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明日の医療
厚労省の矛盾病床規制の問題(2)
2012.08.14(火)
小松 秀樹
MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
医療法に基づく医療計画制度は、法律上、医療提供体制の確保のために都道府県が定める計画とされているが、財政的な裏付けがなく、医療提供体制整備のための有効な手段を持たない。このため、基準病床数を上限とした参入規制としてしか機能してこなかった。
病床規制
医療計画では、基準病床数が二次医療圏ごとに決められている。一般病床と療養病床については、両者を合わせた形で、基準病床数が提示される。一般病床には独自の計算式があるが、療養病床だけのための独自の計算式はない。
医療計画には、療養病床数と入所介護定員との和を算出する計算式が提示されており、これから入所介護定員を減じた数が、療養病床数になる。療養病床数は、入所介護定員が大きくなれば、小さくなり、入所介護定員が小さくなれば、大きくなる。
療養病床について、医療計画制度の内部の独立した変数として議論するのは適切でない。以下の議論は、一般病床を念頭においたものと理解されたい。
二次医療圏
二次医療圏は、医療法では「病院の病床及び診療所の病床の整備を図るべき地域単位として区分できる地域」と規定されているだけであり、性格付けは、行政の判断に任されてきた。
行政は、医療水準の向上より、統制を正当化しやすい行政単位や住民の生活圏に基づく論理を優先した。このため、二次医療圏が小さめに設定された。
一方で、医療の進歩によって、病院には、多数の高価な医療機器が必要になった。医師の専門分化が進み、専門医の診療範囲が狭まった。病院の安全対策に、多様な専門家チームを必要とするようになった。
結果として、世界的に、先端医療を担う基幹病院の診療規模は巨大化した。
二次医療圏の多くは、本格的な基幹病院を維持するには、相対的に小さすぎるようになった。日本の基幹病院の診療規模は、二次医療圏の枠に縛られたため、世界的に見て小さい。病院ごとの疾患別手術件数が少ないのも、二次医療圏のサイズが影響している。
近年、交通手段、通信手段、そしてなにより情報技術の進歩によって、良質な医療を求めて、患者が簡単に移動するようになった。
筆者の勤務する亀田総合病院は房総半島の南端の安房医療圏にあるが、2011年度の入院患者の55%は安房医療圏外から、7.4%は千葉県外からの患者である。患者が移動するのを止められないとすれば、二次医療圏のコンセプトそのものの見直しが必要ではないか。
「病床規制を維持する場合に必要な改善点」
医療の質とサービスの向上、効率化のためには、各病院が工夫して競争しなければならない。工夫し、競争するには、自由な活動の領域が競争可能な程度に大きくなければならない。
10年ほど前、公正取引委員会や総合規制改革会議で、病床規制が各病院の自由度を阻害し、サービス向上と効率化を妨げていること、特に、許可病床が既得権になっており、新規参入を阻害していることが問題にされた。
病床の配分を受けておきながら、実際には病床を開設せずに、競合関係にある病院の増床計画を断念させようとして、訴訟になった事例もある。
病床規制を問題視する意見を無視し続けられなかったため、10年ほど前から、見直しが検討されてきた。2004年9月の「『医療計画の見直し等に関する検討会』ワーキンググループ報告書」(文献1)では強引な論理がためらいなく使われている。
医学研究者は、事実の観察が得意であり、強引にかくあるべしと主張することを避ける。筆者は、厚労省の検討会や審議会で一般に行われているように、報告書が、学者ではなく、厚労省の事務局によって起草されたものと想像している。
この報告書には、病床規制を維持する場合に必要な改善点として、以下の4項目が挙げられている。原文の文言が明確でないところは、分かりやすい表現に翻訳した。
(1)地域の人口構造から主要疾患ごとの入院需要を計算し、それに基づいて基準病床数を算出すること。
(2)疾患の経過に合わせた機能を持つ病床を、必要な数用意すること。
(3)診療報酬と介護報酬の区分、入院基準と入所基準の区分を明確化した上で、基準病床数算定すること。
(4)許可病床の既得権益化によって新規参入が妨げられないよう、真に必要な医療を確保するための対応が図られていること。
これらの4項目は、かつての全体主義国家の計画経済を思わせる。あらゆる医療・介護活動について、細かい量まで統制することによって、医療が適切に機能することを前提としている。
しかし、厚労省は、統制するにあたって、実情より理念を優先して、しばしば、現場を困らせてきた。
例えば、厚労省は、重度の要介護者を健康にして自宅に戻すことが可能であり、それを目指すことが正しいという理念に固執しすぎている。このため、在宅医療・介護に無理に誘導しすぎる。人生は、生老病死の順に進んでいく。
老、病の後には死が来る。まれに、要介護者が、元気になって自宅に帰れたとしても、次はそうはいかない。独居を含めて、高齢者のみの世帯が増加し続けている。
入所介護の最後の砦である特別養護老人ホームのが、ユニットケアによる個室化によって、自己負担金が大きくなった。このため、個室より、多床室を希望する利用者がはるかに多い(文献2)。
在宅医療に長年携わってきた小野沢医師は、貧しい家庭では、入所介護の自己負担金を支払得ないため、息子、娘が介護のために退職しているという。
貧困ゆえに、さらに貧困になる選択をせざるをえなくなっている。人生の終末期を個人に押し付けるのは無理ではないか。超高齢化社会では、老病死を前提にして、社会全体で死を上手にこなしていかないと、不幸の総量を増やす。
いずれにしても、項目(4)に記載されている新規参入を妨げずに医療を確保するための対応は、病床規制の存在下では取りようがない。行政権力がなければ、ここまでの無理な論理は提示できないのではないか。
「病床規制を廃止するための条件」
前記報告書には、病床規制を廃止するための条件として、以下の4条件が挙げられている。それぞれの条件の後に、筆者の感想を併記する。
(1)入院治療の必要性を検証できる仕組みの確立。
筆者:病床規制の有無と関係なく問題である。個々の患者で厳密に検証することは現実には不可能である。
生活保護では必要性のない入院が問題になっている。これは、生活保護に限定した対応を考えればよい。一般人にとって、病院は、不愉快なところであり、かつ、自費分の負担もある。病気と病院の情報が、簡単に得られるようになってきており、大きな問題ではなくなったのではないか。
(2)入院治療が必要なくなった時点で、退院を促す仕組みの確立。
筆者:病床規制の有無と関係なく、問題であり続けてきた。しかし、DPC導入で、平均在院日数は大幅に短縮できた。在院日数短縮化をこれまで以上に診療報酬で評価すれば、病床数を減らすのに有効ではないか。
実際、疾患による若干の特例を設ければ、患者に迷惑をかけることなく、在院日数を10日以下まで比較的簡単に短縮できる。ただし、職員数をさらに増やす必要がある。
現時点では、在院日数を1週間以内にすることに経済合理性はない。経済合理的な在院日数を短くすれば、在院日数をさらに減らすことができる。
(3)地域に参入する医療機関の情報が公開され、患者による選択が促進され、医療の質の向上と効率化が図られる仕組みの確立。
筆者:新規参入、患者の選択、質の向上と効率化について、最大の阻害要因が病床規制である。
(4)救急医療、へき地医療等、政策的に必要な医療に関し、経営が採算に乗らない地域で、医療サービスの提供を保障あるいは促進する仕組みの確立。
筆者:病床規制とは無関係の議論である。医療計画制度は本質的に増床抑制制度である。へき地医療に対しては、医療計画制度とは別に、補助金がこれまでも交付されてきた。補助金交付の根拠として基準病床数を用いるとすれば、そのためのものと位置付ければよい。
医政局長通知と病床数の地域差、国民の不平等
2012年3月30日、厚労省から「医療計画について」と題する医政局長通知が発出された。病床規制の継続方針を伝える肩に力の入った表現が目を引いた。
基準病床数及び法第30条の4第2項第9号及び10号の区域(以下「二次医療圏」及び「三次医療圏」という。)の設定については、厚生労働省令で定める標準により実施すること。これは、病院の病床等の適正配置を図るためには、全都道府県において統一的に実施しなければ実効を期しがたいからであること。
この通知は、統一的病床規制の継続を強く宣言している。しかし、一般病床については、係数として使用されている年齢階級別退院率、平均在院日数が、地域によって異なり、全国一律ではない。このため、中国、四国、九州、北海道の既存一般病床数は、埼玉県や千葉県のほぼ2倍になっている(文献3)。
病床数の地域差は、国民の不平等の原因になっている。厚労省は、わざわざ、医療費の地域差(医療費マップ)の統計をホームページに掲載している。
この統計によると、病床数の多い西日本や北海道は、関東、東海に比べて、医療費が高い。国民健康保険+後期高齢者医療制度の入院医療費の地域差指数は、最高が高知県の1.382、最低が静岡県の0.785だった。国民1人当たり、高知県では静岡県の1.76倍の入院医療費が使われている。
2010年度、国民健康保険から支払われた医療費のうち、その地域の被保険者が支払った保険料は24.5%でしかなかった。後期高齢者医療制度では、高齢者の保険料は財源の10%にすぎない。大半は、税金と若年者の保険料からの資金である。
このため健保組合で保険料が高騰している。破綻して解散に追い込まれた健保組合も少なくない。住んでいる地域によって、国民1人当たりの税金の使われ方に大きな地域差が生じている。この不平等を、基準病床数の計算方法が固定化させてきた。
2012年3月、病床不足の千葉県で大規模な病床配分が行われた。配分可能病床数3725床に対し、66施設から、5762床の増床計画書が提出され、51施設に3122床が配分された。
増床申請が殺到したのは、自らの意思だけで増床できないこと、許可病床が、たとえ実際に使われていなくても既得権益として保持されてきたことによる。
しかし、看護師不足、医師不足の中で、医師や看護師を集める能力に乏しい医療機関に病床が配分されると、逆に増床が抑制される可能性が高い(文献4)。
そもそも、病床規制がなければ、この地域で無理な増床計画は生じない。病院を建てても医師や看護師を集められなければ、赤字が膨らムダだらけだからである。
一方で、西日本の病床過剰地域には、別の問題がある。病床が多く、かつ、既得権益として守られているので、病棟や設備更新のインセンティブが生じにくい。新規参入が阻害されるだけでなく、投資、サービス向上、医療の進歩への対策が取りにくい。
病院を新設しようとしても、現状では、病院を買収することでしか、許可病床が確保できない。買収が有効な場面もありうるかもしれないが、特殊な方法であり、弊害が生じかねない。
通知は、都道府県に対し、PDCAサイクル(Plan-Do-Check-Act 計画-実行-評価-改善)を動かすことで、地域ごとに改善努力を重ねるよう、繰り返し推奨している。
しかし、厚労省自身について、病床規制の弊害を含めて、PDCAサイクルのCとA、すなわち、これまでの施策の評価とそれに基づく改善は記載されていない。
これは無理からぬことで、厚労省、都道府県を含めて、行政は、法に基づいて行動しなければならない。しかも、無謬を前提とする。事実の認識に基づいて、安易に改善を図ることは許されていない。
これが文化として定着している。実際、医療法は厚労省の提案で頻繁に改正されてきた。医療計画制度の根幹部分が継承され、不平等が維持されてきたのは、法の支配というより文化の問題が大きいかもしれない。
実は、今回の医政局長通知で、療養病床数の計算方法が変更された。性別及び年齢階級別入院・入所需要率の係数が、従来の値を上限として、当該区域の状況を勘案して都道府県知事が恣意的に下げられることになった。
また、入所介護定員も既存の数ではなく、今後の介護サービスの進展を考慮した数を加えることになった。いずれも、療養病床・入所介護の総需要を従来に比べて小さく見せることになる。療養病床・入所介護需要が急増しつつあり、施設の整備が遅れる可能性が高い。計算方法の変更は、事実認識より責任回避が優先されたためとしか思えない。
立憲主義、すなわち、憲法によって国家権力を制限して個人の人権と自由を実現するという立場からは、行政の裁量権をむやみに大きくすることは許されない。
しかし、行政が自らの行動を修正できないのは、立憲主義、三権分立といった憲法上の制限によるだけではない。修正できない文化を持つからである。
行政を適切に機能させるためには、外部からの厳しい批判や指導が必須である。自らの判断によって生じた医療費の地域差をアピールしているのも、彼ら自身、外圧がなければ変革ができないことを熟知しているからであろう。
高齢化の地域差
地域によって人口動態が異なることも、病床規制の弊害を大きくする。地方は高齢化が既に進んでいるのに対し、首都圏では、猛スピードで高齢化が進行しつつある。高度成長期に地方から首都圏に移り住んだ団塊の世代が、一気に高齢化する。
2007年9月の都道府県別将来推計人口によれば、2010年から、2030年までに高齢者人口は、全国で726万人増加する。増加分の37%、267万人が首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)の増加である。
小松らの「医療計画における基準病床の計算式と都道府県別将来推計人口を用いた入院需要の推移予測」(文献3)によれば、全国の一般病床の需要は、2030年まで増加して以後減少に転じる。
2010年と比較して2030年には8万6723床増加するが、このうち4万1984床、率にして48%が、埼玉、千葉、東京、神奈川における増加分である。逆に、既に高齢化が進んでいる地域、岩手、秋田、山形、和歌山、島根、山口、高知の各県では、一般病床需要が、2010年に比べて2030年には減少する。
療養病床・入所介護需要の増加は顕著である。2010年と比較して2030年には84万7822床増加する。このうち28万8059床、率にして34%が、埼玉、千葉、東京、神奈川における増加分である。本格的な対応を図らなければ、多数の死期にある高齢者が、看取られることなく放置されることになりかねない。
病床数と人口動態の地域差が大きすぎるので、全国一律の病床規制は成果を期待しがたい。少なくとも、首都圏では、現行の病床規制は医療提供体制整備を妨げる。
都道府県の担当者が実態に基づいた対応を盛り込もうとしても、医療計画の策定方法ががんじがらめで都道府県には裁量権がない。
厚労省は、実際にはPDCAサイクルを動かすことを許していない。首都圏では、医療計画の作成担当者が医療計画制度そのものに矛盾を感じ、自説を長い論文にまとめて公表する例まで生じている(文献5)。
国家統制と民による公益活動
病床規制は、制度疲労が目立つ。医療提供体制整備、医療サービスの向上、医療の進歩の阻害要因になっている。少なくとも、首都圏の一般病床の総量規制は、メリットよりデメリットが大きい。厚労省の病床規制継続の論理には無理がある。
厚労省は、各県の基準病床数の計算で使われた各種数値、基準病床数算定における一般病床、療養病床の内訳、入所施設定員、許可病床数、実際に使用されている病床数など、重要情報を分かりやすく検証可能な形で提示してこなかった。
意図して分かりにくくしたり、非開示にしたりしたと思われても仕方がない。これでは、病床規制継続の目的が、日本の医療を良くすることではなく、厚労官僚の権力の維持強化にあるとしか理解されないのではないか。
かつての全体主義国家のように、無理な理念と幻想に基づいて、社会活動の量を細かく統制しようとすれば、失敗するだけにとどまらず、その弊害は拡大し続ける。統制が官僚の権力を増大させ、権力が失敗の認識を抑圧して、実態に基づいた修正がなされないからである。
医療提供体制整備と医療サービス向上のためには、地域ごとの実情の応じた対策が必要である。行政への要望や期待は、統制を強めることにしかならない。財政状況の悪化も、行政にできることを小さくしている。
それぞれの地域の問題を、多くの主体が自主的に解決しようと試みる必要がある。医療の特殊性からは、民による経済合理性を踏まえた公益活動としての対応が望ましい。成功例を、多様性を認めつつ、地域ごとに真似すればよい。こうした活動を可能にする自由度の拡大を求めたい。
<文献>
1.尾形裕也、柏樹悦郎、河口洋行、河原和夫、長谷川敏彦、長谷川友紀、松田普哉:「医療計画の見直し等に関する検討会」ワーキンググループ報告書. 2004年9月24日.
2.小松秀樹:貧困化と医療・介護. MRIC by 医療ガバナンス学会, Vol.518, 2012年6月14日
3.小松俊平, 渡邉政則, 亀田信介: 医療計画における基準病床数の算定式と都道府県別将来推計人口を用いた入院需要の推移予測. 厚生の指標, 59, 7−13, 2012.
4.小松秀樹:病床規制の問題1:千葉県の病床配分と医療危機. MRIC by 医療ガバナンス学会, Vol.539, 2012年7月11日
5.井上従子:病床規制の今日的意義について −医療分野における競争政策と地域主権の視点からの考察‐. 横浜国際経済法学, 18, 1-26, 2010.
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/35864?page=7
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