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(回答先: インテリよ、サバイバーたれ64 極小の中にも極大の真実を有するプログラム 投稿者 日 日時 2010 年 1 月 01 日 23:15:46)
十代の終わり頃に生まれたこの言葉は、今も座右の銘である。
納得出来る事と出来ぬ事の混沌の中で、後者が何時までも行手を塞いでいる時にはこの言葉がいつも救ってくれた。
一切の権威、常識から離れた、己の中から生まれいずる正直な喜怒哀楽の感情のままに書き殴る。
すると漠然と心の中にあったものが改めて認識され、それを組み立てる事で新たな発見をし、遂には誰の考えでもなく己の意思で様々な閉塞状況を突破することが出来た。
それはまるで己の中にあらかじめプログラムされていたかのようにいつも突然発動した。
そして、それは既に誰の心の中にも正しくセットされている正気であり、真理だと確信している。
その結論へと己を正しく導く為には、決して己に嘘をつかぬことだ。
己に嘘をつかぬこと。これは苦しく、つらい。怒りと悲しみを正気としてのパワーに変わるまで、逃げずに真正面から向き合い、格闘して昇華させねばならないからだ。
その怒り、その悲しみの正体とは何か?
それが判らぬ者の前に「空」とか「無」とかの悟りの言葉を投げ出すとどうなるだろうか?
それらの言葉を発した者の次元には無い者が、それを丸呑みするとどうなるだろうか?
ただその権威のみを受け止めて、血肉にもならない。最終的には狂気へと利用されてしまっている。
だからあえて言おう。
悟ってはならない。
泣きたければ泣き、怒りたければ怒り、心のままに笑い、楽しめる正気の世の中を目指せ!と。
潜在するそんな己の力を決して疑わぬ元にあるもの。
それが何かが判らぬままにそうして来たのだ。
宗教は大嫌いだった。神社仏閣には平気で賽銭の代わりに石ころを投げ入れたりして来た。
今は神だと理解出来る。
標題に関連して、また新たに発見した事を書き殴っておく。
本当の本物のマネーを発見した。次に書く。