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【96条の意義は 国民守る とりで】
◆改憲で「退化」の恐れ/思想家 内田樹さん
──96条の意義をどう考えますか。
「変えるな」という意味だと思います。憲法は国のあるべき形を定めたもの。硬性=注1=であるのが筋です。政権が代わるたびに国のあるべき形がころころ変わっては困る。憲法を改正している他の国も立国の理念まで変えているわけではありません。
改憲論者は、そもそも憲法が硬性であることがよくないという前提に立ちます。国際情勢や市場の変動に伴って国の形も敏速に変わるべきだと思っている。これはグローバリスト=注2=特有の考え方です。ビジネスだけでなく政治過程も行政組織も、あらゆる社会制度は市場の変動に応じて最適化すべきだと彼らは信じています。今の日本では、政治家も財界人も学者もメディアもそれに同意している。
グローバリストにとって、市場への最適化を阻む最大の障害は「国民を守る」ために設計された諸制度です。医療、教育、福祉、司法、そういったものは市場の変化に対応しません。その諸制度を代表するのが憲法なのです。
安倍自民党も民主党もグローバリストという点では変わらない。これまで国家が担ってきた「国民を守る」事業は市場に丸投げしたいと考えている。無意識にでしょうけれど、彼らが目指しているのは「国民国家の解体」なのです。
──グローバリズムと「愛国心」などの右寄り思想は、相いれない気もしますが。
グローバリストはナショナリズムを実に巧妙に利用しています。彼らがよく使うのは「どうすれば日本は勝てるか?」という問いですが、これは具体的には「どうすれば日本の企業が世界市場のトップシェアを取れるか?」ということを意味しています。でもトリックがあります。ここで言われる「日本企業」は実は本質的に無国籍だということです。
外国の機関投資家が株主で、経営者も従業員も外国人で、海外に工場があり、よその政府に納税している無国籍企業があえて「日本企業」と名乗る理由は何でしょう?勘違いして「日本のために」と自己犠牲を惜しまない国民が出てくるからです。「日本企業」を勝たせるためなら、原発再稼働も受け入れる、消費税増税も受け入れる、TPPによる農林水産業の壊滅も受け入れる、最低賃金制度の廃止も受け入れる…。この「可憐(かれん)」なナショナリズムほどグローバル企業にとって好都合なものはありません。
──占領下の米国による「押しつけ憲法」であることも改憲論の根拠になっています。
米国からすれば日本国憲法は一種の贈り物です。当時の世界の憲法学の知見を結集して作った「百点答案」です。これを「出来が悪いから変える」というのであれば、国民のみならず、まずは「押しつけた」米国に対して、そして国際社会に対して、憲法のどこが不備であるのかを説明する責任があるでしょう。
自民党の改憲草案は、近代市民革命の経験を通じて先人の苦労の結晶として獲得された民主主義の基本理念を否定する時代錯誤的な改変です。これについても、なぜ憲法をあえて「退化」させるのかを国際社会に対して弁ずる義務がある。
中国も韓国もロシアも台湾も、隣国はどこも9条2項の廃止に強い警戒心を抱くでしょう。改憲が政治日程に上れば、当然ながら強い抗議がなされるはずです。日本製品の不買運動、経済的文化的交流の停止、場合によっては大使引き揚げにまで至るリスクがある。疑念や反発を抑えるための説得材料を、どれだけ政府は用意しているのか。
改憲をめぐり、東アジアに緊張が高まれば、いずれ米国が調停に出て来ざるを得ません。でも、日本が「押しつけ憲法を変える」ということから起きた国際紛争で米国が汗をかく義理なんかない。9条を弾力的に解釈して、これまで通り米軍の後方支援や軍費負担をしてくれるなら、現状のままでも困らない。
そろばんをはじけば、米国が土壇場になって「余計なごたごたを起こすな」と改憲にクレームをつけてくる可能性は高い。すると「米国に押しつけられた憲法を改正しようとしたら、米国に『やめろ』と言われたのでやめました」という誠にみっともない話になる。満天下に恥をさらすことで、日本の国益がどう増大することになるのか。グローバリストに最も欠けているのは、そういう国際的な見通しです。
──参院選で、96条を正面から考える必要がありそうです。
今度の選挙では国の形そのものが問われます。国民国家を解体して市場に委ねるのか、効率は悪くても生身の人間の尺度に合わせたシステムを維持するのか、それを選ぶことになる。憲法についての議論が深まり、国家のあるべき形とは何なのかを国民が真剣に考えるようになるなら、改憲が争点であることは少しも悪いことではありません。結論は常識的なところに落ち着くと思います。あまりに難しい選択なので、そんなにせかさないで、ちょっと待ってほしい、と。「とりあえず護憲」を国民は選択するだろうと僕は思っています。
[注1] 改正の際に法律より厳重な手続きを必要とし、「改正しにくい」憲法を「硬性憲法」と言う。
[注2] 国の枠を超え地球単位で物事をとらえる人。特に経済活動で、市場経済、自由貿易の世界的展開を志向する人。
[うちだ・たつる]
神戸女学院大名誉教授。1950年、東京都生まれ。東大文学部卒、東京都立大大学院博士課程中退。専門はフランス現代思想、映画論。「街場のメディア論」 「下流志向」 「日本辺境論」など幅広い分野で著書多数。
◆社会の「インフラ」意識を/首都大学東京准教授 木村草太さん
改憲が現実味を帯びる中で、私たちは憲法とどう向き合うべきなのだろうか。若手の憲法学者、首都大学東京准教授の木村草太さん(32)に話を聞いた。
木村さんは憲法を「水道管のようなインフラ(社会基盤)だ」と話す。普段は目に付かない地味な物だが、生活を支える重要な役割を担っているという意味だ。
近著「憲法の創造力」(NHK出版新書)には、インフラとしての憲法を実感するヒントが示されている。例えば裁判員制度については「奴隷的拘束や意に反する苦役を禁じた18条への配慮が欠けているのではないか」との問いを投げかける。
奴隷的拘束や苦役は、今の日本ではピンと来ない事態だが、政府が農民の食糧を奪ったり、少数民族を弾圧する国は存在する。「ボランティアの強制」について注意深くなることは、国の暴走を防ぐというそもそもの憲法の存在意義をかみしめることにもつながる。
木村さんは、憲法には「国内法典」 「外交宣言」 「歴史物語」の3つの側面があると考える。これまで改憲派が主張してきたのは、主に米国から「押しつけられた」とする歴史物語の文脈だ。「建てた施工会社が気にいらないから水道管を全部取ろう、というレベルのことをしようとしている」と懸念する。
夏の参院選で大きな争点になろうとしている改憲。「ふだんから水道管の仕組みについて考え続けるのは面倒だけど、そういうものに生活が支えられているという意識を失うと大変なことになる。福島第一原発事故でも明らかになったことだ」
2013年5月3日 東京新聞7面 「2013憲法記念日特集」より
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