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【第99回】 2013年10月23日 出口治明 [ライフネット生命保険(株)代表取締役会長兼CEO]
政府が目指す高額療養費の見直し案は
未来の日本社会にフィットしているか
政府は、10月7日に開かれた社会保障審議会医療保険部会に、高額療養費の見直し案を提示して、2015年1月実施を目指したいという意向を示した。例えばアメリカでは、虫垂炎の手術を受けただけで100万円以上の請求書が送られてきた等という話をよく聞くが、わが国では高額療養費制度により、たとえ医療費が1000万円かかろうとも、個人の負担限度額は3割の300万円ではなく、1ヵ月で最大15万円程度に抑えられている。
市民が安心して治療を受けられるという意味で、高額療養費制度が、わが国の医療保険制度の根幹を成すと言われる所以である。ちなみに2010年度で、約2兆円の高額療養費が支払われている。ところで政府は、高額療養費についてどのような改正を目指そうとしているのだろうか。
政府は3つの案を提示
高額療養費については、8月6日に公表された社会保障制度改革国民会議報告書で、次のような方向が示されている。
・医療給付の重点化・効率化(療養の範囲の適正化等)
(前略)高額療養費の所得区分について、よりきめ細やかな対応が可能となるよう細分化し、負担能力に応じた負担となるよう限度額を見直すことが必要である。上記のとおり、70〜74 歳の医療費の自己負担に係る特例措置が見直されるのであれば、自己負担の上限についても、それに合わせた見直しが必要になるが、そのタイミングについては検討が必要になる。
これを受けて政府は、8月21日の閣議で次のような決定を行った。
・保険給付の対象となる療養の範囲の適正化等について次に掲げる措置
低所得者の負担に配慮しつつ行う、70歳から74歳までの者の一部負担金の取扱い及びこれと併せて検討する負担能力に応じた負担との観点からの高額療養費の見直し
今回の政府案は、これらを受けたものでその概要は次のページの図版の通りである。
出所:厚生労働省保険局「高額療養費の見直しについて」、10月7日
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新聞報道によると、この中では、案3が有力とされるが、理解に苦しむところである。案3は約850億円の給付増(=負担増)となる。まさか消費増税を受けて、サイフの紐が緩んだ訳ではなかろうが、現下の厳しい財政状況を勘案すれば、いかなる制度であれ、見直す場合はすべからくスクラップ&ビルド方式、即ち1つの制度全体として、給付増(≒負担増)はゼロないしはマイナスを大原則とするのが正しい道筋ではあるまいか。
そう考えれば、案2(給付増が約70億円で、3案の中では給付増が一番少ない)が一番妥当なように思えてならない。所得の低い人に配慮するのであれば、その分は原則として所得の高い人に埋め合わせてもらう必要があると考えるがどうか。
なお、今回は直接の検討の対象とはされていないようだが、高額療養費については(正確には医療保険制度全体に係る問題だが)、2つ大きな問題が残されていると考える。
1つは、4つの組合形態間の格差の問題である、例えば、案2を例にとると次のようになる。
出所:厚生労働省保険局「高額療養費の見直しについて」、10月7日
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この問題は、長期的に考えれば、20世紀の遺物である職能別の組合から、いずれは県単位の地域別組合へと移行していく中で、解決していくべき課題ではないだろうか。
もう1つは、高額療養費制度が、年令フリーとはなっていないことだ。現行制度は、窓口負担に合わせて70才未満、70才〜74才、75才以上と3区分されている。このような高齢者優遇措置は、人口の増加と高度成長の2つを暗黙の前提とした20世紀後半のわが国社会の実情によくフィットしていた優れた仕組であった。
しかし、国民会議報告書が示唆したように21世紀型の社会保障の理念は、「世代間の公平を図る観点から、年令フリーでまず困っている人を対象に」であるべきではないか。そうであれば、いずれは、高額療養費の制度設計も、年令フリー(3区分の廃止)で再構築されて然るべきであろう。仮に高齢者の優遇が残るのであれば、その場合は未成年者も合わせて優遇すべきであると考えるがどうか。例えば窓口負担であれば、75才以上10才未満は1割、70才〜74才、10〜19才は2割、20才〜70才未満は3割等、と。
70〜74才の患者負担特例措置の
見直しに5年もかけるのか
高額療養費の見直しと合わせて閣議決定がなされたもう1つの問題は、70才〜74才の患者負担特例措置の見直しである。70〜74才の患者負担は、現在、2割負担と決定されている中で、2008年度以降、毎年度約2000億円の予算措置により1割負担に凍結している。法律を予算措置で歪める等、原理原則から考えれば、法治国家としては由々しき問題である。これについては、国民会議報告書は次のような案を示している。
出所:厚生労働省保険局「高額療養費の見直しについて」、10月7日
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経過措置としては一見妥当なようにも見えるが、5年も経たなければ、法律本来の姿に戻らないとは、あまりにも悠長すぎるのではないか。消費増税とのタイミング等政策的配慮は確かにある程度は必要かもしれないが、直ちに法定の形に持っていく方が、むしろ、市民にわが国の社会保障と税の一体改革の必要性、緊急性を強くアピールできるのではないか。
なおこの案が実現すれば、約990億円の保険料負担が減少するという。高額療養費見直し案3は、850億円の負担増だから、政府は、合わせてバランスを取っているつもりかもしれないが、この2つは全く別の制度であって、そもそも合算して考える筋合いのものではないのではないだろうか。
およそ何事であれ、痛みの伴う改革は強い政権でないと実行不可能である。衆参のねじれが解消した現在、わが国においては、少なくとも向う3年間は強い政権が存続する。この3年間に思い切った痛みの伴う構造改革を行わなければ、いったいいつ、構造改革を行うというのか。医療保険部会の真摯な議論を期待したいものである。
(文中、意見に係る部分は、筆者の個人的見解である)
http://diamond.jp/articles/-/43372
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