06. 2012年12月28日 12:00:08
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遺伝子組み換え作物がサバンナの植生を消してしまう?農作に不向きだった土地にも人の手が入り込む 2012年12月28日(金) 二村 聡 2012年9月20日、都内で日本消費者連盟などが主催した「遺伝子組み換え作物の今」という小規模の報告会に参加した。 農家の夢、病害虫や冷害に負けない作物 誤解しないでほしいが、私は遺伝子組み換え作物に闇雲に反対するものではない。それどころか私はバイオブームに沸きかえる1985年に大学の農学部に入った人間である。それは組織培養やクローン、遺伝子組み換えが夢のテクノロジーとして語られていた時代でもある。遺伝子組み換え作物に対して単純に敵愾心を持つことができない世代と言ってもいいだろう。 その一方で、茨城県つくば市の東の玄関口である牛久町(現在の牛久市)に実家がある身には、1980年前後に、筑波研究学園都市に向かう道路沿いに立てられた無数の「P4施設建設反対」の看板にぼんやりとした恐怖を感じていたことも事実なのである(隔世の感ありです)。 遺伝子組み換え作物使用、未使用を厳密にチェックして食品を選んだりするほどではないが、かといって推進論者でもない。どこにでもいるマジョリティの消費者というのが私の立場だと思う。それがなぜ、遺伝子組み換え反対の人々が集まるだろう報告会に参加したのか、というのが今回のテーマであり、謎である(笑)。 報告会の開催予告サイトを見てもらいたい。URLアドレスからしてちょっと過激な感じがする。「NPOが苦手」を自任する<注1>私などそれだけで苦笑してしまうが、報告会のプログラムは以下のようなごく真っ当なものであった。 <注1>マレーシア時代に非常に不愉快な思いをしたことによる。もちろん尊敬すべき活動や人の方が多いのだが、「自分たちは正しいので周りの人もそれに従うべきだ」という傲慢な考え方をする人が少なくないのもまた事実だろう。「生物多様性至上主義者」である私も人からそう思われているに違いない。 ここで大きく脱線するが、そもそも遺伝子組み換え作物は病害虫乾燥冷害に対する耐性を持つ遺伝子を組み込んで、どんな環境下でも栽培できる作物を作り、農家を助ける、あるいは食糧不足に備える、というものだったと思うのだ。それはその頃の農業従事者の夢であった。だからこそ遺伝子組み換えの開発者の努力をたたえ、権利を保護するために特許が認められたわけですな。ここまでは美談です。 しかし、開発者サイドからすれば種子ビジネスで問題なのはリピーターをどう確保するか、である。厳しい環境を生き抜く、商品価値の高い作物の種を、自分の栽培した作物から採種(種を取ること)されてしまっては、種子ビジネスは成り立たなくなってしまう。「この果物、品質はいいし、手間要らずだし、ほんとにいいから種を取ったら〇〇さんにも送ってあげよう」では困るのだ。 購入した種子を栽培して得られる品質の良い野菜や果物から採種した種が、発芽しない種子だったり、あるいは次の世代の作物の品質が明らかに劣るような種子であれば、オリジナルの種子を継続して買う必要が生まれる。そこで、生まれたのがF1種子という次世代を産まない、あるいは産んでも優位性はないように品種改良した種子である。 F1種子が種子ビジネスにおける歴史的発明と言われるのはわかるだろう。その品種の優位性がある限りは毎年必ず購入してくれるわけだから。この考え方は企業の自衛措置として当然の方向であるはずだし、発明者は高く評価されてしかるべきだと思う。ただ、その普及が多くの問題を引き起こすことになるとは、この当時ほとんどの人は気がつかなかった。 農薬耐性遺伝子を持つ組み換え作物が登場 脱線したままどんどん進めよう。 F1種子という歴史的発明に加えて、農薬耐性遺伝子を持つ組み換え作物というもう1つの歴史的発明が登場する。ラウンドアップという農薬(除草剤)を聞いたことがあるだろうか?なんと1970年に米国の化学品会社モンサントが開発した、非常に効果の高い農薬で、今でも廉価で効果的な農薬として世界中で使用されている。 ラウンドアップは接触した植物全草を枯らし、かつ土壌への残留が比較的少ないことから、急激に普及した。だが、選択性が無いため、散布時期を間違えると栽培作物にも壊滅的打撃を与えてしまう。したがってラウンドアップに対して耐性を持つ作物があったとしたら、その価値はとてつもなく高い物になることがわかるだろう。そしてついにモンサントはそれを成し遂げた。 このラウンドアップ耐性作物(ラウンドアップレディ)の発明が種子会社の優位性を飛躍的に高める結果になったのである。ラウンドアップレディとラウンドアップの組み合わせは農家の除草作業低減だけでなく、思わぬ効用を生み出した。畑を耕すことによる地表面からの土壌流出はなかなか防げない。しかし、ラウンドアップとラウンドアップレディの組み合わせにより雑草を完全に除けるので、畑を耕さない不耕起栽培が可能になる。 土壌流出による水質悪化の抑制といった環境面のメリット、耕運機を使用する頻度を下げることによる設備投資、燃料代の削減など農業従事者のメリットは非常に大きいと言われている(農業環境技術研究所「農業と環境 No.122」参照)。 このようにラウンドアップとラウンドアップレディの組み合わせは、農業と社会にとって理想的な形で市場に迎えられることになったのだ。 もちろん当時から遺伝子組み換え作物を不安視する声はあった。 食用作物としての十分な安全性が確認されないうちに認可がされているのではないか、広大な耕作地に単一の農薬を利用すること(飛行機での散布など)で周辺環境への大きな影響があるのではないか、大量に使用されることでラウンドアップ耐性が生まれやすくなるのではないか−−などだ。 これらの疑問は今も完全に払しょくされたわけではなく、だからこそ欧州を中心に反対運動は活発だ。日本でも反対運動はなかなか活発だが、欧州がやはり一番であることから最初にご紹介した報告会などが開催されたのである。あーやっと戻ってきた。 セラードで遺伝子組み換え作物による生態系破壊 2012年に入って、遺伝子組み換え作物について個人的に興味深い話をいくつか聞いた。 1つはブラジルの熱帯サバンナ地帯セラードが大規模開墾され遺伝子組み換え作物が大々的に栽培されて、豊かな生態系が破壊されてしまっているということだ。 遺伝子組み換え作物は、様々な環境下でも栽培できることが人類にとってのメリットだが、農作に不向きだったために逆説的に生物多様性が維持されてきたセラードのような土地にも開発の手が入るというマイナス面が顕在化してきたわけだ。しかもこのセラード開拓事業には日本の農業専門家の多大な労力が1970年代以降投入され、ブラジルと日本両国の共同事業(プロデセール事業)として大きな成功を収めている(農業環境技術研究所「農林水産省農林水産政策研究所レビュー1855号」参照)。 セラードで栽培されている組み換え作物(ダイズ)の導入は比較的近年であり(2005年に全面解禁)、本プロジェクト推進に与えた影響は相対的に低いのかもしれないが、最終的な成功の裏には遺伝子組み換え作物による栽培の成功が大きく貢献していることは間違いない。 そして、セラード地域はさらなる耕地拡大が期待できる世界でも限られた地域であるとされ、ブラジルにおける重要性はかつての不毛の地から飛躍的に増大している。(農林水産省「海外農業情報調査分析 (中南米)ブラジルの農業政策および貿易政策」p.10参照)。 その一方で、セラード独特の生態系がアマゾンを上回るペースで破壊されている事態に危機感を持つ人も多い。外務省が国際的自然保護団体であるコンサベーションインターナショナルに委託した調査、分析によれば、セラード開発は自然環境およびその地に古くから生活する先住民族の伝統的知識に大きなダメージを与え続けている(「日本が及ぼす世界の生物多様性ホットスポットへの影響 南米ブラジル・セラード・ホットスポットの事例」参照)。 この報告によれば、セラードは全体の37%ほどが農地として利用されており、さらには約40%が牧畜、炭の生産に利用されている。年間1.5%の割合で植生が失われており、このペースで行くと2030年にはセラードの生物多様性は消滅するそうだ。 1970 年代以降の日伯合同のプロデセール事業における大豆生産地の拡大に伴う環境的影響については「日伯セラード農業開発事業 合同評価調査総合報告書」(国際協力事業団(JICA)/ブラジル連邦共和国農務省、2001年)により以下の点が指摘された。 (1)自然植生の破壊による多様な動植物相の減少と変化 (2)大規模かつ急激な自然植生伐採・開墾による地域気象の変化 (3)モノカルチャーによる土壌の劣化や病害虫の発生 (4)大量の農薬散布・肥料投入による土壌及び水質の汚染 (5)大規模面積の耕起を起因とした土壌浸食や表土の流出 (6)土壌流出による河川の土砂体積 (7)無秩序な灌漑設備の増大による水資源の減少・枯渇 (8)輸送回廊として河川を水路として利用することによる生物相への影響 問題はこれだけではない。この事業の主体となっているのは南部からの入植者であり、セラードに古くから住み、セラードの自然の恵みを利用して暮らしてきた先住民族たちは、事業の恩恵を受けられなかったばかりか、これまで同様の土地に根ざした生活を送ることが困難になってしまった。なぜなら大豆栽培のために植生が根こそぎ消滅してしまったからだ。つまり農業生産の観点からは大成功を収めたセラードの農地開発事業(プロデセール事業)も環境、生物多様性保全の観点からは大きな問題となっているということが言えるのだ。 にもかかわらず、日本への食糧の安定供給を目的とし、セラードで成功した農地開発を、今度は遺伝子組み換え作物とセットでアフリカに導入する計画が進められているのだそうだ。ブラジルでの問題点を踏まえた、生物多様性や地元の伝統的知識に配慮した導入を切に望むところである。 議論を呼んだ遺伝子組み換え作物の安全性調査 最近聞いた興味深い話の2つ目は、ラウンドアップを利用した組み換えトウモロコシを長期間(2年間)与えたラットの発がん率が非常に高かったという研究論文(フランス・カーン大学)の発表である。 これまでのラットを使った食品としての安全性調査は比較的短期間(3カ月程度)であったのに対して、カーン大学の調査は2年にも及んでいることが特徴であり<注2>、反対派は「出た!」とばかりにこのニュースに飛びついた。 <注2> 実験実施者であるカーン大学のセラリーニ教授の意見をこちらで見ることができる。 先に書いたように、欧州は組み換え作物については非常にセンシティブで、組み換え作物の取引を凍結することを示唆する発表がフランス政府からあったりして、組み換え作物の将来に関するエポックメーキングな発表になるかと興奮した。<注3> <注3> 食品安全委員会はドイツ連邦リスク評価研究所(BfR)の意見書を引いて、セラリーニ教授の発表に疑問を呈している。 しかし、真偽はともかく、カーン大学の発表には信憑性が無いということで事態は収束の方向に向かっているようだ。この状況に関して、遺伝子組み換えに反対するNPOなどはモンサントの資金力や政治力を利用した圧力を疑っているが…。 そんなわけで、私は組み換え作物に非常に興味を持つに至ったのである。 「遺伝子組み換え作物の今」の報告会の内容は実に面白かった。テーマは以下の通りだ。 (1)ラムサール条約第11回締約国会議参加報告(マーティン・フリッド/日本消費者連盟) (2)第7回GMOフリーゾーン欧州会議参加報告(纐纈美千世/日本消費者連盟) (3)EU食品表示調査報告(西分千秋/遺伝子組み換え食品いらない!キャンペーン) 遺伝子組み換え作物と湿地の関係は? (1)で驚いたのは、日本消費者連盟の客分であるスウェーデン人のフリッドさんがなぜラムサール条約<注4>の締約国会議に参加したのかという点である。 <注4>正式には「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約』(Convention on Wetlands of International Importance Especially as Waterfowl Habitat)という。締約国は162カ国で、生物多様性条約と同様に締約国会議(COP)が開かれる。2012年は7月6〜13日にルーマニアのブカレストでCOP11が開催された。 韓国で行われた前回の第10回締約国会議(COP10)でラムサール条約の対象に水田が含まれた。水田の生態系保全には減農薬が必須だが、減農薬を促進するために、あたかも組み換え作物を導入することを奨励(正確には容認)するかのような文言「害虫に抵抗性を持つよう育種されたイネ使用を奨励する」がCOP11で採択される予定の議案草案に入っている。環境省はこれを阻止したいので、国際会議での議論の経験が豊富なフリッドさんに参加してもらいたいということなのだそうだ。 賛成はアメリカ。モンサント、バイエル、BASFといった企業、世界食糧機関(FAO)、国際稲研究所(IRRI)も賛成側としてロビー活動を展開した。珍しく足並みが揃って日本、中国、韓国が反対。フリッドさんは期待通りの活躍で欧州各国の協力を取り付け、「害虫に抵抗性を持つよう従来のやり方で育種されたイネの使用を奨励する」への変更に成功した。国際種苗ジャイアントの暗躍(?)が垣間見られた会議だったようだ。 食品にはどんなものが使われているかを知る権利 (2)で興味深かったのは、カリフォルニア州のNPO「Right to know」の組み換え作物の使用、非使用表示の義務化を求めた活動により住民投票が実施される、という話だ。このNPOの主催者は組み換え作物の安全性を問うつもりはないが、自分が食べている食品にはどんなものが使われているかは知る権利があるのではないかという素朴な疑問からスタートして支持者を得た、と語ったそうだ。 NPOに求めたいのはこのさりげなさである。俄然興味を持った。残念ながら住民投票の結果表示の義務化は見送られることになったが、住民投票に対する賛否を表明することで大手食品メーカーの組み換え作物に対する立場が明らかになるという非常に重要な出来事だったと思う(詳細は11月7日付 Food Safety News参照)。 組み換え作物に関する動向は、反対派が感情論に走る傾向があり、議論になりにくいところがある。しかし、一般人の感覚としてはやはりすっきりと安心して口にできないという気持ちもある。もう少しじっくりと見ていきたいと思う。できるだけフラットな視点で。 二村 聡(にむら・さとし) ニムラ・ジェネティック・ソリューションズ社長。1963年東京生まれ。明治大学農学部卒業後、1989年にマレーシアへ単身渡り日本語教師、在留日本人子女向け学習塾の教師などを経て、94年にマレーシアで「Nimura Forest Lab.」を設立。「Nimura Plant Lab. Sdn. Bhd.」への改名などを経て、2000年に同社の事業を一部継承する形で株式会社ニムラ・ジェネティック・ソリューションズ(日本法人)と100%子会社Nimura Genetic Solutions(M) Sdn. Bhd.(マレーシア法人)を設立。 生物資源ハンターがジャングルを行く
2010年の生物多様性条約・名古屋会議(COP10)で、遺伝資源のアクセスと公平な利益配分(ABS)について定めた「名古屋議定書」が採択され、遺伝資源(生物資源)に対する関心が急速に高まっている。生物資源といわれてもピンとくる人はまだ少ないが、実際に生物資源を探し出し活用するビジネスを展開している人たちがいる。その一人が、生物資源探索企業「ニムラ・ジェネティック・ソリューションズ」の二村聡社長だ。別名「生物資源ハンター」の仕事とはどのようなものなのか、二村社長が明らかにする。 |