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【第58回】 2009年02月20日
「1円でも高く売る」信念なし
アドバイザーのカモにされた「かんぽの宿」
http://diamond.jp/series/nagasawa/10058/
永沢徹(弁護士)
プロセスよりも、「一括売却」という入札条件そのものに問題あり
いま世間を賑わしている「かんぽの宿」譲渡問題。昨年末に109億円でオリックス不動産に一括売却すると発表されたものの、鳩山総務相の「待った!」の一声で状況は一変。ついには今週16日、譲渡契約の解除が発表された。
この問題については連日、あらゆるメディアが報じているが、その焦点は“入札プロセス”がほとんどである。それに加えて、話は郵政民営化の是非にまで及び、政局絡みの様相も呈してきている。しかし、この問題で私が最も注目しているのは、入札プロセスではない。入札プロセス以前に、“入札条件そのもの”に大きな問題があると考えているからだ。
「1円でも高く売る」ためには?
というのも私は仕事柄、これまでに、破綻企業の管財人として多くの資産売却を経験してきた。実際に以前、ある海運会社の破産管財人になり、ホテルの売却に携わったことがある。その会社は、本業は海運会社であったが、その傘下に6つのホテルを保有していた。
私は、これらホテルの売却にあたっては資産価値を高めるため、まずはコストカットから着手。実際に従業員の4割を削減し、仕入先の見直しも含め、あらゆるコスト削減努力を行なった。そしてある程度キャシュフローが改善した段階ではじめて、売却先探しに入ったのである。
もともとこれらホテルは、ビジネスホテル、シティホテル、ゴルフ場と種類が異なっており、それぞれ別々の買い手希望者から手が上がった。そして個々の提示金額を精査し、売却先を選定したのだが、結果的にはそれぞれのホテルに別々の買い手がついたのである。
このように、資産の売却にあたっては、それぞれの施設を一番欲しいと思っている相手を見つけ、それぞれに売っていくことが、「1円でも高く売る」ことにつながるといえる。
しかし、日本郵政には、その「1円でも高く売る」という信念が感じられない。そもそも、今回の売却対象には、ホテル(かんぽの宿)だけでなく、レクリエーションセンター、従業員のための社宅まで含まれている。それぞれ目的が異なり、しかも全国各地に点在する施設。しかし日本郵政は、それらをまとめて売却という、「一括売却ありき」というルールを作り、資産価値最大化の努力を怠ってしまっている。
私の経験からいえばむしろ、この一括売却は最後に行なうべき手段。理想的にいえば、まずは高く売れると思われる施設から売却し、残りを一括売却。それでも売れ残った場合には、ホテル事業は閉鎖し単なる不動産として売却する、という段階的な売却ステップが考えられる。
売り手にとって一括売却は効率がいいのかもしれないが、買い手にとっては欲しくない施設も含まれてしまうため、その分売却価格が安くなってしまう。できるだけ高く売るためにどうしたらいいのか、あらゆる検討をした結果というよりは、赤字を垂れ流す施設を少しでも早く売り払ってしまいたいという“ 厄介払い”の側面があったのではないだろうか。
いくらで売っても6億円を保証!?
アドバイザーとの契約に問題あり
一連の報道を見ると、オリックスも非難の対象となっているようだが、むしろ一番責められるべきは、こういうおかしな売却ルールを作った日本郵政と、今回の入札を仕切ったアドバイザー(メリルリンチ日本証券)である。
メリルリンチは、入札のアドバイザリー契約料として、月額1000万円の定額報酬に加え、売却価格の1.4%の金額を成功報酬として受け取る契約になっていたといわれている。しかしこの成功報酬というのがクセモノ。もし売却価格の1.4%が6億円を下回った場合には、6億円は必ず支払うと“保証” されていたのだ。たとえいくらで売ったとしても、である。これでは成功報酬とはとてもいえない。
入札を伴う資産売却において、実はとても重要な役割を占めるのが「アドバイザー」である。このアドバイザーというのは、入札のスキームを提案し、入札全体を仕切る立場にある。私も管財人として資産売却を行なう際には、このアドバイザーを使うことがあるが、その際必ずアドバイザー候補の各社から、この金額なら売れそうであるという「ターゲットプライス」を提出させることにしている。
そのターゲットプライスと、それに伴う入札スキームの合理性を判断し、アドバイザーを決定することになる。われわれの世界では、このことを“ ビューティーコンテスト”と呼んでいる。つまり、今回の入札に最も相応しいアドバイザーを選定するコンテストである(「ビューティーコンテスト」について詳しくは、第7回で詳しく紹介しているので、そちらをご覧いただきたい)。
通常、選定されたアドバイザーは、実際の売却価格が、自分たちが提示したターゲットプライスを上回らなければ、もらえるのは毎月の定額報酬だけで成功報酬は得られない、という仕組みとなっている。まさに売却価格をどこまで引き上げることができるかが、アドバイザーの“腕のみせどころ”となっているのだ。
しかし今回のメリルリンチにおいては、そのインセンティブが全く働いていない。成功報酬である6億円から逆算すれば、今回のターゲットプライスは、本来428億円であるべきである。だが実際の売却価格は109億円。その金額の乖離はあまりにも大きい。もし、この109億円が現時点で適正な額だとするならば、メリルリンチが受け取る成功報酬はせいぜいその1.4%の1.5億円程度で十分である。
にもかかわらず、いくらで売っても最低6億円の成功報酬を保証するという契約を結んでいたこと自体が驚きである。これでは何のためにアドバイザーを雇ったかわからない。1次入札で3分の2以上が辞退するような入札スキームを作ったアドバイザーに意味があるのだろうか。少なくとも入札結果を見る限りには、メリルリンチを起用したメリットはまったく見出せない。
むしろ、日本郵政はメリルリンチの都合の良いように利用されているようにさえ見える。メリルリンチにとっては一括売却のほうが都合が良く、あれこれ汗をかいて個別売却するよりもよっぽど効率的である。言葉は良くないかもしれないが、日本郵政はメリルリンチのいい“カモ”にされてしまったといえるかもしれない。
「国会の付帯決議」が足かせ?
職員の雇用継続は“義務”なのか
もちろん、日本郵政やメリルリンチにも言い分はあるだろう。それは郵政民営化法成立時における「国会の付帯決議」である。この付帯決議によって職員の雇用継続義務が発生し、一括売却を前提とせざるを得なくなったという見方もある。
しかし本当にそうだろうか。民営化後の職員の雇用について規定している付帯決議11条をよく読んでみると、必ずしもそうは思えない。実際にこう書いてある。
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【11条】
職員が安心して働ける環境づくりについて、以下の点にきめ細やかな配慮をするなど適切に対応すること。
1)現行の労働条件及び処遇が将来的にも低下することなく職員の勤労意欲が高まるよう十分配慮すること。
2)民営化後の職員の雇用安定化に万全を期すること。
3)民営化の円滑な実施のため、計画の段階から労使交渉が支障なく行われること。
4)労使交渉の結果が誠実に実施されること。
5)新会社間の人事交流が円滑に行われること。
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読んでいただければわかると思うが、これは国会としての“希望”であり、必ず雇用を維持しろという“義務”とはいえない。このような国会決議の文章は、得てして「玉虫色」に書かれているもの。受け手の都合のいいように解釈することができるようになっている。ある意味、売却を急ぎたい日本郵政と、手間をかけずに入札を行ないたいというメリルリンチの思惑が一致し、「一括売却のほうが都合がいい」と判断したのかもしれない。
いずれにしても、かんぽの宿譲渡問題がゼロベースに戻った以上、上記付帯決議にある「雇用義務」の是非も含め、改めて売却スキームを議論する必要はあるだろう。実際に総務省は、第三者委員会を設置し、一連の入札プロセスを精査、売却条件を見直しする方針を示している。
しかしその際、プロセスを検証して“犯人探し”をするだけでなく、「1円でも高く売るために何ができるか」という大前提に立ち返り、“適正な入札スキーム”を提示してもらいたいものである。また、その重要な役割を担うアドバイザーは慎重に選定をするべきである、というのはいうまでもない。
“入札アドバイザー選定のための”競争入札を行なってもいいくらいである。
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