http://diamond.jp/series/ecocar/10033/ ダイヤモンド オンライン 2010年03月09日 「アクセルを踏んでも(車の動きが)遅いと怖い」。これは、一般的なアメリカ人女性が車の運転に対して良く使う言葉だ。 それに対して、2010年2月23日(火)、全米に強烈なインパクトを与えた「スミス氏の涙」=「Unintended acceleration (予期できない急加速)」(本コラム第32回「トヨタ車の品質は本当に下がったのか?」)は、「(自分の意思によらず、アクセルがドンドン踏み込まれて車の動きが)速くて怖かった」ということだ。 その原因として取り沙汰されているのが、フロアマットにアクセルペダルが引っかかった、または電子制御によるアクセル作動信号の誤作動などだ。 米下院・エネルギー商業委員会・小委員会・公聴会では、「スミス氏の涙」の翌日、トヨタ自動車(以下、トヨタ)の豊田章男社長が出席。翌週3月2日には、米上院・商業科学運輸委員会・公聴会に、トヨタの佐々木眞一副社長(品質保証担当)、内山田竹志副社長(技術担当)が出席し、一連のリコール問題全般について粛々と返答した。 こうしたトヨタ幹部と米議員の間で、トヨタ側は「電子制御によるアクセルの誤操作は、弊社での各種調査の結果、発生の可能性はないと判断する」旨の発言を繰り返した。だが、アクセルという操作系の基本となる議題、つまり「日米でのアクセルの使われ方の違い」については深い議論がなかった。 詳しくは後述するが、技術開発の面では、トヨタは北米仕様でのアクセルセッティングを日本仕様から変えるなど「日米でのアクセルの使われ方の違い」を十分認識している。しかし、今回の公聴会のなかでそうした議論は、一連のリコール問題に直結する、部品の設計時点でのミス/製造委託先における製造時点での精度のバラツキ等とは「別の種類の課題」であるため、論議対象にならなかったのだと思う。 また、全米でいまだに増加傾向が見られるトヨタリコール問題関連の集団訴訟に対しても、「日米におけるアクセルの使われ方の違いと、それに関するトヨタ側の捉え方」がどのような影響を及ぼすかを、トヨタの「危機管理チーム」は十分認識しているのだと思う。 そうしたなか本稿では、日米で定常的に自己所有車とレンタカー、さらにさまざまなメーカー広報車(=メーカー主催メディア試乗会での走行用、または取材目的で個人的にメーカーから数日間借りる車両)を運転している筆者の体験に基づいて、「日米での、アクセルの使われ方の違い」を説明する。 また、過去に各種の日米欧の自動車(及びタイヤ、自動車部品)メーカーのテストコースでの走行体験、加えてメーカー関係各位とのやり取りのなかで筆者が収集した内容についても紹介したい(筆者と相手側が書面などで機密保持義務を約束した案件は除く)。 ◆アクセル主導のアメリカ、ブレーキ主導の日本 アメリカで車を運転する際、市街地でもフリーウエイでも、しょっちゅうアクセルを踏んでいる印象がある。日本から出張者が全米各地でレンタカーを借りると、走り出してすぐ、「車の流れに乗れなくて怖い」という人が多い。それは、日本で車を運転している時よりも、アクセルを踏んでいる絶対時間を長くし、さらにアクセルを開けるタイミングを速くしなければならないからだ。 日本的感覚でアメリカで車を運転すると、「車の動きが速くて、怖くて仕方がない」のだ。日本では、アクセルを踏みたくても、しょっちゅう赤信号で止まったり、左右からの車や人の急な飛び出しを気にしたり、ネズミ捕り(=速度違反取締り)にビクビクしたりで、運転者の意識はアクセルよりもブレーキに重きが置かれている。日本人は「車を速く走らせること」に不慣れなのだ。アメリカと日本では、運転方法(運転する感覚)が180度違うのだ。 ・アメリカ → アクセル主導型運転 ・日本 → ブレーキ主導型運転 という基本的な違いが存在する。 ◆アクセルに頼らざるを得ないアメリカの交通事情 では、アメリカでいかに、アクセル主導型運転が必要なのか?アメリカの日常生活のなかで筆者が日常的に接する事例を詳しくみていきたい。 @フリーウエイで進む高速度化 55MPH(88km/h、MPHはMile per hour)→60MPH(96km/h)→65MPH(104km/h)→70MHP(112km/h)→75MPH(120km/h)。この10年程で、このように全米各地のフリーウエイの最高法定速度がドンドン上がっている。これは車の動力性能、衝突安全性能の向上と、渋滞緩和のための交通量調整などが背景にある。つまり、フリーウエイでは、以前よりも、アクセルをより多く踏まなければならなくなった。 各種報道によると、一部の自治体では80MPHまで法定速度を上げる可能性が十分にあり得るいう。ただし、ドイツアウトバーンのような、一部地域での「法定速度指定なし」は、PL(Product Liability)法がドイツより数段厳しく、訴訟大国でもあるアメリカでは実現しないと見る向きが多い。 また、近年、米国各大都市で増加傾向が見られる有料高速道路では、最近、自動課金システムが常識化した。日本のような通過バーがないシステムがほとんどであり、継続的な高速走行をするシチュエーションが増えている。これによってアクセルを踏んでいる時間が長くなった。 A古いフリーウエイの土木設計上の欠陥 フリーウエイの法定速度高速化に伴い、フリーウエイの進入路では、本線の流れにスムーズに乗るための「急加速」が必然となった。近年に整備されたフリーウエイ進入路は直線に近く、助走距離も長い。だが、1950〜70年代に基礎工事がなされたフリーウエイ(大都市内部や過疎地で多い)では、進入路の曲率が大きく(大きく回り込んでいる)、助走距離が極めて短いケースが目立つ。そのため本線の流れに乗るには「相当な急加速」が必要となる。しかも、そうした古いフリーウエイ進入路は路面も荒れている場合が多く、日本では想像出来ないような大きな路面の凹凸に、ハンドルを取られ兼ねない状況下で、「相当な急加速」を強いられる。 B市街地の道路幅による特殊走行 アメリカ東海岸、ニューヨーク、ニュージャージー、ニューハンプシャーなどヨーロッパ的な町並みが続く古い道路は片側2車線が多く、コンクリートによる中央分離帯が長く続き「なかなかUターン出来ないで困る」状況に陥る。 だが、アメリカ大陸を南へ、西へと進むと、それら都市の市街地や郊外では、片側3車線道路が常識化している。中央分離には緑地帯、または両車線から進入可能な右折車線となっており、コンクリートなどの障壁はない。こうした片側3車線、つまり全6車線+中央分離帯の合計20mほどの「道路全体幅」を、信号機のない交差点で、一気に横断するケースがよくある。 また、目の前の(右側通行のため、右進行の)3車線を一気に横断して、反対車線に飛び込むケースもよく見かける。その反対車線への飛び込みも、一気に一番右側車線へ飛び込むケースが多々ある。こうした動きを、「交通の流れがちょっと切れたスキ」に行う。その「飛び出してきて、一気に車線変更するタイミング」が、日本人の一般的な運転常識からは逸脱している。 側道からのスタート時点で、多くの人は「ほとんどフルスロットル(アクセルペダルを床まで踏む)」ような「急加速」をして、それを「急激な操舵(ハンドルを切ること)」と同時に、こなしている。さらに、自宅や勤務所周辺では、こうした「急加速+急激操舵」を携帯電話をかけながら、片手運転で行っているケースをよく見る。 Cアメリカ特有の道路法規で、さらに危険となる交差点での右折 交差点での右折でも、上記Bと同様な傾向がある。右折直後に一番右の車線に行かず、交差点を大回りして一気に3車線の一番左車線に「急加速」する人が多いのだ。ここで、アメリカ特有の大きな問題が生じる。それは、アメリカではNYマンハッタンなど一部地域を除き、各地方自治体の道路交通法上、赤信号でも「自己責任で右折可能」な点だ。 一般的アメリカ人の運転をみると、運転者自身の左から来ている車の接近度合いの見定め(車の速度の推測)がとても甘い。本線側を走行している側からすれば「おいおい、そのタイミングで曲がって来る気か!?」と驚く場合が多い。目の前の信号表示は青なのに、目の前で、右方向から左方向へ車が横断するのだ。 最悪の場合、「Tボーン(NASCARなどでの米レース用語の一種。TボーンステーキのようにTの字で車がぶつかる状態)」になる。ご承知の通り、アメリカ仕様車は左ハンドル。「急加速」する側の運転者の左側から、真っ直ぐに車が突っ込んでくることになる。アメリカは日本より、サイドインパクト(側面衝突)での車両規定が厳しい(近年徐々に日米間の差はなくなったが、小型車の一部ではまだ日米の差がある)ことも、こうした「とんでもない運転状況が日常茶飯事」なので頷ける。 こうした日常走行においてアメリカ人たちは、赤信号の交差点でも(!!)、「速く加速する車」を求めるのだ。 D市街地で強いられる急ブレーキ直後の急加速 上記のような市街地の3車線道路の法定速度は、45MPH(72km)が多く、住宅密集地では35MPH(56km)以下に落ちる。これでも日本の40〜60kmに比べれば速い。だが、実質的にアメリカ人は50MPH(80km)で走っている場合が多い。 にもかかわらず、そうした道路に面して一般住宅、銀行、ファストフード店、ガソリンスタンドが立っている。つまり、一番右側の車線を走行していると、80kmから一気に完全停止状態まで急減速する必要がある。本稿最初に、アメリカがブレーキ主導型運転ではない、と書いた。だが、アクセル主導型だからこそ、急ブレーキを多用することになるのだ。 そして、前方でこうした急ブレーキを踏まれると(なかにはウインカーを出さない車もいる)、後続車も急ブレーキ。そして目の前の車が右折完了したや否や、本線の流れの戻るため「急加速」が必然となる。グズグズしていると、後続の車に追突されてしまう。日本のようにハザード(緊急点滅灯)をつけて後続車に知らせるなどというワザは(フリーウエイでは使うひともいるが)、市街地走行で使う気持ちの余裕(時間的猶予)などない。 ◆日系各社の市街地テストコース 以上のように、日本人の常識では考えられないような「日米での、アクセルの使われ方の違い」を克服するため、日系メーカーは各社独自に「フリーウエイ・市街地での基準テストルート」を設定して、車両開発を行っている。 トヨタとホンダの場合、北米の販売拠点と開発の一部拠点が、ロサンゼルスに近いトーランス市にある。また日産も現在のテネシー州ナッシュビル郊外に移転するまで、北米販売・開発拠点はトーランス市のすぐ隣、ガーディナ市にあった。そのため、トヨタ、ホンダ、そして過去の日産(現時点で確認していないが、現在でも日産はロサンゼルス周辺での走行テストをしているのかもしれない)は、トーランス周辺の市街地とフリーウエイを使った「基準テストルート」を設定している。 基本的には、交通量の多いフリーウエイ405号線、大型トラックの通過で路面が波打っているフリーウエイ110号線と710号線を軸として、トーランス市街、その近隣のパロスバーデス市などを周回するルートだ。そのなかには、先に指摘したような、古いタイプのフリーウエイ進入路や、片側3車線道路の一気横断などがチェック項目に盛り込まれている。あるメーカーの走行実験担当関係者は「このルートで、全米のさまざまな走行シチュエーションの7〜8割がカバー出来ている」と語る。 各メーカーはこの他、ミシガン州(トヨタ)、オハイオ州(ホンダ)、アリゾナ州(日産)などに開発施設があり、さまざまな走行事例の再現、実証、研究に務めている。 ◆アメリカ仕様のアクセルセッティング アメリカ各地での実走行テストの結果を受けて、アメリカ仕様の日本車のアクセルセッティングは日本仕様と異なる場合が多い。前述のような走行環境を考えれば、日本仕様のままでは「加速が弱く」、アメリカ仕様を日本に持ち込めば「急加速し過ぎ」てしまうのは当然だ。 こうしたアクセルのセッティングを技術者の立場から言えば「簡単に」変更出来るのは、アクセルの電子制御化の恩恵である。昔のアクセルとは、アクセルペダルにケーブルがつながっていて、それがキャブレターや燃料噴射装置を直接作動させていた。これに対して電子制御化されたアクセルペダルは、ある種の電気スイッチであり、踏み込んだ際の「踏み込み量、速さ、長さ、勢い(=加速度)」などをセンサーから検知する。それにより、空気の吸入量の大小、燃料噴射量の大小、点火時期の遅角・進角などを調整(=すでに書きこまれたコンピュータプログラムへの割り振り)している。最近、ECOモードというボタンが装着されている車両があるが、同ボタンON状態で、(簡単に表現すると)アクセルの反応が鈍くなる基本プログラミングに切り替わる。 筆者の近年中の実体験のなかで、日米仕様でのアクセルセッティングの大きな差を感じたのはトヨタ「RAV4」だった。軽いアクセル踏み込みで、「相当速い!」と感じる加速だった。後日、トヨタ技術関係者とその件で話をすると「それが、アメリカ人の好みですから」と当然のような顔をした。 ◆女性特有のアクセル操作 これは、アメリカ人特有のことではないのだが、日米で「女性ドライバーのアクセルの踏み方が、男性とは違う」という調査事例(開発事例)がある。 それを語ったのは、ホンダのハイブリッド車、現行(=2代目)「インサイト」の開発責任者である関康成氏だ。同氏は長年に渡り、排気ガス規制と燃費関連分野の研究に従事してきた。そのなかで、「女性ドライバー特有のアクセル操作」に留意したという。「(一般論として)女性ドライバーはアクセルを電動スイッチをON/OFFするように踏む」(関氏)。 これは、近年のアクセルが電子制御スイッチ化したことを表現しているのではない。仮に80kmの一定走行をしようとすると、アクセルを踏んで加速し、一旦緩めて、速度が落ちたらまた踏み直す、そうしたイメージだ。関氏は「こうした現実も踏まえて、実用燃費が上がるアクセルのセッティングを(インサイトで)導入できた」と語った。 以上のように、「急加速がMUST」、それがアメリカの交通事情だ。さらに女性特有のくせばかりでなく、そもそもアクセルの操作にはかなり個人差がある。また、日本では実質的にほとんど使用されないが、高速巡航走行が多いアメリカでは、クルーズコントロール(定速自動運転装置)を用いる場合も多い。そうした、「アクセルの使われ方」を含めた「車の使われた方」の違いが、日米の間に多数存在するのだ。 前述の「スミス氏の涙」他、一連のトヨタ・アクセル関連の論議においても、こうした「アメリカ社会での現実」を、米国内自動車関係者は再認識するべきだ。 日本に居住する人たちも、アメリカ社会の現実を念頭に置いて、今後のトヨタ・アクセル関連問題の報道の推移を見守って頂きたい。 桃田 健史(ジャーナリスト) ★★★★★★★ ★★★★★★★ ★★★★★★★ ★★★★★★★ ★★★★★★★ スミスさんが売り払ったレクサスの現在のオーナーはその後2万4千マイル走行して何のトラブルも無いっていうからなあ。 かといってスミスさんの例を急加速設定のアクセルと女性特有のアクセル操作(本当か?)を疑えるかっていうとそれもちょっと無理っぽい。とピノキは思う。 「レクサス、「急加速」なく使用 現在の所有者に確認」(共同) http://www.47news.jp/CN/201002/CN2010022501000403.html
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