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ジーコの貧乏物語 史上最悪、「つば吐き事件」はなぜ起きたのか
三浦カズがPKを蹴ろうとしたそのときにジーコがボールに歩み寄って…
94年チャンピオンシップ川崎戦で高田主審に抗議するジーコ
その事件はタブーになっている。川淵三郎が日本サッカー協会会長に就任し、ジーコを日本代表監督に決めてから、関係者はその事件に触れるのを回避する。
つば吐き事件である。94年のJリーグ・チャンピオンシップ第2戦のことだ。前期優勝の鹿島と後期優勝の川崎が、この試合で日本一を決める。注目の試合で、ジーコがボールにつばを吐き退場になった。
1月16日。国立競技場には5万6000人を超すサポーターが集まっていた。快晴。空っ風の吹く中、試合は荒れた。
川崎のビスマルクが体を入れて、ジーコや本田泰人にヒジ打ちを食らわせた。そのたびにジーコが激しい口調でビスマルクを責める。
「若造が何をする!」
ジーコの怒りはジャッジにも向けられた。アルシンドに対する川崎のファウルは見逃された。川崎のゴールキーパーが、エリアの外で手を使ったのに、審判は反則を取らない。ジーコはイライラを募らせた。
鹿島は第1戦に0―2で負けた。この試合は2点差以上をつけて勝たなければいけない。前半を1―0でリードして、ジーコはハーフタイムでゲキを飛ばした。
「オレたちは勝てる」
しかし、後半36分。ペナルティーエリア内で鹿島の賀谷英司がファウルを取られる。賀谷と川崎のパウロが交錯。オブストラクションで、間接フリーキック――複数の評論家がそう指摘した。微妙なプレーだった。が、主審の高田静夫は川崎にPKを与えた。鹿島の猛抗議は退けられた。
川崎は三浦カズがPKをセットした。残り時間10分を切った。ここで同点にされたら、鹿島に優勝の目は消える。
そのときだ。ジーコがつかつかとボールに寄っていき、つばを吐いた。高田は即座にイエローカードを切った。この試合2枚目。ジーコは退場となった。つば吐き事件の、これがてんまつだ。ピッチで見えたのはこれだけだが、その裏にはドロドロの確執があった。
ジーコは「高田はレフェリーの服の下に、ヨミウリのユニホームを着てホイッスルを吹いた」と激高して叫んだ。
事件から約2カ月後。本紙は、その真相と真意をジーコから直接、聞くことができた。
「あんな不可解なジャッジで負けるのはどうしても許せなかった。行為自体は褒められたものでないし、十分に反省している。しかし、私がつばを吐いたのは、あのPKに対してだけではない。これまで鹿島に対して不利にはたらいてきたこと、審判の公平とレベルアップ、日本サッカーの発展のため、すべてに対して反発したかったのだ。
日本ではヴェルディ、マリノスといった人気チームばかりに有利なジャッジが下される。中でもヴェルディに対するものは目に余る。サッカー協会内部に、代表選手を多く抱えた人気チームを優勝させることが、Jリーグを盛り上げると考える勢力がある」
はたして、これは真実かジーコの思い込みか。
「25年に及ぶサッカー人生の中で、私は審判とのトラブルで一度も退場させられたことのない選手だということを、知っていてほしい。そんな選手が、なぜあんな行為に出たか、そのことをもっと深く考えてほしい」
関係者の証言と、ジーコの生い立ちの中で起きた「ある事件」を比べて、真相を追ってみる。