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誰がグスタフ・Bを殺したのか?
「値段」で差別される患者〜北欧・福祉社会の光と影(5)
2013年03月25日(Mon) みゆき ポアチャ
税方式の公営サービスが主体となっているスウェーデンの医療は非効率に見える。病気になっても、実際に医師に診察してもらうのは至難の業だ。
子供が病気の際、診療所に予約を入れようと電話すると、電話口で長く待たされた後、「安静にして、水分をたくさんとって・・・」とアドバイスを受けるだけである。実際に医師の診察室まで到達できる子供はごく少数だ。
中央政府や自治体は「待ち時間短縮」の成果を誇るが・・・
これは以前にも書いたが、当時3歳の長男が怪我を負った時、病院に連れて行ったが何の処置も受けないまま真夜中まで放置された。その後全身麻酔され、実際に顔面の縫合手術を受けたのは翌日の早朝だ(「スウェーデン・モデルは成功か失敗か」参照)。
「10人のうち9人は時間内に医療処置を受けている」と誇らしげに書く政府広報ページ
その後、2006年に交代した新政権は、患者が診察を受けるまでの待ち時間を一定時間以内に短縮した医療機関に対して奨励金を交付する制度を導入した。
現在の交付の基準は、新規外来患者の70%が60日以内に診察を受けた場合となっている。患者の割合が80%を超えるとさらに額が増える。
この制度の導入によって、一見状況はかなり改善したように見える。
政府をはじめ、各地域の首長らは「わが自治体の達成状況は良好だ。今や、多くの人が長く待たずに診察を受けられるようになった」と大喜びしている。
確かに、交付金を受けられる自治体の財政状況はある程度改善したのだろう。だが医療現場の状況は本当に改善したのか。
この2月、スウェーデンの全国紙ダーゲンス・ニーへテルに掲載された「何がグスタフ・Bを殺したか」という記事が多くの反響を呼んだ。
「栄養を供給されず、入院中に餓死した患者」
記事を書いたマチェイ・ツァレンバ記者は、いくつかの例を挙げて「転換するスウェーデンの医療制度」について説明している*1。
最初に挙げられた例は、「栄養を供給されず、入院中に餓死した患者」だ。
グスタフ・B氏はがんの診断を受けて入院し、113日後に病院で死亡した。しかし彼の直接の死因はがんではなかったらしい。
これに気がついたのは、B氏の妻だ。
*1=http://www.dn.se/kultur-noje/vad-var-det-som-dodade-herr-b
夫が亡くなった後、彼女は、亡くなる数日前にベッドに横たわる夫を撮った写真を見ていた。
そして突然、心臓が凍るような衝撃を受けた。
夫のベッドからはプラスチックのバッグが1つぶら下がっているだけ。ほかのものはないの? 夫は死ぬ前の1週間、何も口に入れずに横たわっていたの? 夫は、何の栄養も補給されていなかったの?
妻は直ちに病院に電話をかけ、夫の生前の処置の記録を見せてほしいと頼んだ。そして自分が写真で見たことが事実であったことを確信した。
彼女の夫の直接の死因は「餓死」――。そう、飢え死にだったのだ。
「でも医師には、夫は回復に向かっているって言われていたんです!」
妻は、直ちに医学倫理に関する専門家に相談の上、保健医療責任当局に対し、病院が「隠蔽的に安楽死を幇助した」として訴えを起こした。
妻は、夫が生前入院している間にも、医師らの態度は非常に奇妙であったと言う。医師の1人がペニシリンを射ち、別の医師は鎮静剤を注射する。ある医師が患者はもう助からないだろうと言い、また別の医師はリハビリの準備をしている。
「全く信じ難いことです」と妻は言う。「1週間も食物を与えられないのですから! そして、栄養の供給を停止するという決定がいつ、どこで、なぜ決められたのですか? 家族にとっては耐え難いことです」「この患者のすべての希望は潰えた、このまま静かに死ね、ということですか?」
この記事を書いた記者が、B氏のケースは安楽死幇助に当たるのか、とある医師に尋ねた。その医師は「それは安楽死幇助ではない」と断言している。「食料供給を停止することは正しい処置です。患者は回復不可能な状態でした」
重病患者を殺す「Kömiljarden(コーミリヤーデン)」
ボロース南エルブスボリ病院 この病院で心臓病の男性が定期健診を受けられず、病状が悪化して死亡した
筆者が住むのは、第2都市ヨテボリからほど近い、人口10万の小都市だ。といっても国立大学や総合病院もあり、スウェーデンにおいては中規模都市と言える。
この南エルブスボリ病院で数カ月前、心臓病の男性が病院での定期健診を受けられず、病状が悪化して死亡するという事件があった。地元紙に数回取り上げられたので、記憶に残っている。
起きたことは、こうだ。
この病院で昨年10月、検診予定が数カ月延期された心臓疾患を抱えた男性が死亡した。日本の厚生労働省に当たる社会庁によると、同病院が重度の心臓疾患を抱えたこの患者の検診を後回しにし、新規の外来患者の診察を優先していたことが原因だ。
また同じ病院で、別の心臓病患者も同様に検査の予約時間をもらえず、病状が悪化したが、この患者は自力で救急車を呼んで病院へ行き、緊急手術を受けて一命を取りとめている。
先に述べた、患者が診察を受けるまでの待ち時間を一定短縮した場合に、その医療機関に支払われる奨励金制度を「Kömiljarden(コーミリヤーデン)」と言う。
「コーミリヤーデン」は新しいスウェーデン語で、辞書には載っていない。無理やり英語にすると「queue billion(キュー・ビリオン)」、文字通りには「(順番待ちの)行列」「十億」だろうか。
一定の目標を達成すると、事実上億単位の奨励金が転がり込んでくる。2010年にこの病院があるヴェストラ・ヨータランド県は、2億5000万クローナ(1クローナ=約15円)の奨励金を得た*2。
が、この制度が適用されるのは新規の外来患者の待ち時間を短縮した場合に対してだけであって、再診患者には適用されないことになっている。
また、現在医療機関が採用している経営管理では、「どれだけ多くの患者を診察したか」によって病院が得る利益率が決まる。重症の患者は軽症の患者を扱うより採算が取れないことになっているわけだ。
この結果、重症で、迅速な医療措置を受けなければならない患者は後回しにし、短時間で多くを診察・治療できる軽症の患者をより多く「処理」するよう病院経営者が医師らに暗に指示している可能性があるという。
責任を病院側に押し付ける政府当局
医療現場で働く人たちには大きな負荷がかかっている(写真はヨテボリ・サールグレンスカ病院の救急外来受付前)
病院にとっては、軽度の患者を大量に受け入れて迅速に処理することが最も経済効率的なのだ。経営難の病院が、重度の心臓弁膜症を持つ患者、つまり「病院に利益をもたらさない患者」の検診を後回しにしたのは、このためだ。
この事件が明らかになった時、社会庁は同日直ちに病院を非難する声明を出した。
また、ヨーラン・へグルンド社会相は、「コーミリヤーデンは、医療を受ける権利の優先順位のモデルではない。間違ったことが起きたとしたら、それは監督者が監督責任を果たしていないからだ」と発言している*3。
つまり、政府当局者らは一枚岩となって、この奨励金施策自体にはなんらの落ち度がない、すべての責任を負っているのは、適切な時期に再診のための招集通知を出さなかった病院側であるとしているわけだ。
では、現場の意見はどうなのか。
*2=http://sverigesradio.se/sida/artikel.aspx?programid=95&artikel=3652928
*3=http://www.vf.se/asikter/ledare/komiljarden-riskerar-liv
南エルブスボリ病院の待合室 彼らも「値段」で区別されているのか
南エルブスボリ病院で写真撮影をしていた際、職員らが直ちに飛んできて「写真撮影禁止!」と叫び、院内で撮った写真を全て消去した。
その同じ看護師さんらに「この病院で、心臓病の患者が再診の時期が遅れて亡くなった事故があったようだが、コーミリヤーデンはどうなのか」と聞いてみた。
「コーミリヤーデンの目的は、基本的に良好だったが、一歩間違うと生命が危険にさらされる可能性もある。これを考えるといつもイライラする」
「最も医療措置を必要としている患者ではなく、最も軽症の人たちが真っ先に診察を受けていることは本当だ。政府は批判に耳を傾けることはない」
疲弊する現場、医療事故も急増
そして事実、この「コーミリヤーデン」の導入以降、病院での医療事故は増加の一途をたどっている。
2005年以降、医療機関が自己申告している医療事故の件数はほぼ倍増している。同時に、患者とその家族の苦情申し立ての件数が増加している。現時点で、社会保険庁への医療に関する苦情の申し立て件数が5500件に達している。この中には、先に挙げたグスタフ・B氏と心臓病患者も含まれている。
高い滑り台からジャンプして落ち、唇の端をかみ切ってしまった息子が、血を流したまま一昼夜放置されたのは、スコーネの大学病院だ。同病院で生命にかかわる医療事故が起きた件数は、この2年間で41%増加している*4。
このニュースを報道した「TV4」によれば、同病院での医療事故増加の大きな原因は、慢性的に不足するスタッフと、これによって引き起こされる過度のストレスである。恐らく病院側は、「コーミリヤーデン」の目標値を達成するために、現場での労働を強化しているのだろう。
より少ないスタッフが、ますます多くの業務を行っている。失業率が高いため税収が減少しており、県議会は医療や教育をはじめとする多くの分野に十分な予算を充てられない。
しかしひとたび「コーミリヤーデン」の目標を達成すれば、病院、つまり経営主体の自治体財政は潤うことになっている。
病院にとって患者は保健医療の対象ではなく、今や「お客さま」なのだ。多くの利益をもたらす「お客さま」を迅速・丁寧に扱い、採算の取れない患者は見殺しにするのが現在の福祉国家における医療のあり方だ。
*4=http://www.tv4play.se/program/nyheterna-malm%C3%B6?video_id=2235375
日本にいた時、重度の障害を持つ友人がおり、彼を通じて多くの身体障害者と知り合いになった。彼らの介護を通して知り得たことの1つは、「高齢者と障害者は、健全者社会の保険機構から排除されている」ということだった。
日本の保険機構は、「若く健康で収入も多く、全く病気の心配がない人」だけを対象としており、「高齢で、体が弱く、あるいは病気を抱え、収入が低い人」――つまり、一番保障を必要としている人は保険に入れないことになっているわけだ。
日本では少し前に、麻生太郎財務相が終末期高額医療費を巡り「(私は)さっさと死ねるように」してもらいたいと発言して物議を醸したと聞く。
軽症の患者だけを優遇せよというスウェーデン医療の政府施策の意図、そしてヘグルンド社会相の腹の中にあるのも、恐らく「高齢者や重度の病人が政府のカネで(高額医療を)やってもらっていると思うと寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらわないと」ということなのだろう。
パラダイムシフトを遂げるスウェーデン医療制度の行く末
スウェーデンの医療制度は、保健医療から経営主体へという大きなパラダイムシフトを遂げている。
現在のスウェーデン医療機構は、資本主義に至るその道を踏襲していると言えるだろうか。「コーミリヤーデン」以外にも、政府が導入したDRG (診断別関連群)、「ニュー・パブリック・マネジメント」などを総合して考えると、その感はますます強くなる。
これらも含めた医療の問題について、いつか稿を改めてまた書きたいと思っている。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/37398
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