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http://tanakanews.com/091006G20.htm
G20は世界政府になる
2009年10月6日 田中 宇
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9月25日に米国ピッツバーグでG20サミットが開かれ、世界の経済政策を決定する最重要の国際機関の地位がG8からG20に移ったことが宣言された。その後を追うように10月5日、トルコのイスタンブールでIMFと世界銀行の年次総会が開かれた。そしてIMF総会をめぐる報道の中で、G20サミット開催時にはよく見えなかったG20台頭の意味が、いろいろと見えてきた。
その一つは10月5日のウォールストリート・ジャーナル紙(WSJ)の「G20に仕えるという新任務を得たIMF」(IMF Gets New Role of Serving the G-20)という記事だ。それによると、G20は事務局を持たないので、国連の国際官僚機構の一部であるIMFがG20の事務局として機能するというIMFの生き残り作戦が進んでいる。IMFは、世界経済の安定化を目標とするG20傘下の実働部隊として、国際金融危機が再燃したときに使える安定化基金を1兆ドル以上の規模で蓄えようとしている。IMFはある種の「世界の中央銀行」(global central bank)になろうとしていると、同紙は書いている。(IMF Gets New Role of Serving the G-20)
同紙は、G20は事実上「世界経済にとっての重役会」(board of directors of the global economy)として機能しているとも書いている。「世界経済」を企業にたとえて、その重役会がG20だというわけだが、私から見るとこのたとえ方は、おそらく意図的に、本質を外している。G20傘下のIMFが「世界の中央銀行」だとしたら、G20は「重役会」ではなく「世界政府」である。
第一次大戦以来の国際社会の建前では、国家の権力を超える組織が存在してはならないことになっている。国連は建前上「諸国家が集まって意志決定する場」であり、超国家組織ではない。G20は世界政府だ、と書いてしまうと、悪しき超国家組織の存在を認めたことになる。米国には、国連を世界政府とみなして非難するリバタリアンなどの市民運動もあり、大手新聞であるWSJがG20を世界政府とみなしたとなれば、それみたことかと批判される。だからG20は世界政府ではなく、民間企業にたとえて「世界経済の重役会」と書かねばならない。
▼政治面も国連と融合するG20
IMFの首脳であるストロスカーン専務理事は、世界が再び金融危機に陥ったときにIMFが「最後の貸し手」として危機に陥った国々に資金援助できるようにする構想を持ち、各国から保険料のように基金を集めようとしている。これは、国家内では中央銀行が担っている機能だ。明らかにIMFは、世界の中央銀行になろうとしている。現在のIMFの理事会では欧米が強いが、これを構造転換し、BRICが強いG20がそのままIMFの理事会になるべきだという主張も関係者から出ている。これらのことから、IMFが世界の中央銀行になり、G20が世界政府になろうとしていると考えられる。
IMFは、冷戦中は西側諸国の経済安定を守るための組織で、冷戦後は「民営化こそが各国経済を成長させる」という方針を中心とした「ワシントン・コンセンサス」を、嫌がる新興市場諸国に押しつけるのが役目だった。1980−90年代の中南米やアジアでの通貨危機の際、IMFは、危機の国に資金援助する見返りに民営化を要求し、途上諸国の人々は反米・反IMF感情を募らせた。このように、従来のIMFは米国の世界戦略の道具だった。それが今回、米国の覇権瓦解とともにIMFは米国の下僕を離れ、これまで虐めてきた新興市場諸国が主導するG20の下僕となった。これはまさに、生き残りのための「転向」である。(China moves into reserve position)
G20は、世界の主要な19カ国の首脳19人と、EU理事会の議長、それからIMFと世界銀行の各首脳の合計22人で構成され、そのほかに各国の財務相と中央銀行総裁が参加する会議もある。G20の議長は1年ごとのアルファベット順の持ち回り制で、昨年の議長と来年の議長が副議長役となる3人体制で会議を主導する。(G-20 major economies From Wikipedia)
今のところG20は、経済政策の分野のみ世界政府として機能するが、G20の最大の議題はドルが崩壊して国際通貨体制が多極化していく今後の転換をできるだけ安定的に進行させることである。これは覇権の問題であり、国際政治の問題でもある。国際政治の問題は、国連安保理が世界の最高意志決定機関であるが、今回のIMF(国連機関)とG20の融合の流れから考えると、経済だけでなく政治分野でも、いずれG20が国連安保理に取って代わる、もしくは国連安保理の体制が改革されてG20に近いものになると予測される。
国連安保理の中心にある常任理事国の制度は、終戦の過程で米国主導で作られた多極型の制度で、世界の各地域を代表するかたちで5カ国が選ばれたが、今のBRICに入っているインドやブラジルは含まれていない。当時、インドは独立が約束されたものの英連邦の傘下で、インドの国益は英国が代表していた。ブラジルなど中南米諸国は米国の裏庭と見られていた。今後の常任理事国制度の改革は各国の利害が錯綜して困難なので、改革ではなく、国連とG20が合体するとともに常任理事国制度自体を廃止する展開になるかもしれない。G20周辺で語られていることから考えて、いずれドル崩壊が起きそうだが、今はまだドル崩壊前なので、先にG7からG20への経済面の覇権転換をやって、ドル崩壊が起きて米英の影響力が大幅に低下した後、政治面の覇権転換となる国連改革を実行するのだろう。(World Bank and IMF join global attack on the dollar!)
▼顕在化する通貨の多極化構想
IMF世銀総会の開催地となったトルコのババジャン副首相は開催前の記者会見で、主要諸通貨を加重平均したSDRの制度を活用してドルに代わる国際基軸通貨体制を作る構想についてIMF総会で協議することになりそうだと語っている。SDRを使って新国際通貨体制を作ることは、G20の中核をなす中国やロシアの政府が以前から提案していることであり、IMFで協議されることは自然な流れだが、SDRをドルの代わりとする構想は、まだG20やIMFの公式発表に盛り込まれたことがない。その意味でババジャンの発言は重要である。(Dollar Share of Reserves Drops as Euro Reaches Record)
基軸通貨の非ドル化と多極化について、世界銀行のゼーリック総裁は記者会見で、米国がドルを刷って世界から輸入して消費する従来のドル基軸型の経済よりも、米国の消費に頼らない多極型の経済(a multipolar economy)の方が、世界経済は安定すると発言している。通貨の多極化は、世界のそれぞれの地域内での貿易と消費を拡大し、発展の極が複数あるため一極型よりも安定しやすいということだろう。(US economic decline forges new world order)
ゼーリックは同時に、東南アジアや中南米、中近東、アフリカといった地域の発展途上国について、先進国から援助をもらう国々として見るのではなく、将来の世界経済の成長の牽引役となる国々と見るべきだとも主張した。ゼーリックが主張した「世界経済は多極型の方が安定する」「いずれ途上国が世界経済の牽引役となる」という2点は、私が「多極主義者が世界を多極化したい理由」と考えてきたことでもある。
ゼーリックはゴールドマンサックスの元幹部である。ゴールドマンはBRICという言葉を作ったり「2020年には世界の中産階級が(今の3倍の)20億人になる」とする予測を発表するなど、多極化を支援する概念作りをしてきた。またゼーリックは世銀総裁になる前のブッシュ政権で中国担当の国務副長官として、中国を「責任ある大国」に押し上げる担当をしており、彼が隠れ多極主義者であることはほぼ間違いない。(Boom time for the global bourgeoisie)
世界経済は、長期的には多極型の方が安定するとしても、基軸通貨体制が今のドル単極型から多極型に転換する際には、短期的・中期的に大きな混乱がともなう。現在、世界の商品の国際価格のほとんどはドル建てであり、企業や政府の間の国際契約の多くもドル建てだ。エネルギーや資源の長期契約は、何十年も先までドル建てで価格が決められている。国際決済でドルを使わなくなった場合、大混乱が起きそうだ。
しかし、おそらくドルの大幅下落は不可避だろう。ハーバード大学教授のニーアル・ファーガソンはIMF総会を見に来て「来年になってもドルが下落していないとは考えにくい」(It would be extraordinary if in the next year we didn't see dollar weakness)と語った。ファーガソンはロスチャイルドの歴史的研究で知られる経済覇権史専門の英国人で、911直後に「米国は正式に帝国主義を掲げるべきだ」という英米中心主義的な主張を掲げて英国から米言論界に乗り込み、急速に有名になったMI6的な人である。(G-7 Avoids dollar Criticism, Warns Against Volatility)(米英で復活する植民地主義)
今はまだ、米連銀など先進国当局による量的緩和策が続き、コストの安い資金が世界的に供給されて株価も上がっているが、この構図が崩れたときが、ドル崩壊の時期となりうる。いったんドルが崩壊したらその後は、SDRを使った多極型の基軸通貨制度が、今のような違和感を持たれずに世界に受け入れられるだろう。
IMFを舞台に通貨の多極化がもくろまれている観は、米国が金融危機になる前の2006年にはすでにあった。ドルを延命させている間に通貨を多極化し、中国やインドの内需が世界経済を牽引する形に転換する動きがあると、私は06年に指摘する記事を書いた。当時「また田中宇が妄想している」と評されたことが、今となっては懐かしい(まだ妄想屋と評され続けているが)。(IMFが誘導するドルの軟着陸)(通貨から始まったアジア統合)
▼中国人民元の切り上げ
今回のIMF総会で出てきたもう一つの話は、中国人民元の為替切り上げについてである。いまや中国は米国と並ぶG20の主要国である。前出とは別のウォールストリート・ジャーナルの記事は「今回のIMF総会は、中国人民元をめぐる新たなプラザ合意だ。いずれ人民元は上昇する」という趣旨の見出しをつけている。プラザ合意とは、米国の経済難を解消するため、85年に、成長力があった日本と西ドイツを敗戦国から主要国の地位に引き揚げてやる代わりに、円マルク高ドル安を容認させ、日独の内需拡大、米国の輸出力復活と経常赤字減、ドルの軟着陸的な地位保全を狙った、米欧日5カ国の合意である。(IMF: Yuan Will Rise One Day, Making Istanbul The New "Plaza")
今回の人民元をめぐる「新プラザ合意」は、すでに合意されているとも言える。新合意は、米国が中国を世界の主要国として認める見返りに、中国が人民元の対ドル為替を切り上げる交換条件だが、G20がG7に取って代わったことで、すでに中国は世界の主要国になっている。IMF総会で中国の代表は、内需拡大策を続けるとともに、国際金融危機が下火になったら人民元の上昇を容認すると示唆した。
中国当局は人民元の自由化について(1)香港在住者が人民元の銀行・証券口座を開設できるようにする(2)中国の5大都市の企業に、人民元建ての国際取引を許す(3)外国政府が人民元を外貨準備として保有することを奨励し、人民元建ての中国国債を香港で発行し、中国企業に人民元建て社債の発行を許す、という漸進的な3段政策を準備していると報じられている。(China Is Playing a Leadership Role in Reshaping the World Economy)
また中国は、自国の影響力が国際社会で強まる状況を活用し、欧米から経済制裁されたりして経済発展できないでいる発展途上国に「中国型」の成長モデルを導入させようとしている。政治的には独裁を維持したまま経済を自由化し、資源開発や製造業を振興するやり方である。これは、独裁や人権侵害を理由に各地の途上国を制裁することで支配してきた従来の欧米の戦略を阻害する。欧米にとって迷惑な話だが、中国はこれを新プラザ合意の一条件としている。日独は主要国として認められても、米英に従属し続ける「お行儀のよい良い子」だったが、中国は違う。ロシアなどとも組み、米英を押しのけている。
中国はまだ米国債を買い続けていると指摘されているが、これが事実だとしたら、それも「米国債を買い続けてドルを延命させてやるから、米英は中国が好きなようにやるのを黙認しろ」という中国の戦略であろう。日本は対米従属を続ける限り、米国が黙認する中国の台頭を、日本も容認せざるを得ない。中国は、余剰資金で米国から覇権を買っている。80年代、余剰資金でニューヨークの高層ビルなどしか買わず、結局は米国側に安く買い戻されてしまった日本人より賢い。日本人が中国を敵視するなら、中国人より巧妙に考える訓練をしなければならないが、週刊誌などの内向きな嫌中記事を見ている限り、日本にはまだその発想はない。残念である。
▼死に体のG7
IMF総会直前の10月3日には、G7の財務相・中央銀行総裁会議がイスタンブールで開かれた。G20に役割を奪われたG7は、この会議で解散を決めるのではないかと米財務省の元高官(Tim Adams)は言っていたが、とりあえずは存続した。だがG7は、為替について突っ込んだ声明は出さなかった。そうした役割は、すでにG20に移っている。G7は人民元の切り上げを求めたが、これは中国に「早く覇権国になってくれ」と言っているようなものだ。(Group of Seven fights irrelevance in new world order)
G7翌日の10月4日には、東京で自民党の中川昭一元財務相が「死因不明」で急死した。中川氏は今年2月、財務相としてイタリアでのG7会議に参加したが、その時の記者会見で酩酊していた責任をとって辞任し、8月末の総選挙で落選した。思い出せば、2月にはすでにG7は米英主導で危険な量的緩和策を拡大するばかりで、すでに機能不全に陥っていた。対米従属党だった自民党の中川氏はあの時、米国と協調して金融危機対策をやろうとしたが、隠れ多極主義の米当局に邪険にされ、自暴自棄の深酒をするしかなかったのかもしれない。
その後、自民党は惨敗し、日本は対米従属からの離脱を掲げる民主党政権となり、G7はG20に力を奪われて衰退し、中川氏は亡くなってしまった。死者を批判したくないが、中川氏は世界の多極化傾向や米国の隠れ多極主義に気づいていたのかどうか。せめて今後の自民党は、中川氏の無念の死を無駄にせず、多極化に対応して日本を再生できる党としてよみがえってほしいと思う。
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