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小沢問題が、こう着状態に入ったように見えるが、数週間前の地方選の結果をみると、政治変化へのマグマがたぎっているように思える。
歴史上、変革は地方から、辺境から来る(明治維新、ロシア革命)そうですから、東京世田谷あたりにシマにもつ、小宮山某議員の言動なぞ、取るに足りないのかもしれません。
しかしマスコミが、これ見よがしに記事として取り上げているようなので、一言書きたい。
1)
トイレを水洗化し、消臭剤を使ってちいさなトイレ空間を快適にさせると、あたかも文化的になったように見えます。しかし、その地球に対する影響はと問われれば 「そんなこと知らないわよ」、と答える、人のエゴ、主婦のエゴがあります、私は小宮山女史にこのエゴを見てしまう。
「自身とその周囲の清潔」(東京、世田谷あたりの主婦相手には、これが殺し文句なのだろう)、その「小さな清潔」を追い求めることによって生じる、「大きな犠牲」はお構いなしなのだ。
2)
有権者から、毎日苦情を聞かされれば、欲求不満がたまり、自分の当選に危機感を抱き、「小沢退陣」と一発ぶちかましたくなるのはわかる。
しかし、私はあの発言は、彼女の「対ストレスの弱さ」そして基本的な政治家としての「見識不足」を露呈したものだと思っている。結局は「いいとこのお嬢さん」にすぎない。
人間として、政治家としての修羅場をくぐっていない、顔が売れたマスコミ人の単なるキャリアの延長として政治家の道を歩んだだけ、それが見えてしまう。
不幸のツケは、梯子としてつかわれる彼女を選んだ選挙民と、政治変革を望む大多数の国民にまわされる。
自民党へ鞍替えしたほうが有権者にとってわかりやすい、それほど政治的な信念があるわけであるまい。
嗤ってしまったのは、ある小沢の記者会見で、
政治記者たち雁首そろえているなか、小沢が日本のマスコミのあり方について疑義を唱えたところ、誰も反論しない光景は奇妙だった。中川泥酔会見と違って、「自分たちのあり方が問われている」のだから、音なしの構えはないだろう。
小沢金脈について、直接それに関する質問をした記者も皆無。
対面(「トイメン」と読みます)では慇懃(いんぎん)、裏に回ると、サデステックに叩く、卑劣な連中だと思った。質問の中には、質問の真意が不明なものいくつかあり、私が小沢なら、「もっと質問を煮詰めて簡潔明瞭にお願いします、質問には答えられません、ハイ次」、と無視するだろう。
数の上ではたいしたことないだろうが、ニュースなし、新聞なしでは暮らせない、「コアになるファン層」が確実に離れてしまっている。