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2012.11.28 ビジネスジャーナル
「吐き気がするほどひどい頭痛で、脳外科でCTやMRIを撮ったけれど異常なし。それが、歯医者に行って治ったんだから拍子抜けです」
こう話すAさん(37歳)は元看護師。人体の仕組みは一通りわかっている彼女からしても、強い頭痛の原因が「歯」であるとはよもや想像しなかった。「脳外科のほかに、眼科、心療内科も回ったんですよ。それでも何年も治らなかったのに……」と驚きを隠せない。
近年、歯の不調による全身への影響が少しずつ明らかになってきた。都内で歯科クリニックを開業するB氏は、次のように説明する。
「心臓病や脳梗塞は、歯周病菌によって引き起こされることがあります。歯磨きをサボっていると歯の表面に『プラーク』(歯垢)がたまることはご存じでしょう? それが、血管の中にもたまるんです。歯周病菌は、腫れた歯肉を通って全身の血管内に侵入します。プラークが剥がれて心臓の血管が詰まると、狭心症や心筋梗塞といった心臓病。脳の血管が詰まると脳梗塞です」
Aさんのケースも、プラークが脳の血管に影響していたと考えられなくもない。あるいは、歯の噛み合わせが悪いことが原因の可能性もある。実は、Aさんが受けた治療は、「かぶせ物が取れたまま放置していた奥歯に、きちんと銀歯をかぶせた」というもの。奥歯が全身に与える影響は計り知れないことを、神奈川県内の歯科クリニックの院長C氏は語る。
「つい最近、右腕がしびれて動かすことができなかった実父の症状が、噛み合わせの調整でアッサリと治りました。父は加齢によって奥歯がすり減っていて、あちこちに噛み合わせのズレが生じていました。ほんの1ミリにも満たないズレですから食事や会話には不都合がなく、本人は気がつきません。しかし、奥歯でしっかり噛むことができないと、徐々に全身の骨格がゆがみ、頭痛や手足のしびれ、関節痛といった不定愁訴(特定の病気によらない不調)を招きます。それを慎重に削ったり、詰め物を盛ったりして高さを調整すると、うそのように症状が消えることがあるのです」
●歯周病と生活習慣病
歯が原因となる全身の病気は、それだけではない。C氏は、歯周病と生活習慣病との関連を説明する。
「歯周病菌が歯茎を通って全身に回ると、血糖値を下げるホルモン(インスリン)の働きを邪魔してしまいます。歯周病になると、糖尿病の症状を悪化させたり、それまで糖尿病ではなかった人も血糖値をうまくコントロールできなくなったりしやすいのです。最近ではメタボリックシンドロームや高血圧など、ほかの生活習慣病も歯周病菌が原因の1つとする報告もあります」
不定愁訴や生活習慣病で病院を受診すれば、当たり前のように薬を処方される。しかし、薬を飲んだからといっても根本的に治るわけでもなく、多くの人は長期にわたって服薬を続けることになる。C氏は、歯科による全身疾患の治療がもっと広まれば、医療費を大幅に削減できると考えている。
「例えば高血圧。薬の量の規定を少し減らすだけで、年間6000億円以上が浮くはずです。医療のあり方は、もっと改善の余地があります」
●医科と歯科の格差
では、なぜそうならないのか? C氏は医科と歯科の埋められない格差の存在を指摘する。
「治療技術を全国に普及させるには、大規模な臨床試験を行って統計データを取り、論文を発表する必要がありますが、時間も費用も膨大にかかります。医科がそれをできるのは、薬品メーカーによるバックアップ体制が絶大だからです。病院では大量に薬を使うため、薬品メーカーは医師に対して臨床試験やデータ収集の手伝いを惜しまないんですね。学会発表で使うスライドを薬品メーカーが作る、などということはよくあることです。まあ、利権ですよ」
一方で、歯科はというと……。
「歯科で使う薬の量はたかが知れていますから、薬品メーカーからするとマーケットの規模が小さいわけです。医科のような支援は受けられません。ただでさえ最近は歯科クリニックが林立し、競争のために診療時間を延ばさざるを得ないケースが増えていますから、論文執筆の時間を取れない歯科医も多いことでしょう」(C氏)
前出のB氏は「日本ほど歯科医の地位が低い国はそうありません。アメリカなどの歯科医は全身の医学も学びますから、歯科医師と医師はさほど変わらないポジションだと認識されています。日本も、もう少し歯科医に発言権があっていいはずなのですが……」と嘆く。
近い将来、日本の歯科医が医師ほどの発言力を持つことは、あまり期待できない。となれば、「体の不調を治すのは病院だけじゃなく、歯科にも可能性がある」と知っていた人だけが救われるはずだ。頭痛などの悩みがある人は、いつもの歯科医に「噛み合わせで頭痛が治るって本当ですか?」と尋ねてみてはいかがだろうか。
(文=永山りお)
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