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[今を読み解く]戦没者をどう追悼するか 遺骨収集など進む議論 成田 龍一 日本女子大学教授
戦時の軍歌「海行(ゆ)かば」に「海行かば水漬(みづ)く屍(かばね) 山行かば草生(む)す屍」という歌詞があった。海外の戦場での数々の遺体。その遺体は、日清戦争ころまでは現地で葬ったが、その後、火葬後の遺骨を国内に送ることとした。この軍歌がつくられた日中戦争のころには、日本に運ばれることが原則となったが、アジア・太平洋戦争での戦況が厳しさを増すにつれ、遺体・遺骨を遺族のもとに届けることが困難となった。代わりに、指の骨などをもちかえることもみられた。
戦没者をめぐるこの事態は、家族や地域がおこなうはずの死者の祭祀(さいし)を国家が代位し、「慰霊」することに連なる。はやくから戦没兵士の扱われ方に関心を寄せる歴史家・原田敬一は、『兵士はどこへ行った』(有志舎・2013年)を著し、戦没者の埋葬と追悼・慰霊が国家の統制下にあり、兵士たちは死してもなお、国家によって管理されることを指摘した。
こうした戦没者をめぐる状況は、日本における死者の悼み方にかかわり、文化人類学や歴史学で論じられる一方、戦争と記憶の問題やナショナリズムにもかかわる議論ともなっている。戦没者の身体と霊の追悼は、現実の政治にも、多くの問題が投げかけられるのである。
●民間人にも拡大
戦後においても、アジア・太平洋戦争での戦没者をめぐる動きは複雑であった。海外での旧日本軍戦没者は210万人に及ぶというが、浜井和史『海外戦没者の戦後史』(吉川弘文館・14年)は、独立後の1950年代に始まった遺骨収集団による遺骨収容は、ごく一部の遺骨をその戦場での死者全体の象徴とする「印(しるし)的発掘」としてなされ、「現地慰霊」と碑の建立をおこなったことを紹介する。それが60年代末から70年代にかけては、発見された遺骨を送還する「条件付きの『内地還送』」に変わった。
こうした戦没者をめぐる現状を報告したのが、栗原俊雄『遺骨』(岩波新書・15年)である。栗原は自ら遺骨発掘に参加しつつ、骨(遺骨)に関心を集中させる戦没者追悼のありようを検証する。とともに、栗原の著作は、「戦没者」という概念を拡大したことに特徴をもつ。これまで戦没者といったとき、もっぱら兵士であることが自明とされていたのに対し、栗原は、空襲や原爆、引き揚げなどで亡くなった民間の人びとにも視野を拡大していく。沖縄戦については(栗原の本にも登場する)具志堅隆松が『ぼくが遺骨を掘る人「ガマフヤー」になったわけ。』(合同出版・12年)を著し、遺骨発掘の現場からの声を伝える。
戦没者をめぐる議論のいまひとつの焦点は、靖国神社である。靖国神社は、日本という国家のために犠牲になったとされた人びとを主な「祭神」としている。政治家の靖国神社への参拝など、しばしば議論を引き起こしてきたことは記憶に新しい。
こうしたなか、『戦没者合祀(ごうし)と靖国神社』(吉川弘文館・15年)で、著者の赤澤史朗は「合祀基準」を検討し、靖国神社に誰が祀(まつ)られ、誰が祀られなかったかを考察した。ことばをかえれば、靖国神社に祀られる「公務死」の範囲をめぐる推移を検討し、戦没者の合祀基準の「対立と変遷」を論じた。赤澤もまた、民間人や「軍属」の合祀をめぐる議論に触れるが、さらに「日本人の戦争観」の緩やかな変化を指摘し、靖国神社への合祀という慰霊のありようを相対化していく。
●目的も問われる
戦没者は、50年を過ぎても死者儀礼が営まれるように、通常の死者とは異なる扱いがなされる。このことは、戦没者をめぐっては、誰が、誰を、どのような目的で慰霊・追悼するのかが問われることでもある。
すでに触れたように、戦没者の追悼は、遺骨収容をめぐり、占領直後と70年前後に動きと変化が見られた。また、95年に沖縄に設立された「平和の礎」は国籍、民族、民間・軍人の境界を越え、沖縄戦で亡くなったすべての人の名前を刻み、問題提起をおこなった。
これらの時期は、いずれも政治的、経済的な戦後史の曲がり角であったが、いままた、具志堅の営みにみられるような、あらたな動きや議論が出されている。戦没者が、父母の世代から、祖父母の世代にあたるものが多数をしめる時代になってきていることがその背後にあろう。加えて、時代の大きな曲がり角であることが察知されてもいよう。戦没者の追悼といったとき、あらたな戦没者を出さないことが、なにより肝要であることを強調しておきたい。
[日経新聞9月13日朝刊P.21]
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