書評:ダーウィンが信じた道 (エイドリアン・デズモンド、ジェイムズ・ムーア著/矢野真千子、野下祥子訳 NHK出版 3255円) <略歴> エイドリアン・デズモンド 1947年、英国生まれ。生物進化学者。 ジェイムズ・ムーア 1947年、米国生まれ。科学史学者。http://www5.hokkaido-np.co.jp/books/20090816/2.html 奴隷制反対が探求の源 今年は、ダーウィン生誕200年、「種の起源」出版の150周年にあたる。多くの「ダーウィン本」が出ているが、本書の価値はひときわ高い。著者の2人はともに科学史家。1991年、ダーウィンの膨大な手紙や日記などをもとに従来のダーウィン像を一新し、多くの賞に輝いた「ダーウィン 世界を変えたナチュラリストの生涯」という大著を出している。その最強ペアの新作は、前著の内容をある意味では根底から覆すような、驚くべき本となった。 原題は「ダーウィンの聖なる動機−人種、奴隷制、人類の起源の探究」。ダーウィンが進化論を目指した根本の動機は、生物学の探究より、むしろ人種差別・奴隷制の撤廃にあったことを、未公刊の手紙や、当時の英米の社会的背景の分析をもとに明らかにした画期的なダーウィン伝である。 訳者の解説にあるように、前著で著者らが腑(ふ)に落ちなかったのは、感情的になるのを自制し続けたダーウィンが、生涯に3度だけ激高した理由が、いずれも奴隷制にかかわっていたことである。ダーウィンは、なぜ奴隷制にそれほど強い反発を見せたのか? この謎を見事に解き明かしたのが本書である。ダーウィンの妻、エマは高級陶器の老舗ウェッジウッドの家系で、この家は豊かな財力を奴隷制廃止運動に使っていた。ダーウィン家もまたこの運動を支援していたのである。尊敬していた地質学者ライエルとの奴隷制をめぐる葛藤(かっとう)など次々に明らかにされる事実に600ページ以上の大著ながら、興味がつきない。 人類は一つの種だと主張し、奴隷制に反対しながら、一方でダーウィンは先住民を明確に差別した。日本では先住民も人間であることを疑うような議論はなかった、と解説者の長谷川眞理子氏は述べているが、はたしてそうであろうか。戦うダーウィンと、差別するダーウィン。現在を考えるうえで、さまざまな示唆に富む大著である。 評・小野有五(北大大学院地球環境科学研究院教授) |