http://www.asyura2.com/09/iryo03/msg/586.html
Tweet |
【第36回】 2012年10月4日 早川幸子 [フリーライター]
東京医大茨城医療センターが行政処分
保険指定取り消しで地域医療はどうなる?
9月21日、厚生労働省の分局である関東信越厚生局が発表した行政処分に、医療界に動揺が走った。
茨城県・阿見町にある東京医科大学茨城医療センターが、保険医療機関としての指定を取り消され、健康保険が使えなくなってしまったのだ。行政処分の開始は12月1日からで、原則的に5年間は再指定を受けられない。
取り消しの理由は、2008年4月〜2009年5月の間に合計1億円を超える医療費を不正に健康保険や患者に請求していたというもの。
健康保険が使えなくなると、その病院を受診する患者は全額自己負担で医療を受けなければならず、周辺住民は大打撃を受ける。
同センターは30弱の診療科を備える総合病院で、高度な手術や化学治療、救急車の受け入れも行なっており、地域医療の中核的存在だ。周辺地域の医療に大きな影響が出るので、めったなことで大学病院の保険医療機関取り消しは行われない。
地域医療の崩壊が叫ばれている今、厚労省も同センターが地域で果たしている役割は十分に承知しているはずだ。それなのに、こうした厳しい行政処分に踏み切ったのは、今回の不正請求が相当に悪質だと判断したからだろう。
いったい、どのような不正請求が行なわれたのだろうか。
看護師の人数などを充実させると
通常よりも高い医療費を請求できる
健康保険が適用される診察、投薬、手術、入院などの医療行為は、国がひとつひとつ価格を決めており、診療報酬と呼ばれている。たとえば、初診料は270点などと決まっており、実際に行った医療行為の点数を積み上げ、1点あたり10円かけたものが医療費の総額になる。
日本の医療費は国が決める公定価格なので、原則的に同じ医療行為なら全国どこの医療機関でも同じ金額だが、実は、看護師をたくさん配置したり、医師の事務作業を手伝う専門職員を雇用したりすると、通常の診療報酬より高い点数を加算できるようになっている。
これを「施設基準」といい、医療機関は高い診療報酬をもらうために、施設基準をクリアするような診療体制を整えて厚労省に届け出を行っている。
ところが、東京医大茨城医療センターは、この施設基準の要件を満たしていないのに届け出を行い、不正に診療報酬を請求していたのだ。
今回の行政処分の対象となったおもな不正請求は、「入院時医学管理加算(現在は総合入院体制加算に名称変更)」「医師事務作業補助体制加算」「画像診断管理加算2」という3つの施設基準で、ほかに補聴器の適合検査、歯科外来の人員体制などでも不正があったことが確認されている。
なかでも不正請求が多かったのが入院時医学管理加算で、その金額は9000万円以上に及んだ。
勤務医の負担軽減を目的に
導入された入院時医学管理加算
入院時医学管理加算は、救急医療を行うために十分な職員を配置することで、病院に勤務する医師の労働時間を短縮し、同時に彼らへの手当を増やすことを目的に、2008年に内容を一新して導入された診療報酬だ。名称も2010年に総合入院体制加算に変更された。
この加算を受けるための要件には、次のようなものがある。
@内科、外科、整形外科、精神科、小児科、脳神経外科、産婦人科といった専門的な診療科を総合的に提供している
A24時間の救急医療を提供している
B直近1ヵ月に入院した総患者数のうち、他の医療機関に紹介して退院した患者数、退院する理由が「治癒」で通院の必要がない患者数の合計が、4割以上ある
C勤務医の負担軽減のために、医療クラークの配置、地域の診療所などとの連携など具体的な取り組みを行っている
D手術のための全身麻酔の件数が年間800件以上
など。
この要件を満たすと、患者ひとりにつき入院1日あたり120点(1200円)が最高14日間上乗せできるようになる。
算定要件は厳しいが、たとえばベッド数が500床の病院で患者を2週間ごとに退院させて近隣の医療機関に紹介すれば、単純計算で年間2億円程度の収入が見込める。病院にとって無視できない経営資源となるため、2008年度には88件の届け出があり、2010年度は206件まで増えている。
東京医大茨城医療センターは、上記のBの要件を満たしておらず、治癒していない患者も治癒したことにして、不正に診療報酬を請求していた。
また、医療事務作業補助体制加算は、カルテの書き込みなど医師の事務作業を軽減することを目的に作られた診療報酬で、本来なら6ヵ月以上の研修を受けた専従の医療クラークを置かなければならないところ、専従ではない他部署の職員の名前を使って届け出を行っていたという。
しかも、たんなるミスではなく、施設基準を満たしていないことを承知の上で、不正に診療報酬の請求を行っていたことが残されたメモや関係者の証言から分かり、厳しい行政処分につながった。
医師不足解消のために少しでも
医療費を増やしたい病院の事情
前述したように、保険医療機関の取り消しを受けると、患者は保険診療を受けられなくなる。そうしたことが分かっていながら、なぜ同センターは不正請求を行ったのだろうか。
そこには、医療機関としてのコンプライアンス意識の低さは否定できないが、厳しい病院の経営事情もあるのではないだろうか。
一時期、医師不足や勤務医の労働環境が、新聞やテレビなどのマスメディアが連日のように報じたが、今ではその影すらみかけない。しかし、報道されないからといって、医師不足が解消されたわけではない。
今でも、当直で一睡もしないまま翌日の診療に入る36時間勤務を行っている医師は現実にいる。とくに、救急部門の仕事はハードで希望する医師も少ないので、産婦人科や小児科と並んで医師不足が目立つ診療科だ。
こうした診療科で働く医師の負担を減らすには、人材の確保が必要だが、それには病院の収入を増やさなければならない。
しかし、相変わらず、国は医療に回すお金を増やす気配はない。2008年以降は小泉政権時代のような診療報酬の大幅引き下げは行われていないが、2010年度、2012年度の診療報酬改定では、全体的な医療費の引き上げはほぼゼロだ。その結果、2011年は民間病院の20.3%が赤字経営となっている。
だからといって、診療報酬の算定要件を満たしていないのに、不正請求してよいという理由にはならない。その施設基準が医療現場の実態に合わない厳しいものなら、まずは法令を変える努力をするべきだろう。
今回の事件でいちばん不利益を被ったのは患者たちだ。今後、同センターを利用するには、医療費を全額自己負担しなければいけなくなる。
ただし、患者の負担を少しでも減らすために、茨城県では健康保険の制度である「療養費払い」を利用できないかを検討中だ。療養費払いは、急な病気などで健康保険証を持たずに受診したときに使われる方法で、窓口ではいったん医療費の全額を支払うが、健康保険がその医療機関を利用することを「やむをえない」と認めることで医療費の7割(70歳未満の場合)を返還してもらえる制度だ。
これを利用すれば、最終的な自己負担額は保険診療を受けたものと同じになるが、手術や放射線治療など高額な医療は、一時的にせよ患者の自己負担が数十万〜数百万円単位になる可能性もある。地域住民の中には、経済的な負担が理由で医療にかかれない人が出てくる恐れもある。
東京医大茨城医療センターが、地域医療に与えた影響は計りしれない。
http://diamond.jp/articles/print/25796
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。