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2月15日6時53分配信 YONHAP NEWS
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090215-00000002-yonh-kr
【ソウル13日聯合ニュース】昨年8月に金正日(キム・ジョンイル)総書記の健康悪化説が流れ始めた後、金総書記に代わり北朝鮮の国政を任されてきた張成沢(チャン・ソンテク)朝鮮労働党中央委員会行政部長の側近が、権力の前面に急浮上している。
その代表的な人物が、11日に任命された金英春(キム・ヨンチュン)人民武力部長と李英浩(リ・ヨンホ)総参謀部長、そして朴明哲(パク・ミョンチョル)国防委員会参事だ。朴参事の場合、北朝鮮当局が任命を公式発表したものではなく、朝鮮中央通信などの北朝鮮メディアが12日夜から翌日にかけて報じた金総書記の視察同行者の名から明らかになった。
複数の情報消息筋は、北朝鮮メディアが報じた朴参事が、体育相格である朝鮮体育指導委員長を務めた朴明哲氏だと確認した。朴氏は地方のある郡で人民委員長(郡守)を務めていたが、最近、国防委参事に電撃起用されたものと聞いているという。ある大学教授によると、国防委参事は、金総書記の指示を伝達するなど国防委の行政実務責任を負う、比重の重い役職だ。
朴参事は、金日成(キム・イルソン)主席の信頼があつかった対韓工作員として上層部にあった人物の長男で、1975年に体育委員会副委員長、1992年には委員長に昇格し10年にわたり体育界を率いてきた。しかし、消息筋によると、2003年末に幹部子息の結婚式に出席した帰りに交通事故に遭い重体に陥り、助かりはしたものの、事故調査の段階で結婚式に張部長の側近が大勢出席したという報告が金総書記に上げられた。これは、「権力欲による分派行為」をしたという理由で、「張成沢ライン」の没落につながった。2004年初め、労働党組織指導部第1副部長として強大な権力を誇っていた張部長も業務停止処罰を受け、側近ともども地方労働者などとして左遷された。
しかし、2005年末に張部長が中央に復帰、その側近も地方幹部に相次ぎ起用される形で復活した。2007年南北首脳会談にあたり、軍事境界線で当時の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領を迎えた崔竜海(チェ・リョンヘ)黄海北道党責任秘書も、張部長の側近とされる。
一方、金人民武力部長と李総参謀部長の任命は、金総書記の三男後継構図において、張成沢ラインの権力前面配置の一環として分析される。複数の対北朝鮮消息筋が、両者とも張成沢ラインの人物だとし、「今回の人事の核心は、軍部要職に張部長側の人物を植え付けた点」と強調している。