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直面する危機の本質と日本の進路(寺島実郎)
http://www.asyura2.com/09/senkyo58/msg/731.html
投稿者 ダイナモ 日時 2009 年 2 月 02 日 23:32:56: mY9T/8MdR98ug
 

http://www.nissoken.jp/rijicyou/hatugen/kiji20090201.htm

 直面する世界金融危機、そして世界同時不況は、我々が歴史的な構造転換期に在ることを示すものである。そしてこの危機の本質を真剣に考え抜くことこそ、我々の未来を決める基盤である。何故、こんな事態になったのか。ここに至るプロセスをどのように認識し、評価していたのか。時代の観察・分析者として、あるいは関与者として、経済人、メディアおよび、社会科学者は、自らの時代認識を静かに検証し、現在の危機と自らの位置関係を確認することが重要である。
 あらためて、二一世紀初頭の七年間を辿るならば、極めて「特異な時代」であったといえる。二一世紀を迎えるとほぼ同時にスタートしたブッシュ政権が、七ヶ月後には「九・一一同時テロ」に襲われ、逆上するアメリカと化してアフガニスタン、イラクへと攻撃を開始。「テロとの戦い」は「憎しみの連鎖」を招き、むしろテロの拡散となって、政治的には世界秩序は明らかに不安定に向かった。
 しかし一方で、世界経済は過熱ともいえる時代を迎えた。二〇〇一年から七年間の「世界GDP」、つまり地球全体のGDP(実体経済)の年平均実質成長率は三・二%と、「人類の歴史始まって以来の高成長の同時化」とさえいわれる状況を続けた。また、この間の世界貿易(物流経済)は年平均実質七・二%で拡大し続けた。
 さらに驚くべきは、この間の世界株式市場での時価総額の膨張であり、実に年平均十三・六%で増え続けた。上海株式市場の時価総額に至ってはこの間に六倍に跳ね上がった。つまり、実体経済を遥かに上回る金融経済の肥大化が進行する時代を、我々は生きたということである。
 ところが、二〇〇七年一〇月にピークを迎えた世界の株式市場の時価総額は、二〇〇八年一〇月までの一年間で四七%下落、実額で二九・四兆ドルが世界の株式市場から消えた。
 「消えた」とは何か。二〇〇四年の年初の時価総額が三一・二兆ドルだったから、三年間で倍増する勢いで膨れ上がっていた風船が破裂し、増えた部分が消えたのである。慌てた世界は、信用収縮を避けるために、「超金融緩和政策」で新たな流動性を緊急避難場的に注入している。破れた風船に応急措置をして、さらなる空気を送り込んでいるようなもので、本質的解決にはならない。深い思索と構想が求められている。 

1 自らへの問い ―― 何を見抜いていたのか

 一九九四年二月号の『中央公論』に、私は「新経済主義宣言」という論稿を書いた。私にとっては石橋湛山賞をもらった記憶に残る論文だが、心の中にあった問題意識は、冷戦の終焉といわれた直後のロシア・東欧など旧社会主義圏といわれる地域を動いてみて、西側が東側に持ち込んでいるものが、溢れるばかりの商業主義、マネーゲーム、卑猥な風俗であり、こんなことで「西が東に、資本主義が社会主義に勝利したといえるのか」という怒りにも近い感情であった。
 私は「経済主義はその勝利の瞬間に敗北してしまったかのようである。冷戦の終焉によって、政治や軍事では問題は解決されないことが証明された。東西の壁を打ち壊したのは、国境を超えた経済活動であり、人、モノ、金、情報の移動であった。グローバルにみても、これからが経済主義の真価が問われるときなのである」と書いた。あるべき資本主義への思いを込めた問題提起であった。
 その後、「冷戦後」という時代を並走する中、一九九九年三月二九日という日に私は強烈な体験をした。既に一〇年を超す米国生活を終えて日本に帰国していたが、定点観測のように米国出張を続けており、その日もワシントンで歓迎の小パーティーを開いてくれた友人たちに取り巻かれていた。まさにその日こそ、ニューヨーク株式市場のダウ工業株平均が史上初めて、終値で一万ドルを超したという日であり、米軍がバルカンでコソボの空爆を開始した日でもあった。九五年の年初からの四年間で、ダウが六〇〇〇ドルも跳ね上がっていた時であり、株に投資している誰もが言い知れぬ高揚感を隠さなかった。テレビではコソボ空爆が同時中継され、暗闇の中で空爆の閃光が稲妻の如く走り、その度に拍手が起こっていた。
 空爆の下で多くの命が失われているかもしれないという、人間らしい感受性は失せ、株価上昇による余裕なのか、笑顔さえあふれる雰囲気の中で、「アメリカはここまでおかしくなったのか」という深い悲しみに襲われた。冷戦の勝利者として、「IT革命で甦るアメリカ」を演出しつつマネーゲームに狂奔するアメリカを注視する中で、『中央公論』二〇〇〇年三月号に書いたのが、「『正義の経済学』の復権――高度情報資本主義時代への視座」であった。心にあった問題意識は、「IT革命と市場主義の嵐によって、猛烈な勢いで進む金融の肥大化がもたらす新たな不条理」であった。
 一九九九年、アメリカはグラム・リーチ・ブライリー法を成立させて証券と銀行を分離する制度の撤廃を決め、金融資本主義を「規制緩和」という潮流の中で跋扈させることを決定付けた。これは、まさに一九二九年の大恐慌を受けて成立させた証券銀行分離法(一九三三年グラス・スティーガル法)を終わらせるものであった。
 こうした時代の空気を背景に、二〇〇一年一月にブッシュ政権がスタートし、一段と「新・自由主義」の潮流は加速された。二〇〇一年一二月にエンロンが破綻、総合エネルギー企業といわれたこの企業は、電力のような基幹産業分野さえ先物商品として投機の対象にする「電力デリバティブ」の世界さえ生み出し、売上高で全米七位の企業にのし上がりながら、自らリスクが制御できず破綻していった。
 私は二〇〇二年四月号の本誌において「エンロン問題の深い闇」として、「エンロンの崩壊は九・一一の同時多発テロと匹敵するほどの衝撃である。……この問題の背後に、現代資本主義が抱える深い闇が広がっている」と書いた。金融資本主義の肥大化への懸念にもかかわらず、止めどなくこの潮流は勢いを増した。
 九・一一の衝撃の後、一度は七二八六ドル(〇二年一〇月)にまで落ち込んだダウ平均も二〇〇七年一〇月の史上最高値の時には七〇〇〇ドルも上昇していた。日本でも「ホリエモン」「村上ファンド」などのマネーゲーマーにマスメディアが「時代の寵児」として群がり、二〇〇五年九月の郵政民営化選挙では改革のシンボルとして小泉首相がホリエモンを持ち上げていた。そして、日本人はその小泉政権に衆議院の三分の二を上回る議席を与えた。

2 金融工学の進化とは何だったのか

 あらためて、金融資本主義の肥大化、金融工学の進化なるものの意味を踏み固めておきたい。一九八七年五月、私はニューヨークに着任し、以来一〇年間、米国の東海岸で仕事をしてきた。世界が冷戦の終焉に、日本がバブルのピークに向かう、八十年代末を挟む十年間であった。着任直後の週末、ニューヨークタイムスを手にセントラルパークに向かい、じっくりと読んでいたら、ある記事に目がとまった。それは「マイケル・ミルケンが八六年に得た個人所得はマクドナルド社が世界二万店舗であげた利益よりも大きかった」という内容だった。
 マイケル・ミルケンとは何者か。私の米国の金融ビジネスへの関心はここから始まった。八十年代末に向かうウォールストリートで、マイケル・ミルケンはヒーローだった。ウォートン・ビジネススクールを出て、LBOファンド、ジャンクボンドのようなビジネスモデルを創出した人物として「ジャンクボンドの帝王」の名をほしいままにしていた。映画『ウォールストリート』のモデルにもなったミルケンは、結局、インサイダー取引で逮捕され服役するという数奇な運命を辿る。
 「LBOファンド、ジャンクボンドなど単なるマネーゲームにすぎない」というのが当時の私の印象だった。ただ考えてみれば、マイケル・ミルケンのような男がこうした新しい金融の仕組みを創造したために、九〇年代のIT革命の旗手となったベンチャー企業群が市場から資金を調達できたともいえ、その意味で社会的効用のある金融ビジネスモデルだったともいえるのである。「天下の興銀」といわれた日本興業銀行が、大阪の料亭の女将に一兆円を貸し込んでいたというのが当時の日本の金融の実態であり、土地を担保にカネを貸す程度の仕組みしか思いつかなかった日本の大銀行の限界と対照させれば、「ミルケンも偉大だった」とさえいえよう。
 次に、一九九〇年代において、金融界で存在感を高めたのがジョージ・ソロスだった。「ヘッジファンドの帝王」というのがソロスに与えられた呼称だった。私自身、ソロスと三回面談したことがあり、彼の本の一冊(『ブッシュへの宣戦布告』、ダイヤモンド社)を監訳したこともあるが、まことに評価の難しい人物で、世界一の投機家であると同時に、世界一のフィランソロファーとして民主化運動や福祉活動を支援し続けている。私なりに、デリバティブを運用するヘッジファンドなる仕組みを学習し、「これこそが何の社会的効用もないマネーゲームだ」という批判を繰り広げた。しかし、二一世紀初頭の「サブプライムローン」なる悪魔の知恵ともいうべき究極の金融ビジネスモデルがもたらした災禍を目撃した今となっては「ジョージ・ソロスはまだまともだった」といわざるをえない。
 何故ならば、ヘッジファンドには、「企業活動に伴う様々なリスク(例えば、為替の変動や天候異常などによる損失可能性)をマネジメントすることで金融ビジネスを組み立てる」という一定の効用も認められるからである。ただし、デリバティブに関わる「オプション価格理論」でノーベル賞をとったロバート・マートンとマイロン・ショールズが参画し、ヘッジファンドの優等生とされたLTCMが一九九八年に破綻し、二〇〇一年には先述のごとく、「電力デリバティブ」なる異様なビジネスモデルまで生み出したエンロンが破綻するという過程で、小資本でレバレッジ(テコ)を利かせて高収益を目指すビジネスモデルの潜在危険性には、強い懸念を抱き続けてきた。
 ところで、金融工学の進化の名の下に、金融の肥大化と破綻を招いた構造の背景には、冷戦後の米国の産業構造の変化という要素が横たわっていたことを理解する必要がある。一九八〇年代まで、冷戦の時代の米国では、理工科系の大学卒業生の三分の二以上が所謂「軍事産業」に雇用吸収されていたという。ソ連を中心とする東側と戦うために巨大な産軍複合体を維持していたからである。
 ところが、冷戦の終焉を迎え、米国は軍事予算を三分の一も削減する局面を迎え、軍事産業はリストラと合従連衡の嵐に突入した。マクドナル・ダグラスはボーイングに吸収され、ロッキードとマーチン・マリエッタは合併、グラマンはノースロップに統合された。「平和の配当」「軍事技術の民生転換」が叫ばれ、軍事産業は新規採用を控えるどころか雇っている人さえ吐き出し始めた。多くの理工科系の計数に明るい優秀な卒業生が向かい始めたのが金融セクターであり、それらの人達が入ることで金融セクターが変わり始めた。
 理工科系の知で武装された金融付加価値の創出、象徴的に言えば、「IT(情報技術)とFT(金融技術)の結婚」である。ネットワーク情報技術革新が進行しなければ成立しない金融ビジネスモデルが急速に拡大し始めた。コンピューター・ネットワークの中を流動性資金が駆け回り、その動きによって資源・エネルギー・食料価格までが乱高下する過敏な構造が形成され始めた。
 そして、極めつけの「サブプライムローン」なる金融ビジネスモデルの登場である。米国の住宅ブームを長続きさせるために、低所得者に「頭金ゼロ、低金利」で金を貸し、家を建てさせるという仕組みが導入された。常識的に与信リスクが高いが、三年で住宅価格は倍増という流れに乗り、三年後に住宅の実勢価格を与信枠として借り替えさせて回転させるというものであった。
 さらに、リスクの高いサブプライム債権を細かく分けて金融商品に分散させる「証券化」という手法でひねりをかけ、世界の過剰流動性に売り込んだ。そして、さらにCDSという手法でリスクの高い債権に保険をかける「保証料」運用市場さえ肥大化させた。「米国の住宅市場は高騰を続ける」というありえない前提に期待する危うい一蓮托生の金融市場が自己拡大しはじめた。我々は今、その結末を目撃しているのだ。
 最近、ニューヨークの金融関係者と話す機会があり、愕然とする体験をした。サブプライム入りの金融商品を売りまくっていたという元投資銀行の役員が、メディアのインタビューに答え、悪びれる様子もなく「オイルマネーや中国、日本のカネを米国に引き寄せ、貧しい黒人やヒスパニックにたとえ一時とはいえマイホームを持つ夢を見させたのだから、それはそれでよかった」と語っていたという話を紹介した後、「金融工学とは何か」について「本来、カネなど貸してはいけない奴に、どうやってカネを貸すかという技術だ」と説明してみせたのには、悪いジョークだと苦笑してしまった。一切の罪の意識のない懲りない人達は、また新しい金融ビジネスモデルを創出し、世界の過剰流動性に群がるであろう。

3 確認すべき危機の構造―二重のパラダイム転換期として

 金融不安の深化の中で、米国は確実に求心力を失いつつある。米国という国が、産業の実力以上の過剰軍事力を保持し、産業の実力以上の過剰消費社会を維持してこられたメカニズムが瓦解したからである。それをもたらしたのが「イラク」と「サブプライム」であったことは否定できない。まず「イラク」であるが、九・一一以降のアフガニスタンとイラクで米軍兵士の死者は、二〇〇八年末で四八〇〇人を超し、戦費は累積一兆ドルに迫っている。ノーベル賞受賞の経済学者 J・E・スティグリッツによれば、「この戦争は終結までに三兆ドルの財政負担を余儀なくさせるだろう」といわれる。また、「サブプライム」に端を発した金融不安に対応するために、公的資金の投入(FRBの投融資・保証など)という形で政府が抱えた潜在リスクは総額約八兆ドルにのぼる。すべてが財政支出になるわけではないが、やがて財政負担になる可能性のあるポジションである。つまり、「イラク」と「サブプライム」で一一兆ドル、日本のGDPのほぼ二倍に相当する財政リスクを抱えているのである。〇八財政年度の赤字は四五五〇億ドルだったが、〇九年度は一兆ドルを超す赤字が予想される。
 「双子の赤字」といわれてきたもう一つの赤字、経常収支の赤字も深刻で、〇七年度七四五〇億ドル、〇八年度見込六九九〇億ドルと、米国は延々と国際収支における経常赤字を垂れ流し続けている。こうした状態で「よく米国という国は存続しているな」と誰もが素朴な疑問を抱くはずである。双子の赤字にもかかわらず、米国が隆々と存続してこられた理由は、ニューヨーク金融市場に世界のカネが還流し、経常収支の赤字を上回る資本収支の黒字が確保できていたためである。下血状態の続く病人なのだが、輸血が下血を上回ることによって持ち堪えてきたようなものである。
 では何故、ニューヨーク金融市場に資金が向かうのか。少なくとも二つの理由が指摘されてきた。一つは「金利差」で、相対的に米国の金利が高い状態を維持することで世界のカネを引き付けるというものであった。例えば、サブプライム問題が露呈する直前の〇七年九月の段階で、米国の政策金利(連銀FFレート)は五・二五であり、日本の超低金利(日銀政策金利〇・五)に比べても、米国にカネを持っていったほうが有利という状況を維持していた。その後、米国は昨年末までに一〇回にわたり金利を下げ、ついにほぼゼロ金利水準とした。現下の円高シフトは日米金利差の縮小・解消が背景にあることはいうまでもない。また、もう一つの米国がカネを引き付ける理由は「ニューヨーク金融市場の成熟度と多様な運用の可能性」とされてきた。つまり、日本にカネを置くよりも様々な金融商品に運用できる可能性の魅力が語られてきたのだが、その多様な運用の柱の一つがサブプライム入りの金融商品だったという事態に、世界は凍りついた。「経常収支の赤字を上回る資本収支の黒字」という構造は維持できなくなった。少なくとも、米国にだけ世界の資金が回るという時代は終わった。
 ブッシュの八年間を経過する中で、米国の掲げてきた二枚看板は惨めなまでに色あせていった。まず、政治的には「民主主義」という看板である。「イラクの民主化」と「テロとの戦い」と叫んで熱くなっていたが、結果は世界中へのテロの拡散であり、米国流民主主義の押し付けの結末としての中東秩序の液状化であった。二〇一一年までにイラクからの完全撤退を約束した「駐留米軍の地位協定」をイラクと結んだが、米国の去った後に残るのはペルシャ湾北側の巨大なシーア派ゾーンであり、イランの影響力の高まったイラクという皮肉な構図であろう。また、経済的看板としての「市場主義」も巨額の公的資金による金融セクターと自動車産業の救済という事態に至り、正当性を失った。
 世界中を動いていて、米国への敬意や支持が今ほど弱まっている状況は記憶にない。一九八九年に東西ベルリンの壁が崩れ、一九九一年にソ連邦が崩壊して以来、冷戦後といわれた世界において、多くの人の時代認識の基盤に埋め込まれた「唯一の超大国たるアメリカ」「米国の一極支配」「ドルの一極支配」という世界観は全く通用しないものとなった。
 世界は多極化しているという議論がある。だが、それは必ずしも的確ではない。多極化というよりも、国家間の極構造では捉えきれない「無極化」、つまり全員参加型秩序というべき局面にあるというべきであろう。国際社会を突き動かす主体が多次元化し、国家も新興国・途上国を含めてそれぞれが自己主張を強め、国家ではない主体、例えば多国籍企業やNGO・NPO、さらにはネガティブな存在だが多国籍テロ組織までが影響力の極大化を求めて蠢く時代なのである。
 「冷戦後の米国の一極支配」という時代の終焉とともに、第二次大戦後の米国中心の「ブレトンウッズ体制」の行き詰まりという二重構造でのパラダイム転換が進行しているという見方もできる。ブレトンウッズ体制とは、IMF・世界銀行を中核とする大戦後の世界金融システムであり、覇権国が英国から米国に移ったことを象徴する体制であった。ワシントンに本部を有するIMF・世界銀行を中心に、何よりも米国の利害を反映させた「ワシントンコンセンサス」で世界経済をリードする体制が、いよいよ機能不全に陥り、新たな秩序形成が模索されていることは、昨年一一月にワシントンで行われたG20金融サミットが示したとおりである。重要なのは、米国に新しい覇権国がとって代わるといった「大国の興亡」といった視角ではなく、米国およびドルの基軸通貨という位置が次第に後退・相対化し、多様な参加主体、多様な通貨が相関しあいながら次の秩序を形成していくプロセスという認識であろう。
 日本は、第二次大戦後、あまりにもワシントンコンセンサスに埋没して生きてきたために、ひたすら「ドル機軸体制を維持し、IMF体制を支えること」のみを国益と考え、創造的に多角的秩序形成に参画する姿勢を見失いがちである。間違いなく、世界は「冷戦後という時代の終わり」、さらには「第二次大戦後秩序の転換」という二重の意味で、米国が主導する時代を終えようとしている。この歴史的パラダイム転換にしなやかに対応し、次なる世界での日本の立ち位置を安定させる基本的視座が問われているのである。

4 改めて、思い起こすべきことと正気の時代への視座

 金融資本主義の増長がもたらした混乱をみるにつけ、改めて、思い起こすのはマックス・ウェーバーである。彼は『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』において次のように言及していた。「営利のもっとも自由な地域であるアメリカ合衆国では、営利活動は宗教的・倫理的な意味を取り去られていて、今では純粋な競争の感情に結びつく傾向があり、その結果、スポーツの性格をおびることさえ稀ではない。将来、この鉄の檻の中に住むものは誰なのか、そして、この巨大な発展が終わるとき、まったく新しい預言者たちが現れるのか、あるいはかつての思想や理想の力強い復活が起こるのか、それとも――そのどちらでもなくて―― 一種の異常な尊大さで粉飾された機械的化石と化することになるのか、まだ誰にも分らない。それはそれとして、こうした文化発展の最後に現れる「末人たち(letzte Menschen)にとっては、次の言葉が真理となるのではなかろうか。『精神のない専門人、心情のない享楽人、この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう』と」(大塚久雄訳、岩波文庫)
 この本は一九〇五年に書かれたもので、まるで一〇〇年後の状況を予言したかのごとき内容に驚かされる。ウェーバーは資本主義の原点に、ピューリタンの天職意識、つまり自制し、節約、節制、自力独行する禁欲的性格があることを見出し、利潤追求の背後にある倫理的基盤を注視していた。確かに、資本主義を発展させてきたものは、抑制の効いた向上心であり、競争を通じた事故研鑽、質素倹約を旨とする合理性であった。その美徳が影を潜め、強欲なカジノ資本主義に堕していった過程を我々は目撃しているのである。
 さらに、日本人として資本主義の在り方を考える時、渋沢栄一という存在を思い起こさずにはおれない。名著『現代の経営』を書いたP・F・ドラッガーは、「率直に言って、私は、経営の『社会的責任』について論じた歴史的人物の中で、かの偉大な明治を築いた人物の一人である渋沢栄一の右に出るものを知らない。彼は世界のだれよりも早く、経営の本質は『責任』にほかならないということを見抜いていたのである」(「マネジメント」、ダイヤモンド社)と述べる。
 渋沢が生涯を通じて育てた事業は、実業五百余、社会公共事業六百余とされるが、営利の追求も資本の蓄積も道義に合致するものでなければならないという「経済道徳合一主義」は古色蒼然としているようだが、決して忘れられてはならないものである。
 「仁義道徳と金儲けの商売とが、その根本に違背するように思われるが、決してそうではない。論語を礎として商業を営み、算盤をとって士道を説くこそ非常の功である」と渋沢は語り、実践した。日本の資本主義にも、その原点において、儒教的な規範性が強く存在し、「質素・倹約・布施・報徳・経世済民」などの価値を重んずる視座があった。
 そして、日本経済が世界に評価されているものを直視するならば、あくまでも産業力とそれを支える技術力に他ならないことに気づく。この国は、生真面目にモノを作ることにこだわり続けてきた「育てる資本主義」の国であり、マネーゲームで付加価値を生み出した「売りぬく資本主義」の国ではない。グローバリズムの名で金融資本主義が跋扈しはじめて「格差」が一気に吹き出た。国境を超えて最も移動しやすい財が「カネ」であり、最も移動しにくい財が「労働力」であり、その段差を利してカネは自由かつ無責任に動きまわり、取り残されたヒトは翻弄されるからである。
 米国の金融破綻を機に、世界が「全員参加型秩序」に移行しつつあるという時代認識を踏まえ、新しい世界秩序を制御するルール作りに向けて、我々は構想力を問われている。新しい酒のためには、新しい皮袋が必要である。米国流の資本主義の世界化をグローバル化と呼びかえる視界を脱し、真のグローバル化とその制御を構想する必要がある。
 その方向に向けての示唆的な試みの一つが、「国際連帯税構想」であろう。現代世界が抱える課題が「肥大化する金融」(過剰流動性の制御)と「地球環境問題」であるならば、二つの課題を両睨みにした「解答」が模索されねばならない。その際、国境を超えたマネーゲーム(為替の取引)に対して広く薄く課税して、国際機関がその税源を元に、途上国への環境技術を移転する費用に充当するなどの構想は大いに検討に値する。
 ヘッジファンドのような存在は、エネルギー・資源価格を乱高下させ、国際社会を動かすほどの活動主体になっているにもかかわらず、タックスヘイブン(節税拠点)を利用して、ほとんどの国際社会が抱える課題に責任を共有しようとしない。すべての、国境を超えた資金の移動に対し、例えば、年間四五〇兆ドルとされる通貨の取引に0.00五%程度の課税をしても二〇〇億ドル以上の財源が確保できるわけである。地球環境問題のように国境を超えた問題を国民国家間の利害調整の問題とし、責任を押し付けあっても本質的解決にはならない。
 所謂「トービン税」を基にした構想であるが、フランス、ブラジルなどを中心に、「国際連帯税に関するリーディンググループ」が〇六年にスタートし、日本も昨年九月、五五番目の国としてこのグループへの正式参加を表明した。具体的方法論にはまだ詰めが必要だが、フランス、ベルギーなどの欧州の国では、国際連帯税として国境を超えた人の移動に航空税のような家財をして途上国援助の税原にする動きもあり、順次視界に入れるべき構想である。
 肝心の米国は、国際連帯税のような新しい発想に基づく制度設計には極めて消極的で、ハーグにできたICC(国際刑事裁判所)や京都議定書に参加しようとしないのと同様の文脈で、「自国利害優先主義」を採り続けている。オバマのアメリカがどう変わるのかは注目に値するが、日本としては米国の孤立を避け、国際社会の責任ある関与者に招き入れる役割が大切になるであろう。無論、国際連帯税がすべての問題を解決するものではないが、新しい時代の世界ルールを思慮する上で、国際連帯税的アプローチは選択肢を柔らかくするのである。国際、国内を問わず、「分配の公正」(誰が負担し、だれが享受するべきか)は、経済学が最大の情熱を持って向き合うべき永遠の課題である。
 さらに、現下の金融不安・経済危機で日本が骨身に沁みて学ばねばならない価値基軸は、「実体性への回帰」と「自律性への志向」であろう。「実体性」とは、マネーゲームの話は止め、過剰流動性を向けるべき具体的産業、事業、プロジェクト、技術の話に先進しようということである。また、「自律性」とは過剰な外部依存を脱し、自らの運命を自分で律する覚悟であり、とりわけ日本の場合、「米国を通じてしか世界を見ない」という視界からの脱却である。
 例えば、日本経済が抱える構造的弱点がエネルギー・食糧・資源の外部依存の高さにあることを重く受け止め、未来に向けて戦略的布陣をする具体的プロジェクトとして、海洋資源開発に触れておきたい。
 「日本は国土の狭い資源小国である」という自己認識は、かつての「持てる国、持たざる国」以来、日本人が引きずり続けている固定概念である。確かに、日本の国土面積は三八万平方kmと世界第六一位である。しかし、領海・排他的経済水域では世界第六位(四四七万平方km)の海洋国家である。しかも、潜在している海洋資源は最近の探査・調査結果を冷静に受け止めても、大きな可能性を有しており、例えば「海底熱水鉱床」といわれる海底火山の出口の周辺には金属、希少金属の巨大な埋蔵が確認されている。また、メタン・ハイドレードなどのエネルギー資源の可能性も大きく、探査技術・採鉱技術の高度化を真剣に積み上げれば、二〇年後の日本を世界に冠たる資源大国にすることも絵空事ではない。
 要するに、目先の危険に揺さぶられぬ、未来への実体ある布陣である。日本人が現在の経済生活レベルを落とさず生きるために、さらには若者が安定した収入を確保して、希望を持って挑戦できる産業フロンティアを創生することが重要なのである。自動車以降のプロダクトサイクルの創造を含め、我々は新産業と技術を拓くことに真剣でなければならない。
 思えば戦後日本は、米国との二国間関係を唯一の機軸として経済・外交を展開してきた。冷戦の終焉後も欧州が対米関係を再設計したのとは対照的に、日米同盟を創造的に見直す気迫も体制もないまま二一世紀を迎え、九・一一後の展開の中で、「アメリカについていくしか仕方がない」という思考停止の中で、イラク戦争と金融資本主義の肥大化という流れにおいて、「傍観者」のつもりで「関与者」となってしまった。今、世界が「全員参加型秩序」というべき方向を模索している中で、日本の立ち位置はどうあるべきか。
 二国間ゲームと全員参加型ゲームの違いは何か。二国間ゲームは参加主体が単純で、かつての日米通商摩擦のごとく激しく衝突することがあっても、同じ顔と何回も交渉する過程で現実的な「落としどころ」がみえてくるものである。
 全員参加型秩序は、参加主体が多角的かつ多次元的で、自分の主張を通すためには「日本の主張も筋が通っている」という理念性が求められる。だからこそ産業国家として見事な国造りに実績を挙げ、道筋の通った平和外交を展開する国としての自画像を踏み固める必要があるのだ。
 「実体性への回帰」と「自律性への志向」はそうした方向への思いを込めた指標でもある。我々は歴史と自らの足跡に学び、思慮深く進まねばならない。
 

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