19. 2010年12月16日 12:17:59: 38lDYW3Kgg
http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2010-12-16先日こんなニュースがありました。 【新型インフル重症例、「季節性」の抗体原因】 昨年世界的に流行した新型インフルエンザでは免疫力の強い青壮年層にも重症例や死亡例が出たが、もともと体内に持っていた季節性インフルエンザの抗体による異常な免疫反応が原因であることが、○○大学などの研究で明らかになった。 この元ネタは、 Nature Medicine 誌の電子版に、 12月5日に公開された、 「Severe pandemic 2009 H1N1 influenza disease due to pathogenic immune complexes 」 と題されたレポートです。 内容を端的に言えば、 新型インフルエンザの重症化のメカニズムには、 免疫複合体が関与している、 つまり、 新型インフルエンザは一種の免疫複合体病だ、 というものです。 これは僕の考えでは、 かなり画期的な論文なのです。 さすが、ネイチャーという感じです。 それは今まで謎だった幾つかの疑問、 たとえば、季節性ワクチンの接種が、 新型インフルエンザの予防に対して、 有効なのかそうでないのか、 ワクチンの接種が却って新型ウイルスの感染を増やした、 というような報告があったのはどうしてなのか、 何故特定の年齢層に重症化が多いのか、 といった疑問について、 説得力のある答えを示しているからです。 以下、その内容を僕なりに噛み砕いてご説明します。 僕は免疫の専門家ではないので、 誤りがあるかも知れません。 もしお気付きの点があれば、 ご指摘を頂きたいと思います。 さて、免疫複合体病とは何でしょうか? 免疫複合体が過剰に組織に沈着することにより、 その病態が出現する一連の病気のことです。 それでは、免疫複合体とは何でしょうか? 抗原と抗体とが、 色々な割合で結合した物質のことです。 抗原というのは身体にとって、 異物である蛋白質で、 その多くは細菌やウイルスなど、 病原体由来の成分です。 抗体というのは身体のリンパ球が作る蛋白質で、 抗原を捕捉し、 その情報を他の免疫細胞に伝えて、 体外からの病原体を、 身体から排除するために重要な働きをしています。 つまり、抗原と抗体とがくっつくことは、 免疫にとって当然の反応で、 それがスムースに進めば、 何の問題もないのです。 ところが… この抗原と抗体との結合物が、 身体に沈着して病気の原因となることが、 幾つかの病気で知られています。 その代表の1つは急性糸球体腎炎です。 この病気は溶連菌という細菌の感染症の、 1〜3週間の後に急激に腎機能が低下し、 浮腫みや高血圧などが見られるものです。 その原因は腎臓に沈着した、 免疫複合体です。 つまり、細菌由来の蛋白質と身体の抗体が結合し、 それが腎臓に付着することによって、 腎臓に炎症が起こるのです。 しかし、免疫は身体を守るものの筈で、 外来の抗原に抗体が結合することも、 それ自体は正常な反応の筈です。 それがどうして、病気の原因になるのでしょうか? 次の図をご覧ください。 http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/_images/blog/_fb8/rokushin/E5858DE796ABE8A487E59088E4BD93-6140e.jpg これは免疫複合体が、 自分の組織を破壊する、 そのメカニズムを示したものです。 全ての免疫複合体に、 こうしたことが起こる訳ではなく、 抗原が過剰であったり、 また抗体が過剰であったり、 更には抗体の働きに問題があって、 抗原をうまく押さえ込むことが出来ないような場合に、 速やかに処理されない免疫複合体が、 組織に沈着して、 こうしたことが起こるのではないか、 と考えられているのです。 補体というのは、 この場合大きな免疫複合体を、 溶かして小さくするような役目を持っているのですが、 その補体の活性化が、 白血球のような炎症細胞を活性化させ、 また種々のサイトカインや、 蛋白を分解する酵素などを産生させます。 免疫複合体自体には、 毒性はなく病原性もないのですが、 それが除去されずに局所に存在することで、 その周辺に炎症が過剰に起こり、 それは結果的に周辺の組織を、 破壊する結果になるのです。 つまり、こうした免疫の異常亢進による、 身体の組織の自己破壊が、 免疫複合体病の本質です。 今回の論文で明らかになったことは、 新型インフルエンザで重症の肺炎を起こした患者さんの、 その肺の組織を分析したところ、 そこに免疫複合体の指標である、 Cd4 の沈着が認められた、 というものです。 この変化は平均39歳という年齢層の、 重症の事例でのみ見付かりました。 日本の流行では必ずしもそうではありませんでしたが、 欧米では青年から中年層で、 こうした重症の事例が多く、 高齢者での感染の事例は少なかったのです。 同年齢層の血液を分析すると、 H1N1 という、 新型インフルエンザと蛋白の抗原の性質としては、 同タイプの抗体が高力価で陽性でした。 この検出された抗体は、 1999年の季節性のH1N1 ウイルスには、 強い親和性を持ち、 それに対して、新型ウイルスには、 弱い親和性しか持ちませんでした。 これはすなわち、 Aソ連型と称される、 季節性の同じタイプのウイルスの、 抗原に対する抗体だった訳ですが、 この抗体は弱いながら新型インフルエンザの抗原と、 くっつく能力があり、 それでいて、 新型ウイルスを中和させる働きは、 殆どないことも同時に明らかになったのです。 これはどういうことでしょうか? 高齢者は1918年のスペイン風邪の系統である、 H1N1 タイプのウイルスの抗体を持っています。 このウイルスには昨年の新型インフルエンザのウイルスと、 似通った性質があり、 従って、新型ウイルスにも有効な免疫を、 誘導出来ると考えられます。 すなわち、このために、 高齢者はこの新型ウイルスに抵抗力があります。 一方、概ね1957年以降のH1N1 の流行株は、 少し性質の異なるものなので、 ある程度新型ウイルスにも反応し、 その抗原にくっつく抗体を誘導しますが、 その働きは弱く、 有効な免疫にはなりません。 すると、抗原と抗体とのバランスの悪い免疫複合体が、 生成され易い条件がここに成立する訳です。 つまり、季節性のウイルスに対する抗体が、 不充分に反応して抗原とくっつき、 それが肺の組織に沈着すると、 そこで補体の活性化が起こり、 サイトカインの過剰な産生から、 急激な組織破壊が起こって、 インフルエンザを重症化させると、 考えられるのです。 ちょっとややこしいのですが、 何となくお分かり頂けたでしょうか? 明日はこの知見を、 新型インフルエンザの予防と治療に、 具体的にどう結び付けるべきかを、 僕なりに考えます。 それでは今日はこのくらいで。 |