移住者はゴミ出し禁止、絶対の年功序列… 移住民が落ちた「村八分」地獄 1/3(水) 7:59配信 デイリー新潮 https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180103-00535075-shincho-life 駐車場の端に特設された巨大なゴミ集積倉庫
移住天国の夢想家が落ちる「村八分」地獄――清泉亮(上)
メディアが称揚するようなバラ色の楽園、そんな聞こえの良い話が実際に待っているはずはない。大分県の「村八分」報道は世間を大いに驚かせた。が、全国の夢多き移住民のハマったぬかるみは深い。ゴミ出しすら許されない、その地獄の実態をご紹介する。 *** 平成がそろそろ30年目にさしかかろうかという時代に、穏やかならざる報道であった。去る2017年11月6日、大分県弁護士会は、「Uターン男性への村八分をやめるよう、集落全体に是正勧告した」というのだ。
狐につままれたような印象があるが、その大要は以下の通りである。 〈68歳の男性は母親の介護のために2009年に関西から大分へUターンした。しかし、2年後に地元住民とトラブルに発展。集落の構成員と認められず、行事の連絡や市報の配布先から除外された。弁護士会は「男性に落ち度なし」と結論づけた〉 大分県内の「村八分」に関する勧告は今回で3例目で、過去2度は非公表だった。だが、このままだとUターンする人が減りかねないという弁護士会の懸念が公表に踏み切らせたのだ。 結論から言えば、これは対岸の火事ではない。テレビは盛んに田舎暮らし礼賛番組を流し、移住ブームに便乗する自治体も「こっちの水は甘いぞ」とばかりに移住促進策を打ち出す。ざっと、ここ最近放送された一端を拾っただけでも、 〈「第二の人生」で田舎暮らし〉(テレビ朝日) 〈楽園暮らし憧れ居住者増“日本一住みたい”島根・大田市〉(朝日放送) 〈激化する“人口争奪戦”移住の好条件 続々…〉(テレビ東京) 〈切実 田舎に移住するシングルマザー 人口減に悩む町が後押し〉(よみうりテレビ) といった恰好で、歯の浮くような惹句のオンパレードである。 しかし、実際の暮らしぶりに目を向けてみると、さにあらず。日常のゴミ出しさえままならない、暗澹たる現実が横たわっている。それは、「移住人気日本一」(NPO「ふるさと回帰支援センター」調べ)を誇る、山梨県とて例外ではない。 まず、私が暮らす、山梨県北杜市の実態をご紹介しよう 20キロ先からゴミ運び
11月初旬、標高1000メートル付近の八ヶ岳南麓の朝はすでに氷点下である。冠雪した駒ヶ岳を擁する南アルプスを一望する市の総合分庁舎の駐車場。ここに、朝7時半を回った頃から、三々五々、四駆車や軽トラが続々と集まってくる。 ドライバーの目的は山々を睥睨(へいげい)するためでは断じてない。ここは、他ならぬゴミ収集所なのだ。地元集落のゴミ収集所に持ち込むことが“許されない”“認められない”移住者たちのための……。 運転席から降りると、かじかむ手を擦りながら、後部座席やハッチバックのドアを開ける。積まれているのは、大量のゴミ袋。その日は「燃えるゴミ」の収集日で、駐車場の端に特設された巨大なゴミ集積倉庫(上の写真)に、ゴミ出しに来るのだ。 平成の大合併で、8町村が合併して誕生した北杜市は、県下最大の広さ。市境から市境までの最長部分はおよそ90キロにも達する。 その広域さゆえに、10キロ、15キロ、場合によっては20キロ先からゴミを運んでくる者も少なくない。20キロとは、東京で言えば、日本橋から調布の味の素スタジアムまでの距離である。ほとんどハーフマラソンだ。 1カ月ほど前に神奈川は横浜から移住してきたという初老の男性に訊ねると……。 . 移住者はゴミ出し禁止、絶対の年功序列… 移住民が落ちた「村八分」地獄 惨めで気の毒な「越境ゴミ捨て行」
「市は干渉できない」
「ネットで手ごろな中古物件があったんで、夏場のうちにと思って移住したんだけど、自治会に入ってないとゴミは出せないって聞いて、ここまで運んできてますよ。どうも、自治会のほうが加入を認めないっていう話だったから。いちいち車にゴミを積んでガソリン使って、ゴミを捨てに何キロも走るっていうのはね、産廃じゃないんだからね。それに、体力的にいつまでできるのか」 一体どういうことなのか。 北杜市下では、集落の単位を「組」と呼ぶことが多い。そして、それぞれの集落でのゴミ収集所は組が運用しているのが建前だ。 北杜市環境課によると、 「収集所そのものは組の所有地に建つ、組の所有物なので、市は干渉できない」 したがって、組に加入していなければ、ゴミ出しはできない、という理屈になる。つまり、組から排除されている移住者は、居住地域内でゴミを出せないのだ。大分県の例に倣えば、これも「村八分」といえようか。 まだ意気軒高な40代の移住者は、 「住民票を移している完全移住者は住民税を支払っているし、別荘所有者であっても北杜市は別荘税を徴収している。さらに、市が指定する有料のゴミ袋を購入しなければゴミは出せないので、そのゴミ袋の代金にも、ゴミ収集の費用は転嫁されているはずだ。そもそも自治会加入とゴミ出しが結びついていることがおかしい」 そう憤る。 他方、東京・世田谷から来て3年になるという初老の夫婦は、いずれは就農をと考えて移住したものの……。 「私たちがいるところは、やっぱり自治会に加入できないところで、だからここまで出しに来てます。雪が降る前はまだいいですけど、さすがに真冬はもう、きついですよ。明日はゴミの日かなんて考えるだけで、げんなりしますよ」 ローカル・ルールに嫌気
移住する前にゴミ出しのことは知っていたかと問えば、 「知りませんでした。まさかね、自治会に入らないとゴミが出せないというのはね。東京では賃貸マンション暮らしでしたけど、これって変な話だと思いますよ。マンションで言えば、所有権者しかゴミは出せない、賃貸住人のゴミ出しは認めないみたいな話じゃないですかね。都会ならば訴訟が起きたっておかしくないですよね」 執拗に訊く一方の私に、この夫婦は逆に尋ねてきた。お宅はどうなんですか? と。 「私は別荘地に移ったんです。そこでは、分別はもちろんしますけど、ゴミ出しは別荘地内にたくさんあるゴミ収集箱に24時間、出すことができますから助かってます」 私が北杜市に移住したのは14年のこと。それ以前にいた長野県佐久地方の過疎の集落では、古老らによる露骨な無視に始まり、公民館での元日からの万歳三唱、早朝4時からの雪かき励行……。こういった常軌を逸したローカル・ルールに早々に嫌気がさして逃げ出し、辿り着いたのが北杜市だったのだ。それも、管理会社が管理する別荘地のなかである。別荘地ゆえに、建築制限を含めた管理規約があり、管理費が課される。しかし、集落での「無視」や「消防団強制参加」「上下関係強要」などの煩わしさとは無縁で“心の安寧代”だと思えば、管理費は高くは感じない。 ひとりでは手に余る雪かきとて、管理事務所に電話一本で、除雪車が急行する。ひと気のない山中で夜間、四駆車が故障し遭難しかけたときも、24時間体制の管理事務所に電話をすると、すぐにランドクルーザーで救援に駆けつけてくれたのだ。自治会未加入の「村八分」集落であれば誰も手を差し伸べてくれなかっただろう。それに、仮に集落の手を煩わせようものならば、“後”が高くつく。 集落では春や秋など年に数回、住民挙げての道路掃除「道普請」が行われる。体調が悪く参加できないものならば……移住歴20年の主婦の言葉を借りると、 「不参加のときは1人頭、3000円を払ってます。夫と2人、どうしても参加できないときは6000円を支払ってます」 ということになる。 飲酒運転天国 たとえ村八分にまで至らずとも、集落での緊張関係・揉め事・軋轢は日常茶飯事だ。 北杜市のみならず、甲州地方の集落は「年功序列」が徹底している。1カ月どころか、1日でも生まれたのが先ならば、同輩ではなく「先輩」なのだという。それゆえに、役所による地元集落への「指導」も、よほどの法令違反がない限りはご法度となる。笑えないジョークでしかあるまい。 当然のことながら、集落においては公私の区別など存在しない。公務員、警察官であったとて、生活圏での人間関係では、古老に頭が上がらない。 それを見越した古老らは狡猾だ。夕刻になればコンビニで買ったビールを勢いよく流し込み、酒臭い息で悠然と軽トラのアクセルを踏んでいく。直進車無視の右左折強行、ウインカー不点灯、一時停止無視、携帯電話片手の通話運転、まるで飲酒運転天国。山梨県下では「マイルール」「山梨ルール」などと称され、もはや道交法などどこ吹く風、なのだ。 夜ともなれば、スナックに平然と車で乗り付け、酒を飲んで帰っていく。そんな行為を咎めようものなら「村八分」にされかねないから、誰も指摘しない。 無邪気な移住者はそうした地域性の洗礼を受け、結果、ノイローゼにもなりかねないのである。 (下)へつづく *** 清泉亮(せいせん・とおる) ノンフィクション・ライター。1974年生まれ。専門紙記者などを経てフリーに。別の筆名で多くのノンフィクション作品を手掛けてきた。近現代史の現場を訪ね歩き、歴史上知られていない無名の人々の消えゆく記憶を書きとめる活動を続けている。信条は「訊くのではなく聞こえる瞬間を待つ」。清泉名義での著書に『吉原まんだら』『十字架を背負った尾根』がある。 「週刊新潮」2017年11月23日号 掲載 [12初期非表示理由]:管理人:混乱したコメント多数により全部処理
440. 中川隆[-5702] koaQ7Jey 2018年1月04日 11:46:22 : b5JdkWvGxs : DbsSfawrpEw[-8523] ▲△▽▼ 監視と縛りの日常生活“ブラック集落”を避けるには 移住民が落ちた「村八分」地獄 1/4(木) 7:58配信 デイリー新潮 https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180104-00535078-shincho-life 新参者、よそ者を受け入れない
移住天国の夢想家が落ちる「村八分」地獄――清泉亮(下)
ノンフィクション・ライターの清泉亮氏が山梨県北杜市に移住したのは2014年のこと。現在は管理会社が管理する別荘地で暮らす清泉氏だが、以前に暮らした長野県佐久地方の過疎集落では、早朝からの雪かきなどのローカル・ルールに嫌気が差し、逃げ出した経緯がある。 移住者のゴミ出し禁止など、自治体も手を出せない「村八分」について、その実態を紹介する。 *** . 次の話は、子供が生まれると同時に、東京郊外から移住してきた、ある若夫婦の体験である。 子供が保育園に通い始め、新しい故郷に貢献したいとの一念から、母親は保護者会の会長にと手を挙げた。すると、どこから聞き及んだのか、集落の最長老格の女性からのアプローチが始まった。 「あなたには次があるから。まだ将来があるから」 連日連夜の電話攻勢に自宅訪問と、ほとほと疲れ果てて立候補を取り下げるまで、その“説得”は続いた。 理由は「若い者の言うことは年長者は絶対聞かないから」というもの。代々染み入った「長幼の序が絶対」の集落では、学識や見識ではなく、年齢こそがすべて、というわけだ。選挙の前から当選者が決まっているといわれる、悪名高い「甲州選挙」の本領発揮といえようか。 一方で“集落一家”の紐帯を誇る地だけに、「乱す者」への監視も厳しい。 移住して5年ほどになる集落居住者がいう。 「怖いのは選挙だ。立会人っているでしょ。あれが、集落の誰は投票に来た、誰は来てないっていうのをみんなチェックしてて、来なかった人間は後から吊し上げられるんだ」 投票所での立会人も、狭い地域では、顔なじみの古老ばかり。誰が投票しなかったかは集落内で密やかに「共有され」、ときに忠誠が問われるのだという。仮に自治会に入れたとて、日常のあらゆる局面で、監視と縛りが待っている。移住組の70代主婦はこうこぼす。 「ゆっくり休みたいときも大変よ。5時に起きて、まずは居間のカーテンを開け放ってから、もう一度寝室に戻って二度寝よ。カーテン閉めたままだと何を言われるかわからないから」 たとえ誤解された噂でも、流されてしまえば「事実」になる集落では、一瞬たりとも気が抜けない。 なぜ新参者を受け入れない?
集落による「新参者、よそ者を受け入れない」掟は、決して時間が解消するわけではない。北杜市に移住してすでに20年になろうかという80代の女性は、いまだに自治会に入会できず、集落内でゴミ出しができるメドさえ立っていない。 「主人が亡くなっているので、いつまでゴミを出せる体力が持つか自信がないわよ」 と漏らす。もちろん、敬老行事の案内などもまわってこない。 そこまで徹底して新参者の加入を認めない理由について、北杜市の移住担当者は次のように指摘する。 「やはり、一番大きい理由は財産区のようです」 山間部の地元集落はたいてい、共有財産として山林を所有している。この山林の伐採益や売却益を含め、現金化されたときの分配が少なくなることへの懸念が、最大の理由だというのだ。 もちろん、移住者のなかには、あえて自治会に加入したがらない者もいる。 彼らの言い分はこうだ。 「前は自治会費を払ったこともあった。ただ、収支を見せてと言ったら嫌がったり、何に使われているのかまったく不透明。聞けば、会議と称した甲府あたりでの呑み代とか、宴会や、慰安旅行のピンクコンパニオン代に消えててバカバカしくなった」 収支不明朗が伝統の集落の意識と、移住者の権利感覚は馴染みようもなかろう。 . “ブラック集落” だが、北杜市が常々標榜するのは「一流の田舎まち」。手をこまねいているばかりではない。担当者が言う。 「今年の春、市としてもそれぞれの自治会にアンケートを行いました。移住者を受け入れるうえでの不安材料がないかや、受け入れを歓迎するかしないか、自治会への加入率や区費・組費といった内容です。市としては、そうしたアンケートやヒアリングをもとに、移住の相談があったときに、“このあたりは移住者をウェルカムとしていますよ”とか、逆に“ここはちょっと”、といった細かいアドバイスができるように準備しています」 不動産屋の口車に乗せられて、煽られるままにすぐに手を付け、移住してはじめて“ブラック集落”であることがわかったときには目も当てられない。たとえば、築浅なのにオーナーが手放そうとしている物件は、周辺の地域性を念入りに調べたほうがよいだろう。「暮らすに暮らせない」場所でありうるからだ。 最後に、先頃、集落内で発生した、ある“衝突”の現場を再現してみよう。 現在、北杜市は、中央道と軽井沢側の上信越道を結ぶ中部横断自動車道のルート決定をめぐって八ヶ岳南麓を二分する「戦争状態」にある。 補償費を含めた現金収入につながると目論む賛成派の集落古老。これに対して移住派は、目の前が高速道路では都会と変わらないから、当然反対となる。 公民館での会合は紛糾したという。トドメは集落古老による一言だった。 「この土地は、俺たちが信玄公から代々預かって、管理し続けてきたんだっ」 400年以上前の武田信玄を持ち出されては、何かとインテリを自任する移住者達は沈黙するしかない。理屈ではないものが支配している社会が厳然としてあることを、悟ったのだろう。経済的に余力のある者は、「やっぱり管理費を払ってでも」と、別荘地内に“リハウス”してくるのだ。 結論はやはり、集落移住は×、移住するなら別荘地、ということに落ち着きそうだ。 ▲△▽▼ 集落は× 別荘地は◎ 田舎暮らしの新しい提案――清泉亮(ノンフィクションライター) 週刊新潮 2015年3月26日花見月増大号掲載 https://www.dailyshincho.jp/article/2015/04020800/?all=1 住めば都と言う。だが、田舎暮らしとはすなわち、地元住民との果てなき異文化交流である。最初に移住した集落で“泥濘(ぬかるみ)”にはまった後、別荘地に移って心の平穏を得たノンフィクションライターの清泉亮氏。田舎暮らしの常識を覆す、その真率な告白をお届けする。 *** 好奇心に襟首をつかまれたわけでも、バラ色の人生を夢みたわけでもない。 かの旅の汽車の車掌が ゆくりなくも 我が中学の友なりしかな と、石川啄木が詠んだごとく、人口1000人弱の小さな集落である。 いずれは農業をと熟慮を重ねた結果、私は長野県佐久地方にある山間の村に新天地を求めた。数年前のことである。しかしながら、そこで待ち受けていたものは、バカ高い国民健康保険料にプライバシーゼロの生活環境、そして集団行動の強制といった様々な“洗礼”だった。 これは、昨年11月のリポート『住んでみなきゃ分からない田舎暮らし入門』でお伝えした通りである。 その後、対人関係におけるストレスは耐え難いものとなり、矢も楯もたまらず、別荘地へ引っ越すことにした。差し当たって、この選択には満足している。その逐一を論じる前に、私が佐久地方の集落を去ることになった経緯から本稿を始めたい。 2014年元日のことである。午前9時には村民ほぼ全員が公民館に集合していた。長老の訓示を拝聴し、万歳三唱するのだ。正月早々に背広を着たことなど、勤め人時代でさえ記憶にない。その後の歓談中、村民の口を衝いて出るのは、顔を見せなかった移住民に対する罵詈雑言ばかりであった。 「町内会費の払いが悪いくせに」「そのくせ、部屋の照明や暖房器具はいい物を使いやがって」「昼間はいっつもカーテンを閉めてやがって」「道普請(村内の道路掃除)では早く切り上げやがって」 やれやれ、大晦日に飲み過ぎなくてよかったと胸をなでおろしたのも束の間、翌日にはこちらに火の粉が降りかかってきやがって……。 役場前での地元消防団による出初め式。正月2日くらいはと自宅で休んでいたところへ、85歳になんなんとする古老が軽トラでやってきた。 「聞いてねえか」 と口火を切ると、一気にまくしたてる。 「移住者は消防団に参加することって、役場から聞いてねえか。あんた、歳いくつだ」 「40をまわりましたが」 と私。消防団は40歳で“兵役免除”となるはずが、 「年齢は関係ねえずら。参加するずら。友達もできるずら」 口疾(くちど)に交わされた会話ののち、こちらの不見識を詫びる手紙を役場宛てにしたためると、数日後、世話役が自宅までやってきた。彼にあれこれと慰められたのだが、集落では特に夏のあいだ、会合や訓練などのイベントが目白押しなのだという。 「せめて夜は、星を見ながらゆっくり考え事をしたい。一応、それが仕事でもあるもんで。出られないこともあるかもしれません」 と憚りながらこぼす私に、彼はこう当て擦るのだった。 「芥川賞でもとれたらな」 要するに、著名でなければ、自宅に籠っての作業はおしなべて“遊んでいる”と映るらしいずら。 これに加えて集落では、「返礼は倍返しせよ」といった悪弊が存在し、いきおい出費がかさむ。さらに前回書いた、地域によって差のある保険料も異様に高く、ボディブローのように効いてくる。こういった“障壁”とも折り合いをつける手づるが、私にはなかったのだった。 ■充実の管理体制
そうやって、にっちもさっちも行かぬ状況を脱し、新たに移り住んだのは、山梨県北杜市の八ヶ岳山麓である。地元不動産業者が、 「日本のワンツースリーが楽しめる」 と喧伝する有数の別荘地帯。この「ワンツースリー」とは、富士山、南北アルプス、八ヶ岳という標高の高い山塊トップ3を指す。この地から、それらすべてを見渡すことができるのを売りにしているのだ。 そうは言っても、私が転がり込んだのは廃屋同然の一軒屋である。気持ちが塞ぐこともあろうかと入居前は覚悟していたが、あにはからんや、長野での苦難が嘘のように充実した時が流れている。 ダイヤモンドダストが陽光に輝く朝は、アカゲラが木をつつく、「ココン、コンコン」という小気味よい音で目が覚める。あたかも鼓を聞いているかのようだ。ウッドデッキに出て新鮮な空気を吸い込み、ストーブ代わりに使っているメキシコ製のチムニーに薪をくべ、湯を沸かす。標高が高いせいで沸点が低く、薪の火力でも湯が沸くのは速い。ガスとは違って湯が煮えたちすぎないので、コーヒーもうまい。誰にも容喙(ようかい)されず、ゆっくりと味わう贅沢。目の前の白樺に吊るした鳥の餌皿から、リスがヒマワリの種を拝借していく。 夜になれば、星空には天の川(ミルキーウエイ)、軒先を鹿の群れがかすめて行く。気分は米ニューイングランドの郊外か、アフリカのサファリか。ここでは、凡庸な1日などありはしない。 むろん、昨年までの集落暮らしだとこうはいかない。雪が降れば、朝の4時、5時から村民総出で雪かきとなる。遅れて6時に駆けつけようものならば顰蹙もの。冬場は連日の「お勤め」が原則で、アスファルトが覗くまで徹底的に“掃き清め”るまで作業は続く。 これとは対照的に、別荘地での生活はすこぶる快適だ。車の往来にも支障をきたすほどの降雪なら、管理事務所に電話一本。融雪剤や滑り止め用の砂を持って、すぐに作業員や除雪車が駆けつけてくれる。 「長年に亘って、別荘オーナーの無茶な要望に慣れてるから、腰は軽いよ。東日本大震災の時には、みんなこっちに避難してきて、かつてない賑わいだったけど、人員が24時間常駐の管理センターがあって、なにかと安心だった。去年の大雪でも炊き出しをしてくれてね」(名古屋市出身の50代住人) こうしたサービスの原資は、移住者が支払う管理費である。この点、地元不動産業者は、 「都会から来る移住希望者は、別荘地に管理費があると聞くだけで拒絶反応が凄まじい」 と怪訝な顔をするが、それは杞憂である。現に、私が支払っている管理費は年6万円弱で、これは長野で払っていた国民健康保険料1カ月分並み。実は、移住者と別荘地との間には、保守管理に協力するならば、管理費が半分になるという取り決めがある。協力と言っても大仰なものではない。道路に木が倒れていたり、電線が雪害を受けていたりといった、作業員だけでは目の届かないトラブルを報告する程度のものだ。 しかもこの管理費は、管理センターから近いほど高く、離れればそれだけ安くなる設定となっている。我が庵はセンターから至近距離にあって管理費は最高レベルだが、この住環境でその金額なら、むしろ安いと感じている。 それというのも、この6万円弱で、除雪作業や家周辺道路の管理に加え、ゴミ回収費までカバーするからだ。別荘地ゆえ、ゴミ出しも24時間OK。数十メートルごとに置かれた巨大なボックスには、出したいときに、それこそいくらでもゴミを投げ込むことができる。 これとは別に、別荘税も徴収されるが、5000円でお釣りがくるレベルだ。税金を払っていれば、地域の温泉には割引価格で入浴できるという特典も付いてくる。当然のことながら固定資産税も課されるが、別荘の場合、都心住宅の比ではなく格安である。 ■老いらくの恋はここに
とまれかくまれ、移住してほどなく、あることに気付いた。それは意外にも単身者が多いこと。そして、冬場は灯油の買い出しから薪割り、春は花壇や菜園作りと、さまざまな局面で男女がペアとなり協力し合う。そうこうするうちに、あっちもこっちも通い婚状態となっていく。老いらくの恋は、特養やデイサービスのみならず、別荘地にもあったのだ。 かたや愛犬を伴侶とし、長らく男とは距離ある生活を送ってきた女性。こなた「女房は表参道や伊勢丹新宿店での買い物が何よりの楽しみだから、都会を離れない。娘はコンビニのないところには来ない」と漏らす、別居同然の初老男性。そんな2人が、笑顔で語らいながら仲睦まじく犬のリードを引く姿は、おしどり夫婦そのもの。従来の「パートナーそろっての老後移住生活」という固定観念をあっさり覆してくれる。 煎じ詰めると、都会に生きた人間は、結局のところ孤独に耐えられず、人恋しいものなのだ。 そこへ行くと長野の集落では、どんな場面でも「男女、席を同じうせず」が徹底していた。だから、“老いて後の恋”など成就しそうもない。ともするとそれは、「都会性」や「匿名性」を包摂する別荘地の特権と言えよう。 それに引き替え、匿名性など皆無で何でも筒抜けの集落では、ゴミ捨てもひと苦労である。ゴミ袋には記名が必須で、場合によっては班長に中身まで調べられて“教育的指導”を受けることも。ゴミ袋は完全に透明だから、ちょっと恥ずかしいものは、やむなく直近のコンビニまで運ぶことになる。片道10キロの“長旅”ずら。 ■「パネル畑」問題
しかし、物事にはすべて裏と表がある。別荘地にも難点がないわけではない。それは例えば、地元業者らによる“談合”に表れている。 彼らは、リフォームを含めて、何かと別荘地での受注獲得に熱心だ。事実、コンビニには、工務店の電話番号が所狭しと貼りだされていることもある。 薪ストーブの購入や樹木伐採、建物修繕に関し、業者から何度も見積もりを取ってわかったことがある。金額が横並びで、とりわけ割高なのだ。その理由を業者の1人が打ち明ける。 「これじゃあさすがに断られるかな、と思うような値段でも、“いいよ”ってみんな言ってくれるから。やっぱり別荘の人達は違うなあと思ったよ。元パイロットのお客さんの時もそう。ウチは台所事情が苦しかったから、かなり高い金額の見積もりを持ってったんだけど、内容なんか見ないで、一発OKだった」 なるほど、共存共栄を奉じる業者側の言い値に、別荘住民は唯々諾々と従うケースが多いから、施工費用は高止まりするのだ。また、地元スーパーとて例外ではない。品ぞろえも価格も、高級スーパーの成城石井かクイーンズ伊勢丹かと見紛うほどだ。 平日にひと箱1500円だった桃が、品川ナンバーの高級車が溢れる週末には5000円にまで跳ね上がる様には驚く。店を出すおばちゃんに質すと、 「都会の人は高くないと買わないのよ。安いと売れないの。お兄ちゃんもお金持ちでしょ」 否、こちらは別荘族ではなく、別荘地に住まう移住者。誤解なきように。 それだけではない。 私の別荘周辺では目下、ある問題が持ち上がっているのだ。 「3・11」をきっかけに、国策化した売電事業。「野立て」と言って、地面に太陽光発電パネルを置くのだが、この事業が大きな収入源となりつつある。よく知られる通り、八ヶ岳南麓は、日本でも指折りの日照環境の良さが特長だ。果たして売電ブームに乗じて、山林や遊休地に「パネル畑」が生まれるようになった。 「わざわざ移住して地方で暮らそうとする。そういった方はとりわけ、都会暮らしで犠牲にしてきた“南向きの陽当たりの良さ”や“眺望”を買おうとしますね」(地元業者) いわゆる「ワンツースリー」を切望して八ヶ岳南麓を購入したのに、見下ろせば一面に無機質なパネルが拡がっているという光景は、ブラックジョークに他ならない。その一方で地元自治体によると、 「パネルの認可数は、北杜市内だけでおよそ4000件あります。そのうち、これまで実際に設置されたのは約500です」 つまり、これからパネル畑がまだまだ生まれる可能性があるというわけだ。そのうえ、所管官庁である経産省は、個人情報保護を盾に、設置予定場所を明らかにしていない。もっとも現時点で、私の庵の周りにパネルは見当たらないのだが。 ■長く楽しめる桜
続いて、移住者がはまりがちな落とし穴を指摘したい。それは、再び都会に戻らねばならぬ日が来るという事実だ。 集落では、何をするにもクルマは欠かせない。それが歳を重ねて運転できなくなり、独り身ともなれば、生活が成立しないのは自明のこと。 「そうなったら、都会のマンションがいいんです。病院も買い物も歩いて済ますっていうのは、都会でしかできないんですから」 と、かねてより移住相談に乗ってきたコーディネーターが次のように解説する。 「まだ若いときに田舎暮らしをして、介護が必要になったら都会に戻る。これが理想ではないでしょうか。地方では、クルマを自分で運転するか、運転できる身内がいなければ暮らせない。退職金で別荘を建てても、売りに出して再び都心へ戻っていく方は結構いますよ」 そんな時に物を言うのが、田舎暮らしのために購入した家の資産価値だ。裏返せば、それが人生最後の生活の質を決める鍵である。 「この点でいうと、八ヶ岳の物件は、値崩れしにくいのが特徴です。築10年くらいの中古物件でも、状態次第では2000万〜3000万円台、多少悪くても売り出しで1500万円は下らない物件も多い。ノルウェーの木材を使うなど、建材そのものが良いのもあります。おまけに、中央線でも高速バスでも、わずか数千円で新宿まで出られる。その足の良さも魅力なんです。ある意味、通勤圏内とも言えますから。そして何より特筆すべきは、八ヶ岳南麓の地下岩盤がとにかく硬く、地震にも強いこと。先の大震災の際、築40年近い家でもびくともしなかった。だから、震災以降、この地域の人気は一段と高まっています」(同) 確かに、私の別荘もこれまで何度か地震に見舞われているが、その際の体感震度は、発表された数値よりもぐっと小さいものだった。 それでは、地元住民に八ヶ岳南麓という別荘地の美点を聞いて、総括としよう。 「この地域の最大の魅力は春です。桜なんです。標高が低いところから高いところまで、徐々に桜前線が上昇して、開花していきます。3月から、ともすると5月の終わりまで、2カ月以上も桜が楽しめるんです。冬が長いような印象がありますけどね。実は春を、桜を“なが〜く”楽しめるのが隠れた魅力なんですよ」 他ならぬ私も昨年、「ワンツースリー」を背景にした桜を満喫した。移住2年目の今年は、白樺の横に植えたヤマザクラの開花が、何よりも待ち遠しい。 ▲△▽▼ 年金生活で田舎暮らしを企てる無謀;田舎暮らしは甘くない 2014/12/21 https://blogs.yahoo.co.jp/higashidake/65114480.html ちょっとしたことで、週刊新潮の11月27日霜降月増大号を見ることになった。
中吊りの見出しとしては非常に小さいのだが、特別読み物と称する記事の中の「住んでみなきゃわからない田舎暮らし入門」という記事は、田舎暮らし実行中の法師にとっては実にタイムリーな企画だった。 因みに「田舎暮らし 失敗」でYahooで検索してみると約79万件がヒットする。それだけ田舎暮らしの失敗例は多いということだ。 以下に書くことは誇張でもなんでもなく、ウソだと思うのなら図書館かどこかで週刊新潮のバックナンバーを読むのが良い。 ハッキリ言って、大きな結論は二つ:
1.都会の家を売って田舎暮らしをするのは愚の骨頂 2.田舎の集落に住むと人間関係で煩わしくて気が狂う。 棲むなら互いに干渉しないことになれている都会人が多い別荘地にすること の二つだ。
一番の問題は田舎の人は素朴だということは真っ赤な嘘だということ。 田舎の痴呆自治体は税収を上げるために、都会からの移住者を勧誘する。ところがここには大きな落とし穴があって、わずかばかりの年金で暮らすヂヂイやババアが引っ越してきても税収は上がらない。これは自治体にとっても大きな誤算。
しかも働く若人はどんどん出て行き、年寄りばかりの限界集落になってくると、健康保険の運営が苦しくなる。 国民保険の運営は自治体単位なので、当然都会で払っていた保険料より割高になる。一般会計からの繰り入れは御法度なので、保険料は「都会で払っていた保険料の五倍になる」ことも珍しくない。 だから賢い人は、住民登録を移さないで都会においておく。そうしないと保険料を払うことで食っていけなくなるからだ。 田舎暮らしは想像を絶する固定費が発生する。 で、田舎の人は素朴で親切だということは全くの偽りであるということ。 この記事で面白いのは長野県へ移住した人たちの悲劇。 田舎の人は好奇心が強い。集落に自治体の勧めによる中古住宅などを買って棲み始めると近所の人の好奇の目に晒される。やれ、出身地はどこだ、大学はどこを出ている、現役時代はどんな仕事をしていて役職はなんであったかなどなど。 どう答えたところでやっかみの目に遭う。 しかも彼らは絶対に自分たちのことは言わない。これは長野県のあちこちを回ってきたおまわりさんの口から語られたことなので、真実だ。 そして、一挙手一投足が村の噂として流され、雪かきなどで嫌味を言われて村八分の状態になる。 そういうことを覚悟しなかったら、村の集落に終の棲家を求めるなどと言うタワケタことをしてはいけないのだ。 わたしもパソコン教室の先生をヴォランティアでやってみたが、「ヤッテランネェヨ」と言うことになった。 与えることばかり多くて得るものはごく少ない。それが村人に混じって暮らす田舎暮らしの真相。 実際に田舎暮らしをしている身から申し上げると、まず「クルマが運転できなくなったら、即、死を意味する」ことを知らなければならない。運転免許証返上などと言うのは都会の役立たずのオマワリの世迷いごとなのだ。
家からもっとも近い公共の建物は郵便局なのだが、4.5km先。その手間にスーパーが一軒あるのだが、品ぞろえはお粗末で、仕入れが少ない分だけ値段が高い。
何とかなるスーパーまでは8.5km。それも都会のイトーヨーカ堂に比べれば、屁のようなもの。 バス停までは歩いて20分くらいで日に2〜3本。最終は18時前なので、何の役にも立たない。だから中心街(と呼べるとして)の飲み屋などは、酔っ払い運転の取り締まりが厳しくなってからは閑古鳥。したがってシャッター化に拍車がかかる。
クルマで呑みに行って、帰りに運転代行を頼むと呑み代の2〜3倍ふんだくられる。だから家で呑む癖がないと、酒飲みは絶対に田舎暮らしができない。 そういう暮らしのファンダメンタルズに耐えることができなかったら、田舎暮らしは無理だ。 そして医療関係。 細かいことは申し上げないが、この界隈にはいざとなった時に頼りになる医療機関は????? やはり都会につながりをキープしなかったら大変だ。 私もカミサンもいくつかの科目で東京の大学病院のお世話になっているが、こちらでかかる医院はその大学病院から紹介された医院。面倒なことになったら、電子カルテで経過が記録されている大学病院に紹介状を書いてもらえる。 税金や社会保険料のことを考えると、田舎で払うことはゼニをどぶに捨ているようなものだ。 だからいざとなったら、あるいはクルマの運転ができなくなったら帰るところを都会にキープしておいて、住民登録は移さないこと、これが大前提だ。 そして、集落の「つけ火して、煙り喜ぶ、田舎者」との交際を避け、別荘地に棲むべきだという週刊新潮のこの記事は、実際に田舎暮らしをしている身にとっては、まるでキリスト教徒が新約聖書を崇めるようにありがたい記事であった。 田舎暮らし、それは都会を捨ててするにはあまりにもリスクばかりが大きいことを理解した方が「いいずら?」と申し上げる次第である
コメント
田舎暮らしには多くの弊害があります。 私の隣に新築(土地を相続)した夫婦には「10年くらいは町内会には入らず、PTAだけのお付き合いをしなさい」と言っています。 祭り当番では、3〜4日も連続して休暇をとらねばなりません。年寄りと同居でもしてないと無理でしょう。 2014/12/21(日) 午前 8:20 [ killy ] killyさん、おっしゃる通りです。田舎暮らしの弊害を報道しないことは罪悪です。祭当番は3〜4日とおっしゃいますが、祭りの規模によってはもっともっとすごいです。 中には死者や重傷者も出るような祭もあります。 2014/12/21(日) 午前 8:52 憲坊法師
良くわかりました。田舎暮らしは止めておくことにしました。 年齢が行ったら、買い物と病院に自分一人で行けることがキーになりますし。 2014/12/21(日) 午後 4:51 [ 桃実 (Momomi) ] 桃実 (Momomi)さん、もう一つこのあたりで聴くことは、奥方に田舎暮らしの経験がないと失敗することが多いとのことです。 蛇が出てビックリしているようでは絶対に田舎暮らしはできません。 2014/12/21(日) 午後 4:56 憲坊法師 https://blogs.yahoo.co.jp/higashidake/65114480.html
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