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システムバイオロジーをめぐる国際動向と 今後の研究開発
http://www.asyura2.com/09/nature4/msg/760.html
投稿者 MR 日時 2012 年 5 月 26 日 00:34:53: cT5Wxjlo3Xe3.
 

http://crds.jst.go.jp/type/others/201205210000
エグゼクティブサマリー
本報告書は、独立行政法人科学技術振興機構(JST) 研究開発戦略センター(CRDS)
が、文部科学省からの依頼によって実施した「システムバイオロジー(システム生物学)」
に関する国際科学技術力比較調査(Global Technology Comparison、G-TeC)の調査結果
をまとめたものである。
システムバイオロジーは、文部科学省科学技術・学術審議会ライフサイエンス委員会が、
わが国の科学技術政策の柱のひとつである「ライフイノベーション」に実効性をもたらす
研究基盤の一つとして推進の重要性を指摘した「生命動態システム科学」と関連の深い学
問分野である。同委員会では、平成22 年12 月に「生命動態システム科学」戦略作業部
会を設置し、平成23 年7 月「生命動態システム科学」に関する今後の研究開発方向性や
支援のあり方についての提言報告をまとめた。また、理化学研究所に生命システム研究セ
ンター(Center for Quantitative Biology)が設置され、JST 戦略創造研究推進事業にも、
関連研究領域が設置された。このような政策的背景を踏まえ、本調査は以下の二つの目的
において実施された。
(1) 海外における「システムバイオロジー」の定義、ならびに包含される研究開発領域の
範囲、産業応用を含めた将来展望に関する、意見とエビデンスにもとづく、「生命動態
システム科学」との関係性の整理
(2)「 生命動態システム科学を担う人材育成のあり方」の検討材料となる、海外における
システムバイオロジー研究人材の育成、教育に関する事例の分析
国際比較分析調査(各国の論文情報ならびに資金配分機関、省庁等の公開情報等)、な
らびに海外訪問調査にもとづき、以下のように結果をまとめた。
(1) 国際的には、Systems Biology は「生命を、分子に還元して理解するのではなく、総
体としての系(システム)という観点から捉えるライフサイエンスの研究領域」という
概念でとらえられている。また、「生命現象を静的に記述する、大規模網羅的データに
ついて、バイオインフォマティクスを介してData Mining する手法」と、「複雑な生命
現象について、機械力学的なモデルを構築する手法」という異なるアプローチを併存さ
せ、さらに両者の成果を結び付けて、より上位の階層の生命現象をシステムとして理解
するための方法論を構築する学問領域にまで拡大した解釈がなされていた。このことよ
り、わが国における「生命動態システム科学」と「システムバイオロジー」という2 つ
の用語は、Systems Biology という1 つの用語で説明可能な学問領域として、世界から
はとらえられていると考えられる。
「複雑な生命現象について機械力学的なモデルを構築する手法」は今後5 − 10 年で発
展し、将来的にはシステムバイオロジーの方法論がほぼ全てのライフサイエンスの領域
に適用される可能性がある。また、産業応用の観点から、個体や患者集団の特性に合わ
せた薬剤の特定や先制医療技術の実装に有用なツールとしての可能性も考えられる。

(2) 海外の大学では、学部のレベルからシステムバイオロジー人材への教育を積み上げて
いくことの重要性が認識されていた。また、生物学以外の関連領域(物理、数理科学、
計算科学等)ほど、より若いうちに習得しておいた方が、長期的には育成効果が高い
(生物学の知識は、大学院以降の習得で十分補える)、と考えられていた。そのためには、
学生個々人の教育歴に合わせた柔軟な知識習得と実習経験の機会が得られるよう、多様
な教育の機会が保障される必要がある。高校生など、より低年齢層へのシステムバイオ
ロジー教育ならびに啓発活動を重視している例も見られた。
多くの研究者が「個人としてシステムバイオロジーの包含領域を理解、実践できる
Artist」を、理想的人材と認めていた。しかし、Artist を大量に育てることは困難であ
り、学生の出身分野と生物学分野にまたがる広範な知識を習得し、両分野のバランスを
とりつつ、双方の用語を理解できる人材(Princeton 大学における「Broad、Balanced、
Bilingual(3B)」)を養成することが、現実的と考えられていた。企業においては、
Artist や3B 人材よりも「スペシャリティ(専門性)を持つ構成員」を採用し、チーム
を組んでシステムバイオロジーに取り組めばよい、という考えが主流であった。しかし
ながら、Artist 型人材の育成、輩出は、将来的なこの分野の指導者層の拡大には重要で
あることは多くの研究者の間で一致した見解であった。
主要国別にその研究動向、政策ならびに研究投資動向を見ていくと、2000 年代前半の
システムバイオロジーの勃興期に、各国がそのポテンシャルを分析、研究開発戦略を立案
し、2000 年代半ばからそれが具体的な研究投資につながっていた。中でも、米国は、創薬、
国防技術、バイオ燃料など、出口を明確に見据えた連邦政府機関による戦略投資によって、
質・量ともに圧倒的な優位を保っていた。米国に次ぐのが英国、ドイツであり、やはり、
創薬とバイオ燃料開発を出口に見据えた研究推進戦略が打ち出されていた。米国ならびに
英国では、大学を中心にシステムバイオロジー人材の育成、教育にも力を入れていた。欧
州のその他の国、アジア諸国については明確な出口志向の研究推進戦略の立案がやや遅れ
ている感がある。
これらの調査結果、そして我が国の関連動向を踏まえ、以下の点を考慮したシステムバ
イオロジー関連研究の推進ならびに人材育成戦略を提案する。
● わが国において議論されてきた「生命動態システム科学」と「システムバイオロジ
ー」の関係性については、ライフサイエンスの国際的文脈に従うと、どちらもSystems
Biology の範疇に包含される。したがって、「生命動態システム科学」に用語を統一する
こと、ならびに、「システムバイオロジーの再定義」を行うことについては、国際競争
力の向上という観点からは、科学的にも政策的にも必然性が少ないと言える。
● 国際競争力の向上、世界各国からの研究人材の呼び込み、という観点からは、わが国に
おいて「生命動態システム科学」として重点投資されるであろう研究開発領域について
は、「Systems Biology の進展に合わせて、より強化すべき要素研究領域」と位置付ける
ことが、得策である。

● システムバイオロジーを担う人材には、生物学分野とそれ以外の関連領域の、両方に
関する知識を保有し、両者の用語を理解しつつ、バランスのとれた研究開発を実践でき
る能力がもとめられる。このような人材を輩出し、わが国の当該研究分野の国際競争力
を組織的に強化するには、生命動態システム科学作業部会が提唱してきた「π 型人材」」
の育成戦略を早急に具体化し、大学・大学院教育へと反映させることが重要である。
● システムバイオロジーを担う人材の育成には、多種多様な関連領域の研究者が、一定の
継続性を以って従事することが望まれる。また、その体制を構築可能な機関(米国、英
国では医理工の関連教育カリキュラムがある程度整備されていた総合大学が中心)が主
体的に関わり、育成環境を整備する必要がある。
● システムバイオロジーなどに代表される「チーム型サイエンスとしてのライフサイエン
ス」に触れる機会は、大学の学部教育課程から提供されることが望ましい。また、高等
学校教育課程以前からも、その機会を享受可能な環境の整備が、将来的には望まれる。


1.背景と目的
我が国のライフサイエンス研究は、「新成長戦略〜『元気な日本』復活のシナリオ〜」(平
成22 年6 月18 日)ならびに諮問第11 号「科学技術に関する基本政策について」に対す
る答申(平成22 年12 月24 日)に掲げられた科学技術政策の柱である「ライフイノベー
ション」の実現に向けた、トップダウン型戦略立案が求められている1,2。このライフイノ
ベーションに実効性をもたらす研究推進基盤について、文部科学省科学技術・学術審議会
研究計画・評価分科会 ライフサイエンス委員会が、平成21 年より検討を重ねてきたが、
「生命動態システム科学」をその中軸の一つに据え推進することの重要性を指摘した3,4。
さらに、具体的な推進方策の検討のために、平成22 年12 月より「生命動態システム科学
戦略作業部会」を発足させ、今後の研究開発方向性や支援のあり方についての提言報告を
まとめ、平成23 年7 月に公表した5。また、理化学研究所に生命システム研究センター
(Quantitative Biology Center, QBiC)6 が設立された他、文部科学省平成23 年度戦略目
標に「生命現象の統合的理解や安全で有効性の高い治療の実現等に向けたin silico/in vitro
での細胞動態の再現化による細胞と細胞集団を自在に操る技術体系の創出」が取り上げら
れ、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業として「生命動態
の理解と制御のための基盤技術の創出」7 ならびに「細胞機能の構成的な理解と制御」8 が
発足した。
上記のような政策的背景において、JST 研究開発戦略センター(CRDS)は、文部科
学省より「システムバイオロジー(システム生物学)」に関する国際科学技術力比較調査
(Global Technology Comparison、G-TeC)の実施を要請された。その目的は、大きくは
以下の2 つである。
(1) 海外における「システムバイオロジー」の定義、ならびに包含される研究開発領域
の範囲、産業応用を含めた将来展望に関する、意見とエビデンスの収集
(「生命動態システム科学」と、旧来の「システムバイオロジー(システム生物学)」
の関係性について、国際的な定義等を踏まえ再整理し(コラム参照)、ライフサイエ
ンス分野の国際競争力向上に「生命動態システム科学」が、如何に寄与すべきかの検
討材料とする。
(2) 海外におけるシステムバイオロジー研究人材の育成、教育に関する事例の収集
(「生命動態システム科学戦略作業部会」において、重要課題として取り上げられた「生
命動態システム科学を担う人材育成のあり方」の検討材料とする。)
JST-CRDS では、これらの目的に沿った情報を収集、分析した結果を踏まえ、今後我が
国において「生命動態システム科学」研究開発を推進し、当該分野の人材育成について、
実効性の期待できる体制を以って具体化するための提案を本報告書にまとめた。

1 新成長戦略〜『元気な日本』復活のシナリオ〜 http://www.kantei.go.jp/jp/sinseichousenryaku/
2 諮問第11 号「科学技術に関する基本政策について」に対する答申 http://www8.cao.go.jp/cstp/output/toushin.html
3 http://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/n461_02.pdf
4 http://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/n752_03.pdf
5 生命動態システム科学戦略作業部会報告書「生命動態システム科学の今後のあり方について」
http://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/n889_00.pdf
6 http://www.qbic.riken.jp/japanese/index.html
7 http://www.jst.go.jp/kisoken/crest/ryoiki/bunyah23-5.html
8 http://www.jst.go.jp/kisoken/presto/ja/kenkyu/102saibou.html


コラム
我が国における「システムバイオロジー(システム生物学)」と「生命動態システム科学」との関係性
システム生物学(システムバイオロジー)は、2000 年に明示的となった学問領域である。国際的には、北野宏明
氏(現システムバイオロジー研究機構長)による当該領域の提唱や、米国におけるInstitute for Sysytems Biology9
の設立などが契機とみなされている10,11。当時の北野氏の総説は、
Systems biology is a new field in biology that aims at system-level understanding of biological systems  (シス
テム生物学(バイオロジー)は、生命システムをシステムのレベルで理解することを目的とした生物学の新しい領
域である)
と記載した上で、包含される研究開発領域として、以下の4 項目を挙げている。
(1 ) The structure of the systems, such as genes, metabolism, and signal transduction networks and physical
structures( 遺伝子、代謝、シグナル伝達のネットワークや物理的構造といった、システムの構造の同定)
(2) The dynamics of such systems  (システムの動態の解明)
(3) Methods to control systems  (システムを制御する方法論の確立)
(4 ) Methods to design and modify systems for desired properties  (システムを変容させ、設計する手法の確立)
※ 和訳はJST-CRDS によるもの
一方、「生命動態システム科学」は、「複雑な生命現象の動態を時・空間を有する先端定量計測と高精密モデリン
グをもとに,in silico (計算機上)とin vitro (試験管内)で再構成することを目指す研究体系」という定義が研究
者コミュニティから提唱されている。この定義は、平成22 年5 月7 -8 日に開催された日本学術会議主催の「生命
動態システム科学」シンポジウムのシンポジスト・パネリスト・座長一同による『「生命動態システム科学」推進の
ためのアクションプランの提言』12 において用いられ、研究者コミュニティの総意として位置づけられた経緯があ
る4。この提言の中には、「生命動態システム科学」が提唱、包含する研究開発領域が、「システム生物学(日本語で
はシステムバイオロジーと同義)」と如何に異なるか、について、補足説明『従来のシステム生物学を越える「細胞
の動態解析と再現化」とは?』の項が設けられている。それによると、「システム生物学」は「ゲノム科学、代謝や
シグナル伝達研究における全ゲノムなどに対する網羅的なアプローチ」を手法とし、「特に遺伝子・タンパクなどの
要素間の関係論などのネットワークの理解」に貢献する研究開発領域として位置づけられている(これらは、上述
の北野氏の提唱したSystems Biology の包含する研究開発項目の(1)と類似した内容と言える)。ただし、
従来のシステム生物学が要素間の関係論のネットワークに重きを置く意味で構造主義的手法であるとすれば、「生
命動態システム科学」はシステム構造自身やその法則性が刻々と動的に変化する現実の生命現象(例;漸進的な自
己組織化や分化系列等)を構成論的にアプローチする面でいわば「ポスト構造主義的生命科学」のフレームワーク
を提供するものと言えよう。5
 と
いう記述からは、提言作成者たちが「生命動態システム科学」は「システム生物学」を超えた新しい研究開発
領域であり、その相違点として「動的」そして「構成論的」なアプローチが、新たに既存の生物学に導入される、
という見解を持っていたように見受けられる。
その後、2011 年に発表された「生命動態システム科学戦略作業部会」による報告書では、「システム生物学」に
関して、以下のように言及した5。
「システム生物学」と表明する研究は数多く行われてきており,その結果,「遺伝子・タンパク質・代謝物等を網
羅的に探索し,高度な情報処理を行うことによって特定の生命現象に密接に関わる要素を抽出し,着目する」とい
う研究手法はライフサイエンス研究において,ごく一般的な手法として定着するに至った。
(中略)
「実験事実に基づいた数理モデルの構築,シミュレーション実験による実際の事象の予測と検証」はシステム生物
学のもう1 つの目標であったが,信頼性の高い数理モデルを構築するために必要な生命情報収集のための計測技術
の技術的限界のために,生命システムの「より複雑な動態の理解と制御」には遠く及ばないのが現状であった。
結果として、作業部会では、「生命動態システム科学」がシステム生物学(システムバイオロジー)と関連のある
研究開発領域の発展形、として政策的に位置づけられる、という見解を示しただけでなく、先述のシンポジウム提
言において、十分な言及のなかった「システム生物学」の持つ二面性について明記した。このことより、作業部会では、
旧来の「システム生物学」が静的な構造主義的要素のみならず、動的要素をも考慮した研究手法の創出、確立を提唱、
挑戦してきた経緯を認めたと考えられる。ただし、その経緯を認めつつも、両者を包括する形で「システム生物学
(システムバイオロジー)」の再定義を諮るより、「生命動態システム科学」という新しい呼称の下で、近年の技術発
展を踏まえた今後の生物学研究のあり方を議論、提言することを選択してきた、というように考えられる。


9 http://systemsbiology.org/
10 Kitano H. Systems Biology: Toward System-level Understanding of Biological Systems. In. Kitano H (Ed). Foundations of
Systems Biology. pp.1-38, MIT Press, Cambridge, 2001.
11 Cassman M, Arkin A, Doyle F, Katagiri F, and Lauffenburger D (Eds). Systems Biology: International Research and
Development. Springer-Verlag, Dordrecht, 2007.
12 http://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/n723_01

3.調査のまとめ
国内予備調査、国際比較分析調査、ならびに海外訪問調査などをもとに、調査目的に関し、
以下のような結果が得られた。
(1 ) 海外における「システムバイオロジー」の定義、ならびに包含される研究開発領域の
範囲、産業応用を含めた将来展望
多くの訪問機関において、Systems Biology の概念を「生命を分子レベルで細分化す
るのではなく、総体としての系(システム)という観点から捉えるライフサイエンスの
研究領域」としてらえていることが、明らかになった。また、「生命現象を静的に記述する、
大規模網羅的データについて、バイオインフォマティクスを介してData Mining する手
法」と、「複雑な生命現象について、機械力学的なモデルを構築する手法」という異な
るアプローチを併存させつつ、さらに両者の成果を結び付ける方法論を含む学問領域に
まで、その包含範囲を拡大的に解釈すべし、という潮流がみられた。このことは、わが
国における「生命動態システム科学」と「システムバイオロジー」という二つの用語は、
国際的な文脈ではSystems Biology という一つの用語で説明可能な学問領域としてとら
えられることを示している。
将来展望に関しては、以下の結果が得られた。まず、学術的観点からは、「複雑な生
命現象について機械力学的なモデルを構築する手法」が今後5 − 10 年ほどで発展してい
くと予測している研究者が多かった。また、システムバイオロジーがやがて生物学全体
に浸透し、将来的にはその方法論がほぼ全てのライフサイエンスの領域に適用される可
能性がある、と考えている研究者も多くみられた。さらに、産業応用の観点からは、個
体や患者集団の特性に合わせた薬剤開発や先制医療技術の開発に有用なツールとしての
可能性が、今後の研究の発展次第でまだ残されていることが想定された。
(2) 海外におけるシステムバイオロジー研究人材の育成、教育の事例
訪問した多くの大学において、システムバイオロジー人材の教育は、学部教育のレベ
ルから積み上げていくことが重要である、という認識を持っていることが明らかになっ
た。また、生物学以外の関連領域(物理、数理科学、計算科学等)ほど、より若いうち
に一定の知識、技能を習得しておいた方が、長期的には、システムバイオロジー人材と
しての育成効果が高い(生物学の知識は、大学院以降の習得で十分補える)、と考えら
れていることも明らかになった。この認識を反映して、米国、英国の訪問機関においては、
大学院入学者の選抜において、生物学以外の知識、経験を持つ人材の発掘を意識してい
た。このような観点から、大学院教育の初期段階(入学前のオリエンテーションや1-2
年次のカリキュラム)においては、学生個々人の教育歴に合わせた柔軟な知識習得と実
習経験の機会が得られるよう、関連する学問領域の講義、実習科目が満遍なく設定され
ていた。
多くの研究者が「個人としてシステムバイオロジーの包含領域を理解、実践できる
Artist」を、「システムバイオロジスト」の理想と認めてはいたが、そのような人材を
大量に育てることは困難であると考えており、少なくとも、学生の出身分野と生物学分
野にまたがる知識を習得し、両分野のバランスをとりつつ、双方の用語を理解できる、

「Broad、Balanced、Bilingual(3B)の人材」を養成することが、大学院教育の現実的
なゴール、という考え方が多勢であった。そのような観点からは、「システムバイオロ
ジーはチームを組んで行うビッグサイエンス」という価値観や、「チーム型サイエンス
としての生物学の在り方」について、学部ならびに大学院の過程で教えていくことを重
要視している大学も多かった。また、現段階では、企業が求めているシステムバイオロ
ジー人材も、Artist 型ではなく、「チームとしてシステムバイオロジーができるような、
各分野のスペシャリティ(専門性)を持つ構成員」を求める傾向が強いことが分かった。
しかし、Artist 型人材の育成、輩出は、将来的なこの分野の指導者層の拡大には重要で
あるという見解は、インタビューを行った有識者たちに一致していた(そのような人材
育成を進めてきたFAS Center(Harvard University)でトレーニングを受けた若手研
究者が、業界において高い評価を受けていることも、事実である)。その他、大学以外
の研究機関も含め、高校生、さらには幼稚園児など、より低年齢層をも視野にいれた、
教育と啓発の重要性を認識し、多様な実践活動が進んでいる実態も明らかになった。
(3)主要国の研究開発に関する政策、研究投資、ならびに人材育成の動向
<米国>
米国では、2000 年代初頭のシステムバイオロジーの勃興期から、常にこの分野を主導
する立場の研究者、研究機関が存在してきたが、NIH が初期の学術動向を踏まえた戦略的
な投資を始めたことで、2007 年頃から全米各地にシステムバイオロジーが本格的に浸透し
てきていると考えられる。人材育成においてもNational Centers for Systems Biology 事
業により、多くの大学が拠点を形成し、教育プログラムが作られた。このおかげで、大学
院生が関連する学位を取得し、学際的な研究経験を積む環境が整備されつつある。システ
ムバイオロジーの学部教育への導入も始まっており、より若い年代からの知識習得による
人材育成の強化が予想される。一方で、センターグラントに依存している大学院教育の継
続性の問題や、競争的研究資金の獲得競争の激化によって、今後研究拠点の淘汰が進むこ
とも予想され、その動向は引き続き注視していく必要がある。また、独立系の研究機関に
おいては、学際性を担保するための人材の獲得と維持に必要な、資金の確保が難しく、大
学や企業との連携、政府資金の獲得などの戦略の見直しを迫られていることが推察された。
NIH 以外の連邦政府機関においても国防やエネルギー開発のための基盤研究領域としてシ
ステムバイオロジーへの投資が行われており、明確な出口を設定した戦略的な研究開発が
進められていると考えられる。
<英国>
英国は、米国に次ぐ研究者層、研究水準を有しているが、その原動力がBBSRC による
戦略投資であったことが明らかになった。また、EPSRC からの投資もあり、医療・健康
以外の出口も意識した研究開発の可能性を、政府レベルで認識していると考えられる。た
だし、各地の大学への拠点形成を支援した、Center for Integrative Sytems Biology グラ
ントが終了する2012 年以降、今後輩出されていくシステムバイオロジー人材のキャリア
パスの拡充や、基礎研究を継続的に支援する仕組みがうまく保たれるか、引き続き注意が
必要である。医療産業への展開戦略については、MRC が戦略的投資を行っていく展望が
あることが希望材料と思われる。

<ドイツ>
これまで、システムバイオロジーに関して明示的な政策立案や戦略投資が行われてこな
かったと考えられてきたが、Max-Planck Insitute における関連領域の研究推進のみなら
ず、BMBF による研究拠点の設置支援、DFG による合成(構成)生物学の推進戦略立案
の動きなど、2000 年代後半からの流れを汲んで、今後もトップダウン的な研究投資が強
化される可能性があると思われる。
<フランス>
CNRS を中心に、一定の国際競争力を維持しているが、その多くが研究者主導型の支援
によるものである。トップダウン型の戦略投資の動向や産業応用などについては明確なビ
ジョンが明らかにはなっておらず、今後はこの点により注力した調査が必要と考えられる。
<その他の欧州>
イタリア、スペイン、スウェーデン、スイスなどでもシステムバイオロジー研究が盛ん
になり、欧州圏全体では日本をはるかにしのぐ研究成果をあげている現状が明らかになっ
た。一方で、フランスと同様に、その産業応用の方針については明確になっていない点が
多く、システムバイオロジーのさらなる発展を注視している資金配分機関や企業が多いこ
とがうかがえる。一方で、ルクセンブルグ政府がシステムバイオロジーへの戦略投資を開
始し、米国や日本など、システムバイオロジー先進国との国際共同研究拠点機能を持つ基
幹研究所を設立した。こうした新興国の動きにも今後注意が必要と考えられる。
<アジア>
中国科学技術院に所属する研究者層が拡大し、シンガポールの複数の大学に学際研究の
拠点が設立されるなど、将来的な発展が見込まれる要素が多い。両国の国際連携戦略のタ
ーゲットの多くが米国であることから、米国型の研究拠点の形成や人材育成プログラムの
導入が今後も進んでいくことが予想される。イノベーション政策なども含め、システムバ
イオロジーの研究開発成果をどのように産業応用に繋げていくかなど、わが国にも参考と
なる事例が今後出現する可能性がある。
<日本>
システムバイオロジーの黎明期にそれを主導する立場の研究者層を擁していたと考えら
れ、関連するトップダウン研究枠も設立されたにも関わらず、2000 年代半ばからは他国
に比して研究開発のスピードに停滞傾向が見られる。また、他国では既に基盤学問、技術
として浸透し、一定の人材育成が達成された感のあるバイオインフォマティクス領域に関
して、全般的に遅れをとっている現状の解決が急がれる。産業応用に関しても企業間での
当該分野に対する関心、評価の温度差が激しく、国として統一された連携策、技術移転支
援施策などが打ち出されていない。「生命動態システム科学」に関連する推進策が、現状
の課題の克服から国際競争力の回復に至るだけの実効性をもったものとして実施されるこ
とが望まれる。

これらの調査結果、そして我が国の関連動向を踏まえ、以下の点を考慮したシステムバ
イオロジー関連研究の推進ならびに人材育成戦略を提案する。
● わが国において議論されてきた「生命動態システム科学」と「システムバイオロジ
ー」の関係性については、ライフサイエンスの国際的潮流に倣うと、どちらもSystems
Biology の範疇に包含される。したがって、「生命動態システム科学」に用語を統一する
こと、ならびに、「システムバイオロジーの再定義」を行うことについては、国際競争
力の向上という観点からは、現時点においては、科学的にも政策的にも必然性が少ない
と言える。
● 国際競争力の向上、世界各国からの研究人材の呼び込み、という観点からは、わが国
において「生命動態システム科学」として重点投資されるであろう研究開発領域につい
ては、「Systems Biology の進展に合わせて、より強化すべき要素研究領域」と位置付け
ることが、得策である。
● システムバイオロジーを担う人材には、生物学分野とそれ以外の関連領域の、両方に
関する知識を保有し、両者の用語を理解しつつ、バランスのとれた研究開発を実践でき
る能力がもとめられる。このような人材を輩出し、わが国の当該研究分野の国際競争力
を組織的に強化するには、生命動態システム科学作業部会が提唱してきた「π 型人材」」
の育成戦略を早急に具体化し、大学・大学院教育へと反映させることが重要である。
● システムバイオロジーを担う人材の育成には、多種多様な関連領域の研究者が、一定
の継続性を以って従事することが望まれる。また、その体制を構築可能な機関(米国、
英国では医理工の関連教育カリキュラムがある程度整備されていた総合大学が中心)が
主体的に関わり、育成環境を整備する必要がある。
● システムバイオロジーなどに代表される「チーム型サイエンスとしてのライフサイエ
ンス」に触れる機会は、大学の学部教育課程から提供されることが望ましいだけでなく、
高等学校教育課程以前からも、その機会を享受可能な環境の整備が、将来的には望まれ
る。
本調査では、2007 年にJST-CRDS が発表したG-TeC 調査の成果内容のアップデート
にとどまらず、最新の学術論文公表状況や、主要国の研究開発戦略の把握と分析をより詳
細に行い、世界各国のシステムバイオロジーの普及状況や基礎研究に関する国際競争の激
化について、具体的な結果を得ることができた。また、訪問調査機関の対象をアジア(シ
ンガポール)にまで拡大し、より広範な地域に関して、研究教育の現場情報を獲得するこ
とができた。さらに、米英の戦略投資による拠点の形成状況と、その拠点の活動実態を明
らかにし、π 型人材の育成体制を検討するために有用な情報を得ることができた。今後、
わが国のライフイノベーションの実現に向け「生命動態システム科学」の推進方策を具体
化するためのエビデンス、特に「重点投資すべき要素研究、技術開発の抽出」や「生命動
態システム科学を担う人材の育成手法の確立」に活用されるよう、関連する科学行政機関、
学術コミュニティへの報告、紹介を通して、得られた成果を発信していく。

 

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