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毎日新聞 6月15日(水)13時54分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110615-00000208-mailo-l18
高速増殖原型炉「もんじゅ」など原発3基が立地する敦賀市で、1741年の「寛保津波」の到達を記録した古文書が新たに見つかった。東日本大震災を受け、これまで自治体などが把握していなかった津波の記録が古文書から相次いで確認されており、専門家は「国が過去の地震記録をデータベース化し、研究や防災に活用すべきだ」と指摘している。
【柳楽未来】
敦賀短大の外岡慎一郎教授(日本中世史)が、同市市野々の豪農柴田家に伝わる古文書「柴田一男文書」に、北海道の渡島大島の火山活動に伴う1741年の寛保津波についての記述を確認した。敦賀で「海上波もさしてあれすニ塩さす也」と波があまり荒れずに海面上昇したことや、津波が川をさかのぼった様子が書かれている。松前・江差(北海道)で「死人三千余、舟七十余破損之由」、小浜、若狭浦々、輪島など各地の被災情報もつづられ、外岡教授は「信ぴょう性は高い」としている。
「原発震災」に詳しい石橋克彦・神戸大名誉教授(地震学)は、03年から日本史や情報工学の専門家らと文献に残る地震の記述についてデータベース化し、インターネット上で検索できるシステムの構築を進めている。500〜1600年代の約3000の文献をまとめたが、江戸時代以降は文献の数が多く、個人的な取り組みでは限界があるという。石橋教授は「史料に残る記録を最新の科学的知見に照らし合わせることで、新発見をもたらす可能性がある。国家的なプロジェクトとして取り組むべきだ」と話している。
【柳楽未来】
6月15日朝刊
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