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経済評論家の長谷川慶太郎氏が、今から29年前、1980年に出版した本の中で、驚くべき出来事を回想して居ます。
長谷川氏は、或る機会に、東ドイツを訪れ、東ドイツ軍の兵営を訪れた事が有ったのだそうです。その際、長谷川氏が体験した出来事を以下に引用しますが、皆さんは、長谷川氏が回想するこの出来事に驚きを覚えずに居られるでしょうか?
(以下引用)
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朝鮮は第二次世界大戦の事後処理として、同一民族でありながら、南北二つの国家に分断され、ついには戦火を交えるという限りない悲劇を味わった。それは、まさに東西陣営の接点であるがゆえの悲劇といえる。
だが同じような条件下におかれながらも、東西ドイツは、同一民族間で決定的な悲劇を惹き起こすことはなかった。私は東ドイツ外務省とのある折衝のおり、詳細は省くが、偶然、東ドイツ軍の兵営を訪れる機会があり、そこでその一つの理由を見たような気がした。
現在の東ドイツの総軍事力は戦車二個師団、歩兵四個師団であり、きわめて弱体である。その弱体な東ドイツ軍を二十二個師団のソ連軍が囲んでいる。すなわち、ポーランドと東ドイツの国境に二個師団、東西ドイツ国境を中心としたドイツ国内に二十個師団である。これらはすべて第一級師団であり、ソ連の最精鋭部隊である。
東ドイツ軍は、前も後ろもソ連軍に囲まれ、きちっと押さえられている。つまり、東ドイツにいるソ連軍は二重の役割を持っているのである。一つは、西側に対する進攻作戦の最先頭に立つこと、そしてもう一つは、東ドイツ国民がソ連に対して反乱することを防止する役割である。
したがって、ソ連は東ドイツに武器の生産を許さず、東ドイツ軍が装備している武器は、すべてソ連製である。だが訓練は、完全に旧ドイツ軍のそれが行なわれており、軍服も階級章も、プロシア軍時代からの伝統を守り続け、ナチスドイツ時代とそっくりそのままであった。しかし、武器以外にただひとつ、ソ連製のものを身に着けていた。それは鉄カブトである。私はこれを見た時、西ドイツの兵士を思い出さざるを得なかった。彼らは、鉄カブトだけが旧ドイツ軍のもので、軍服その他は、完全なアメリカ式だったからである。
つまり、東ドイツの兵士は頭(鉄カブト)がソ連、体(軍服)がドイツ、西ドイツの兵士は、頭がドイツ、体がアメリカなのである。これに気ずいた私は、東ドイツの将校に対するお礼のスピーチの中で、次のような話をした。
「私たち(日本人)の祖父や曾祖父は、かつて、あなたがた(ドイツ人)のおじいさんたちから学んだ軍事知識をもって、日露戦争でロシア軍を敗退せしめた。まさにドイツ軍の技術、知識そして軍人精神は素晴らしいものであり、われわれの先生である。今日、私はあなたがたの軍隊を拝見し、その伝統が、今なお脈々と受け継がれているのを知り、喜びに堪えない。ただひとつ、不幸なことは、“二つのドイツ”が存在することである。私は、東西ドイツの統一は急がねばならないと確信した。なぜなら、あなた方の姿にその悲願を見るからである。つまり、東ドイツ軍の体と西ドイツ軍の頭を一つにすれば、伝統ある旧ドイツ軍の姿にただちに戻るからである。私は、このような日が一日も早く来ることを祈ってやまない」
ソ連軍将校が監視する中での歓迎パーティーであったが、彼ら東ドイツ軍将校たちは、軍靴を床に打ち鳴らして、私の話に応えてくれたものである。東西ドイツ人たちは、ともに民族統一の希望を強く持っている。東ドイツ軍の本当の敵はソ連軍なのである。そこが韓国と北朝鮮の間とは異なる点だろう。韓国軍はけっして米軍を敵だとは思っていない。したがって私は何度も韓国へ行ったし、韓国軍も見たが、そこでは絶対にあのような演説は出来ない。民族統一の希望よりも、“北の脅威”のほうが、はるかに現実的で強大だからである。
(長谷川慶太郎『総合比較・日本の国防力/なぜ、ソ連は日本を侵略できないのか』(祥伝社・1980年)186〜189ページより)
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この一節を読んだ時の驚きと感動は、今も忘れる事が出来ません。
私は、それ以前から、当時の日本人としては非常に稀有な事でしたが、旧ソ連と東欧圏の人々多く知って居ました。
(その経緯については、拙著『ムラヴィンスキー・楽屋の素顔』(リベルタ出版)をお読み下さい。)
東ドイツにも、親しい知人が居ましたが、その当時の「東側」を知る者として、当時の東ドイツで、長谷川氏が、この様なスピーチをした事も驚きでしたが、当時の東ドイツ軍人たちが、ソ連軍将校の居る前で、長谷川氏のスピーチに、この様に反応したと言ふ話は、本当に驚きでした。ベルリンの壁は、崩壊すべくして崩壊したのだと、私は、思ひます。
ベルリンの壁が崩壊して20年が経った今日、長谷川氏のこの回想をドイツの人々に捧げます。
2009年11月9日(月)
ベルリンの壁崩壊から20年目の日に
西岡昌紀
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(関連する日記)
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(2007年5月8日『ドイツは一方的な加害者か?』)
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ベルリンの壁崩壊から20年、記念式典にゴルバチョフ氏など
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ベルリンの壁崩壊から20年、記念式典にゴルバチョフ氏など
(ロイター - 11月09日 12:14)
11月9日、壁崩壊から20年を迎えるベルリン市のブランデンブルク門などで、世界各国の首脳を招いて記念式典が行われる。写真はゴルバチョフ元ソ連大統領。8日撮影(2009年 ロイター/Thomas Peter)
[ベルリン 9日 ロイター] 1989年11月のベルリンの壁崩壊から20年を迎える9日、ベルリン市のブランデンブルク門などで、世界各国の首脳を招いて記念式典が行われる。
式典には、ゴルバチョフ元ソ連大統領やポーランドのワレサ元大統領など、東欧の共産主義政権崩壊の中で重要な役割を果たした当時の指導者も参加する。
また、米国からはクリントン国務長官、英国はブラウン首相、フランスはサルコジ大統領、ロシアはメドベージェフ大統領が出席する。
ドイツのメルケル首相は9日の式典に先立ち、ベルリンの壁崩壊について、「近代ドイツの歴史で最も幸せな日」と述べた。