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「司法と厚生の官僚同士のかばい合い?」「3年半も事故処理しなかった警察」
西岡家から見えてくる日本の警察・検察の対応、そして裁判所と病院の不可解な関係から、多くの市民は「なるほどそうか」と頷くかもしれない。医療事故裁判の壁が高い理由に官僚の天下りが関係している、と断罪したい。復光会医療事故は、その典型かもしれない。(敬称略)
<中原義正との出会い>
精神病院・復光会の医療事故で義弟を奪われたという中原義正と都内で初めて会ったのは、2012年7月13日午後3時過ぎのことである。正文が引き合わせてくれたとはいえ、最初は相手が何者か、本当に医療事故で泣いている信頼できる相手なのか、それとも?会って話を直接聞くまでは分からなかった。それに本当に自民党秘書だったのか。
現役の政治記者として継続して20年余、永田町で取材活動をしてきた者は、各社にはほとんどいない。数年での人事交流が一般化していた。しかも、情報を取りやすくするため、大手の新聞テレビは政治記者を特定派閥に張り付けた。
その点で、少数精鋭の東京タイムズは大平派・田中派・中曽根派・三木派・福田派の垣根を越えて、自由自在に飛び歩くことが出来た。各派政治家と秘書の多くと知り合いになれたため、永田町秘話を各派から入手する機会を手に入れた。むろん、執筆にさいしてはバランスに配慮した。特定派閥のスポークスマンになることを、断固として排除した。ジャーナリストとしての最低限の倫理だった。
幸運にも鈴木内閣から中曽根、竹下、宇野、海部の5代の首相時代を政治部長で通した。在京政治部長会の在任不倒記録を作ることが出来た。
そんな筆者の幅広い視野の中に中原秘書はいなかった。彼は筆者が永田町をかけずり回る時期より、少し早く活躍していたことが判明した。そして彼が福田派心臓部の詳しい情報を有していることを知り、彼への疑問は全て晴れた。
これまでは、他人を簡単に信じるという弱点を抱える筆者だった。しかし事柄が医療事故という深刻・微妙な問題だ。珍しく慎重に身構えてしまったらしい。
中原が、身近な知り合いが倒れたことから、政治の世界をあきらめ、15年間、病院に通いつめて、リハビリの毎日を過ごしているという事情を知った途端、彼の思いを共有することができた。筆者は6年間病院に通い、残る7年を自宅介護に専念してきた。正文が招き入れてくれた、正に信頼できる友人であることを五体に感じることが出来た。
<復光会の正体は官僚の天下り先>
彼が中野四郎の秘書であることはすぐにわかった。筆者の先輩記者の名前が飛び出してきたからだ。しかし、衆院議長もした星島二郎の秘書については、どうもよく理解できなかった。「星島家の近い関係に当たる」という説明を受けて、ようやく納得した。神戸外大時代に政治家になる夢を抱いた、と言う中原であることも。これは閨閥と無関係ではあるまい。
「義弟が財団法人・復光会に入院したのは2度目。彼は高校生の時、統合失調症と診断され、今回を含めて過去5回、10年に1度入退院を繰り返してきた。義弟が殺されたことから、あわてて調べて見ると、なんと復光会の怪しげな正体が見えてきた」
彼は分厚い裁判資料を目の前に置きながら、しかし、それに目を落とすことも無く、義弟の医療事故を立て板に水のごとくスラスラと語り始めた。
「復光会の病院は神戸と船橋の2カ所にある。財団法人だから税金は安い。どうしてかと思い、復光会の役員構成を調べて納得した。厚労省の次官経験者の石野が会長、社会保険庁長官OBの正木が理事長だった。要するに、厚労省の天下り先の病院なのだ」
2007年(平成19年)6月4日付の日刊ゲンダイが、消えた年金問題を特集していた新聞の切り抜きを用意していた。年金事件の主役である社会保険庁の歴代長官の、うんざりするような天下り利権の実態を、特集記事は明らかにしていた。
復光会理事長をした正木馨について、野党議員のコメントが紹介されていた。当時の民主党議員と思われる。
「80年代の後半にトップを務めた正木馨氏は、4つの天下り先を渡り歩き、退職金を含め、約3億円もの報酬を手にしています。正木氏は年金記録問題の張本人。彼が長官当時に社保庁は年金記録のオンライン化を始め、手書き台帳記録からの入力ミスが相次ぎながら、放置したのです」
<乱暴な治療に反省ゼロ>
年金事件の当事者がその後に復光会にも天下っていたのだ。消えた年金被害者からの雲隠れ先が、復光会だったのか。
「入院1週間後に気道閉そく。セレネースの大量投与で誤嚥性肺炎を起こした。のみならず、適切な対応をしなかった。そこから断定できることは、カルテを改ざんしたこと、医療事故にもかかわらず警察に届け出なかったこと、過去にも同じ事故を起こしていたのにもかかわらず、反省をしないまま繰り返した。遺族の要求に対してカルテは拒否、説明義務を果たさなかった。本来、病院内に事故の検証委員会を立ち上げる義務さえも怠った」
我が息子・正文は誤嚥性肺炎で1週間の入院計画のもとに入院した。「痰取をする」という約束なのに、1時間40分も病室を巡回せずに窒息死させた。個室に押し込んでおきながら、警報装置・アラームさえ設置していなかった。
中原の義弟は、強い薬で誤嚥性肺炎を起こしたと思えるのだが、その後の処置もかなり手抜かり・注意義務違反の連鎖があったものだろう。カルテの改ざんも予想される。
さぞや息子を奪われた母親・兄弟の心の痛み・無念は計り知れないものがあるのだが、その悲痛なさまを筆者は理解出来る。謝罪も反省も無い、という点で、東芝病院と共通している。失敗・事故を起こしても「謝罪しない」「開き直る」という原則を貫いているのである。
人殺しの武器弾薬を製造・販売して暴利を得る「死の商人」とどこが違うのであろうか。こんなビジネスが、人の命を治すという世界で許されるのであろうか。
<悲痛の母親に裁判所の非情>
西岡家は5年前の神戸大震災で全てを無くした。幸運にも、高齢者優遇で市営住宅に入ることが出来た。坂道の多い場所だ。「お母さん、車を買おうと考えている」という親孝行息子の言葉に、震災を忘れてしまったかのようにうれしそうに笑った老いた母親だった。そんな優しい息子を、こともあろうに病院で奪われてしまったのである。
しかも、食べるためのなけなしの預金も消えてゆく。
「息子の死因が何だったのか。逃げる病院に仕方なく裁判所に真相を求めた。すると鑑定費用に60万円を出しなさいと要求された。これは一般人には理解できないことだ。結局、地方裁判所での裁判費用に300万円も負担しなければならなかった」
家を震災で無くし、病院で宝とも思っていた一人息子を奪われた。さらに財産まで失ってゆく。こんな非情な法治国家が日本なのか。
まともに裁判をしようとしない地方裁判所に、母親は高等裁判所に期待を抱いたのだが、裁判官はまたしても病院に軍配を上げた。最高裁に行っても同じだった。結局のところ、西岡家から500万円が消えてしまった。こんな仕打ちをする日本の司法に仰天するばかりだ。
「こんな馬鹿げた日本でいいのか。息子を奪われた老いた母親から500万円をむしりとり、それでいて病院におとがめが無い。証拠のねつ造・誤魔化しの法廷が放置されていいのか」
中原の怒りは頂点に達した。「復光会は95年11月にも義弟と同じ失敗をしていた。裁判所は原告勝利を言い渡した。朝日新聞報道を確認している。ところが、同じ事案にもかかわらず、うちの裁判では、判事は専門家の鑑定を排除までして病院を勝たせた」というのだから、遺族は正に腸(はらわた)が煮えくりかえる思いであろう。
<警察は3・5年も放置>
義弟は最後の救急医療センターで亡くなるのだが、異常死に気付いたセンターは司法解剖を求めた。適切な判断である。これによって医療事故は刑事事件に発展したのである。
東芝病院での正文は、入院数時間後に病院内で孤独死させられた。当然、死因確定のため警察に通報、司法解剖を求めるべきだったろう。むろん、そうしたルールを家族は知らなかった。死者の弔いをどうするか、で頭は一杯だった。 正文に対して東芝病院は、適切な対応をしなかった。改めて東芝の悪辣な対応に怒りを覚える。
ところで、兵庫県警は真摯に対応してくれたであろうか。実は全然だった。ずっと放置した。なんと3年半も放置した。これを警察用語で「つるす」というそうだ。「3年半もつるされた。これに私も気付いて警察本部に駆け込んで、強く抗議した。すると、ようやく業務上過失致死で書類送検した」
彼は政権中枢で活躍した人物である。筆者のように怖いもの知らずの人間だ。警察は仰天して捜査を開始した。これもひどい法治国家であろうか。
高いハードルがまだあった。検察の壁である。今では悪名高い検察を日本国民全てが知っているが、当時の社会はまだ違った。「担当検事は嫌疑不十分という結論を出して、翌日、新たな任地に行ってしまった。デタラメもいいところだ」と怒る中原である。
<厚生官僚と司法官僚のかばい合い?>
法廷資料などで詳しく述べる予定にしているが、筆者の頭脳でもってすると、どうやら厚生官僚と裁判所などの司法官僚は、お互いかばい合いをしている可能性を否定できない。3権分立も確立していない日本ではないか。
法と証拠に基づかない、独立した裁判官の良心に従わない、悪しき裁判官が存在しているのではないだろうか。他方、医療事故に蓋をして、嘘と隠ぺいで開き直る悪しき厚生官僚の存在である。両者に不可解な関係があるのか、ないのか。
中原は、今日本の官僚に重大な疑念を抱いている。政権与党の政治家秘書として官僚を見てきた。国土庁大臣秘書官としても。官僚との交流は深く長かったのだが、身内の問題で初めて彼らの素顔と向き合った。そこで人間の心など無い、責任回避のためには何でもする、法を犯すことも平然と行うエリートと言われる集団に対して、重大な疑問を持って当然だろう。
日本の官僚制度は中国の科挙に由来する。その心は「権限を握りながら責任を取らない」のである。こんな制度を現在も存続させている日本に、不信と不安を感じる市民は多いだろう。
彼は面白い秘話を披歴してくれた。「中曽根康弘は児玉誉士夫の靴磨きをした」という。「福田派長老の中馬辰猪が語っていた」というのだ。中曽根は元内務官僚である。沢山の疑惑を抱えながら、いつも逃げてきた。「巨悪を眠らせない」という検事総長が現れたが、公約した本人が先にいなくなってしまった。
2012年8月15日記(財界にっぽん11月号に掲載)
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