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「CO2削減貢献量」の国際標準化に突然待ったがかかった
再び浮上する温室効果問題と国際標準
2012年11月9日(金) 市川 芳明
新たな天然ガスの大規模採掘が期待できるシェールガスが脚光を浴びるなど、発電に伴うCO2削減にまっしぐらに進むよりも、ベストなエネルギーミックスを目指すという社会の傾向が顕著になってきた。こうなると、温室効果ガスの増加が懸念される。
こうした中で国際標準という舞台でのバトルも激化している。筆者が議長を務めるIEC TC 111(電気電子分野の環境規格委員会)が10月15日の週にブラジルフォルタレーザで開催された。
2012年10月 IEC TC 111会合(ブラジルフォルタレーザ)
この1週間の会期中に、日本電機工業会がリーダーとして進めている温室効果ガスワーキンググループ(WG)も開催された。このWGが開発している規格は2つある。1つは電気電子製品のカーボンフットプリント(ライフサイクルトータルの温室効果ガス排出量を算定する手法)をテーマとしたもので、この会議の前に既に投票回覧を可決し、来年早期の発行に向けての最後の詰めが行われた。こちらは順調と言える。
もう1つが問題だ。いわゆる削減貢献量というテーマである。
削減貢献量とは何か?
削減貢献量という考え方が日本では顕著に浸透し始めている。インターネットで検索すると数々の事例があがってくる。電機・電子業界では「製品使用時のCO2排出削減への貢献」をスローガンに取り組みを進めており、化学工業会では「CO2排出削減貢献量算定のガイドライン」を公表している。
この流れはさらに部品業界においても活発化しており、算定ガイドラインの作成が進んでいる。これらの日本の動きとは別に、ICT(情報通信技術)分野では、欧州でもEnabling Effectという呼び名で算定のガイドラインや業界規格が着々と策定されている。
削減貢献量の考え方は、ICTや電機・電子や化学などのエネルギー使用量の多い産業が地球温暖化の観点から非難の的となりやすいことに端を発する。いずれもいわゆるハイテク産業であるが、農林水産業と比較すれば、その製品を使用する際に当然電力を使うし、製造時のエネルギー使用量も多い。
しかし、ハイテクによって省エネ製品が世界に普及し、遠隔オフィスや交通渋滞の解消に貢献したことも事実である。化学産業では住宅の断熱効果がエアコンの電力消費を大幅に抑えたこと、あるいは太陽光発電を可能とする素材の開発にも貢献したという事実がある。
そこで、技術革新の無い状態がこのまま何十年も経過すると、未来の社会からどれだけの温室効果ガスの排出があるのかを推定するとともに、産業界の努力によって高効率の製品の市場導入実績に基づく温室効果ガス排出量を算定し、その差分を取るという考え方が生まれた。これが削減貢献量と呼ばれるものである。
しかし、このような狙いをもって数々のガイドラインを作っても、自己満足に終わっては意味が無い。自他共に認められる必要がある。従来のように国内のコンセンサスだけで終わってはまたカラパゴスと呼ばれてしまう。そこでこの考え方をIECの技術報告書として出版しようと昨年から日本提案のWGを開始したのである。
一部の国の警戒感
しかし、10月のブラジル会合で待ったがかかった。日本、イタリア、韓国を中心に進めてきた本プロジェクトに十分に参加できていない一部の国の警戒感を招いたのである。完成したドラフトの投票に入る前に、そのドラフトを白紙に戻し、もう一度最初から見直すべきであるというとんでもない提案が出た。逆に言えば、一度投票に回付されれば可決するだろうという懸念の表れでもある。それを強引に止めようというのである。
本来のIECのルールでは、順調に推移しているプロジェクトの中断を、積極的に参加していないある特定の国が反対するというやり方はない。議長である筆者とイタリアの幹事は、前例のないイレギュラーな進め方には反対であった。
しかし、国際交渉はある意味で「何でもあり」の世界である。当該国は強引な主張をゆずらす、また各国への事前根回しも進めていた。そこで折衷案として、中立の立場の英国が「投票回付する前にアンケートを回覧してすべての国の意見を問う」ことを提案し、これが決議された。もちろん、これから積極推進国側は巻き返しの対策を講じることになるであろう。
むしろ当然通るべき道だ
筆者はこのような経験は良いことだと思う。そして、これまでに日本が避けてきた道のようにも思う。国際交渉が苦手だという意識があるからだ。
日本が世界の方々に役立つユニークな文化、社会制度、コンセプト、あるいは技術を多数持っていることについては、各国とも認めていただけることだろう。しかし、これを国内だけに定着させればよいという見方がいまだに根強い。これではあまりにもったいない。
ISOやIECといった国際標準は、有益な技術を世界で共有するためにある。逆に国際標準にならなければ、国内での調達さえおぼつかなくなり、やがて消え去ってしまうであろうことは既に述べたとおりだ。
これから「しょせん我々はカラパゴス」と卑屈に自己満足することなく、新興国を含めた世界に役立つことを目指してどんどん発信すべきである。その過程では当然ながら、他国の警戒感を招く。これを乗り越えて相互信頼と国際合意を達成できなければ、真に国際社会に貢献することはできないし、その技術や制度を守ることもできないだろう。今回の事例はその当たり前の局面を経験するよいレッスンとして前向きに受け止め、各国の理解を獲得するべきである。
カーボン回収貯蔵技術の国際標準に期待する
一方、温室効果つながりで脚光を浴びている技術がある。CCS、すなわちCarbon Capture and Storage(炭素回収及び貯蔵)と呼ばれる技術である。これは化石燃料を用いた発電所から出る排気ガスに含まれるCO2を回収し、液化して地下深くの安定した地層に埋めて貯蔵するというものである。地球温暖化を防ぐ切り札とも言われている。石油や石炭を地中から採掘して燃やし、燃焼エネルギーだけを頂戴して、CO2はまた地中に戻してしまうというわけだ。この技術は今後ますます脚光を浴びくると思われる。
CCSの技術(経済産業省CCS2020*)
CCSは日本の産業技術が進んでいる分野でもある。有望な輸出産業となるものと期待が寄せられている。
すると、当然ながら国際標準規格が心配になる。実は、既にISO TC 265が出来ているのだ。カナダが議長国と幹事国である。日本はRITE(地球環境産業技術研究機構)が国内審議委員会を担当している。
筆者が所属する企業も国内審議委員会に参加させていただいている関係で、RITE殿から相談をいただき、本TCへの対応策をアドバイスしている。まだ手遅れにはなっておらず、日本の方々の今後の活躍が十分に期待できる状況である。
ISO TC 265 CCSの専門委員会
市川 芳明(いちかわ・よしあき)
日立製作所地球環境戦略室主管技師長
1979年東京大学工学部機械工学科卒業。入社後,原子力の保全技術及びロボティクス分野の研究に従事。1995年より環境保全分野のソリューションビジネスを立ち上げる。2000年初代の環境ソリューションセンタ長を経て現職。東京工業大学、お茶の水女子大学の非常勤講師を経験。現在IEC(国際電気標準会議)TC111議長、ISO TC 268/SC1議長、ISO TC207エキスパート、CENELEC(欧州電気標準委員会)オブザーバー、工学博士、技術士(情報工学)。 著書に『環境ISO攻略読本』(中央法規出版)、『環境影響評価入門』(日経BP社)、『環境適合設計の実際』(オーム社)、『新たな規制をビジネスチャンスに変える環境経営戦略』(中央法規出版)、『EuP指令とエコデザインマネジメント入門』(産業環境管理協会)、『REACH対応実務の手引き』(中央法規出版)ほか
市川芳明 世界環境標準化戦争
世界的に優れるといわれる日本の環境・エネルギー技術。地球環境問題の緩和と経済成長の両面でカギを握る。だが、最終製品の性能や品質だけが世界市場での優位を決するわけではない。その重要な要素として世界標準をとれるかどうかの比重が増している。それは科学とビジネスと行政に通じた交渉を経てはじめて成し遂げられる。環境技術も例外ではない。国際規格づくりや海外の規制対応の前線で活躍する筆者に、世界標準を巡る駆け引きとバトルの実態をリポートしてもらう。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20121106/239089/?ST=print
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