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無料低額診療に反対する理由がひどい(2)
だいじょうぶか安房医師会
2012年11月07日(Wed) 小松 秀樹
MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
原徹文書では、4項目の反対理由が挙げられている。(この記事は「大丈夫か安房医師会(1)の続きです。前の記事を読むにはこちらをどうぞ=編集部注)
原徹文書の反対理由・その1
反対理由1は「無償ないし低額での保険医療提供は患者誘導、集患行為に当たる」という文言に示されている。自分の収入が減る可能性があると根拠なしに自分が感じていることを理由に、医療にアクセスできない生計困難者を助けようとする合法的な活動に反対し、安房医師会の名称、あるいは、千葉県医師会副会長の立場を利用して県庁に圧力をかけたと理解される。
前置き部分で「懸念をお伝えした」とあいまいに表現されているが、実質的にどう受け取られるかが問題なのである。
「生活に困窮されている方は少なくない」という認識については、我々と共通している。それにもかかわらず、反対しているのである。
暴力や政治的圧力を背景に正当な業務に対して正当な根拠なしに文句を言うことを、関西言葉で「いちゃもんをつける」という。yahoo辞書では例文として、「暴力団員は彼にいちゃもんをつけた」とあった。「因縁をつける」も同義である。
療養担当規則の2条の4の2は「保険医療機関は、患者に対して、第5条の規定により受領する費用の額に応じて当該保険医療機関が行う収益業務に係る物品の対価の額の値引きをすることその他の健康保険事業の健全な運営を損なうおそれのある経済上の利益の提供により、当該患者が自己の保険医療機関において診療を受けるように誘引してはならない」として割引診療を禁止している。
割引が禁止されているため、生活保護受給一歩手前の患者が医療にアクセスしにくくなっている。これを救済するために、無料低額診療がある。
歴史の流れの中で、あらゆるものが変化していく。1つの業種の収入が永遠に保障されることなどあり得ない。駕籠屋も炭鉱労働者も日本にはいなくなった。医療をめぐる状況は大きく変化しつつある。
医療提供者は、社会の要請を受けて、自らを変革し続ける必要がある。亀田総合病院も社会の要請に応える努力を怠れば衰退し消滅する。
治療が医療の主役になったのは、ペニシリンの発見によって病気が治せるものになって以後である。最近半世紀の間に、治療手段が急速に発達し、病院が大規模化した。社会の高齢化に伴い、加齢現象にまで病気の概念が広がった。
しかし、加齢に伴う身体の衰えは治癒せず、しばしば、介護を必要とする。高齢者に対する胃ろうや経管栄養の普及は、日本人の寿命が限界に近いことを示している。高齢化に対して、治療を主たる業務とする病院だけでは対応できなくなった。
国民皆保険が始まった1961年当時と比べて、外来での投薬の役割が相対的に小さくなった。一方で、在宅診療の役割が大きくなっている。
医師会は、既得権益を維持するために、しばしば社会の要請に応える努力を抑圧してきた。間宮会長、原副会長は、社会が必要としている活動の邪魔をせずに、自分たちでも努力してみてはどうか。
無料低額診療は、社会福祉法に第2種社会福祉事業として規定されている。第1種社会福祉事業と異なり診療所でも実施可能である。
2012年10月25日のNHK「おはよう日本」で、高知県の診療所が実施している無料低額診療事業が取り上げられた(「“病院に行けない”高齢者医療をどう支える」)。社会の高齢化、貧困化によって、無料低額診療の必要性が高まっている。
原徹文書の反対理由・その2
反対理由2の前半は、社会福祉法人太陽会の理事、評議員の構成が、医師会組織や行政の意見を十分に反映していないのではないかというものである。そもそも、法制度上、医師会は理事のポストを要求できる立場にあるのか。
厚労省のホームページによると、社会福祉法人は、社会福祉事業に対する社会的信用や事業の健全性を維持するために、公益法人に代わる新たな法人制度として創設された。社会福祉法は、重症心身障害者施設などのように、多額の費用を要し利用者の施設に対する依存度が高いものを、第1種社会福祉事業と規定している。
第1種社会福祉事業を安定的に運営するには公金を投入するしかない。ところが、憲法89条後段は、公金その他の公の財産は、「公の支配に属しない慈善博愛の事業に対し、これを支出してはならない」と規定している。
これを回避するために、社会福祉法人は、強い公的規制の下、助成を受けられる特別な法人として創設された。
第1種社会福祉事業は、原則として行政及び社会福祉法人が実施するものとされている。しかし、行政が直接行うと、活動が硬直化してサービスが低下する。あえて、民間の社会福祉法人を創設したのはサービスを高めるためである。
社会福祉法5条(福祉サービス提供の原則)では、「創意工夫」が推奨されている。また、同61条1項2号は、「国及び地方公共団体は、他の社会福祉事業を経営する者に対し、その自主性を重んじ、不当な関与を行わないこと」と定めている。
行政は、社会福祉法人の事業に不明朗なところがないか監督するのであって、活動方針について口をはさむ立場にはない。
安房医師会は公益法人であるが、社会福祉法人ほどの強い公的規制を受けていない。太陽会が、一部の市や安房医師会の影響下に運営されるとすれば、法的には不適切である。
原徹文書が証明しているように、医師会はときに私利私欲を公益に優先させて、強引な主張をする。社会福祉法人は、安房医師会幹部の言いなりになってはならないのである。
後半では、医療法人鉄蕉会と協力関係にあることを問題視している。
太陽会は、従来、障害者支援施設、障害福祉サービス事業所、特別養護老人ホーム、介護老人保健施設を運営してきた。破綻した安房医師会病院を引き受けるまで、病院を運営していなかった。
安房医師会病院は、22億4000万円の公費による補助を得て、2000年に、24時間365日の救急医療を目的に移転新築された。土地は館山市の無償貸与だった。労働条件の悪化のため、医師、看護師の退職が相次ぎ赤字になった。破綻の直接的な理由は、医師会幹部が借入金の裏書を書く勇気がなかったことである。
2008年4月1日、千葉県と、館山市を含む3市1町から、押しつけられる形で、太陽会に、負債込みで経営が移譲された。移譲後、安房地域医療センターと名称を変えた。
亀田総合病院を経営する医療法人鉄蕉会だと、贈与税がかかるため、引き受けられなかった。より公益性の強い、社会福祉法人で引き受けた。千葉県、3市1町、安房医師会いずれも、承知のうえで、鉄蕉会との協力関係を前提に太陽会が引き受けた。
安房医師会病院が破綻した当時も、原徹医師は安房医師会の副会長だった。原徹文書の第2の理由の後半は、自分の関与と責任を一切無視しており、大人なら口にできる文言ではない。
原徹文書の反対理由・その3
無料低額診療の対象とする患者の選定の公正性に疑問が投げかけられている。
生活保護受給者は自己負担なしに医療を受けられる。自己負担を免除する対象は、生活保護を受給していない生計困難者である。対象者の状況は地域によって異なる。
しかも、無料低額診療に費やすことのできる予算を含め、病院によって、あるいは同じ病院でも年度によって、対応能力が異なる。
このため、無料低額診療についての平成13年7月23日の厚生労働省社会・援護局長通知(社援発第1276号)では、運用を細かく指定せず、各医療機関の裁量部分を残している。また、自治体(安房地域医療センターに関しては千葉県)による指導監督が指示されている。
対象者の選定については、安房医師会が金銭欲を背景に口をはさむようなことではない。理由3もいちゃもんの類である。
原徹文書の反対理由・その4
前半は、無料低額診療により保険医療費が増加すると予測し、これを問題視している。保険医療費が多少増えても、医療が必要なのに受けられない患者を診療できるようにするのは当然である。
保険医療費が増えるから生計困難者に対する必要な診療を差し控えるべきだという意見は、医療保険を廃止せよというに近い。国民皆保険は病者の医療へのアクセスをよくするためにあるのであって、開業医の収入を保障するためにあるのではない。
2002年2月、アメリカ合衆国・ヨーロッパ内科4学会が「新ミレニアムにおける医療プロフェッショナリズム 医師憲章」(李啓充訳)を発表した。
3つの根本原則の3、社会正義では、「医師には医療における不平等や差別を排除するために積極的に活動する社会的責任がある」と規定している。
10の責務の6、医療へのアクセスを向上させる責務では、「医師および医師団体は医療へのアクセスの平等性を確保することに努めなければならない。患者の教育程度、法体制、財政状態、地理的条件、社会的差別などが医療へのアクセスに影響してはならない」と規定している。
保険医療費が増えることを理由に生計困難者への医療提供の努力を妨げるとすれば、医師として非難されることを免れない。
病気が生活保護を受けるきっかけになることは少なくない。無料低額診療によって生活保護受給者にならないで済むとすれば、保険医療費、社会保障費の支出は少なくなるのではないか。
理由4の後半については、文章が何を意味するのか読み取れないので言及しない。
震災時の言動
私は、2011年3月、東日本大震災の後、原徹副会長を怒鳴りつけたことがある。顛末を書いた記事を紹介する。
千葉県の房総半島先端部には、安房医療ネットという在宅医療を行っている医療・介護の勉強会グループがある。あふれるほどの善意を持っているが、ナイーブで政治的な動きに慣れていない。
このグループが、要介護者とその家族の受け入れ体制を整えた。迎えに行くバスまで用意した。南房総市の石井裕市長は、「生命尊重が第一、特に要介護状態の被災者を積極的に受け入れる。国が(一泊三食付き5000円の支払いを)認めてくれない場合、南房総市が宿泊費を立て替えよう!」と英断を下した。
このグループに、千葉県医師会の原徹理事から、医師会主導で動いていることにするよう申し入れがあった。
原理事は地元医師会の有力者である。メンバーは困惑した。医師会幹部は権力意識が強く、中央指令で横並びの行動を強いるからだ。医師会主導になると、多様な活動を抑制する方向に働く。加えて、面倒な合意手続のため、活動が致命的に遅くなる。
彼らは圧力をかけられたと理解し、私に相談してきた。実は、原理事は泌尿器科の後輩で、若いころ親しくしていた。すぐ、原理事に電話した。個人の多様な活動を理解する人物だと思っていたが、それが誤りであることがすぐに分かった。
小松 災害があまりに広範囲で大きい。情報が上がり過ぎて、官邸が対応しきれていない。現場で迅速に動ける個人が動くべきだ。今、インターネットで情報を共有しつつ、個人が迅速に動き、大きな役割を果たしている。
原理事 個々に対応すると、違いが生じて問題になる。医師会と県の合意を得て行動すべきだ。
同じ意見を繰り返して譲らない。自分の見苦しい権力意識に気づいていない。つい、「馬鹿もの」と怒鳴りつけてしまった。
「誰の許しを得てここで商売しとんのや」とすごむB級映画に出てくるやくざのようだ。ただし、阪神・淡路大震災では、神戸のやくざは、他人の炊き出しの邪魔をしたり、自分の手柄にするようなことをせずに、自分の力で大量の炊き出しをした。
医師会のイドラ
人間の認識は偏見に影響される。フランシス・ベーコンは、人間の正しい認識を妨げる偏見、先入観を4つに分類した。
種族のイドラとは、人類の持つ感覚に基づく錯覚である。洞窟のイドラとは、個人の性癖、習慣、教育によって生じる誤りである。市場のイドラとは嘘や無責任な憶測による誤りである。劇場のイドラとは、伝統や権威ある学説を信じることによる偏見である。
原徹文書は、第1に、人間は金銭欲によってのみ行動するものであるというイドラに支配されている。これは洞窟のイドラの一種である。原医師の世界がそのようなものかもしれない。
第2に、「医師会」は「公的立場」であり、既得権益を守るために、横並びを強要して社会に有用な活動を抑圧しても、「医師会」の立場で主張する限り、金銭欲による発言ではないことにできるというイドラに支配されている。
個々の医療施設の改善努力を阻害し続けると、千葉県のような医療過疎県では致命的な効果を及ぼし得る。
これは、劇場のイドラの一種であり、伝統的に医師会で培われてきた。2つのイドラに対する思い込みの強さが、しばしば医師会内部での発言力を決めているように見える。医師会幹部に似たような人物が集積されがちなのはこのためではないか。
原徹文書は後始末を必要とする不祥事である。安房医師会の見識が問われるどころの話ではない。反社会的団体だと言われかねない。このまま間宮医師、原医師が会長、副会長に留まる限り、安房医師会は原徹文書の烙印を引き受けざるを得ない。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/36473
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