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『不足』前提の農政へ 資源・食糧問題研究所 代表 柴田 明夫
http://www.asyura2.com/09/revival3/msg/370.html
投稿者 BRIAN ENO 日時 2012 年 12 月 16 日 10:21:31: tZW9Ar4r/Y2EU
 

中国の成長とリスク

世界の食糧需要の拡大の中心は中国です。中国は1978年に改革開放路線へと転換して以来、実質経済成長率が年平均10%で成長を続け、昨年は10.4%と、日本を抜いて国内総生産(GDP)世界第2位となりました。しかし中国は、人口で割ると、一人当たりのGDPは4,300ドルほどなので、1万ドルの先進国入りを目指すには、まだまだ先の長い話です。

今年3月の全国人民代表大会では、2011年から2015年までの第12次5カ年計画で年平均7%の経済成長を目標に掲げていますが、実際は9%前後の成長になるかと思います。しかし、9%の成長ということは、10年たたずに経済の規模が倍になり、資源の需要、食糧の需要も倍のペースで進むことになるので、この中国の影響が非常に大きいと見ています。


中国の膨らむ胃袋

先ほどの人口増加に加えて、世界では食肉の需要も増えています。中国では1人当たりの食肉(豚肉・鶏肉・牛肉・羊肉)の消費量は1990年に20キロ、2009年は50キロに増えています。日本人の消費量は45キロぐらいですが、実は、日本は精肉ベースでの45キロです。中国の50キロというのは枝肉ベースで、骨付きの重量なので、これに0.6掛けして精肉ベースに直すと、消費量は30キロぐらい。まだまだ伸びる可能性があります。ちなみに台湾は70キロ、米国は120キロぐらい食べています。各国が「米国並みに」とはいかなくても、食肉の需要というのは、まだまだ伸びる余地が大きいわけです。

世界の食肉の消費量は80年代の末に1億5,000万トン、先進国がそのうちの1億トンでした。2000年代初めには2億5,000万トンで、先進国は相変わらずの1億トンということで、新興国で伸びていることが分かります。畜産物(牛肉・豚肉・鶏肉・鶏卵)1キロの生産に必要な穀物の量(トウモロコシ換算)は平均すると7キロ、つまり7倍の重量の餌が必要だということになります。2000年代に入って急速に穀物の消費が伸びてきている背景には、この食肉の需要、つまりは飼料需要の増加があるのです。


中国の在庫率

あらゆる民族、国家を問わず、食生活は大きく4つのパターンを経て変化していきます。そのパターンは、主食として雑穀やイモ類などの色が付いたものを食べている時代から、コメ、小麦などの白い穀物に移る「白色革命」の段階、それらの主食が減って肉や卵、水産物、植物油などの副食の比率が増える段階、次に、副食のうち動物性タンパク食品が増える段階、そして、レトルト食品や外食が増加し、伝統食品の高級化、グルメ化といった食生活全体が多様化していく段階を踏みます。けれども、中国では90年代に、この肉の消費が増えてきました。今や都市部ではレトルト食品とか、「緑色食品」という「安全・安心な食品」の需要が増えてきている状況です。


食生活の向上に伴い、中国の穀物の生産、自給はどうなっているのか。コメ・小麦・トウモロコシ・大豆の4つの主要作物のうち、人間の主食となるコメ、小麦は完全自給を果たそうとしています。トウモロコシについては、生産量と貿易量の関係をみると、これまで何とか自給しようと1億6,000万トンまで生産を増やしてきました。しかし、ついに自給できなくなって、2009年から輸入を始めました。大豆については、国内生産は1,500万トンぐらいであきらめ、拡大する需要に対しては輸入で賄おうという構図です。2010年の輸入量は5,800万トンぐらいで、世界の大豆貿易の6割が中国という状況です。

中国の食糧安全保障というのは「転ばぬ先のつえ」を5年先、10年先の不足に備えて突いている状況です。備蓄を厚くし、国内生産も増やしていますが、そのために買いつけ価格を引き上げています。毎年、コメ、小麦、トウモロコシ、大豆、綿花、ナタネの6大作物について買い上げ価格を10%、20%という具合に引き上げてきているのです。日本はコメの備蓄が100万トン、1.4カ月分ですが、中国は備蓄在庫が2億トンに近づこうとしています。そのために容量が3億トン近い設備をつくり、備蓄を増やしてきています。

こうした中で、米国の近年のトウモロコシと大豆の在庫率は5%前後まで下がってきています。特にトウモロコシの在庫率の低下の背景には、エタノール生産の急増があり、指数関数的にその生産量は伸びてきています。

世界の穀物のマーケットが非常に不安定になっている背景にも、米国の食糧戦略が関与しています。米国は80年代までは在庫を厚くし、“世界のパンかご”として世界の安定的な食糧供給のためのバッファーになっていました。東西冷戦が華やかりしころは、途上国の共産化、ソ連化を防ぐために米国が食糧援助という形で関与していましたが、冷戦が終焉(えん)するとともに「低在庫戦略」をとり出しました。その影響が、ここにきて現れ始めているのです。

ところで、世界の食糧供給の半分以上がコメ、小麦、トウモロコシ、イモ類、大豆に依存しています。最初からこれらの作物のウエートが高かったわけではなくて、数千種類あるといわれている作物がある中で、これらが最終的に作物間競争を勝ち残ったということです。高い単収、栽培のしやすさ、味覚の良さ、消費の容易さ、加工性、貯蔵性などの面から、これらの作物が優れていたということです。しかし、あまりにもこれらに供給が絞られてきた結果、かえって食糧の供給構造が脆弱化しているのではないかと思われます。

GMOへの期待

遺伝子組み換え技術を導入すれば、生産量が飛躍的に拡大するという見方もあります。実際に96年が“GMO元年”と言われて、綿花、大豆などの作付けが始まります。近年は、世界の穀物の生産、耕地面積の2割近くが遺伝子組み換え作物(GMO;Genetically Modified Organisms)になっており、米国ではすでに9割前後が遺伝子組み換えの大豆、トウモロコシになっています。しかし、これが食糧問題の救世主になるかというと、GMO元年から10年ちょっとしか経っておらず、その評価もまだ定まっていないのではないか、という気がします。


水の争奪戦

それから、水の問題も21世紀に入り、出てきました。世界の水の消費の7割は、食糧の生産に使われています。しかし、工業化、都市化が進んでくると、工業用水、都市生活用水の需要が急増し、水の争奪戦になりつつあります。地域的には、世界の降水量の36%が中東を含めたアジアですが、人口も6割がアジアに集中していることから、水不足の問題はアジアにおいてより先鋭的に現れるともみられています。

水の世界消費量(km3、左目盛)と世界の人口(億人、右目盛)


離れる農業

食料問題には、農業問題と食糧問題があります。農業問題は先進国の問題で、生産力が高いために需要以上に供給が増え、価格が下がるので、いかに農家の価格を守り、今後の農業を保護していくかという問題です。一方の食糧問題は開発途上国の問題で、食糧の需要が増えて供給が足りないという問題です。世界の傾向を眺めると、経済がグローバル化する中で、食糧問題がこれからの農業問題を包括してしまうのではないか、という気がしています。

こうした海外の動向に対して、日本の消費者はこれまで“3つの安定”を享受してきました。安い「価格」で、最高級の「品質」を、いくらでも市場から「供給(調達)」できるという構図です。しかし「価格」は、すでに均衡点が変わってきています。「品質」については、これまでは高品質のものが手に入ったので、食の安全・安心の問題いわゆる「フードセーフティ」の問題はクリアできました。「供給」については、これまで購買力が大きかったがゆえに、いくらでも市場から調達でき、食料安全保障の問題もクリアでき、「離れる農業」の供給構図になりました。

「離れる農業」というのは、どんどん海外から輸入するようになって、3つの面から離れてきたことを指します。1つは、距離が離れる。輸入先が遠距離化したこと。2つ目は、食品の保存技術が発達して、口に入るまでの時間的にも離れる。さらに、輸入食品も現地で1次加工、2次加工して入ってきますので、付加価値の面でも離れるという格好になりました。そうすると、口に入るまでの離れる農業の中身がブラックボックス化してくるわけです。昔であれば、その地で生産されてその地で食べる「地産地消型」だったものが、互いにどんどん離れ、間にいろいろな流通業者とか食品加工業者、小売業者などが入ってきて中身がわからなくなってくる。要は、食品産業の全体をフードシステムとして見ないと、よくつかめなくなってしまうということです。

ブラックボックス化してくるなか、農薬メタミドホスの混入事件や偽装表示問題など、いろいろな食品問題が出てきて消費者の安全・安心に関する疑心暗鬼が強まった。そこで食品メーカーは、安全性を確認するためのトレーサビリティやHACCP (Hazard Analysis and Critical Control Point)、原産地表示などが要求され、生産管理のコストがかかってしまうことになります。しかしデフレ下でコストアップ分を製品価格に転嫁ができない。そうした中で新たな不祥事も生じてしまう。

「離れる農業」でこうした問題が起きると、日本の国内の農業を見直そうという動きも出てきます。地産地消や全国での直売所ブームなどは、2007年から08年にかけて非常に盛んになりましたが、いわゆる「大きな流通」に対して「小さな流通」への見直し、「離れる農業」から「くっつく農業」への見直しです。

そういう意味では2008年は、海外の相場の上昇と、国内では家庭の食卓のいろいろな食料品の値上がり、さらに国内農業の見直しの動きと、3つが連動しましたが、同年9月のリーマンショックの後、その辺の危機感が薄れていたところに、また価格が上がってきています。今年4月には一斉に小麦から砂糖、コーヒー、トウモロコシ、大豆などの値上がりが始まり、もう一度、国内の農業を見直す動きが出てきています。


減少する農業人口

あらためて日本の農業をみてみると、2010年2月に出た5年に一度の「農業センサス」では、基本的に、全体的な衰退傾向が止まっていません。農業経営体数も05年の2009経営体から10年には1676経営体に16.6%も減少し、農業就業人口も1990年の482万人からさらに減少して2010年には260万人と、ついに200万人台になりました。年々高齢化している農業就業人口の平均年齢も、昨年は66歳になりました。稲作農家では、平均年齢が76歳です。昭和1けた生まれが中心ですね。みんなが後期高齢者に入り、稲作をやめたがっている。就業者数もずっと減る一方です。

しかし見方によっては、こう言う農業経済学者もいます。「当たり前だろう。経済が成長すれば自ずと農業のウエートは下がる。これは衰退ではなくて、農業が近代化している証拠で、これは健全なのだ」と。確かに一般的にはその通りです。しかし、日本の場合、90年代前半から現在までの20年弱、経済はほとんど成長していません。そうした過程での農業センサスの数字ですから、私はこれを衰退していると見るわけです。私は、特に稲作農業に関しては、行き過ぎて、下がり過ぎてしまっているのではないかという気がしています。

専兼業別農家数でも、専業農家は05年の44万3,000戸(構成比22.6%)から10年には45万2,000戸(同27.7%)にやや増えていますが、第一種兼業農家は30万8,000戸(同15.7%)から22万6,000戸(同13.8%)に減少しているので、あまりいいことではありません。全国の耕作放棄地面積も、1980年の13万ヘクタールから漸増し、2010年はついに40万ネクタールにまで増えました。


「過剰」から「不足」へ

世界の食糧情勢を見るならば、もはや日本は「過剰」から「不足」を前提にした農政に切りかえるべきだと思います。実は、日本の農業構図には、「過剰」と「不足」が併存しているという特徴があります。「過剰」とはコメの過剰です。日本では、かつて70年代までは年間約1,200万トンのコメを作っていましたが、80年代からずっと消費量が減る一方です。その過剰分をなくそうとコメの生産を減らした結果、2010年は800万トン台の生産量となってしまいました。しかし、この「過剰」の後ろ側には、「不足」の問題があります。「不足」というのは、日本は過去30年にわたり、3,000万トン近い穀物を海外から恒常的に輸入しているという構図です。トウモロコシが1,600万トン、小麦が500万トン、大豆が400万トン弱、その他を入れて3,000万トン近く。これは、実は「不足」なのです。「不足」といっても、今までは安い価格で最高級の品質のものを幾らでも輸入できたので、あまり「不足」とは思われずに、「過剰だ」という部分だけが強調されて見えていたのです。

しかし世界情勢を見ると、いわゆる「不足」の問題はこれからいや応なく現れてくると思われます。一刻も早く、国内の農業資源をフル活用するという方向で、農業生産を見直すべきです。特に、水田のフル活用で、コメを大増産することです。しかし「増産すれば、たちどころに余って、値段がまた1俵1万円を割ってしまうのではないか」というのが農水省や農業団体の見方ですが、逆に、日本の農業にそのぐらいの「復元力」、あるいは、生産調整をやめて大増産に切りかえた場合に一気に生産量が増えるような「展開力」があれば問題ないのですが、そうした力はすでに失われているのではないかと心配されます。現在は、水田260万ヘクタールのうちの4割、約100万ヘクタールが生産調整の対象になっています。1ヘクタール当たり5トンのコメがとれるとみると、500万トンのコメを生産調整し、価格を支えていることになります。「これをやめれば、たちどころに増産されて、また過剰米が出てしまう」との心配についても、果たして「たちどころに増産されるか」どうか、私にはクエスチョンマークです。「生産調整をやめなさい」といっても、働き手、作り手がいない。毛細血管のように張り巡らされた農業用水についても、水利管理区の予算が事業仕分けで6割方が削られてしまいました。「コンクリートから人へ」という言葉の下で削られ、今はメンテナンスするだけでやっとの状態です。地域の農村も疲弊してしまい、森林などは誰も手をつけない。こんな状況ですから、日本の稲作に「復元力」はないと思われます。こうした中で、TPP (環太平洋戦略的経済連携協定)の問題が出てきたわけです。


http://scienceportal.jp/HotTopics/safety/safety6/02.html
 

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