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iPS細胞、知られざる“特許攻防”と科学立国への課題
http://www.asyura2.com/09/nature4/msg/846.html
投稿者 MR 日時 2012 年 11 月 07 日 07:09:51: cT5Wxjlo3Xe3.
 

(回答先: ノーベル賞研究が導く未来 再生医療の扉を開いたiPS細胞  量子コンピューター 創薬の宝庫 投稿者 MR 日時 2012 年 10 月 19 日 00:15:35)

iPS細胞、知られざる“特許攻防”と科学立国への課題

2012年11月7日(水)  田中 深一郎

 「バイエル薬品、ヒトiPS細胞を先に作製――特許も出願、山中教授抜く」

 京都大学の山中伸弥教授が2012年のノーベル生理学・医学賞を受賞することが決まったばかりで、驚いた読者も多いかも知れない。だが、これは最近の記事ではない。今から4年以上も前、2008年4月11日のものだ。

 毎日新聞の朝刊1面トップに踊ったこの見出しを見て当時、科学技術の担当記者だった筆者は、非常にびっくりしたのを今でも覚えている。

 この5カ月前の2007年11月、山中教授が、ヒトのiPS細胞(新型万能細胞)の作製に成功したと米科学誌セルに発表した。それ以来、報道各社の科学記者の間では、「iPS祭り」とも言うべき報道合戦が起きていた状況だった。

 そんな頃だっただけに、日本法人とはいえ、ドイツの有名医薬品企業が山中教授より前にヒトiPS細胞の作製に成功し、特許出願でも京都大に先行した可能性があるというニュースは、衝撃を持って受け止められた。しかも記事には、iPS細胞を作成したのは「バイエル薬品神戸リサーチセンターの桜田一洋センター長らのチーム」とある。外資系企業の日本人研究者が山中教授の対抗馬に浮上――という構図が一段と話題性を高めた。

 ここで、なぜこの話題を持ち出したのかについて触れておく。今年10月、山中教授のノーベル賞受賞を受け、筆者は約4年ぶりにiPS細胞の業界を取材した。その中で、このバイエルの特許を巡るその後の興味深い経緯を知り、日本の基礎研究やその実用化に関する2つの課題について、改めて考えさせられることになったからだ。

 科学立国ニッポンに垂れ込める不安材料と言ってもいい。

 2つの課題とは何か。どちらも、これまでも繰り返し言われてきたものではあるが、iPS細胞という注目度の高い技術と絡めて考えると、実感が増すのではないだろうか。

学術的価値とビジネスへの意味は別

 最初に明確にしておく必要があるが、山中教授がノーベル賞に選ばれたのは、2006年にセルに発表した、マウスのiPS細胞に関する論文が直接かつ最大の理由だ。この論文で山中教授のチームは、皮膚など成熟した体の細胞に複数の遺伝子を組み込むことで、細胞があらゆる組織に成長できる万能性を取り戻せることを世界に先駆けて示した。

 仮にこの論文を見た別の研究チームが同様の方法で山中教授より先にヒトiPS細胞を作製していたとしても、基礎研究上の功労者が変わるわけではない。論文発表からわずか6年でのノーベル賞受賞が、学術的価値の大きさを物語っている。

 ただ、iPS細胞が再生医療や創薬といった医療応用への期待が高いことを考えると、事情は変わってくる。実際に人間の治療や薬の開発に使われるのは、マウスではなくヒトの細胞だからだ。

 ヒトiPS細胞の作製に関わる基本特許を営利目的の企業、しかも海外企業に奪われれば、日本の企業や研究機関は高い特許使用料を支払う必要が生じる可能性がある。これは、iPS細胞の実用化の遅れや、患者の負担増につながりかねない。

 結果から言うと、京都大と海外企業との間で泥沼の特許紛争に発展する恐れさえあったこの問題は、既に解決している。

 バイエル薬品が出願していた特許は、iZumiバイオという米バイオベンチャーを経て、同社と合併してできた別の米バイオベンチャー、アイピエリアンに権利が移った後、2010年に英国で成立した。しかし、2011年2月、アイピエリアンが京都大に特許を無償譲渡し、京都大が同社に特許使用を許諾する形で事態は決着した。アイピエリアンは、京都大が出願していた特許が2008年に日本国内で先に成立したことなどから、数億円単位の費用がかかる係争を避けたのではないかと推測される。ちなみに、桜田氏は現在、ソニーコンピュータサイエンス研究所に在籍している。

 結論だけを聞けば、大した問題ではなかったように思われる。しかし、iPS細胞作製に関する知的財産権を巡る水面下の攻防はもっと複雑だったようだ。

山中教授に接触した米ベンチャーがあった

 iZumiというのは、山中教授が2006年に論文発表した後、米ベンチャーキャピタルのクライナー・パーキンス・コーフィールド&バイヤーズ がiPS細胞の実用化を目的として設立したベンチャー企業だ。設立時期は、日本でiPS細胞が広く知られるより前の2007年。ちなみに、クライナー・パーキンスは、米アマゾン・ドット・コムや米グーグルなどにも出資した世界有数のベンチャーキャピタルである。

 クライナー・パーキンスはiZumiの設立前後、山中教授が過去に在籍していた米グラッドストーン研究所にも接触。「山中教授を研究幹部として招聘する狙いもあったようだ」(関係者)。 だが、山中教授はグラッドストーン研究所の上級研究員を兼務することになったものの、メインの研究拠点は引き続き京都大に置く判断を下した。

 事態が冒頭の記事に関係し始めるのはこれからだ。その後、バイエル薬品が神戸リサーチセンターを閉鎖したことに伴い、同センターでiPS細胞研究に携わっていた桜田氏が、科学担当最高責任者としてiZumiに入社することになったのである。桜田氏を迎えたiZumiは、同氏が出願したiPS細胞の特許権を手に入れようと、2008年頃に度々ドイツのバイエル本社に出向き、譲渡を求めたという。

 これを察知した日本の関係者は阻止に動いたものの、2009年2月、バイエルは特許の権利をiZumiに譲渡した。この時点では、iPS細胞を巡り日米で特許争いが生じるリスクに対し、危機感を抱いていた関係者は少なくなかったはずだ。実際、2010年頃には米国で京都大とアイピエリアンの特許紛争は「開戦前夜」とも言うべきぎりぎりの状況にまで至っていたという。

 既に書いたが、iZumiの設立は2007年だ。これは、日本でiPS細胞の知名度がほとんどなかった時点で、米国では新たな金脈となり得る新技術を見分ける“目利き”が存在し、さらにそれをバックアップする資金の出し手がいたことを意味する。本来、日本で生まれた技術であれば、日本の大手企業やベンチャーキャピタルが最初に触手を伸ばしてきてもおかしくない。いや、むしろそうあるべきだが現実は違った。当時を知る関係者は、「クライナー・パーキンスの先見の明には驚くばかりだ」と舌を巻く。

 日本発の研究成果を海外勢にさらわれる最悪の事態は結果として避けられたものの、新しいアイデアや技術に対する日本の企業や投資家の初動は米国などに比べて鈍い。これが筆者が感じた1つ目の課題だ。

 iPS細胞のように、画期的とはいえ事業化できるかどうか不透明な技術への投資に対し、大手製薬企業などが二の足を踏むのは当然だろう。しかし、初期の研究成果を正しく目利きする人材、リスクの中に機会を見出して産業化を狙う人材、さらにこういった人材を支えるリスク資金までが乏しければ、いくら日本で優れた技術が生まれても、世界の市場を奪うといったシナリオは描きづらい。

係争を回避できたのはなぜか

 もっとも、この“事件”に対する見方を変えれば、日本側の関係者は特許紛争という最悪の事態を水際でうまく回避した、とも言うこともできる。

 米ベンチャーがiPS細胞の権利を京都大に譲渡することになったきっかけの1つは、京都大の出願していた特許が日本国内で先に成立したことだとされる。早期審査が実現した裏には、山中教授を支える専門家や政府関係者の後押しがあったとみられる。

 現在、iPS細胞に関する有力な特許は京都大が運営に関わる特許管理会社のiPSアカデミアジャパンが管理し、製薬会社や関連機器メーカーなど国内外の約60社にライセンス供与している。京都大が基本特許を確保し、企業や大学研究者が安心して利用できるシステムを整えたことで、世界中でiPS細胞の実用化を目指した研究が推進されるようになったのだ。

 もちろん、実用化が近づくにつれて応用に近い特許の取得競争は激しさを増すことになるが、「基盤的な技術を1社に独占されることなく、応用技術に関しても京都大が海外企業との交渉力を確保する」という目的は、今のところ達成されている。

 iPS細胞に関しては、知的財産戦略だけでなく、中核となる研究拠点の構築や研究資金の手当てといった環境整備も、従来の日本の研究プロジェクトと比べると格段に充実している。政府の研究予算についても、確かに欧米に比べれば金額的には見劣りするものの、これまで国内では考えられなかったような多額の資金が、長期にわたって投じられている。

 こうした研究のバックアップ体制が比較的うまく機能しているのはなぜか。この点が、筆者の考える2つ目の「課題」につながる。

イノベーションが人を引きつける

 iPS細胞についてこれまで日本が主導権を握ってくることができたのは、研究者や官僚に加え、知財や産業育成の専門家らを交えた「チーム作り」の成功が要因の1つと言える。山中教授は2007年以降、記者会見などで取材に応じるたびに「早期にオールジャパン体制を作らなければ、研究競争で欧米に負ける」と繰り返し訴えてきた。そして周囲も、こうした山中教授の主張に呼応する形で、研究推進や実用化を目指した環境整備を着々と進めてきた。

 自分が率いる研究に関して公の場で「オールジャパン体制」の支援を求めることは、かなり勇気がいる行動だと思う。「オールジャパン」という言葉には、聞きようによっては少し浮かれた響きがあるし、ともすれば「予算配分が偏っている」「なぜ特定の研究者だけ特別扱いされるのか」などと、他の研究者から後ろ指を指されかねない。

 だが、iPS細胞の研究に関しては、周囲からそうした苦言が呈されることは少なく、研究予算の重点配分についてもおおむね好意的に評価されているようだ。

 最大の理由は、取りも直さず、山中教授の研究が科学的に根源的な価値を持ち、誰の目から見ても圧倒的なインパクトのある成果だったからだろう。少数の遺伝子を組み込むだけで成熟細胞を「初期化」できるという事実の発見は、たとえその技術が最終的に医療現場で直接利用できなかったとしても、生命科学上重要な意味を持つことに変わりはない。

 研究の目的や意義が明確で、従来の手法の延長線上にはない独創的なアプローチでその目的を達成した――。「チーム山中」の周囲に有能なメンバーが集まり、「オールジャパン体制」がスムーズに形成できたのは、恐らくこの一点に尽きる。特許の問題も、こうしたチームだから乗り越えられたのだと思う。

 筆者が2つ目の課題ととらえているのは、このことの裏返しである。周囲の支持と尊敬を集め、実用化に向けた大きな機運を醸成できるのは、結局、“イノベーション”と呼べる成果を生み出した研究者だけだ。

 残念ながら現実には、イノベーションに取り組んでいる研究者ばかりではない。極端な書き方をすれば、実際には他の科学者が発見した根源的成果を単に応用しただけの研究や、重箱の隅をつつくようなインパクトの小さい研究に終始したり、巨額の費用を投じて実験装置や観測装置を作ることに執着したりしている研究者もいる。これには、研究者が予算やポストの獲得のため、成功確率の高い研究や論文を書きやすいテーマに流れざるを得ない状況を作っている環境面にも問題がある。

 科学系の3賞で最近5年に7人の日本人がノーベル賞を受賞したことは、やはり快挙だ。もちろん、科学研究の価値を図る尺度はノーベル賞だけではないが、今後も多数の、特に若い基礎研究者がこれらの先達に続けば、日本は活性化する。

 日本経済が活力を失う中、革新的な研究テーマに挑み続けられるような仕組みを整え、さらにその果実である産業応用の担い手を育てていくことが、科学立国を通じた日本再生に欠かせない一歩なのだと思う。


田中 深一郎(たなか・しんいちろう)

日経ビジネス記者


記者の眼

日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。
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