04. 2013年2月14日 21:12:51
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【第44回】 2013年2月14日 早川幸子 [フリーライター] 守ってほしくない自民党マニフェスト 保険外併用療養費の拡大で医療格差社会へ 政権交代から1ヵ月半が経過した。その間、安倍晋三首相は2012年の衆議院選挙のマニフェストで約束した「強い経済の再生」に向けて、2%の物価上昇を目標にした金融緩和、公共投資を中心とした補正予算を決定。「経済再生へのロケットスタート」と安倍首相自らが言うように、次々と打ち出す経済対策は経済界や株式市場では好印象で受け入れられているようだ。 だが、自民党のマニフェストには、実現すると国民生活を不安に陥れるものも数多く含まれている。そのひとつが保険外併用療養費制度に関するもので、マニフェストの「138 国民が安心できる持続可能な医療の実現」に書かれた次の記述だ。 ≪患者の利益に適う最先端の医薬品、医療機器等が一日も早く使用できるように、現行の保険外併用療養費制度(評価療養)を積極的に活用し、保険収載されていない医薬品等をより使用され易くするとともに、審査手続きや体制の整備等を進め、海外で使用されている医薬品等が日本で使用できない状態の解消、さらには日本人により適した医療機器等の開発と迅速な導入を図ります≫ これを読む限り、なんとなくよいことを書いているようにも思えるが、果たして保険外併用療養費は本当に国民にとってメリットがある制度なのだろうか。 保険外併用療養費制度は 混合診療を部分的に認めたもの 日本では、自分が使った医療費の一部(70歳未満は3割)を負担するだけで病院や診療所を受診できる。これは、患者が受けた診察、検査、手術、投薬などに健康保険が適用されているからだ。 しかし、病院や診療所で行われる治療のすべてに健康保険が適用されているわけではない。健康保険の適用を受けるためには国の審査をクリアしなければならないので、新しい薬や治療法が開発されても、健康保険が使えるようになるまでには一定の時間がかかる。たとえば、がんの治療では切除術と並行して放射線照射や抗がん剤投与なども行われることもあり、中には健康保険が適用されていないものもある。 本来、国が許可していない薬や医療機器を勝手に使ったり、規定の自己負担以上のお金を患者に請求したりすることは原則的に禁止されている。これを破って健康保険が適用されていない抗がん剤治療などを行うと、通常なら健康保険が使える治療も、患者はその医療費を全額自己負担しなければいけなくなる。 これが、いわゆる「混合診療の禁止」だ。しかし、他に治療法の見つからないがんや難病の患者などの中には、健康保険が適用されていなくても新しい治療を試したいという人もいる。また、お金をたくさん払ってもいいので、「個室に入院したい」「決められた回数以上に治療してもらいたい」という人もいる。 こうした患者の事情や希望を汲んで、選択肢を増やすという名目で2006年に作られたのが保険外併用療養費だ。これは、厚生労働大臣が特別に認めた@評価療養(健康保険が適用される前の治療法や医薬品など)、A選定療養(差額ベッド料や時間外診療の費用など)に関しては全額自己負担になるが、健康保険が適用されている診察や検査も通常通り3割の自己負担で利用できるというものだ。法律では禁止されている混合診療を部分的に認めているのだ。 自民党のマニフェストに書かれた「保険外併用療養費の積極活用」とは、現在、部分的に認めている混合診療を広げていくことを指しており、その中心になるのが先進医療だ。これが実現すると、次の2つのことが懸念されるのだ。 先進医療の拡大で予想される 自己負担増大による医療格差 1つめの心配は患者負担の増大だ。 健康保険が適用されている治療や薬は、国が価格を決めており全国どこの医療機関でも一律だ。患者は、年齢や所得に応じてかかった医療費の1〜3割を負担すればよく、自己負担したお金が高額になると払い戻しを受けられる高額療養費という制度もある。たとえば70歳未満で一般的な収入の人なら1ヵ月に100万円医療費がかかっても、最終的な自己負担は9万円程度だ。 ところが、先進医療の価格は実施する医療機関が決めている。1万円程度のものもあるが、中には300万円と高額な技術もあり、患者はその全額を自己負担しなければならない。 先進医療は、健康保険に適用するかどうかを判断している段階の治療や薬という位置づけなので、今後、評価が定まれば健康保険が適用される可能性はある。しかし、先進医療にとどまっている限りは患者の負担は大きく、お金がなければ受けることができない。 こうした医療が増えてしまうと、お金のあるなしで受けられる医療に格差が生まれ、日本が誇ってきた「いつでも、どこでも、誰でも」必要な医療が受けられるという国民皆保険の理念を崩壊させる危険がある。 先進医療の中には評価の定まらない 実験的な治療も含まれている もう1つの心配が、医療の質の問題だ。医薬品の開発を例にとってみよう。 新しい薬が開発されると、まずは動物実験が行われ、次に人間を対象にした臨床試験(治験)で有効性と安全性の確認が行われる。問題なければ国の薬事承認を受け、実際に医療現場で使われるようになる。そして、実績を積み重ねて評価が定まったところで、ようやく健康保険が適用される。 現在、健康保険が適用されている医薬品は、厚生労働省が定めた「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令(GCP省令)」に沿って、厳しい基準の治験を潜り抜けてきたものだ。治験を実施する医薬品メーカーはGCP省令を遵守しなければならず、健康被害が出た患者に対する補償にもきちんとした取り決めがある。 つまり、健康保険は患者の経済的負担を抑えられるというメリットだけではなく、医療の安全を担保する役割も果たしている。 一方、先進医療は将来的に健康保険を導入するかどうか評価している段階の治療で、2013年1月1日現在、全国で105種類の先進医療が行われている。そこで使われている薬は、治験を終えて国の承認も済み、あとは健康保険の適用を待つだけというものもあるが、中には特定の医療機関で小規模な臨床試験を行っただけで国の承認を受けていないものも混じっている。 もちろん、届け出ればなんでもかんでも認められているわけではなく、先進医療を実施する医療機関や治療内容に関しては、厚生労働省の専門家会議で個別に判断されている。だが、臨床研究を行う条件は「GCP省令などを参考にすること」としているだけで、明確な義務付けはない。 健康被害が出た場合も、補償があるかないかを事前に患者に伝えるだけでよく、医療事故などに備えた損害保険の加入も義務付けてはいない。そのため、万一、事故にあっても十分な補償を受けられず、患者の自己責任で終わってしまう可能性もあるのだ。 医療の安全を考えるなら、本来はすべての薬がGCP省令に適合するような治験を行うべきだ。だが、それをするにはお金も時間もかかる。研究費の少ない大学病院など特定の医療機関では、医薬品メーカーと同様の体制を整えるのは難しいし、すべてを封じ込めてしまうと研究が委縮して、新しい医療技術も生まれないかもしれない。 先進医療は、医療にかける研究予算が少ない中で苦肉の策で生まれてきた制度とも言える。だからといって国が責任を持たない実験的な治療が増えていくのは、その医療を受ける国民の立場から見ると不安な点が多い。 本当に患者の利益を考えるのであれば、保険外併用療養費の拡大などでごまかさずに、できるだけ健康保険で受けられる治療を増やしてほしいと思う。先進医療の中には薬事承認が済んで、健康保険の適用を待っているものもあるのだから、安全性と有効性が確認された薬や治療法は速やかに健康保険を適用する体制を整えるべきだ。 それなのに、自民党のマニフェストでは、その点を明確にせず、あたかも保険外併用療養費は国民にとってメリットがあるような書きぶりをしているのがずるいのだ。マニフェストは国民との約束ではあるけれど、保険外併用療養費の拡大は、ぜひとも守っていただきたくない政権公約だ。 |