03. 2013年7月24日 17:16:42
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JBpress>日本再生>明日の医療 [明日の医療] 暗礁に乗り上げた子宮頸がん予防ワクチンの普及 徒然薬(第4回)〜ワクチンの危険性はどこまで許容されるか 2013年07月24日(Wed) 谷本 哲也 2013年4月1日から予防接種法の一部改正により、子宮頸がん予防ワクチン(以下、HPV[ヒトパピローマウイルス]ワクチン)が定期接種に追加された。 ところが、このHPVワクチンについて、安全性上の問題を訴える世論が急速に高まった。その結果、わずか2カ月余りしか経っていない6月14日、厚生労働省は「定期接種は中止しないが、積極的な接種勧奨を一時的に差し控える」という、やや分かりにくい方針を決定することになった。子宮頸がん予防という有効性と相対的に比較した上で、ワクチンの危険性はどこまで許容されるのだろうか? ワクチン・安全性・統計学 ワクチンは何百万人、何千万人という膨大な人数に使用されるという特徴を持つ。安全性に関する情報も膨大な量が収集される。折しも、『統計学が最強の学問である』や『ビッグデータの正体 情報の産業革命が世界のすべてを変える』『ヤバい統計学』『The Signal and the Noise: why so many predictions fail - but some don't』といった統計学の啓蒙書が世界的に注目を集めている。 ワクチンの安全性評価ではビッグデータも扱うことから、統計学が重要な役割を果たす。例えば、米国ではワクチンの有害事象報告システム(VAERS)により、年間約3万件の膨大な安全性データが収集されており、公開データを用い外部の研究者が統計解析を行うこともできる。 本稿では、このようなワクチンと安全性、そして統計学の関係について、その概略を紹介する。 感染症予防ワクチンと安全性 病気になった場合に用いる治療用ワクチンもあるが、一般的にワクチンと言って思い浮かぶのは、インフルエンザやポリオなどの感染症を予防するためのワクチンだろう。本稿での「ワクチン」は、この感染症予防ワクチンを指す。 ワクチンが普通の医薬品と最も異なる点は、何の病気もしていない健康な人が主な対象となることだ。このため、ワクチンを接種した場合に生じる、いわゆる「副反応」は少なければ少ないほどよい。 残念ながら副反応が全く出ないワクチンはなく、発熱や接種した部位の腫れや痛みなどがしばしば発生する。実際に経験のある読者も多いだろう。 副反応の多くは症状が軽く一時的なもので、少しの間我慢すればほとんど問題になることはない。ただ、数万〜数百万人に1人といった確率で、非常に稀だが重い副反応が不幸にして生じてしまう場合がある。 これら重篤な副反応には、強いアレルギーのため呼吸困難や血圧低下、蕁麻疹を起こすアナフィラキシー反応や、手足の麻痺症状を起こすギラン・バレー症候群、けいれんや脳脊髄炎といったものが知られている。感染症を減らすという有益性だけではなく、ワクチンもある意味では毒として作用するという負の側面を持っている点は通常の医薬品と同様だ。 ワクチンと安全性の歴史 毒を以て毒(=病気)を制すという考え方の起源は古い。インドの仏僧が毒蛇に免疫を得るため、ヘビ毒をわざと仰いだという記録は7世紀に遡る(Vaccines: Expert Consult - Online)。 清の乾隆帝の時代、1742年に執筆された医学事典「医宗金鑑」などにも、既に民間療法として、天然痘の接種(人痘接種)が記載されていることが知られている。オスマン帝国へ外交官夫人として帯同したメアリー・モンタギュー氏は、1721年、母国イギリスに人痘接種法を紹介したが、当時の方法では2〜3%が天然痘で死亡するほど安全性に問題があった。 はっきりと感染症予防ワクチンとして接種が実施された最古の記録は、1774年とされる。英国で牛のブリーダーをしていた、ベンジャミン・ジャスティ氏が家族に牛痘を接種した。その後、近代免疫学の父とされるエドワード・ジェンナー氏が論文として牛痘ウイルス(Variolae vaccinae)の接種法を1798年に自費出版で発表し(初稿はわずか1例の症例報告であったため掲載拒否された)、ワクチンとして一般に広く認知され始めた。ラテン語で牝牛を指す「vacca」がワクチンの語源となった経緯はここにある。 1849年にオランダ陸軍軍医のオットー・モーニケ氏が長崎で種痘を伝えたのが、日本での種痘普及の端緒となった。日本の予防接種行政は、1885(明治18)年に内務省告示された「種痘施術心得書」に始まったとされる。 天然痘が猛威を振るっていた時代では種痘の予防効果は絶大だったが、その後天然痘の発生が珍しくなってくると、種痘接種後に起こる副反応の脳炎の方が問題になり始めた。1976年の天然痘撲滅宣言以降は、日本では種痘接種は行われなくなった。 病原体そのものを利用し、実験室でワクチンを開発するという近代的概念が成立したのは、1880年のルイ・パスツール氏によるニワトリコレラワクチンに関する論文が最初であった。 1885年にはパスツール氏が開発した狂犬病ワクチンが使用され始めた。発症すれば現代医学でも致死的な疾患となる狂犬病を予防できる画期的なワクチンだったが、当時のものは230人に1人は痙攣や麻痺、昏睡に至るほど副反応の多い代物であったという。 ちなみに、狂犬病ワクチンにより最初に救われたジョセフ・マイスター少年は、パスツール研究所の守衛として長く働き、1940年のナチスによるパリ占領時にパスツールの墓を守るために(異説もある)拳銃自殺したという。 ワクチンと薬害事件 その後、様々な感染症に対するワクチンが次々と開発され、より安全なワクチンが用いられるようになった。しかし、20世紀になっても、ワクチンの目覚ましい有効性にもかかわらず、安全性に問題が見つかり社会問題となることは度々あった。 例えば、1942年に米軍が行った黄熱病ワクチン接種では、33万人の兵士が混入していたB型肝炎に感染し、5万人が発症、うち62人が死亡するという事件が起きた。1955年には米カリフォルニアのカッター社が、ポリオウイルスを完全に死滅させないままワクチンを出荷したため、接種された12万人の小児のうち4万人が発症、200人に麻痺が発生し10人が死亡するという薬害事件が起きている。製造販売を急ぐあまり、品質管理が大幅に簡略化されたことが原因と言われている。 日本でもワクチン関連の薬害事件は、過去度々起こってきた(『知っておきたい薬害の知識―薬による健康被害を防ぐために』『知っておきたい薬害の教訓―再発防止を願う被害者からの声』)。 戦後間もなく、連合国軍最高司令官総司令部の覚書を受けてジフテリア予防接種が始まり、1948年には接種を受けなかった者には「罰金を科す」という罰則付きの義務化となったが、ジフテリア菌の毒素混入により674人が発病、うち68人が死亡するという大惨事が起こった。 1970年頃には種痘後の脳炎に関し国家賠償を求める訴訟(1994年に原告勝訴)も起こった。この事件は、予防接種により健康被害が生じた場合に、金銭的な補償を行う救済制度(予防接種健康被害救済制度、1976年)の法的な整備や、集団での接種から個人ごとの接種(個別接種)への切り替えにつながった。 また、1960〜70年代前半にかけては、ワクチンとは直接関係ないものの、抗生物質や解熱鎮痛剤の筋肉内注射により、筋肉が破壊されて固まってしまう大頭四頭筋拘縮症が多発した。 1975年12月の厚生省調査では、幼児を中心に1552人の重症患者の発生が明らかになり、以降日本の小児科医の間では、ワクチンに関しても筋肉内注射は行わず、皮下接種を行うという慣習が定着することになった。 生きたウイルスを使わない不活化ワクチンの場合は、筋肉内接種をするのが世界標準の方法とされる。不活化ワクチンでも皮下接種するという日本独自の慣習には科学的根拠が乏しい。しかし、医薬品使用の法的な根拠となる添付文書にも皮下接種することが記載されているため、現在でも臨床現場に混乱を招いている。 ある高名な小児科医は「皮下深く」接種していると述べており、2011年6月には日本小児科学会が厚生労働大臣宛てに、世界標準の筋肉内接種へ添付文書の記載を改めるよう要望書を出す事態になっている。しかし、行政の対応は2年以上経った2013年7月現在でも進んでいないようだ。 接種勧奨の見合わせ 今回のHPVワクチンと同様に、ワクチンの安全性に懸念が生じたことを受け積極的な接種勧奨を見合わせる事例は、過去にも度々起こっている。 1975年頃の三種混合(ジフテリア、百日咳、破傷風:DPT)ワクチン接種後に死亡が出た事例では、厚生省は接種の一時見合わせ等の処置を行った。しかし、接種率が低下したため百日咳の流行が各地で認められ、1981年になってようやく副反応を低減した改良型DPTワクチンが導入された。 国産MMR(麻疹=はしか=、おたふくかぜ、風疹)ワクチンについても、1989年4月から定期接種されたが、発熱や吐き気、痙攣等の症状を起こす無菌性髄膜炎が多発したため大きな社会問題となった。 国産MMRワクチンによる無菌性髄膜炎は、当初は数千〜数万接種に1人程度のごく稀な発症率と考えられていた。ところが、その後の評価で最終的に1200接種当たり1人という高い発症率とされ、国や製薬企業が集団訴訟の被告となった。 1993年4月には国産MMRワクチン接種が見合わせられる事態となり、この混合ワクチンは日本から姿を消した。見合わせまでに180万人以上に接種され、うち1754人の無菌性髄膜炎患者が報告されたという。 現在では、MMRについては、三種混合ではなく単独のワクチンや二種混合ワクチンが使用されている。しかし、予防接種プログラムの混乱や接種率の低下が招いた社会的影響は深刻で、2001年や2007年には麻疹流行のため「日本は感染症輸出国である」との汚名を着せられ、今年2013年も風疹の大流行が問題となるなど、現在に至るまで大きな禍根を残している。 1994年に定期接種化された日本脳炎ワクチンでも同様のトラブルが起こっている。2005年までに重症の脳脊髄炎報告が蓄積し、ワクチンがマウス脳由来であることが原因として疑われ、今回のHPVワクチンと同様に積極的な接種勧奨が差し控えられた。 なお、どこまで本気で言っているのか分からないが、子供が蚊に刺されるのを防ぐために、「できる限り長袖および長ズボンを身に着ける」という助言が厚労省の通知には書き添えられていた。絶妙な霞が関文学的レトリックの1つなのかもしれない。 その後、細胞培養による日本脳炎ワクチンが開発され現在に至っているが、差し控えの間に接種を受けなかった者への複雑な対応が問題になっている。 ワクチンの開発過程 以上、簡単にワクチンの歴史を振り返ってみても、安全性のマネジメントはワクチン政策を進める上での最重要課題だ。過去には品質そのものに欠陥があるワクチンが問題を起こす場合が多かった。 では、近年の新しいワクチン開発において、安全性はどのように扱われ評価されているのか、ここで簡単に説明しておきたい。無料で入手できる資料として、米国研究製薬工業協会が作成しているワクチンファクトブック2012(日本語版)が参考になる。 動物実験終了後、第I相から第III相まで段階的な臨床試験(治験)が行われ、十分な有効性と安全性の評価が得られた後、規制当局で承認審査が行われ製造販売に至るのは、通常の医薬品と同様だ。 異なる点の1つは、通常は最初から最後まで病気を持っていない健常者が被験者になることだ。そして、稀な副反応も評価する必要があることから、被験者数が非常に多くなるのが近年のワクチン開発方法の特徴となっている。先に触れたワクチンファクトブック2012にも、この開発過程で通常数千人、場合によっては数万人の安全性情報が集積されることが記されている。 ワクチンの安全性評価に必要な統計学 外資系メーカーが開発するワクチンでは、上述のように数千〜数万人規模の外国人の安全性データが日本の規制当局にも提出されている。 一方、国内のワクチンメーカーが開発する場合、そのデータ規模が1〜2桁少なく、数百人、場合によっては数十人規模の安全性データに基づいて承認審査が行われている。日本人での安全性データなので信頼性が高いように見える利点があるといっても、この規模のデータではいささか心もとないように思える。 特定の病気を持った患者を対象とした治験であれば、患者の数が少ないため対象者が集められないという現実的な制約がしばしばある。一方、ワクチンが対象とするのは通常は健康被験者なので、正式に製造販売する前に安全性データを手厚く確認するために、数を集めようと思えば数万人でも不可能ではない。つまり、中小の国内ワクチンメーカーの資本規模が、治験の実施規模を決める上での大きな制約になっていると理解される。 前提条件により異なってくるが、統計学的な一般論から言えば、1万人に接種したデータを集めたとしても、3333人に1件発現するような頻度の低い有害事象を、少なくとも1件検出することが期待できるに過ぎない。 すなわち、1万人に1件の割合で発現する副反応を検出するためには、3万人ほどの被験者にワクチンを接種したデータを集める必要がある。実際、低頻度で起こる腸重積症の副反応が問題となった第2世代ロタウイルスワクチンの開発では、約3万人のワクチン接種者、それに加えて比較対照となるコントロール群を約3万人、合計約6万人という非常に大規模の治験が行われた。 当然、大規模な治験を実施するには膨大な開発コストがかかり、ひいてはワクチンの値段に跳ね返ることになる。承認前にどの程度の安全性データを求めるのが最も適切なのか、ワクチンの種類や性質ごとに議論の余地があるだろう。このため、承認されたワクチンであっても、製造販売後により多くの安全性データを収集することが必要不可欠になる。 HPVワクチン開発における安全性評価 さて、それでは今回問題となったHPVワクチンの安全性はどのように評価されたのだろうか。これまで2種類のHPVワクチンが開発されており、本邦では、グラクソ・スミスクライン社(2012年7月からジャパンワクチン社)による「サーバリックス」が2009年12月に、MSD社による「ガーダシル」は2011年8月に発売された。 サーバリックスは、2007年5月オーストラリアで承認されたのを皮切りに、日本での承認審査が行われた2009年3月までに既に95カ国で承認、同年5月までに世界で680万接種回数分が出荷されていたとされる。安全性は日本人619人、外国人9319人について主に評価され、筋痛など留意すべき点はあるものの、死亡や重篤な副反応のリスクは少ないと結論され承認に至った。 もう一方のガーダシルは、2006年6月米国で承認され、日本での承認審査が行われた2010年11月までに世界130カ国以上で承認されていた。安全性は日本人591人、外国人1万5076人のデータについて主に評価され、同様に承認されている。これだけの数の安全性情報を集めていたとしても、今回のように市販後に副反応が問題となる場合があり得ることが、ワクチンの安全性を扱う上で難しい点だ。 ワクチン・ラグが防ぐ薬害 注目すべき点は、両剤とも海外承認から数年遅れて本邦に導入された、いわゆるワクチン・ラグの製品であることだ。 ドラッグ・ラグ、ワクチン・ラグは一般にネガティブな文脈で語られることが多い。ところが、安全性情報に関しては、日本人で一般に使われるまでに多くの外国人の情報が集積され、問題がある製品の場合は、未然に副作用や副反応が海外で見つかることがある。日本人にとっては、ラグのおかげでより安全に使える可能性が高まるというメリットがある点は見過ごせない。 事実、ラグがある間に海外で薬害が発生し、回収されたという製品も複数ある。残念ながら、厚労省が海外の危険な医薬品の導入を遅らせ、薬害を未然に防いだとして誉め称えられたという話は寡聞にして知らないが、ラグが薬害を防ぐという側面はもっと強調されてもよいだろう。 なお、子宮頚がんの発症には、ヒトパピローマウイルス(HPV)が大きく寄与していることが現在までに証明されており、2008年にはドイツのハラルド・ツアハウゼン(Harald zur Hausen)博士がノーベル生理学・医学賞を受賞している。 HPVワクチン製造販売後の経過 製造販売後当初は希望者のみの任意接種で、保険診療の対象外の自由診療となるため、合計3回のHPVワクチンを接種するために6万円程度と高額な費用がかかることが問題であった。このため一部自治体で接種費用を公費助成する動きが始まり、本稿の冒頭で述べたとおり、2013年4月から定期接種されるワクチンの1つとして組み入れられた。 HPVワクチンの定期接種では、小学6年生〜高校1年生の女子へ接種する場合は公費で受けることができる。 なお、2012年度の集計では、サーバリックスは国内売上高ランキング上位100品目にランクインし、218億円で第70位というワクチンの中では最上位の売上高だった(参考:日刊薬業)。 このような高額な費用も問題となるが、東京大学医学系研究科国際保健政策学の渋谷健司教授らが日本の医療環境においての解析を行っている。マルコフモデルを使った統計シミュレーション解析を用い、子宮頸がん健診率の上昇に加えてHPVワクチンの定期接種化をすることが、費用対効果の高い方法であると結論づけている。 問題となった副反応報告 厚労省の予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会の発表(第1回配布資料、第2回配布資料)によれば、今年3月末までの推計で、サーバリックスは258万人、ガーダシルは70万人に接種された。 各ワクチンの因果関係を問わない副反応報告の発生率は、100万接種当たりサーバリックスで245.1件、ガーダシルで155.7件とされた。さらに重篤な副反応については、100万接種当たりサーバリックスで43.4件、ガーダシルで33.2件とされた。 特に、ワクチン接種後に慢性的な疼痛を訴える例が複数報告されたことが問題となったが、HPVワクチンとの関係については未知の部分が多い。このため、厚生労働科学研究費補助金により、「慢性の痛み対策研究事業」が今秋をメドに開始されることが計画されているようだ。 本稿執筆時点(2013年7月18日)では議事録が公表されていないため、どのような議論を経て冒頭の、「定期接種は中止しないが、積極的な接種勧奨を一時的に差し控える」という結論に至ったのか、その詳細は不明だが、本部会の検討の結果、委員の評決は3対2の僅差でこの結論に至ったことが報道されている。 ほかの原因で発症した疾病が、たまたまHPVワクチンの接種時期と重なった可能性もあるため、今後の詳細な調査が必要となるのだろうが、一般にワクチンと稀な副反応の因果関係の有無を厳密に証明することは困難だ。 今後の検討を待ったとしても、どちらとも言えないグレーゾーンの結果しか得られない可能性も考えられる。また、因果関係があるとして、どのくらいの発生率があるのか、どの程度危険性が高まるのか、2種類のワクチンで差はあるのか、など薬剤疫学的な調査も含め検討すべき課題は多いだろう。 ワクチンの危険性は日本社会でどこまで許容されるか? 実際に危険性があったとしても、日本社会としてHPVワクチンのリスクとして許容できる範囲を科学的に判断することが重要だ。 インフルエンザワクチンなどと異なり、HPVワクチンではアジュバントが入っている。アジュバントは免疫刺激を高めることを目的に意図的に加わっているため、副反応が強くなることはある意味当然だ。 アジュバントなしのワクチンと比較して副反応件数が多いことを問題視する報道記事も見かけたが、ワサビ抜きの寿司と比べてワサビが入っている寿司は刺激が強いと言っているようなもので、比較としてはあまり意味がない。 そもそも、一般的に使われている解熱鎮痛剤や抗生物質でも、かなり重篤な副作用が出る場合がある。例えば、副作用被害救済制度の給付対象になった件数を見ても、平成19〜23年度の集計だけで、解熱鎮痛剤で843件、抗生物質製剤で898件が報告されている。 どんな医薬品でも副作用が出るリスクを全くなしにすることはできない。どの程度の副反応であれば、HPVワクチンの安全性として許容できるのか、有益性との比較でも考える必要がある。その比較のためには、一般国民が広く理解できるよう分かりやすい説明が重要だ。 その説明方法で、例えば参考になるのは、先頃米国で発表されたロタウイルスワクチンの事例だ(AAFP News Now、CDC Vaccine Safety)。 リスクと有益性の比較に統計学的な考察が必要 前述のように、ロタウイルスワクチンは腸重積症の副反応が問題となり、第1世代の製品は市場から回収された。現在は改良型の第2世代となっているが、それでもそのリスクは0とはなっておらず、10万人当たり0.7〜5.4件の腸重積症発症リスクが依然として見積もられている。 ただし、ワクチンによる死亡や入院、救急受診が1件増えたとしても、ワクチンの効果で100人の死亡、1000件の入院、1万件の救急受診を防ぐことができるとの統計学的見積もりがACIPによりなされ、ロタウイルスワクチンはリスクよりも有益性が大きく上回っていると報告された。 本邦でのHPVワクチンに関しても、リスクと有益性を統計学的にどう比較検討するのか、科学的視点を用いた上で、一般国民にも分かりやすい合理的な説明をすることが方針決定には不可欠だろう。 全国子宮頸がんワクチン被害者連絡会、日本消費者連盟などは、副反応を問題視し定期接種に積極的な反対運動を行っている。 一方、NPO法人VPDを知って、子どもを守ろうの会(ホームページ、子宮頸がん予防ワクチン接種の「積極的な接種勧奨の差し控え」厚生労働省の通知について)や、子宮頸がん征圧をめざす専門家会議は、HPVワクチンの意義を訴える声明を出している。 残念ながら日本のワクチン行政は、今日に至るまでうまく運営されているとは言い難く、弥縫策に終始しているように見受けられる。今回のHPVワクチンをどう扱うかは、今後のワクチン行政の試金石となるだろう。 HPVワクチンはすべてのウイルス型に効果があるわけではないこと、がん健診の受診率は本邦では約3割で、欧米の6〜8割と比較して非常に低いことが問題となっていることなど、HPVワクチンだけで問題が解決できるわけではない。 しかし、年間推計で1万5000〜1万8000人、死亡者は約3500人とされる子宮頸がん対策として、HPVワクチンは多いに有効性が期待されている。HPVワクチンを巡る騒動も、将来に禍根を残さないよう熟議の上での方針決定を期待したい。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/38267 |