02. 2011年3月23日 03:28:40: 8AHi8vo412
2011年3月21日発行 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ JMM [Japan Mail Media] No.628 Monday Edition ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ http://ryumurakami.jmm.co.jp/ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ supported by ASAHIネット ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』
Q:1204 資金のほかに復興に必要なものは? ◇回答
□真壁昭夫 :信州大学経済学部教授 □水牛健太郎 :日本語学校教師、評論家 □北野一 :JPモルガン証券日本株ストラテジスト ----------------------------------------------------------------------------
■今回の質問【Q:1204】 復興には莫大な費用がかかりそうです。資金の他に、復興に必要なのは何なのでし ょうか。あと、日本全体が不安状態にあります。何かポジティブな話題があればご紹 介いただければと思います。 ---------------------------------------------------------------------------- 村上龍 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 真壁昭夫 :信州大学経済学部教授 今回の大災害から復興を考える時に最も重要なポイントは、今までとは違った人材 を見つけることだと思います。具体的には、過去の成功体験などに固執する人たちで はなく、従来の事にとらわれずに、新しい発想で、色々なことを考えられる人材です。 「そうした人が、わが国にいるのか」と問われると、やや不安になりますが、とにか く、本当の意味での復興には、新しい人が必要です。 今回の災害の規模は、今まで我々が経験したことのないようなマグニチュードでし た。ということは、そもそも、「あの時はこうだった」という経験が該当しないケー スが沢山あるように思います。それは、今まで経験したことがないような惨事に遭遇 しているわけですから、当然のことかもしれません。 また、過去の経験を引きずっていると、どうしても、色々なことを考慮する可能性 が高まります。中でも、既得権を持っている人たちからの影響を、完全に排除するこ とは難しいと思います。若い、新しい人であれば、そうした"しがらみ"を持っていな い可能性は高いはずです。旧態依然とした"しがらみ"を持たないことは、かなり重要 なファクターになると思います。それは、プロ野球の開幕時期について、選手会や世 論の強烈な反対にも拘わらず、当初の予定日に、ドーム球場で開幕戦を強行しようと する姿勢を見せている一部の人たちのスタンスからもよく分ります。 そうした人たちは、自分たちが持っている発言力という過去の"しがらみ"を使って、 自分たちの考えを押し通そうとしています。そうした姿勢は、これからも出てくるこ とが考えられます。それに対して、政府は、予定を若干遅くするという妥協案に、押 し切られようとしているように見えます。多くの人や企業が節電しているときに、消 費電力を減らすとはいうものの、多くの電力を使うドームでの試合を想定しているよ うです。 多くの被災者の方の状況は、徐々に改善しているとはいうものの、依然、かなり厳 しい状況にいることは間違いありません。寒い中、十分な食料や暖房用の燃料にも事 欠いているといわれています。また、水や薬品も不足していると報道されています。 実際、避難所にいても、命を落としている人が何人も出ています。そういう状況下、 何故、野球の開幕を予定通りに行う必要があるのか、おそらく、多くの人が理解に苦 しんでいることでしょう。 一部の人たちは、おそらく、適切な判断ができなくなっているのだと思います。ま た、社会全体の事を考えなければならない政府も、有効な手立てが打てない様子です。 それでは、日本という国が本当に良くならないと思います。そうした人たちは、今回 の大惨事をきっかけに、実際の意思決定を行うポジションから降り、若くて、新しい 人たちにポジションを譲るべきだと思います。 復興の様々な段階で、過去の成功体験が必要になった時だけ、そうした人々に意見 や見解を求めればよいでしょう。その時には、旧人は忌憚なく、意見を参考として述 べればよいのです。わが国は、1960年代から1990年代初頭に至るまで、20 世紀の奇跡といわれるほどの高成長を達成しました。それ自体は、とても素晴らしい ことで、大いに誇るべきです。しかし、高度成長から安定成長期に入り、しかも少子 高齢化や人口減少という局面を迎えた今、われわれも、そうした条件に適合した社会 をつくるべきポイントが来たと思います。 ある意味、われわれは、それを怠ってきたのです。高成長に呼応して拡大する電力 需要に合わせて、国内に原子力発電所を54か所作りました。世界第3位の水準です。 そして、原子力発電所を作るときには、充分に安全対策をしていたはずです。しかし ながら、その前提条件を超える今回の災害に遭遇して、とても大きな犠牲を払うこと になりました。 「だから、すべてやめるべき」という議論をするつもりはありません。しかし、今回、 多くのコストを払って、われわれが目指していたものと反対の事が起きることを学び ました。そのコストを無為にすることは適切ではありません。問題は、今、意思決定 を行っている人たちが言うような、「想定外の自然災害に遭遇した」という逃げ口上 を正当化すべきではないことです。今日、地方の駅前で、若い人たちが一生懸命に募 金活動をしているのを見てきました。わが国も、まだ捨てたものではないことを実感 しました。そうした人たちのエネルギーを、生かすことを考えるべきだと思うのです。 信州大学経済学部教授:真壁昭夫 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 水牛健太郎 :日本語学校教師、評論家 伝統的な経済学では生産の要素を「資本」「土地」「労働力」の三つとして分析し ます。「復興」というのも新たな社会基盤や物資の「生産」であることは間違いあり ません。ですから、(「土地」というのはともかくとして)資金の他に必要なものは 「労働力」ということになります。 実際、震災以降日用品や食料品の品薄感が強まり、メーカーでは増産体制に入って います。在庫が一掃され、工場の操業時間が長くなり、確実に多くの労働が投入され ています。停電の問題はありますが、今後多くの業界で復興需要に向けた動きが強ま るでしょう。復興のための予算も投入されます。 震災はデフレ要因かインフレ要因かという議論がありますが、ここまでの状況をみ る限り、インフレ要因になっているようです。多くの物資や社会基盤が失われたので すから、貨幣に対して財の希少性が高まり、インフレになるのは理にかなっています。 統計的にみて、デフレ脱却の機運はここ数年高まっていたのですが、結果として日本 経済は今回の大震災によって長年のデフレから脱却することになりそうです。歴史と いうものの綾を感じさせる話です。 「労働」といえばボランティアもそうです。これから被災地では有償・無償を問わ ず膨大な人手が必要になります。物資を運ぶため、被災者のケアのため、また復興の ためにも必要です。若い人にとって(若い人だけではありませんが)、求められ、必 要とされる体験は何ものにも換えがたいものです。就職氷河期で自分のことをまるで 不要物のように感じさせられてきた若い人たちのことを考えると、彼らにぜひ(もち ろん各自の事情さえ許せば、ですが)被災地で、求められ、必要とされ、感謝される 経験を積んでほしいと思います。悲惨な震災が残した数少ない「希望」の一つです。 今回の震災に際し海外から無条件に寄せられた多くの援助の手、湧き上がった連帯 の声は、戦後の日本が少しずつ積み重ねてきたものの大きさを感じさせます。世界で 様々な災害が起きますが、常にこれほどの善意が世界中から寄せられるわけではない ことは、最近のいくつかの例を考えてもわかります。 それは、世界の多くの人々が現在、日本という国の存在を肯定的なものとしてとら えているからにほかなりません。領土紛争・歴史問題などを抱え、ふだんどちらかと いえば敵対的なスタンスで臨んできた中国・ロシアにしても、震災後の首脳の言動を 見る限り、国家戦略の枠を外した心の奥底では、日本のことを決して悪い国だと思っ ていないことがよくわかります。 これほどの信用・善意を日本が勝ち取ることができたのは、戦後軍事的なオプショ ンを封じられた中で、こつこつと経済を中心にした善隣外交、途上国援助を続けてき たことの賜物でしょう。その過程で、あるいはお人よしだと軽んじられ、戦略性のな さにあきれられたり、馬鹿にされた局面も数多くあるでしょうが、少なくとも、悪意 や攻撃性をもって他国を踏みにじるような国だとは、まったく思われていなかったの です。もちろん、民主主義に基づいた住みよい国としての評価、ここ数年盛んに論じ られるサブカルチャーの魅力なども大きいと思います 。 「ソフトパワー」といった用語を持ち出すまでもなく、こうした日本への高い評価 は大きな財産であり、一種の安全保障ともなっています。震災は今の日本が持ってい るものの貴重さに気づかせてくれました。 日本語学校教師、評論家:水牛健太郎 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 北野一 :JPモルガン証券日本株ストラテジスト 長男が、何か読む本はないかと聞いてきたので、カレル・ヴァン・ウォルフレンの 「誰が小沢一郎を殺すのか?」(角川書店)を手渡した。この本を手にとって、読み 始めた彼が、いぶかしげに聞いてきた。「この本、いつ書かれたの?」。「何時って、 最近だけど。何でそんなことを?」と聞くと、「ほら」と書き出しを見せてくれた。 そこには「大地震や大災害に見舞われると、人間というものははたと現実に気づくの か、あらためてよく注意して周囲を見回すようになるものだ」と書かれていた。「ほ んとだな」と二人で顔を見合わせた。 もっとも、ウォルフレンの話は、こう続く。「選挙や革命といった政治事件もまた、 こうした大きな自然災害と同じく人々を目覚めさせる「ビッグ・ニュース」となる。 だれもが襟をただし、政治のなりゆきに注目するのは、それが国民全体の将来を決す ることになるかもしれないからだ」。話は、自然災害から、政治事件に移り、そして 次のように展開する。「ところが」である。 「国家の将来を決定づけるような重大事であるにもかかわらず、人々が関心を向けよ うとしない政治の出来事もこの世には存在する」と。それが「小沢一郎という政治家 に対する「人格破壊」と私が呼ぶ動きである」。 大地震でも革命でもないが、小沢問題は、日本の将来を決するほどの事件だとウォ ルフレンは言う。ほんの数週間前にこの本を読みながら、この書き出しをすっかり忘 れていた私は、この部分を再読し、二日前に読んだ「知事抹殺」(佐藤栄佐久、平凡 社)のことを思い出していた。あれが、転換点だったのかもしれない。あの時に、も っと当事者意識を持って、この問題に取り組むべきであったと。福島県知事であった 佐藤栄佐久氏が汚職事件に巻き込まれ罪に問われたことは、それこそ「人格破壊」で あり、「国家の将来を決定づけるような重大事」であったかもしれない。 私が、「知事抹殺」を読んだのは、今、首都圏で大騒ぎになっている電力不足がき っかけだ。2003年に、東京電力の原子力発電所が全てストップしたことがあった。 あの時も、電力不足が懸念されていた。その時の経緯を調べているうちに、2003 年6月5日付の日本経済新聞「社説」に行きついた。「5月はじめに運転を再開した 柏崎刈羽原発6号機に続いて、6月中にあと三基が運転できて首都圏の電力不足は解 消されるはずだったのに、佐藤栄佐久知事が(福島原発の)運転再開に対して地元と 県議会の同意の他に新しい条件を持ち出したために、見通しが狂った。再開時期が知 事の胸先三寸というのでは困る。一日も早く合理的判断を」。 「佐藤栄佐久」という名前に見覚えがあった。この人は、確か、その後、逮捕された 筈だ。何の容疑だったのだろう?検索してみると、「談合」、「汚職」という言葉が 彼の周辺から出てくる。本当にそうだったのか。今回の原発事故、昨年の厚労省幹部 ・村木さんが巻き込まれた「凛の会事件」を知る今となっては、この福島県汚職事件 に疑問を持つのは自然だろう。この事件に関する書籍はないのかと調べると、前述の ご本人による「知事抹殺」に行き当たった。丸の内オアゾの丸善に問い合わせると、 在庫はなかった。八重洲ブックセンターに聞くと、1冊あるということだったので、 早速、購入した。レジで、「ここ数日、この本、売れていませんか」と聞くと、担当 者は怪訝な顔をしていた。「知事抹殺」が出版されたのは2009年9月16日だ。 まだ、忘れられたままなのかもしれない。 佐藤栄佐久知事は、福島県では圧倒的支持を得ていた「剛腕知事」であった。原子 力政策のみならず道州制や地方分権のあり方を巡っても、政府と激しい対立を繰り返 してきた。2003年の原発停止を振り返って彼はこう書いている。「東京は、原発 がすべて停止するという事態になってはじめてあわてふためき、当り前だと思ってい た「電気が来ること」を邪魔しようとするものを非難する。しかし、原発立地地域に してみれば、その風景はまったく異なったものになる。私にとっては、そんな大げさ なことではなく、県民の立場に立って淡々とやるべきことをやっていたら、結果とし て原発が停止したということにすぎない」(P49)。 しかし、「その結果わかったことは、原発政策は国会議員さえタッチできない内閣 の専権事項、つまり政府の決めることで、その意を受けた原子力委員会の力が大きい ということだった。そして、原子力委員会の実態は、霞が関ががっちり握っている。 すなわち、原発政策は、立地している自治体にはまったく手が出せない問題だという ことが、私の在任中に起きた数々の事故、そしてその処理にともなう情報の隠ぺいで よくわかった」(P50)。 こうしたなか前述の日本経済新聞の社説は「一日も早く合理的判断を」と促してい たが、我々は、誰にとっての合理性なのかを、当時、突きつめていなかったように思 われる。東京、すなわち日本にとって合理的な判断を下さない福島県知事は、東京地 検特捜部の某検事からこう断罪された。「知事は日本にとってよろしくない。いずれ は抹殺する」と。2008年8月8日、東京地裁は、被告人、佐藤栄佐久を懲役3年、 執行猶予5年という判決を言い渡した。2009年6月24日、東京高裁も再び有罪 判決を言い渡した。佐藤前知事は、最高裁に上告して真実を争っている。 否応なしに原発の付き合いを余儀なくされた佐藤前知事の合理性は、こうだったの だろう。「同じ方向しか見ず、身内意識に凝り固まる原子力技術者だけでは安全性は 確保できないことも分かってきた。…原子力ムラの論理に付き合わされて振り回され た反省にも立って、「いったん立ち止まり、原点に帰って」原子力政策について考え るべきだと思った。…そこで福島県独自で動けるところから行動を始めることにした」 (P73)。彼に言わせると、「原発立地県から首都をみると、「自分にかかわり合 いが出てきて、初めて関心を持つ人たち」としか見えない」(P97)。 当時のかかわり合い方が、「電気が来ない」であったのに対し、今回は「放射能が くる」(AERA)なのだろう。私自身の対応も、全くこの佐藤前知事が喝破した通 りであった。 2003年当時も、私は、この問題に無関心であった。代行返上やりそな銀の実質 国有化、イラク戦争の帰趨が自分にとっての重大関心事であった。いま、我々は、こ の大震災をきっかけに、はたと現実に気づき、あらためてよく注意して周囲を見回す ようになっているが、「国家の将来を決定づけるような重大事であるにもかかわらず、 人々が関心を向けようとしない政治の出来事もこの世には存在する」ことも改めて銘 記しておきたい。私には、人々が関心を向けない事象から国の将来を考える想像力が ない。ただ、そういう自分の能力のなさ限界に、気付きを与えてくれる書籍が、出版 される自由があることに、まだ希望を持てる気がしている。 JPモルガン証券日本株ストラテジスト:北野一 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●○○JMMホームページにて、過去のすべてのアーカイブが見られます。○○● ( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ ) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ JMM [Japan Mail Media] No.628 Monday Edition ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 【発行】 有限会社 村上龍事務所 【編集】 村上龍 【発行部数】128,653部 【WEB】 ( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ ) ----------------------------------------------------------------------------
|