正社員の派遣切り反対闘争を 多様性で構成される貧困問題 いろんな分野での連携が必要 仕事・住宅から 排除される構造 ――かつては企業が年功序列・終身賃金や家族手当、住宅手当、安い社員寮を用意して、労働者の生活の面倒をみていたが、それをことごとく剥ぎ落としてきた。国や自治体も安い公営住宅建設を取りやめ、民営化してきている。こうした問題については? 公営住宅もどんどん民間化してきている。すごい追い出しの圧力が強い。昔だったら公営住宅はなんだかんだ家賃滞納しても居られた。今は三カ月滞納すると裁判にかけどんどん追い出される。URや都営からの相談が結構増えています。 ゆるさはムダであり、悪であるというような攻撃がかけられている。それが広く席巻しているので、「ため」がなくなっている。そうすると企業からもはじかれやすくなるし、住宅からもはじかれやすくなる。いろんなところからはじかれやすくなる人が増えている。その人たちが結局貧困になってしまう。これを誰が支えるのかという話になる。ゆるくなくては生きていけないなんてやつが悪いとなっている。そこは何も手当されない。そこを支えなくちゃいけないですね。結局そこを支えないと自分たちも支えられなくなってしまうという社会的合意が重要だ。 ――対政府要求のようなまとまったものがあるのですか。 一度反貧困ネットで政策をつくりました。あまりにも総花的になってしまって、かえって何を言っているのか分からなくなってしまった。反貧困ネットでそれをやるのは難しいと思っています。あまりにも多様なので。政策的なものをどこで練り上げるのかはむしろ別個に部会なのかそういうものをつくって、専門家などといっしょに協議しながらやれるような場所があったほうがいいなと思います。 ――生活保護行政の問題ですが、政府が意図的に受給を抑えていることはあるのですか。また福祉事務所職員との関係はどう思われますか。 国が明示的に抑制を示していることはない。ただ、じわじわときているのは間違いない。働けるかどうか医者が判断する。自分がかかっている医者が就労不可という診断を書くと保護の対象になる。しかし、これが信用ならないとなって役所の中の嘱託医がもう一回稼働能力判定会議にかける。昨年四月からモデル的に始まっている。そういうふうになると、本当は働けるのではないのというような圧力が徐々に高まっていく。 北九州市にあったのが、横浜でもあったということが分かってきましたが、職員の人事考査で何件受給させたか、それが人事考査にマイナスに反映されていた。いろんなところで、受給させないような促しがあるということです。まるまる職員がそれにのっかっているということでもない。あの職場は気持ちが腐るのです。大前提として生活保護受給者が増えています。いま百五十七万人、百十万世帯は過去最高です。受給者が増えているのに、職員は増えていない。一人の職員の対象数が増えていく。しかも一人一人にかける事務量が掛け算的に増えていく。めちゃめちゃたいへんで、受給しようとする人からは文句を言われ、上から文句言われ、地域住民から文句言われ、これは報われないですよ。大阪の堺市で調査したことがあるんですが、この仕事でやりがいを一度も感じたことがないと答えた職員が四割もあった。これでは良い仕事はできない。 来るやつらはたいがい困ったやつらだみたいな感じに、忙しいとどんどんなっていってしまう。そうすると疑い深く見てしまう。それが結果的にははっきりとウソをついたわけではないんだけど、出ているオーラがそういうオーラだから、本人がいかにも断られたと帰って来る。われわれの所に、断られたと相談にくる。話聞いてそんなことはないよといっしょに役所に行ったら生活保護が通る。 そういうふうな不幸なことが現場では起こっている。役所の方では「一度もあんたダメだとは言っていないよ」と言う。公務員の人たちの職場状況を改善していかないと生活保護行政は良くならない。自治体職員は今の正規社員と同じで、生活保護の問題を挙げると結局自分たちが槍玉に上げられると思ってしまうから、この問題に触れたくない。そうするとなかなか「良い生活保護行政をやるためには職場を改善しろ」とワッーと打って出れない。外側から職員によるこんなひどい扱いがあったという話ばっかりになってしまう。そこがますます溝を深くしている。 横断的枠組み の闘争が重要 ――反貧困ネットーワークをつくる契機はなんだったのですか。 「もやい」に来る人たちがすごく多様化してくる。DVの人も来るし、若い人も来るし、もちろん働いている人もいるし、メンタルヘルスの人も借金の人もいる。しかも、DVで生活保護でパート労働やっていて多重債務者だったりする人はめずらしくない。これは何の問題だと切り分けているのは運動の側なんだ。本人からしてみると、私の生活を立て直してほしい、それだけなんです。そういうのを貧困の五重の排除として立ててみると、分野もカテゴリーも交わるところに貧困の問題がある。いろんなところに共通している問題なんだ。だけど隠れている。 例えば障がい者の人にとっては障害者自立支援法の問題が大事、障がい者運動の中で貧困の問題は表に出ない。シングルマザーの問題では児童扶養手当が問題だ。労働組合だったら派遣法とかになる。現場にいる人はだんだんそうなってきていることは分かっている。それを貧困問題としてくくり出してみると、いろんな分野が重なり合ってできているので、それに見合った形をつくることでその問題を表に出しやすい。 そういうのをやろうと思ったのが二年前の十一月。それでいろんな人に会うたびに声をかけていった。障がい者運動であればDPI議長の三沢さんに、「こういうことやらないか」と言ったら、「やろう」となった。DVだとしんぐるまざあず・ふぉーらむの赤石千衣子さん、非正規運動だと首都圏青年ユニオンの河添誠さん、多重債務やっている宇都宮健児さんなどなど。そういうふうにして最初に会議を持ったのは二〇〇六年の十二月二十日です。その時には弁護士の中野麻美さんなんかも来ていた。横断的枠組みの中で、貧困問題をあぶり出す。 貧困の問題はつながっているということを関わっている分野の人がよく理解しないといけないので、二〇〇七年三月の集会では、DVの紹介で出る人は自分がDVだけでなく多重債務者でもあり、労働でもひどい目に合った。そういうことを話してもらう。いろんな問題がつながっていることを当事者に話してもらう。実際に構造がそうなっていますから。そういうところで、みんながどこから切っても同じものが出てくるんだなというのを見てもらう。そうしてやったのがウイメンズプラザでやった三月集会でした。 やってみたらマスコミも取り上げて反響が大きかった。私が生活保障問題でやっていたから、どうしても労働問題が弱かった。それが徐々に連合とか全労連とかがかんでくれて、ようやくこの間労働運動の方にもちょっとコミットできるかなあと思っています。 ――十月に明治公園で反貧困大集会が行われました。その時、反貧困キャラバンが全国で行われ、地域で反貧困ネットワークがつくられたと報告がありましたがどのような運動ですか。 今のところは中心になっているのは法律家です。当事者をどれだけ巻き込めているかは地域によって違います。ほとんど関与できていない所もあります。なんとか形をつくったという程度です。まだまだこれからです。とりあえずすごく素朴な段階です。なんでいっしょの課題をやっているのにいっしょに出来ないのか、というのがあるわけです。そこに応えられるような枠組みがないとわれわれが真剣にこの問題に取り組んでいることが見えない。見えない運動は生きない。そういう枠組みを見えるようにすることを第一に置いた。 地方は東京より難しいですから、うまくいっていない所もたくさんあります。少なくとも今回種はまいた。これからもうちょっとやり続けていくなかで、ちょっとずつ促していかないといけない。 自治労の人たちが官製ワーキング問題で今年反貧困フェスタをやりたいと相談にきた。「官製ワーキング問題はどうしても公務員というと既得権益と言われるが今はそういう状態ではない。だけどこのことは自治労だけで訴えていてもダメで、自治労連もそれ以外の人にも広く声をかけて社会運動的にやらないとダメと考えている。あなたたちが使っている反貧困フェスタという名前を使わせてください」。 そういう動きを促すきっかけになれたとすると非常にいいサインだったんですね。広い枠で社会運動的にやっていこうと思うきっかけとかそういう誘引作用が持てれば、反貧困ネットワークをつくった意義は非常にあったと思います。 労働運動と生存 運動の一体化を ――フリーターメーデーが三年前からやられ、全国にも広がっていますがそうした人たちとの連携は? 連携していますよ。私、麻生邸にも行きましたから。連携はしているがいっしょにはなっていない。そこは今後の課題ではないでしょうか。多重債務などで苦しんでいるのに対して法律家が相談にのるとなるとそうした人が運動の核となるということです。 なんで法律家が中心になっているかと言いますと、法律家は一般的にいって色がつかないんです。それだけなんです。大学の先生でもよかった。どうしても誰か立てるという時に、連合のだれだれさんが立ってしまうとそれだけで集まる人が決まってしまう。それは全労連のだれだれさんも同じです。なるべく立場的に両方に呼びかけられる人がいいのです。場合によっては、自由と生存のメーデーをやっている人でもよかった。まだ彼らが呼びかけても弱いというのがあった。法律家は全国組織だし、多重債務問題で何回もキャラバンをやっているから、今回のキャラバンをやろうと思えば、法律家が責任者になって呼びかけるのが一番適切でした。ただ結果的にはそれだけではいけないと思います。もうちょっと広げていかないと。 それこそ法律家と自由と生存のメーデーをやっている若者たちがうまく出会えるかと言えば、ていねいなやり方が必要だ。お互いがお互いに反発してしまうようなこともありますので。彼らの提起は重要だと思っています。結局、労働運動と生存運動を分けていない。 この前、松本に行ってきたのですが、松本に私を呼んでくれたのは、自由と生存のメーデーをやった人たちです。私に生活保護の話をしてくれと依頼してきた。労働運動をやる人が生活保護の問題を取り扱わなければならなくなっている。それは若い人たちのリアリティなんです。だから雨宮処凛さんの「生きさせろ」がスッと入る。既成の運動は労働運動と社会保障運動が分かれてしまっている。なかなかそれを丸ごと受けとめられる基礎がない。どっちかというと、切り取られてしまう。労働分野はこっち、社会保障はこっちと。だけど、それは今の生きずらさと言われる若い人たちのリアリティに応えられていない。むしろ、私は既成のところが労働運動と社会保障運動が分かれているところをどう変えられるかが問われていると思う。そう立てないとなかなか次の世代といっしょにやれない。 ――政治は迷走していますが、二〇〇九年は必ず総選挙があり、与野党逆転が確実視されています。政治の変化にリンクさせながら自分たちの運動を考えていますか。 大きな意味での方向としてそこまでは獲得目標を絞りこめていません。反貧困ネットの性格上絞りづらいことがあります。十月の明治公園の集会がそうでしたが多くが最大公約数的に一致できたのが、派遣法の抜本改正と社会保障費二千二百億削減反対、後は貧困の削減目標を立てろ――です。そこでやらない問題は反貧困ネットワークのつながりを生かして個別の団体など集まってやる。そういうやり方をやっていくしかない。それで基本的にいいのじゃないかと私は思う。 政治に関わって活動の幅が広がった。私はロビー活動なんかやったことなかった。障がい者運動の人たちにはそのノウハウがある。あとは宇都宮さんなど多重債務でサラ金のローン金利を下げさせる法律をつくった運動。いっしょにやっていくなかでいろいろ学べるんです。われわれの要求もロビイングして働きかけるようになっていく。どうやってやるのか分かってくる。まとまって動くことによって社会的メッセージを発信できる。 今度の定額給付金で住民票がない人や外国人などにも給付されるか質問状を出したように。その枠としてカチッといくというよりは文字通りネットワークですから、まとまれる時はまとまってやるがまとまれない時は無理しないで、それぞれのネットワークを生かして個別の部署をつくっていく。 そういうふうに伸ばしたり縮めたりしながら、要はどれだけ影響力を発揮できるか、プレッシャーをかけられるか、そこは柔軟にやっていくしかない。 資本による分断を 打ち破る闘いを ――今年も明治公園のような全国集会を持つのですか。 議論中なんです。反貧困フェスタを〇八年は三月にやり、十月は集会的にやりました。〇九年三月に、同じようなことをやるかといえば、内部でそういう時期ではないではないかと異論が出ています。もうちょっと十月集会イメージというか、状況を明確にしてつきつけるようなものがいいんじゃないかという意見が出ている。 反貧困フェスタと十月集会を毎年恒例行事のように打ち出していくようにはならなさそうだ。そこは政治の動きなどをにらみながらやっていくしかない。市民の役割がどれだけ政治にプレッシャーをかけられるかだと思う。そのためにこちらをいかに大きく見せるか。これを追求することでしょう。五年後にこれを勝ちとると立ててそこに向かうというふうにはならない。 ――秋葉原事件が典型的だと言われるが、社会がそういう人を作り出している。社会が人間関係を崩壊させ、社会全体が沈んでいっている。このことをどう思いますか。 そう考える人が増えていると思います。相談に来る人で病んでいる人が増えています。特に若い人は。破れかぶれになって、矛先があっちに向かったり、こっちに向かったり、隣人トラブルがこじれてすごいことになっちゃった人とか。ふとした感情のはけ口がたまたまちょっと穴が開いたところに、ガッーと行ってしまう。すごく危なっかしくなっている。それは起こった結果だけ見れば、あいつはなんだとなってしまう。それで終わらないようにしなくちゃいけない。社会全体が解決に向けて動いているというメッセージが必要だ。 ――アメリカ発金融恐慌で、実体経済が失速し、大規模なリストラが始まっています。トヨタのリストラが六千人とかマスコミの報道で知りますが、そのリストラされた人たちがその後、どのような困窮に追い込まれていくか分からない。またそうした人たちの抵抗がどのようにされているのかも見えない。貧困のすべり台で落ちていくような気がします。 正社員を中心とする労働組合がこの春闘で何をやるかがポイントだ。連合も非正規を守るような要求も入れていますが、本気でやるかと言えば、まだその明確なメッセージは打ち出されていないように見える。これだけ状況が深刻化してくるとみんな結構それを見ています。「なんだ、結局は形だけか」となるとワーキングプアの下からの圧力はものすごく高くなっていく。それを規制改革会議みたいなものにガッチリ利用されますから、今でも正社員は上からと下からも挟みうちですけどよりいっそう強くなる。 この間派遣切れの報道がこれだけあっても、自動車総連も電機連合も記者会見を打ったという話を聞かない。「なにやってんだよ」となる。その状態が続くとかなりの深刻な分断になってしまう。 正社員の人たちが派遣切りに反対してストを打つみたいなことがちょっとでも起こっていかないと、非正規の人を集める場所がつくれない。そうした動きが見えてこないと今までとレベルの違う分断が持ちこまれるのではないか。カギは正社員が握っている。板挟みの正社員の給料が減ったとしてもその分は会社に吸い上げられるだけで、非正規の人には分配されない。今日明日食えない状態に今これから追い込まれていくという人はそんなこと考えられないので、「なんだあいつら」という話になってしまう。そうならないようにどれだけ春闘に向けて本気で取り組みができるかが問われている。 ――湯浅さんたちがやってきた反貧困運動が今年はまったなしのところにくると思いますが。 去年の成果は状況が悪くなってきていることが共有されたこと。小泉政権の時はそうした認識がなかった。それだけ悪くなってきていることだとも言えます。貧困問題が見えてきて、それをなんとかしなければならないという意識が共有され始めた。私はこれが希望だと思います。 現実にはまだ折り返し点には来ていない。今年は引き続き準備の時期だろう。いいかげんにしてくれよという雰囲気ができている。ここに折り返し点が来るような準備をやっていく時期だ。もっといろんな分野から連携しながら、あっちこっちから声が上がるようなそういう枠組みをさらにつくっていくしっかりしたステップが今年の課題です。 (08年11月26日インタビュー) 自立生活サポートセンター・もやい 〒162-0814 東京都新宿区新小川町8―20こもれび荘 TEL: 03-3266-5744 FAX: 03-3266-5748 e-mail: info@moyai.net 郵便振替口座: 00160-7-37247「自立生活サポートセンター・もやい」 ・銀行口座: 三菱東京UFJ銀行 新宿通支店 普通 3149899 口座名「特定非営利活動法人 自立生活サポートセンター・もやい 理事長稲葉剛」 (トクテイヒエイリカツドウホウジン ジリツセイカツサポートセンターモヤイ リジチョウイナバツヨシ)
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