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たとえ事実でも医療機関がHPに記載できないこと
医療情報公開は本当に国民・患者を誤認させるのか?
2012年11月06日(Tue) 多田 智裕
10月23日、「全国がん(成人病)センター協議会」は胃、肺、大腸、乳、子宮頸(けい)の5部位のがんについて、 病院別の5年生存率を公表しました。
受診する病院によって生存率が異なることが明らかになり、一部メディアでは「病院間で生存率に最大33%(肺がんの場合)差がある」との見出しで報道されました。
公表されたデータの解釈は後ほど触れますが、リンク先をチェックしていただくと、違和感を感じることがいくつかあります。まず、情報を閲覧する前に「Q&A」および「データについてのコメント」を読んで、同意ボタンをクリックしないと情報ページにアクセスできないのです。
さらには、膨大な労力を払って集計されたデータにもかかわらす、各病院のホームページからこのデータにアクセスするリンクが張られていません。
データに詳細な注釈が付いていること、そして病院ホームページからこのデータにリンクが張られていないことの理由は何でしょうか。
おそらく大きな理由の1つは、9月28日に厚生労働省が公表した「医療機関のホームページに関するガイドライン」にあるのではないかと思われます。
そこには、「他との比較等により自らの優良性を示そうとする事項」は「仮に事実であったとしても優良性について国民・患者を誤認させ、不当に誘引するおそれがあるものでありホームページに掲載すべきでない」と明記されているのです。
医療機関のホームページは過大広告や虚偽記載があふれている
現在の日本では、病院担当医の顔写真や経歴、診療実績などをネットで検索して自分で病院や担当医を選ぶのが当たり前の時代です。
でも、実は医療機関のホームページは医療法規制の対象になっていません。そのため、ある意味、過大広告や虚偽記載があふれているのが実情です。
一例として一番注目されることが多い、診療実績(どれだけ手術や検査を行っているか)の記載を見てみましょう。
多くの病院は手術件数を直近1年間の数値で記載しています。しかし、これを3年間分の件数で記載して、手術件数を多く見えるようにしている施設もあります。
検査件数については、診療所レベルだと2〜3倍に水増しして掲載している施設も見受けられます。困ったことに、新聞や雑誌などの「病院ランキング」では、アンケート用紙を各医療機関にファクスして、返答のあった件数をそのまま記載しているので、それが「○○新聞に掲載されました」とさらに正当化されてしまっていたりもします。
そのため、ホームページガイドラインが必要であることは間違いありません。でも、その内容は、あくまで「過大広告や虚偽記載をしてはならない」という一言に尽きると思います。具体的には、「実績を記載する際には直近の1年間の件数で記載するように」とか「実績はレセプト(診療報酬請求書)データに基づいた件数を記載すること」といったことを指導するガイドラインであるべきでしょう。
今回公表されたガイドラインには、「内容が虚偽にわたる、又は客観的事実であることが証明できないもの」はホームページに掲載すべきではないと記されていますが、診療実績については触れられていません。
その代わり、ガイドラインは、たとえ事実であっても「○○の治療では、日本有数の実績を有する病院です」と記載してはならないことを記しています。
私は、そういうガイドラインになるとは思っていませんでした。これでは、年間10件しか手術を行っていない病院と、年間400件も手術をやっている病院を、表面上は同じ宣伝文句になるように指導しているのと同じことです。
実際には施設間の生存率の差はほとんどない
医療情報を公開することには、医療従事者側からも根強い批判があります。冒頭のがんの生存率公開に関しても、「生存率の差で病院の優劣を判断するのは誤解を生むだけ」との意見もあります。
確かに、早期がんの患者を多く手術すれば(そして進行がんの患者を断れば)、病院の実力とは関係なく施設の生存率は上がります。
実際のデータを見てみましょう。大腸がんの5年生存率は埼玉県立がんセンターが70%なのに対して、がん研有明病院は77%と7ポイントの差があります。
でも、ステージ別(がんの進行度合いを1〜4のステージで分類し、数字が大きいほどがんが進行していることを示す)で分類したデータを比較すると、ステージ3では埼玉県立がんセンターが生存率80%なのに対し、がん研有明病院が63%となっています。むしろ、埼玉県立がんセンターの方が成績は良いのです。
つまり、全体の生存率の差は、単純に進行がんが多いか、早期がんが多いかによるものであり、数字は病院の実力差を反映してはいないということになります。
マスコミでは最大33%もの生存率の差が存在するかのように報道されましたが、今回生存率のデータが公表された病院は、ほぼ全てががん専門病院であることもあり、病院間の差はあまりないと解釈してよいと思います。
データにアクセスする前にQ&Aやコメントを読むように求めていたのは、このような理由があったのです。
情報公開こそが医療費削減に寄与する
診療実績についても、単純に手術件数だけでランキングをつけると、病院の実力とは似ても似つかぬランキングになってしまう可能性はあります。
手術件数が多い施設は、症例数を稼ぐために、本来手術が必要ではない人たちに手術を勧めているだけかもしれません。
私が専門で行っている消化器内視鏡件数に関して言うと、本来は毎年受ける必要がない人たちに対しても「毎年受けましょう」という趣旨の手紙などを出して毎年受けるように熱心に指導している施設が、実際の実力よりも内視鏡件数が多い印象はあります。
業界の実情を知っている医療関係者は、これらの事実を加味した上での手術・診療実績の評価が可能ですが、一般の方が判断することは極めて困難でしょう。
医療情報の公開が「患者のためにならない」と反対している人たちは、「情報が誤って解釈されるから公開すべきでない」と言っているのです。厚労省のガイドラインも、この意見を基に、「仮に事実であったとしても(中略)ホームページに掲載すべきでない」とのガイドラインをまとめたと思われます。
しかし、誤解を恐れるあまり情報が公開されなくなってしまっては、一般の方は選択権を完全に失うことになってしまいます。
情報の解釈の仕方の解説を加えた上で、積極的に情報を公開していくことこそが、競争と相互チェックを促すのだと思います。監査を厳しくするよりも、ずっと効率的に無駄な医療費削減と質の向上に寄与するのではないでしょうか。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/print/36450
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