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アーネスト・サトウ
天保十四年(一八四三年)スウェーデン人貿易商ハンス・ダビッド・クリストファーの四男としてロンドンに生まれる。父親の商売柄、転々と国籍を変える生活であった。小さい時から聡明で学業成績は抜きんでたものがあったが、十四才の時、兄が図書館から借りてきた「支那日本訪問見聞録」を読んで、大きな衝撃を受ける。東方には僕が知らない文明国がある・・・、おとぎ話に魅入られるが如く未知の日本に興味を持ち、外交官を志すこととなる。大学を飛び級で卒業し、日本駐在通訳に応募して、念願の来日を果たしたのが文久二年(一八六二年)九月八日のことである。この時、若干十九才。その後はオールコック、パークスと二代に渡り、通訳として仕える事となるが、その才能は技能者のみに留まらず、匿名で英国策論という論文を発表した。そこでの彼の主張は将軍は大名達の盟主とも言うべき存在であり、日本の元首ではない。よって幕府も日本の公式政府ではなく、これらと外交交渉を行うことは無意味であり、イギリスとしては天皇を奉戴する雄藩連合に手を貸して、日本の政治形態を一新させ、対日交易の円滑化を図るべきであるというもの。
これは取り上げられ、イギリスの対日外交路線となっていく。維新後は一旦離日するものの、再来日を果たし、明治三三年迄駐日公使を勤め、昭和四年(一九二九年)に八十六才で、その生涯を終えた。
「ヨシノブとはいかなる人物か」
通訳のサトウは心持緊張していた。
略
程なく登場を告げる声があり、洋式にあつらえ置かれていたテーブルの前で着座していた四人は立ち上がった。ご対面である。
襖が両方から開かれ、慶喜が現れた。
白地の着物に黒羽織、平袴姿である。今回は公式謁見を後に控えた内謁見であったから、気軽な出で立ちの風である。
老中ら一同は一様にその場にひれ伏した。
慶喜は部屋へ入るなり、四人をそれぞれ一様に笑顔で見廻しながら、一向に構わぬ無頓着な感じですすすっとばかりに足を進めて、
「ハウドュドュー」とけれんみなく発し、パークスに握手を求めた。
パークスは丁寧に会釈をして、これに応え同じように答礼した。
慶喜は他の三人にも会釈をして、着座を勧める
。
双方、儀礼的な挨拶の後は日英関係、アジア情勢などの情報交換を行った。
慶喜は終始余裕の表情で気楽な態度だ。
当初サトウは礼式にふさわしい日本語が話せるか不安で柄にもなく緊張していたため通訳する口調が堅かったがホスト役の慶喜が励ますように絶え間なく相槌を討ってくれ、大いに助かった。
次第によどみなく話すことが出来、内心パークスにどやされなくて済みそうだとほっとした。
「君が間違えることは私の恥であるばかりでなく、大英帝国の恥辱である。
これは一死に値する。よく肝に銘じておくよう。」
何かにつけ、パークスはまくし立てる。
何しろ細かくてうるさい、幕閣同様サトウもパークスは苦手だ。
大阪での宿の手配から護衛の人まで、サトウが段取りしたが、パークスはいちいち注文をつけてきた。
とにかく職務に厳格であり、部下にもそれを求め、やかましい。
自分の価値観を押し付けるタイプだったから、上手くあわせるのにひどく疲れさせられる。 おまけに癇癪もちだ。
そういう人間と一日中一緒に仕事をしている点、幕閣よりサトウのほうが大変だったかもしれない。宮仕えの辛さである。
それに比べ、慶喜は柔和であるとサトウはみてとった。 それに弁舌さわやかだ。
外からは良く見える
第一印象は素晴らしい。
これは慶喜の慶喜たる所以である。
「好人物である。」
彼は慶喜に魅入られた。
略
食事が終わるとラウンジともいうべき別室に招かれて、そこでウイスキーを皆で楽しんだ。慶喜は全く一友人に対して話すが如くの気安さであり、サトウは慶喜に対して水割りを作って日本語でどうぞと差し出した。
「サンキュー、君の通訳は素晴らしかった。随分日本語が達者だが、この国は長いのかね」と慶喜が言う。
「はい、在日六年目になります。」
「六年!、それにしても素晴らしい。私にも君のような優秀な部下が居ればどんな心強いことであろう・・・、パークス公使が羨ましい。」
慶喜の口調は慇懃である。
「とんでもない、殿下。私はいつも老中さんたちとの交渉で意向が上手く伝わらず、ちゃんとやっているのかと公使にいつも叱られっぱなしなのです。それにしても日本語は難しい。一生かけても習熟することが出来るかどうか。
私としては老中の皆さんにもご迷惑をおかけしているのを心苦しく感じている次第です。そのような言葉をいただくともったいない限りです。」
「いや、これは本心だよ。私は君を幕府に迎えたいくらいだ。
大体、老中たちは分からないのではなく、そういう態度をとっているに過ぎないのだからね。
このような状態では貴国との信頼関係が損なわれるばかりだ、きつく申し渡しておくから、もう心配することはない。
君のことは私のほうからもパークス公使によく話しておくよ。」
「ありがとうございます。」
「それはそうと公使初め君たちに贈り物がある。君、公使に伝えてくれないか」
「えっ、はい。パークス閣下、殿下より贈り物だそうです。」
贈り物だってぇ、何だろう。皆、慶喜のほうを見やる。
慶喜は小姓に目配せして、贈り物を持参させ、各人に対しテーブルの前に並べた。
縮緬巻きとキセル、それと刺繍の入った煙草入れであった。
いい加減酔いがまわっているパークスは機嫌よく相槌を打って、
「殿下、これは素晴らしい。しかしながら、このようなお気遣いなされなくても・・・、恐縮です。」
「いえいえ、大奥の女中たちが刺繍した至って粗末なものですが、宜しければお受け取りください。」
うっかりサトウは慶喜の口上をパークスに対して、耳打ちするように忠実に訳した。
「何、粗末な物?、君、馬鹿を言うな。
大層結構なものではないか、失礼だぞ。誤訳してるな、その調子で君はさっきも間違っていたんじゃないだろうな」
パークスはすぐかっかする。 色をなしてサトウを叱責した。
「閣下、違うのです。この国では人に物を贈る時はまずたいした物ではございませんというのが常なのです。
へりくだって言うのが常なのです。」
サトウは慌てて取り繕った。
「うん、そうなのか。ならば、まずもってそう言いなさい。
殿下、粗末な物を頂いて、ありがとうございます。」
パークスが瞬間変な顔をしたので慶喜は気に入らなかったのかと冷や冷やしたが、サトウの大変結構なものを頂いてありがとうございますと言ってますということを聞いて胸をなでおろした。
(だが、パークスという男は珍物だな。喜んでいる顔が怒っているように見える。あれじゃあ、人に好かれまい。)
慶喜はパークスへ愛想笑いをうかべながら、内心思っていた。
http://www.k2.dion.ne.jp/~bakumatu/bas12.htm
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