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3月14日、護衛艦「さみだれ」(DD106) と「さざなみ」(DD113) が広島県の呉基地を出航した。準大手ゼネコン「西松建設」の政治献金問題などで国会はますます迷走し、前回紹介した「海賊新法」成立の見込みもたたないなかで、自衛隊法82条(海上における警備行動〔海警行動〕)による応急的、「さみだれ」的派遣である。派遣命令を出した防衛大臣も、それを任命した総理大臣も、派遣期間中に在任しているかどうかもわからない。現地で何が起こるかまったくわからない。現に活動している各国の艦艇も、手さぐりの活動である。「海賊」を身柄拘束した場合、どこで裁判をするのか。3月6日に、EUとケニアとの引き渡し協定が調印された。ちなみに、米海軍はこれまでに16人の「海賊」を拘束して、ケニアに移送している。 3月3日、ドイツ海軍のフリゲート艦「ラインラント・プファルツ」がアデン湾で9人の「海賊」を身柄拘束した。ハンブルク地区裁判所から勾留状が出された。ドイツに移送して裁判するのか、ケニアに引き渡すのかをめぐって政府部内で検討された。ただ、9人は協定締結前に身柄拘束されているので、法的には微妙な問題を含んでいた。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルのドイツ支部は、ドイツ本国に送って裁判すべきであると主張。「海賊」に刑事手続上の権利を尊重するように呼びかけた(Die Welt vom 8. 3. 2009) 。『フランクフルタールントシャウ』紙のM.Thiemeは「コンセプトなき海賊対処」と題する評論で、このドタバタを「憂鬱なジョーク」と批判した(Frankfurter Rundschau vom 7. 3. 2009)。結局、9人は3月10日、ケニア当局に引き渡された(Die Welt vom 11. 3. 2009)。 ちなみに、ドイツの場合、「対テロ戦争」(OEF)における有志連合部隊(CTF150)に参加して「アフリカの角」に派遣したフリゲート艦「メクレンブルク・フォアポンメルン」とは別個に、昨年12月、フリゲート艦「カールスルーエ」を派遣した。EU諸国の海賊対処ミッション「アタランタ」の一環である。安易な「転用」をしないところが重要である。NATOの活動(米軍が指揮)とEUの活動(米軍なし。ヨーロッパのみ)とを厳密に分けて、海賊対処では米軍との距離を自覚的にとっていることがわかる。最近、米軍が海賊対策専門の有志連合部隊(CTF151)を立ち上げて、EU諸国を取り込もうとしているが、"150 "と"151 "の違いを含め、かなりややこしい。日本政府は「日米同盟」(これ自体、憲法上問題のある言い方だ)オンリーで、思考停止の状態のため、ドイツなどヨーロッパ諸国の微妙な対米関係の距離間隔が理解できないのである。 加えて、ドイツがEUの「アタランタ」(海賊対処)で最初に派遣したフリゲート艦の名前は「カールスルーエ」。連邦憲法裁判所の所在地で、憲法上の制約があるという隠れたメッセージをにじませている。少なくとも、「さみだれ」式派遣に「さざなみ」程度の影響を狙った、日本の「海警行動メタファー」よりは明確だろう。なお、2月28日、「カールスルーエ」は母港(Wilhelmshaven) に戻った。帰港直後、艦長は「戦後ドイツ海軍史上初めての戦闘出動だった」と率直に語っている(FR vom 28. 2. 2009)。相当の緊張を強いられる派遣であったことが伺える。 ところで、日本の護衛艦には、海上保安庁の職員が4人ずつ乗艦する。身柄拘束の手続は彼らが行う。だが、「どこで裁判するのか」は未知数のようである。実際、日本に移送すれば、その刑事手続は、広島地裁呉支部(一つだけある刑事合議係)で行うのか。海外派遣任務全般については東京が裁判地となれば、東京地裁になるのか。2月20日、呉沖で、海自と海保の初の共同訓練が行われたが、これを取材した記者に直接聞いたところによると、海自が身柄拘束した「海賊」を海保職員に引き渡し、海保が護衛艦内の一角に連行するところで訓練は終わったという。自衛隊の準機関紙『朝雲』2 月26日付の共同訓練の記事を見ても、海保への「引き渡し」まで。そこから先は曖昧のまま、護衛艦は「見切り出航」した。 護衛艦には、海自「特別警備隊」(SBU) が乗艦している。この部隊は「はなむけ」事件で全国的に知られるようになった。『朝雲』2月5日には「対海賊戦」の見出しがおどり、この部隊の「実戦訓練」が紹介されていた。この部隊は「不審船」(武装工作船)対処のために組織されており、海上における犯罪捜査や容疑者逮捕などの訓練はしていないし、そもそも任務ではない。射撃の際にも、相手が重火器や手榴弾を持っている可能性が高いから、最初から致命傷を与える訓練をしているはずである。他方、第5管区海上保安本部(大阪)の特殊警備基地(関西空港)には、海保「特殊警備隊」(SST) が置かれている。SBU とSST 。同じような恰好をしていても、両者は似て非なるものである。SSTは海上保安官であり、海上における法律違反の「予防」「捜査」「鎮圧」が目的である(海上保安庁法1条)。犯罪の鎮圧、容疑者の逮捕と証拠保全、人質の救出などの訓練をしている。護衛艦にSBUではなくSSTを乗せていけば、海賊対処という点から見れば、より合理的だったという意見もあり得る。だが、麻生首相は中国や米国を意識して、護衛艦派遣にこだわった。海自もSBU 「はなむけ」事件の汚名を晴らしたいというところだろう。海賊対策は二の次で、さまざまな利害が重なった「アリバイ的派遣」になっていく。 武器使用基準の問題も重要である。前回、「海賊新法」との関係で述べたので詳しくは省略するが、海上警備行動時の権限は自衛隊法93条に基づくほかなく、海保法20条の準用(警職法7条の準用)で、正当防衛・緊急避難の場合以外は危害射撃ができない。ただ、「不審船」対策で海保法20条2項が改正されたが、その要件は「不審船」対処に密接に関連しているため、海賊船への適用はむずかしい。政治の迷走で、「現場」はかなりの困難を強いられることになる。 その点では、海賊派遣の「先輩」ドイツも悩ましいのは同じである。この写真(die taz vom 29. 12. 2008 より)は、2月末までソマリア沖に派遣されていたフリゲート艦「カールスルーエ」の艦橋横に貼られた「武器使用基準」である。「あなたが射撃を許されるのは、あなたが攻撃されるとき、船が攻撃されるとき、指揮官が命令するとき、である」。大きなフォントでプリントアウトした紙をセロテープで固定している。いずこも「応急的」であることがわかる。「無意味な冒険」(W. Nachtwei 「緑の党」防衛問題担当)と批判される所以である。 昨年12月の直言で紹介したフランス海軍中将の発言を再度紹介しておくと、通常のフリゲート艦は時速30マイルだから、15分で8マイル程度しか進まない。ソマリア「海賊」は、軍艦が水平線に見えないときは、何でもできることを知っている。軍艦が見えたときは、巧みな航行技術を駆使して高速で逃げてしまう。中将によれば、各国の軍艦はソマリア沖の2 %程度しか確保し得ていないという。 『産経新聞』2月16日付は一面トップ、カラーの図絵を入れて、護衛艦のエスコート方式が検討されていることを伝えたが、そこでも、護衛艦の燃料補給のために、エスコートできない空白が生まれることが指摘されている。海域を通るタンカーや輸送船をすべて護衛することはそもそも不可能なのである。結局、「2000隻航行する日本の船を守る」といっても、それが手段として有効かつ適切かは別問題である。 船員OBの中山馨氏によれば、日本の海運会社が運航している外国船(外国航路に就航している船舶)は約2000隻だが、日本国籍を持つのは約100 隻ほどである。ほとんどは海運会社が税金の安い外国にペーパーカンバニーをつくり、その国に登録している船舶という。これを「便宜置籍船」(FOC船) という。本来、船舶は「旗国主義」をとっており、実質的に海運会社が支配している船舶でも、その船舶が所属する国の法律が適用される。中山氏がいうように、「旗国主義」を徹底すれば、護衛艦は100 隻程度にしか対応できない。そこで、日本船籍の船だけでなく、日本人船員が乗船したり、あるいは日本向けの貨物を積載している外国船籍の船にまで護衛対象を広げたわけである。中山氏いわく。「税金のがれのために、法のゆるやかな国に船舶を移動して、日本人船員の職場をなくしておきながら、海賊に襲われるからと日本政府に泣きつき、『国民の税金を使って自衛隊を派遣させろ』(日本船主協会の要求)などと言うのは、虫がいいにもほどがある」(『週刊金曜日』2月6日号「論争」欄)と。鋭い指摘である。 では、海賊対策はどのようにしたらよいのか。『海上保安レポート2008』(海上保安庁)によれば、世界の海賊発生状況(2007年)は、東南アジア23%、インドネシア16%、ナイジェリア16%、ソマリア12%、紅海・アデン湾5 %と続く。海保は「情報共有センター」(ISC) を2006年にシンガポールに設置し、海賊対処のネットワークを構築してきた。その結果、マレー半島とインドネシアに挟まれたマラッカ海峡の海賊は、2003年の150 件からこの3年間で3分の1に減ったという。 ソマリア「海賊」問題は、軍艦派遣では解決不能な「海と陸と」の問題がある。アフリカの「陸」の問題、とりわけ経済問題にどう取り組むか。フリゲート艦の海賊対処派遣に反対しているドイツの平和会議(カッセル大学平和研究所のP.Strutynskiら)は、「海賊に対処は正しい手段で」という提言を行っている(Uni Kassel, AG Friedensforschung, Peter Strutynski)。実はこのカッセル大学の平和研究者の主催するシンポジウムに参加したことがある。そこには、当時ドイツ留学中の川田龍平氏(現・参議院議員)も参加されていた。このカッセル大学の平和研の提言内容は下記の4点である。 第1に、ソマリアの政治的安定化である。これは、「海」の安定には、「陸」のそれが不可欠という真理を改めて確認することを意味する。第2に、ソマリアとイエメンの沿岸警備隊再建への国際的支援である。2009年になって海賊行為の70%は、イエメン沖で起きている。ソマリアと同時にイエメン沿岸警備隊の再建・強化こそ、「海賊」問題解決への近道といえるだろう。第3に、海賊には国際的ネットワークが出来ているので、組織犯罪対策への多角的協力(国際刑事警察機構[INTERPOL]など)を行うことで、このネットワークを断ち切ることが大切である。第4に、ソマリア沖で各国が違法操業をしたり、産業廃棄物の海洋投棄を行っていることに対処することである。 上記4つの課題は、軍艦や護衛艦を派遣しても解決しない。莫大なお金を使って護衛艦を派遣するよりも、同じ金額ならば、上記の課題に投入する方が効果的だろう。例えば、国際海事機構(IMO) は、ソマリア沖海賊対策で、海上取締官を養成する訓練センター設置を周辺諸国に勧告している。日本の海上保安庁は「アフリカの海上保安官」育成に積極的に協力するという(『東京新聞』2009年2月21日付「ソマリア沖海賊対策訓練所:育て『保安官』 海保積極協力」)。東南アジア諸国の海賊対策に協力してきた海保のノウハウが、アフリカにも応用される。日本は、護衛艦派遣をやめて、海保を軸に、資金援助、人的援助、巡視船の提供などで、アデン湾岸諸国の海賊対策に協力する道を選択すべきであろうし、これが、自衛艦派遣に対するもう一つの道である |