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(書評)『永遠なれ、日本―元総理と都知事の語り合い』中曽根 康弘・石原慎太郎著
エディション: 単行本
5つ星のうち 5.0
デルタ001−−「大韓航空機撃墜」事件(1983)年の闇, 2011/9/1
先ず、私は、反原発派である事を述べておく。その反原発派の私から見れば、中曽根さんは日本に原子力発電を導入した人物であり、石原慎太郎氏は、原発推進派政治家の代表的存在である。従って、中曽根、石原両氏とは政治的な立場は非常に異なる。一方で、私は、憲法改正論者であり、靖国神社国家護持論者でもある。以下の書評は、その様な政治的立場に立つ私の感想である事を留意して頂きたい。
非常に面白い本であった。反原発派である私にとって、原子力発電についての話が出て来ない事は拍子抜けであったが、原子力については中曽根、石原両氏と対局の立場に在る私が、夢中に成って読むほど面白い対論であった。感銘を受ける部分も多々有った。特に、中曽根、石原両氏の生い立ちや精神的遍歴についての回想や、宗教や文化についての発言には、考えさせられる部分が多かった。私とは、政治的な立場の異なるお二人だが、二人とも、人物であると思った。
その一方で、私は、この本の有る部分に非常に興味を持った。それは、1983年に起きたソ連による「大韓航空機撃墜」事件についての石原氏の以下の発言である。
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(以下本書より引用)
KAL機撃墜事件の真相とは−−石原
「中曽根さんの総理時代の話を伺いたいのですが、1983年にKAL(大韓航空)機がオホーツク海上でソビエト空軍によって
撃墜されるという事件が起こりましたね。日本人乗客を含む269名の乗客と乗員すべてが死亡したのですが、空軍の戦闘機が民間
機を撃墜したということで、世界を大いに震撼させました。
この5年前には、やはりKAL機がムルマンスク上空に侵入して氷原に強制不時着させられた。それが今度はペトロバブロフス
ク上空を通過して、撃墜されたわけです。二つの戦略基地はソ連にとっては最重要戦略基地ですから、東西冷戦の最中、その上空を
侵犯して撃墜させられるのはある意味で当たり前でもあります。
この事件が日本にとって大きな意味を持っていたのは、撃墜されたKAL機のコックピットから成田の管制塔に向かって、交信が
行われていたことです。これによって日本は、どの国にも先駆けて、この事件に関する重要な情報を入手することができた。
とくに注目したいのは、「デルタ、001」という言葉です。じつは、この言葉は、大韓航空とアメリカのCIAの間に設けられ
た暗号だった。その意味はいまだにわかりませんが、普通の国の飛行機が、アメリカの情報機関と暗号コードを交わすことなど考え
られません。これは、あのときのKAL機が偶然、領空侵犯したのではなく、アメリカの意向を受けての行動だったことを、ほぼい
い表している。
もっとも、KAL機が何を目的としていたか、アメリカがそこに関与していたかどうかという真相は、すべて藪の中です。あの事
件について国会でも、社会党の大出俊議員が私の書いたものも含めていろいろな情報をもとに質問しましたが、政府はアメリカの関
与をいっさい否定しました。「デルタ、010」という暗号の存在も認めなかった。
しかし私は政府はあの暗号の意味はもちろん、少なくとも中曽根さんをはじめ、高官の人たちは、なぜあの事件が起きたかも知っ
ていると思っています。日本はKAL機との交信記録をはじめ、貴重な情報をいろいろと持っていた。また政府はこれを、かなりの
部分アメリカに渡しましたが、その過程でアメリカからさまざまな情報を得ることもできたでしょう。
私はこの事件を、韓国とソ連だけの問題ではなく、アメリカや日本も絡んだ、まさに冷戦構造の中でこそ起きた、特殊な事件だと
思っています。もちろん、いまも言えないことはあるでしょうが、あれから20年近く経って、ぜひ中曽根さんの口から、当時のこ
とについて、いろいろお聞きしたい。
その前に、私はあの事件に強い関心があって、自分で出かけて当時のJAL、ANA、JAS大手三社の整備担当の重役と部長に
一人一人会って確かめました。出発前にコックピットにいる三人のスタッフが、三人とも間違ってコースをインプットすることなど、
百兆分の一もないと全員がいっていましたがね。」
(本書 140〜142ページより)
(引用終はり)
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石原氏のこの指摘に対する中曽根氏の答えは、この本を読んで頂く事として、生存者が居たとする説までをも含めて、様々な分析や憶測が流れ続ける「大韓航空機撃墜」事件に関する石原氏のこの発言には、この事件を解明する上での史料的価値が有ると思ふ。
後世の人々が、興味を持って読み続ける本であると思ふ。
(西岡昌紀・内科医/「大韓航空機撃墜」事件から28年目の夜に)
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