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シオニスト組織とロスチャイルド一族の深い関係
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投稿者 五月晴郎 日時 2015 年 2 月 09 日 16:09:06: ulZUCBWYQe7Lk
 

(回答先: 「ロスチャイルド家」抜きにはありえなかったイスラエル建国 投稿者 五月晴郎 日時 2015 年 2 月 09 日 16:01:49)

●ユダヤ人大富豪ロスチャイルドの研究で有名な広瀬隆氏によると、シオニズムを動かしたユダヤ人の主な協会や機関を調査してみると、次のようなリストが出来上がったという。

※ ロスチャイルド一族の名前がぞろぞろ出ている↓

                 (略)

●広瀬隆氏は著書『赤い楯』の中で次のように語る。

                (略)

●上で広瀬隆氏が指摘しているように、イスラエルはヨーロッパによって創られた国であった。

結局、イスラエルが中東に建国されたのは、ユダヤ人のためというより、なにかと問題の種になるユダヤ人を、自国から追い出したいという欧州諸国の思惑と、ロスチャイルドの中東戦略(利権支配)が一致したのが大きな要因だったといえる。


●なお、アラブ人とユダヤ人は大昔から宿命的な敵対関係にあったと説く人がいるが、それは本当ではない。アラブとユダヤの関係が悪化したのは、第一次世界大戦後のことに過ぎない。そして対立の原因は人種的、宗教的なものではなく、政治的なものである。第一次世界大戦までパレスチナではアラブとユダヤは平和的に共存し、その間に重大な摩擦は起きなかった(ユダヤ人は少数民族であった)。

第一次世界大戦後、それまでパレスチナを支配していたオスマン・トルコの敗北にともなって、パレスチナは国際連盟の委任統治の形式で、イギリスの支配下におかれた。これを機会に、第2章で触れたように、イギリスが戦時中のユダヤ人に対する約束に従って、パレスチナにユダヤ人の「民族的ホーム」の建設を許してから、対立が始まったのである。


●「外国からのユダヤ人が来るまでは、お互い行ったり来たりしながら仲良く暮らしていたものです。」という言葉は、1948年以前にパレスチナに住んでいたアラブ人がよく口にする言葉である。

“外国からのユダヤ人”というのはいうまでもなく、建国後に移住して来た欧米系のユダヤ人を指す。そのような指導者階級のもとで強引に推し進められた「植民(入植)政策」によって、カナンの時代からパレスチナに住んでいたアラブ・セム系先住民の土地が奪われていったのである。そのため“パレスチナ・アラブ人”たちの抵抗運動は死にもの狂いの“テロリズム”にならざるを得ない。  

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