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放射能、アスベスト、有害ゴミ……「環境汚染大国ニッポン」
【第6回】 2012年10月16日 井部正之 [ジャーナリスト]
アスベスト分析法めぐり
世界の笑いものになる日本
(追補)
建材中のアスベストを調べる国際標準規格(ISO)の分析法と日本独特の日本工業規格(JIS)分析法をめぐって、国際的な評価と国内のそれがまったく違っていた――。本連載では、この驚くべき問題について、日本政府と一部の専門家の身勝手、且つ支離滅裂な主張を明らかにしてきた(第2回、第3回、第4回)。本稿では、これら2つのアスベスト分析法について、誤解を招きかねなかった内容を整理するとともに、関連する事実関係、今後のJIS法のあるべき姿について追補する。
JIS法が「不正確」な理由
建材中にアスベストが含まれているかどうかを調べる「定性分析法」の国際規格(ISO22262-1)が7月1日に発行された。このISO法に日本が提案してきたJIS分析法が採用されなかった理由は、日本側が主張するように時間的な余裕がなかったなどということではなく、「不正確」な分析法と判断されたからだった(詳述本連載第2回、第3回、第4回)。
これがどのように「不正確」なのか。一部で若干誤解があったようなので改めて解説する。
7月1日に発行されたISO法は、実体顕微鏡と偏光顕微鏡を組み合わせた欧米式の分析法を採用した。一方、今回採用されなかった、日本が提案していたJIS法は、X線回折と、偏光顕微鏡の一部の機能だけ備えた位相差分散顕微鏡を組み合わせた日本独特の方式だ。
基本的にはすでに報じたとおりだが、JIS法の精度に問題があることを以前から指摘してきたNPO「東京労働安全衛生センター」の外山尚紀氏の言葉を借りれば、「JIS法は(アスベストが建材に含まれているのを見逃してしまう)『フォールス・ネガティブ』と(その逆にアスベストが含まれていないのに含有ありと誤判定する)『フォールス・ポジティブ』のどちらも起こしやすい」分析法である。
とはいえ、いくら「不正確」なJIS法でも、なんでもかんでも間違えるというわけではない。
「アスベストが50%以上も含まれている吹き付け材なんかではさすがに間違えない。アスベストが低濃度で含まれる、ちょっと難しい建材で誤った分析結果を出しやすい。たとえば吹き付けロックウールにアスベストが5%未満で含まれる場合などにアスベストを見逃しやすい。逆に実際にはアスベストが含まれていないのに含有ありとしてしまう典型は吹き付けバーミキュライト(ひる石)。実際にはアスベストが入っていないのに含有ありとしてしまう事例が頻発している」(外山氏)
ISO法の審議過程で日本側はカナダの委員が用意した建材をJIS法で分析し、そうした低濃度のアスベスト含有の建材の分析ミスを頻発した。なにしろフォールス・ネガティブが40%、アスベスト含有量の分析(定量分析)で著しく分析結果が異なるものが53%と散々な結果で、驚いたカナダの委員が「本当に公表していいのか」と日本側に尋ねたほどだった。
「日本のJIS法は最高の分析法だ」とカナダの委員に熱弁をふるい、JIS法をISO法に取り入れてもらうための、いわば国の威信をかけたデモンストレーションで、信じがたいお粗末な結果を提出して国際的に大恥をかいたうえ、図らずもJIS法の欠陥を立証してしまった。
このことについて外山氏は「絶対間違えちゃいけないところで絶対間違えちゃいけない間違え方をしてしまった」と呆れていた。日本政府や関係機関がISO法の審議状況をこの間いっさい公表してこなかったのも、この分析結果やJIS法の問題について知られたくなかったためだろう。
ISO法の審議過程で日本側が「立証」したのは、JIS法は低濃度のアスベストを見逃し、定量分析も十分にできない分析法だということだ。
ほとんど間違えるJIS法の異常さ
フォールス・ポジティブについてはどうか。
国土交通省がモデル事業として実施した吹き付けバーミキュライトが天井にある6045棟の調査で、JIS法で規定される吹き付けバーミキュライト用の分析をした2310棟のうち、600棟でアスベスト含有と判定した。ところが、JIS法に規定はないが、念のため位相差分散顕微鏡で分析したところ、591棟でアスベスト含有なしだった。つまり98.5%でフォールス・ポジティブの分析ミスが起こったことになる。衝撃的な事実である。
国交省によれば、分析をしたのは日本作業環境測定協会(日測協)で実施する、アスベストの分析技術者の認定事業でもっともランクの高い「Aランク」認定者のいる分析機関という。日測協のA、Bランク認定者に対して厚生労働省は、今年5月に出した技術指針のなかで「十分な経験および必要な能力を有する者」とお墨付きを与えている。
その是非はともあれ、それだけ国が信頼性が高いと認める分析機関ということだ。そうした分析機関ですら、ほぼすべてといってよい98.5%も分析ミスを出す以上、JIS法は吹き付けバーミキュライトの分析においてまったく信頼できない分析法であることは間違いない。
ただし、ISO法の審議過程で日本側が提出した間違いだらけの分析結果にあるとおり、位相差分散顕微鏡による分析では、低濃度のアスベストを見逃すことがある。よって98.5%(「アスベスト含有なし」と分析した591棟)すべてがフォールス・ポジティブではない可能性があるわけだが、その場合は位相差顕微鏡による分析が不正確である証拠となる。いずれにせよ国交省の調査結果はJIS法の欠陥や不正確さを明確に示す一級の行政資料である。
この問題については、かねて複数の分析機関から「吹き付けバーミキュライトの分析ではフォールス・ポジティブが圧倒的に多い。アスベスト『あり』としているほとんどが実際にはアスベスト『なし』だと思います」との証言を得ており、分析業界では有名な話だった。だが、分析機関の技術的な問題との可能性もあり、JIS法という分析法の問題と断定するには裏付けに乏しかった。
それを国交省は、行政資料によって明らかにした。ここまではっきりとJIS法の欠陥や不正確さを示した行政資料は初めてである。国交省の職員は会議の中でこの件について強調こそせず、さらっと説明していたが、分析法の問題をなんとかしてもらいたいとの意図を持って説明していたのだろう。でなければ、あれほど細かく調べてなどいないはずだ。JIS法の制定にかかわっていない国交省だからできたことだろうが、本当によくやってくれたと思う。
この事実は9月上旬に開催された「アスベスト対策検討部会」で報告されている。同部会はマスコミ関係者にのみ傍聴が許されていて、この日は2年ぶりの部会開催ということもあって傍聴席の3分の2ほどは埋まっていた。ところが、それだけ多くの記者が傍聴していたにもかかわらず、この衝撃的な事実を報じたメディアはなかった。彼らの鈍さにはほとほと呆れる。あるいはJIS法の欠陥を隠したい理由でもあるのだろうか。
よく知られていたJIS法の欠陥
JIS法による吹き付けバーミキュライトの分析精度は、なぜほとんど間違えるほどひどいのか。
この分析では位相差顕微鏡法を併用せず、独自のX線回折法のみで判定する。その流れは、まず通常のX線回折により吹き付けバーミキュライトの回折ピークが認められた場合、独自の前処理後に吹き付けバーミキュライト用のX線回折を改めて実施する。
X線回折法は鉱物特有のピークを比較することで、結晶構造が同じあるいは類似したものを調べるものだ。ところが、アスベスト以外の鉱物でもよく似た回折ピークを示すものがあり、これを誤認する可能性がある。同様に、例えば繊維状ではない粒子も誤認してしまう。
もともとJIS法では、そうした事態を避けるため、位相差分散顕微鏡法を組み合わせてアスベスト繊維の確認をするとともに、その分析結果をX線回折より重視してきた。ところが、吹き付けバーミキュライトの分析ではX線回折のみで判定するとしたため、こうした誤認が必然的に起こる。
国交省の報告以外にも、8月9日に開催された環境省の石綿飛散防止専門委員会でもこの問題は話題に上った。同委員会に参考人として出席した、分析業者で構成する日本環境測定分析協会(日環協)の豊口敏之氏は、吹き付けバーミキュライト分析で同じ試料を2つの分析機関に出したところ、アスベスト含有の有無の判定が異なったという実例を挙げている。
同氏の報告によれば、2社ともJIS法のX線回折を実施したが、1社ではX線回折法でクリソタイルのピークが確認されたためアスベスト「あり」と判断。もう1社はやはりX線回折法でクリソタイルのピークを確認したが、位相差分散顕微鏡法による顕微鏡観察を実施し、クリソタイル繊維が確認できなかったのでアスベスト「なし」と判定した。そこで試料を偏光顕微鏡や電子顕微鏡でも確認したが結局アスベスト繊維は確認されず、最終的にはアスベスト「なし」と判断したという。
じつはJIS法による吹き付けバーミキュライトの分析精度が悪いとの問題は以前から指摘されている。吹き付けバーミキュライトの分析方法がJIS法に定められてわずか1年あまり後の2009年11月、NPO「東京労働安全衛生センター」が記者会見を開いた。そこで前出・外山氏が次のように指摘した。
「X線回折の原理上、クリソタイル0.8%未満とトレモライト0.5%未満の含有率のものを見逃す可能性がある。今後、分析法の見直しが求められる」
こうした指摘を受けてから、日測協は講習会などでバーミキュライトの分析ではJIS法に規定のない位相差分散顕微鏡を併用するよう指導するようになった。JIS法に欠陥があるから改訂するというのではなく、それを隠しつつ、現場レベルで対応させるべく、こっそり講習会で指導してきたのである。
豊口氏も専門委員会でこう証言している。
「こういった課題につきましては、JISの解説の書籍とか、日測協さんが実施しているフォロー研修などで、情報提供がされているが、JIS法の本文に書かれていないということもあって、なかなか周知されていない」
JIS法の欠陥は分析業界ではよく知られた、有名な話だった。だからこそ、一部の分析機関は偏光顕微鏡を導入して、併用するなどしてきたのである。
ちなみに、こうした講習の場で講師をしてきたのは、JIS法の制定に携わった専門家である。経済産業省や厚生労働省の役人も、最近の規制の状況や海外の規制状況といった演題でちょくちょく講師を勤めてきた。こうした専門家や国の関係者がJIS法の欠陥を知らなかったということはあり得ない。
JIS法の非論理性
では、吹き付けバーミキュライトの分析以外でも、JIS法が低濃度のアスベスト含有を見逃す、あるいは含有ありと誤認する理由についても明らかにしよう。
前出・外山氏は「JIS法はまったく使えないというわけじゃないが、わざわざ余計な手間をかけて、アスベストを見えにくくしたりする非合理的な方法です」と指摘する。
外山氏によるJIS法の批判はおおよそ次のようなものだ。
すでに述べたが、X線回折はアスベスト繊維の観察ができず、クリソタイル(白石綿)なら蛇紋石、クロシドライト(青石綿)やアモサイト(茶石綿)なら角閃石でも同じような分析結果(回折ピーク)を示してしまい、実際にはアスベストが入っていなくても誤認してしまう。しかもJIS法の定性分析では1%程度までしか分析できる方法になっていない。
実体顕微鏡で採取した建材の全体を詳細に観察するISO法に対し、JIS法は機械的に建材の一部を粉砕し、その試料のさらに一部のみを観察する。そのためアスベストが偏在しているときに見落としが起こりやすい。しかも前処理で試料を粉砕するため、もともと一定の量が集まっているアスベスト繊維が束になっていて、比較的見つけやすいのに、それをわざわざ破壊して、顕微鏡で見にくくしている。
おまけにJIS法で使用する位相差分散顕微鏡は、ISO法で採用する偏光顕微鏡のごく一部の機能のみを取り出したものでしかなく、そこで使用する「分散染色」という方法がアスベスト繊維の形態観察に向いていないのだという。
「分散染色っていうのは形態が見にくい。特殊な浸液を使ってアスベスト繊維だけに色が出るように染色させる方法なのですが、これは光の波長の一部分をカットすることで色を付ける。たとえば青をカットして赤に見えるといったようにするのです。そうすると逆に一部のものが見えにくくなり、形態観察にきわめて不利になる」(外山氏)
偏光顕微鏡の場合はほかの機能も使いながらアスベスト繊維を確認できるため、そうした問題は生じないという。実際に分散染色でどのように見にくくなるのか。というよりほとんど消えてしまって見えなくなるという実例を外山氏が論文に掲載した写真で示す。
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左が位相差分散顕微鏡による写真で右が偏光顕微鏡による写真である。写真左下から右上に向かって中央付近までアスベスト繊維の束が伸びているのだが、偏光顕微鏡の写真でははっきり見えるが、位相差分散顕微鏡の写真ではほとんど消失していてわからない。まさに一目瞭然。こうしてJIS法ではアスベスト繊維を見逃すわけだ。
最後に定義の問題である。JIS法のアスベストの定義は以下だ。
〈蛇紋石の群に属する繊維状のケイ酸塩鉱物(クリソタイル)および角閃石の群に属する繊維状のケイ酸塩鉱物(アモサイト、クロシドライト、トレモライト、アクチノライトおよびアンソフィライト)〉
繊維状の定義は〈アスペクト比(長さ/幅)3以上の粒子〉となっている。
これに対し、欧米やISO法では「アスベスト様形態」が定義として位置づけられている。これはアスベスト特有の形態的特徴で〈破砕や加工により容易に長く細く柔軟で強い繊維に分離する〉ことに加え、アスペクト比20〜100(長さ5マイクロメートル超)といったことなどが示されている。この違いは、JIS法は欧米で70年代に定められた定義をいまだに使っているのに対し、欧米ではその後定義の議論が続いた結果なのだという。
もともと欧米の石綿企業の団体で、1958年にアスペクト比3以上が当初計数のルールとして定められたが、これを決めた研究者の1人がのちに「アスペクト比3以上は適当に決めた」と当時を回顧している。これが正式な規制となったのは、1972年に米国労働安全衛生局(OSHA)が気中アスベスト濃度の測定基準として採用したことによる。
ところが、1970年代末になると、鉱物学者がアスベスト様形態が発がんリスクとの関係で重要であると主張し、活発な議論がされるようになる。そして1984年にアスペクト比20以上といった合意がされることになったのだという。この頃に米国ではアスベスト様形態を定義に追加している。
とくに90年代にアスベスト様形態のトレモライトと、そうでないトレモライトでラットへの注入実験をしたところ、アスベスト様形態でないトレモライトでは中皮腫は発症したが非常に少なかったとの研究結果も出されるなどして、90年代前半には鉱物学者らによるアスベスト様形態の主張が受け入れられていったのだという(外山尚紀「日本における石綿の定義と建材等製品中の石綿含有分析の課題」『労働科学』87巻、p136-156、2011年)。
実際の分析でも、JIS法ではどんな試料でも1つ分析するのに1時間以上はかかるが、ISO法なら早くできるものは15分程度でできるという。また設備投資に必要となる費用もISO法のほうがはるかに安い。そうした経済的メリットもある。
非論理的なJIS擁護派の反論
こうした指摘に対するJIS法を制定した専門家による言い分も紹介しておく。
X線回折法の第一人者でISO会議の日本側委員である東洋大学客員教授の神山宣彦氏は「X線回折だと0.1%まで間違いなく見れる」と筆者のインタビューでも答えている。
だが、じつはそうではないことを専門誌では認めている。例えば、日本作業環境測定協会の機関誌に掲載された座談会(「座談会 建材中石綿分析の国内外の動向」『作業環境』2011年、Vol.32、No.3)で次のように述べている。
「X線回折では、1%以上含有されているすべての結晶質物質が容易に定性分析できます。少し注意すれば0.5%程度の検出ができます。試料量を比較的多く使用するX線回折の定性分析では、試料中の平均的存在量を偏りなく分析ができます。さらに、試料前処理でマトリックスを消去して石綿を濃縮すれば、6〜7倍の濃縮で0.1重量%の定量ができます」
この発言は、一見すると0.1%まで問題なく分析できていると読み取ってしまう。ここにトリックがある。JIS法ではX線による定性分析の後で位相差分散顕微鏡による定性分析をする。その後で必要があれば、X線による定量分析を実施する。
じつは前処理をして6〜7倍の濃縮をして、0.1%まで分析するのはJIS法の定性分析には定められておらず、定量分析にのみ位置づけられているのである。つまり定性分析だけの依頼だった場合は、X線回折では「1%以上」しか調べないのだ。しかも定量分析をするのは、定性分析でアスベスト「あり」となり、分析依頼者から定量分析も依頼されていた時だけである。
その濃縮による0.1%までの分析にしても、ISO法の審議過程で日本側が実施したブラインド・テストでは、通常とは異なり、定性分析でもこの方法を採用していながら分析ミスを頻発したのは以前にも報じたとおりである(本連載第2回)。
神山氏は「最近のX線回折の技術革新がめざましい。最新のX線回折装置では間違いなく0.1%まで分析できる」とも説明する。だが、これは単なる新しい装置を開発した会社のプロモーションとなんら変わらない。そこには検証が欠けている。第4回で米国側ISO委員のデルガード・グスタボ博士も指摘していたが、それこそ実証してから主張すべきだろう。
欧米との日本の精度管理の違い
ISO法への批判として神山氏は、同法では「含有なし」となる場合の判定が不明確だということをかねて指摘していた。
「極端にいえば1個のサンプルを割って、そこにアスベストが見つからなかったら『含有なし』としてしまう危険がある」との神山氏の批判は、試料全体を観察することをはじめ、細かなチェック方法がISO法に明記されていることから的外れだ。とはいえ、いったいどこまで観察すればアスベスト「なし」との判定とするかについては、ISO法に具体的な記述がないのも事実である。
前出・外山氏にこの点を尋ねたところ「自分が納得できるまで調べるしかない」と話す。米国式のアスベスト分析を採用する分析機関「EFAラボラトリーズ」ラボ管理者のエリック・エギナ氏もこの考え方に同意する。
「徹底的に調べないと『なし』にはできない。ですから『なし』との判定のときは時間がかかります」(エギナ氏)
どうやら、ISO法ではもうこれ以上はないというところまで徹底的に調べて、それでようやく「含有なし」との結果を出せるとの理解のようだ。日本の機械的な判定方法とは大きく考え方が異なる。
このあたりの違いは分析に対する考え方の相違に起因するのではないか。分析ミスがあっても訴えられることはほとんどなく、問題にもならない日本ではむしろ分析精度よりも、受注できるかどうかのほうが大きい。それもあって分析機関は発注者の意に沿った分析をしがちだ。
それに対し、分析ミスが訴訟に直結し、たった一度の分析ミスで会社が倒産しかねないリスクをつねに背負っている欧米では、分析精度へのこだわりがそれだけ強い。当然、分析技術者の責任も大きい。それゆえ欧米では分析技術者への研修制度が充実しており、技術力維持のための厳しい認定制度を有している。たとえば米国の分析機関向けの技術認定プログラム「NVLAP(National Voluntary Laboratory Accreditation Program)」では、分析機関は1%未満の分析ミスとするよう精度管理が求められる。
しかも年4回アスベストの有無も含有率もわからない試料の分析をしなくてはならず、その分析結果しだいでは資格の剥奪もあり得るという厳しい制度となっている。
一方、日本ではJIS法の手順に従って分析すれば、誰が分析してもよい。それこそアルバイトが分析しているケースすらあるのが実情だ。日測協で分析技術者の認定制度が始まっているが、その内容は「欧米とは比べられないほどいい加減な制度だし、試験で使われる試料も実際の建材とはまったく異なる単純な試料ばかりでレベルが違いすぎる」との批判も出ている。
たしかに日測協の認定制度は一度取得すれば3年間は何もしなくても維持できるなど、米国の制度と比べるとはるかに甘いといわざるを得ない。事実、この認定でもっとも信頼性の高いとされる「Aランク」の技術者がいる分析機関でも、「アルバイトが流れ作業でX線回折装置で分析していて、試料の取り違えも珍しくない。顕微鏡はほとんど使わず、以前に撮った顕微鏡写真をたくさんストックしていてそれを使い回していた」というひどい実態があることを分析技術者から聞いている。
ISO技術委員会の日本側委員で、JIS法改正などにもかかわってきた早稲田大学理工学術院教授の山ア淳司氏にこうした実態を伝えたところ、「よくわかっている。Aランクを取っていてもまともに分析できない人がいくらでもいる」と明かす。
本連載第5回で、日本では分析機関によるアスベスト分析データのねつ造がしばしば起こっていることを報じたが、モラルも低ければ、技術力も低いというのが日本の分析業界の現状といえよう。山ア氏はこうした状況でISO法を導入しても、ずさんな分析結果が多発するだけとの考えを示す。たしかに分析業界の現状からは手抜きや技術不足による分析ミスが横行することになりかねない。
しかし、それを理由にJIS法を使い続けるというのでは単に現状のひどい状況を追認するだけでしかない。EFAラボラトリーズ取締役の亀元宏宣氏はこう訴える。
「だからこそ日本でもISO法を導入すべきなのです。そして現状の日本でのみ通用する技術認定制度ではなく、国際的にも通用する、たとえばNVLAP(米国の分析機関向けの技術認定プログラム=National Voluntary Laboratory Accreditation Program)のような分析精度の管理方法を採用し、きちんとした研修や認定制度で技術者のスキルアップと技術力の維持をする必要があります」
密室で進むJIS法改正
JIS法のISO法からの落選と、それ以降の日本側の異常な対応ぶりを本連載で取り上げるまで、日本政府とISO技術委員会の日本側委員は「JIS法の精度に問題があるとは認識していない」、「ISO法では建材中のアスベストの0.1%までの定性分析ができるとは確認されていない」と主張してきた。これがウソと身勝手な論理によって形成されていることはこれまで報じてきた通りである。
その後明らかになった状況として、日本側はそうした主張そのものは変えない一方、JIS法改正に向けた原案作成委員会でISO法をどのように取り入れるかについて議論が始まりつつあるという。この点については一応、前進と言えるのかもしれない。
しかし、何の説明もせず、責任も取らず、こっそり方針転換するお役所体質や、委員構成すら非公開という密室での議論で物事を決めようとする隠ぺい体質は相変わらずだ。
ISO法を制定した専門家は「完璧な分析法など存在しない」との認識のうえで、いかに合理的な方法を定めるかに腐心している。正しい考え方だと思う。そうして議論を重ねていたISO技術委員会で異論も唱えることもせず、その発行を決める投票でも賛成しておきながら、ISO法発行後になって根拠もろくに示さずISO法をおとしめる発言を繰り返してきた日本政府と日本側ISO委員の責任はきわめて重い。
第4回で述べたが、いまや日本は笑いものどころか国際的な信用すら失いかねない状況にある。10月中旬には今年のISO技術委員会が開催されることになっているが、今後のISO技術委員会の動き次第では、そうした懸念が現実化してもおかしくない。例えば、委員らがISO事務局に正式に訴えを出し、日本側委員を専門家にふさわしくないとして排除されたり、ISO総会で国際問題にされるといったことも考えられる。もはや国際的にも説明責任を果たす義務があるはずであり、まずはそこから始めなくてはなるまい。
ましてやこうした問題を生じさせてきた専門家らの手によって、また密室でJIS法がこっそり改正されるなど許されない。即刻公開すべきだし、委員構成も見直す必要があるだろう。そしてJIS法の精度をめぐる問題について明らかにしたうえで改正の議論に入る義務が政府や関係する専門家にはあるはずだ。
なにも筆者は絶対ISO法が正しいと思っているわけではない。ただ、取材した限り、現状ではISO法のほうが合理的だと考えているにすぎない。
筆者は、アスベストの分析法に関する専門家ではない。だが、これまでの取材から、少なくともJIS法の非合理性や精度の悪さは相当なところ実証されたと考えている。それは一連の記事で取り上げてきたとおりである。
これから必要なのはきちんとした専門家が公開の場で議論し、より合理的な方法を決めていくことである。当たり前のことだ。それがなされないところに日本、そして「アスベスト村」の病巣の深さがある。
http://diamond.jp/articles/print/26361
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