投稿者 ぶぶちゃま 日時 2010 年 2 月 13 日 21:26:14: .lUpeuP1G2Acc
足利事件の再審第6回公判の最終意見陳述で、菅家利和さんは「冤罪で苦しむ人が二度と出てほしくない」と声を詰まらせながら訴えたと言う。
この日の公判で宇都宮知見の検事が「取り返しのつかないことをして、検察として誠に申し訳ない」と謝罪したが、論告は「無罪の言いわたしがなされるべき」などとわずか43文字。謝罪とあわせても一分ほどしかかからなかった。(中略)閉廷後の記者会見では「(逮捕から釈放までの)17年を思えば、1分では物足りない。腹の底から謝っているようには思えない」と怒りをあらわにした。
(読売新聞32面)
この菅家さんの魂の叫びを、検察は何と受け止めるか。
前回公判で、当時取調べを行った森川検事は謝らなかった。そして今回は形だけの謝罪である。「人間としての心」はどこにあるのか。この様な人物に人を起訴する資格があるのかと言いたい。
菅家さんは「なぜ私が犯人にされ、自由を奪われたのか。原因を説明してほしい。こうなった責任が誰にあるかも説明してほしい。裁判所にはどうしても謝ってほしい」と、裁判所にも謝罪を求めている(12日読売新聞夕刊9面より)。当然の主張である。
裁判官も官僚的発想で、しかも調書優先である。その調書は、検察のシナリオ・ストーリーに沿って作られているというのが実態だ。
私の裁判でも、公判での参考人、証人の発言より、密室で取られた調書の方が信ぴょう性が高いという判決であった。真実、事実を述べた公判での話よりも、密室で検事により意図的、恣意的に作られた調書の方が正しいというのは、はじめから検察に軍配をあげている様なものである。
私自身、検察のやり方を経験した者として、菅家さんの気持ちが痛いほどよくわかる。冤罪をなくす為にも、やはり取調べを全面可視化することが急務である。今こそ全面可視化の実現に向け、更なる努力をしていく。
法務大臣、副大臣、大臣政務官が官僚の掌(てのひら)に載せられ、国民の目線に立っていない現実を見るに付け、国民の代表たる国会議員が立ち上がるしかないと感じる。しっかり前に進めていきたい。
http://www.muneo.gr.jp/html/page001.html より転載。
情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊) ブログさんの記事に持ち込み取調べ可視化についての取り組みを呼びかける記事をご紹介します。↓コチラより
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/98d8bc326359299217a68ce22a6ee7cd
まだまだいろんな意味で時間がかかりそうですね・・・我慢強く待つとします。
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
フォローアップ:
次へ 前へ
▲このページのTOPへ
★阿修羅♪ > 日本の事件29掲示板
★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/
since 1995
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの
引用、転載、リンクを許可します。
確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。
▲このページのTOPへ
★阿修羅♪ > 日本の事件29掲示板