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ブラックアース(上・下) ティモシー・スナイダー著
ホロコーストのイメージ覆す
本書のタイトルは、ウクライナの肥沃な大地を指す。ヒトラーは生存圏(レーベンスラウム)としてこの地の植民化を図り、この地でホロコースト、つまりユダヤ人の大量殺戮(さつりく)が始まった。
前著『ブラッドランド』でヒトラーとスターリンが引き起こした1400万人の殺害を描き、世界的な名声を博した著者が、次に取り組んだのがホロコーストの解明であった。
本書で著者は、ホロコーストに関する通念を次々と覆していく。たとえば、ホロコーストと言えば、強制収容所でのガス殺を思い浮かべないだろうか?
しかし、実際には穴の縁で銃殺されたユダヤ人が半数にのぼる。また、ホロコーストはもっぱらドイツのユダヤ人に対するナチの所業と思われているかもしれない。しかし、それは主にドイツ国境外での出来事であり、犠牲者の97%はドイツ国外のユダヤ人だった。さらに、殺害者の多くはナチではなかったし、そもそも半数はドイツ人でもなかった。
著者が指摘するホロコーストの要因は明快である。ひとつは生存パニック、すなわち、生存の危機が迫っていると信じ込み、限られた資源、土地、食糧をめぐる闘争に駆られたとき(これがヒトラー思想の核心であった)、虐殺の発生確率は高まる。
そして著者が最も強調する要因が、国家の崩壊である。かつてハンナ・アーレントは「好き勝手をやれるのは、国家を持たない人間たちが相手の時だけ」と記した。この「好き勝手をやれる」状況が現出したのが、まずソ連の、次いでドイツの支配下に入った地であった。つまり、二重の占領によって、国家が二重に崩壊した地域である。そこでは、ほぼ全てのユダヤ人が殺害された(逆に、たとえばドイツ占領下でも国家機構が破壊されなかったデンマークではユダヤ人は生き延びえた)。
終章「私たちの世界」で著者は、現代世界でも、たとえば気候変動が生存パニックに結びつけば、ホロコーストは再び起こりうることを示唆し、市民権を保障する国家の重要性と、生存パニックを回避しうる科学の可能性を訴えている。
現在の中国やロシア、アメリカなどが抱えた問題を列挙するなど、本書が鳴らす現代世界への警鐘はいささか過剰にも聴こえる。とはいえその警告は、人類の「悪(イーブル)」に正面から向き合ってきた著者が発するものゆえに、重い。いずれにせよ、本書を通してホロコーストを「理解」することは、私たちが「人間性」を失わぬための羅針盤となるだろう。
原題=Black Earth
(池田年穂訳、慶応義塾大学出版会・上2800円、下3000円)
▼著者は69年米国生まれ。エール大教授。著書に『赤い大公』など。
《評》成蹊大学教授
板橋 拓己
[日経新聞9月4日朝刊P.21]
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