか。間違いのない道などはない。あらゆる道が閉ざされているから危機なのだ。だからといってこの現実に眼を閉じて拱手傍観するわけにはいかないという強い危機感がオバマ大統領にはあった。
日本の麻生首相はこれとは対照的に、あまり危機感はないようだ。いかにして政権を維持するかばかりが問題にされて、日本の過去の誤りを追究する姿勢がない。したがって、今後の日本の針路についての議論がほとんどされていない。何とかなるだろうという呑気さがある。これでは危ない。現に日本のGDPの落込みはアメリカよりはるかに大きく、株価の低下もアメリカより大きいのに、問題にされているのは、国民に1万2千円ずつ配ることの是非についてばかりだ。
中国は内需拡大によっていまの危機の克服をはかると同時に、経済の自立と経済構造の変化を目指している。日本はいかにして経済の自立を実現するのか、アメリカとの関係をどうするのか、中国との関係、アジア諸国との関係をどうするのか等についての明確な問題提起がなされていない。それどころか、日本の過去に間違いはなかった、あの戦争も正しかったという意見がひろがってきている。田母神元航空幕僚長の言動ばかりが問題になるが、安倍元首相といい、麻生現首相といい同様な歴史観の持ち主のようだ。麻生現首相の場合は自分の見解を曖昧にしてぬらりくらりしているから、何を考えているかわからず、いらいらするしかないのだ。こんな人物が一国の総理大臣として、世界中を飛び回っている日本はどういう国なのだろう。
アメリカにしても中国にしても、国の経済の建て直しに必死になっているのに、日本だけは他人任せではっきりした方針がない。これでは他の国々が立ち直っても日本だけは立ち直れないというようなことになるのではなかろうか。長くつづいた対米従属が日本の政治をこんなに惨めにしてしまったのだと思う。いま、長くつづいた対米従属の問題も含めて、日本は過去の誤りをしっかり見据える必要がある。すべてはそこから始まると思う。
これまでも何度か取り上げた『虞美人草』の「悲劇は来た」という言葉について書きたいと思って書き始めたのだが、しり切れとんぼになってしまった。2月は風邪が抜けず、高血圧がつづいてぼんやり日を過ごした。3月になって、なんとか体調も回復したようなので、ながくご無沙汰した通信に取りかかったのだが、よたよたして取り止めのないものになってしまった。お許しください。いまになって多喜二以上に漱石の言葉が思い出される。ご迷惑かも知れないが、これから少しずつ「漱石と現代」をテーマに書いていきたい。よろしくお願いする。
いよいよ春が来て、花粉症のシーズンだ。3月の初めは入試のシーズンで、大学在職中毎年採点に追われる憂鬱な日々を過ごした。学校はこれから卒業式、入学式と慌ただしい日がつづく。皆さんもそれぞれ落ち着かぬ日々をお過ごしかと思うが、お元気でお過ごしください。
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