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【アンネ・フランクを利用していまだに続く日本のホロコースト観光産業】アンネ・フランク:生誕80年、きょう福山で記念行事
http://www.asyura2.com/09/holocaust6/msg/134.html
投稿者 passenger 日時 2009 年 6 月 13 日 19:50:17: eZ/Nw96TErl1Y
 

【アンネ・フランクを利用していまだに続く日本のホロコースト観光産業】
  アンネ・フランク:生誕80年 平和の大切さ感じて きょう福山で記念行事
 
 


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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090613-00000313-mailo-l34

アンネ・フランク:生誕80年 平和の大切さ感じて きょう福山で記念行事 /広島

   6月13日18時1分配信 毎日新聞

 第二次世界大戦でユダヤ人として迫害を受け、命を落とした少女、アンネ・フランク(1929年6月12日生まれ)の生誕80年を記念した行事が13日午後3時から、福山市御幸町中津原のホロコースト記念館である。

 同館の読み語りの会「マロニエ」が企画した。アンネの生涯を描いた紙芝居やアンネが隠れ家で書いた童話「子ぐまブラリーのぼうけん」の紙人形劇などを行う。入場無料。

 メンバーの渡部亮一さん(35)は「アンネを知ることで平和の大切さを感じてほしい」と呼びかけている。問い合わせは同館(084・955・8001)。【前本麻有】

6月13日朝刊

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最終更新:6月13日18時1分
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ナチスドイツが大勢のユダヤ人を虐待し、死に至らしめたことは事実である。
但しそれは「ホロコーストで600万人のユダヤ人が殺された」云々という言説に
代表される種々雑多な「ナチスによるユダヤ人ホロコースト」神話を正当化
するものでは決してない。

第二次世界大戦の終戦直後には、今度は逆にユダヤ人によるドイツ人兵士や
一般市民の虐待・殺害も多数行なわれたし、連合軍によるドイツ国内での
一般市民「大量虐殺」も起きた。

ユダヤ人に限っていえば、戦後に誕生したイスラエルもまた、パレスチナや
周辺諸国の一般市民を「大量虐殺」してきたし、この虐殺は今この瞬間にも
続いている。

殺された人々の数から大量虐殺を振り返れば、英国はインドで、セポイの乱から
10年ほどの間に1000万人のインド人を虐殺したと推計されているし、
20世紀に入ってからだけでも、スターリン体制下のソ連での「粛清」や、
中国の文化大革命や、カンボジアのポルポト革命などで大量虐殺が
行なわれたわけだし、ごく最近ではルワンダ内戦やダルフール紛争などでも
大量虐殺が起きたばかりである。

ナチスドイツのいわゆる「ホロコースト」は戦時中に起きた。
戦時中の大虐殺は、日本も戦争の中で、加害者となり、同時に
被害者にもなった。

第二次世界大戦の惨害に懲りることなく、その直後には
朝鮮戦争が起きて、朝鮮半島の人々が軍隊に大量虐殺された
ばかりでなく、拘留監禁されていた思想犯など推計10万人ほどが
「予防措置」として一斉に虐殺された。

ヴェトナム戦争、中南米での米国による反共秘密戦争、二次にわたる
イラク干渉戦争と、ソ連および米国によるアフガン侵攻でも、大量の
虐殺犠牲者が出た。

こうした事実を列挙したのは、「大量虐殺」で殺されたのは「ホロコースト
犠牲者のユダヤ人」だけではない、という単純な事実を示すためである。

我々が戦争の惨害を見つめなおし、明日の平和を誓うのは、特定の
国や民族を祭り上げるためではない。平和への希求はもっと純粋なものだ。

日本には数多くの「平和記念館」があり、その大部分は、日中戦争や
太平洋戦争への反省をテーマにしている。 これらの戦争は日本が
直接関与し、加害者にもなり、被害者にもなった。

こうした悲痛な経験を忘れないために、平和記念の教材に用いるのは
必然性がある。

20世紀前半において世界最高水準の文明国家であったドイツが、
もっとも残虐な殺害を国の内外で行なったことは衝撃的であり、
その“文明の落とし穴”を検証・反省するために、ナチス・ドイツの
「戦争犯罪」を考察することは、我々にとって意味がある。
その観点から言えば、ナチス・ドイツが最初に虐殺の対象に据えたのは
精神病患者と心身障害児・者であった。そして、こうした大虐殺を合理化
したのは、現代の「脳死」概念へと連なる、「生きる価値のない生命」を
決めつける政治主義的な科学の乱用と、優生学であった。
さらにナチス・ドイツは、政治犯や同性愛者、そしてもちろん東方侵攻で
生じた大量の捕虜も、強制収容の果てに殺したわけである。 つまり
決してユダヤ人だけが「ホロコースト」の犠牲者だったわけではない。

大量虐殺の惨害を直視し、それを批判的教訓にして平和を希求するのは
尊く重要な態度だ。 そして大量虐殺の「見本」は、「ユダヤ人大量虐殺」
だけではないし、殺害の深刻さや被害者の規模を考えるなら、むしろ、
それ以外の「大量虐殺」に目を向けるべきだ、とさえ言えるだろう。

アンネ・フランクの苦しみや悲しみと、彼女をそうした境遇に追い込んだ
「悪」を真剣に考えるなら、今この瞬間にも、中東でイスラエルが
無数のアンネ・フランクを苦しめている現実や、さらにまた、世界各地の
紛争地で、さまざまな民族や部族が、アンネ・フランクの……いや、
場合によってはそれ以上に恐ろしい、苦しみや悲しみのなかで
生きていることを、問題にせねばならない。 いま現在、じっさいに
起きている虐殺や虐待から目を背けて、64年まえに一応終結した
「昔の悲惨なお話」ばかりを祭り上げているとすれば、それは
かつてナチス・ドイツの人種政策の「被害者」であったが、半世紀前から
同様の人種政策を中東で行なっている「加害者」を祭り上げて、その
犯罪に加担することになるだろう。


あたかもナチス・ドイツがユダヤ人だけを虐殺したかのような虚偽を
宣伝し、「ホロコースト」を看板にして現代のイスラエルの悪逆非道な
中東占領政策や人種政策から世論の関心をそらせようとする活動を、
米国の政治学者ノーマン・フィンケルステインは「ホロコースト産業」と
名付けたが、アンネ・フランクを「悲劇のヒロイン」として祭り上げて
キャラクター商品のごとくに扱い、現代のパレスチナや世界各地で
起きている「ホロコースト」と呼ぶべき大量虐待・虐殺を黙認している
「ホロコースト記念館」は、「ホロコースト産業振興館」として機能
していることを自省すべきである。

●日本国内にある“ホロコースト産業振興館”を★マークで示した。
             ↓
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http://kyoiku.kyokyo-u.ac.jp/gakka/murakami/peacemuseumJ.htm

国内の平和博物館と展示テーマ
               2007.1.29改訂

 開館年 施設名:   現在の展示テーマなど
 1955 長崎国際文化会館(現在は長崎原爆資料館): 原爆による被害、被爆者の訴え、
      日中戦争と太平洋戦争、核兵器の時代
 1955 広島平和記念資料館: 原爆被爆体験、被爆までの軍都広島、核時代の情況
 1967 丸木美術館(在東松山市): 原爆、戦争の加害性、水俣病、南京、アウシュビツ、沖縄
 1975 沖縄県立平和祈念資料館: 沖縄戦への道、地上戦の体験、捕虜収容所の生活
 1975 知覧特攻平和会館: 特攻隊員の遺影、遺書、知覧飛行場の様子
 1976 第五福竜丸展示館: 核実験による被曝、反核兵器運動
★ 1980 アンネのバラの教会: アンネとユダヤ人犠牲者の遺品と写真
 1981 仙台市戦災復興記念館(関連ページへ): 仙台市の発展、仙台市空襲、戦災復興
 1984 反戦平和博物館(沖縄県伊江島): 沖縄戦、米軍基地反対運動
 1988 大久野島・毒ガス資料館(関連ページへ): 毒ガス工場の遺物、従業員の生活ぶりや後遺症
 1988 浜松市復興記念館: 浜松市の戦災、戦災復興
 1988 舞鶴引揚記念館: 引き揚げ者の受入、ソ連・中国での抑留体験
 1988 堺市平和と人権資料館(フェニックスミュージアム): 自治都市堺、堺大空襲、日本の侵略と加害、人権問題
 1989 ひめゆり平和祈念資料館: 沖縄戦までの経緯、陸軍病院壕、戦下の南部撤退、
      ひめゆり学徒の遺影と犠牲状況
 1989 南風原文化センター(関連ページへ)(在沖縄): 沖縄戦、病院壕
 1989 平和資料館・草の家(在高知市): 高知空襲、戦時下の新聞・雑誌、環境問題
 1991 大阪国際平和センター(ピースおおさか): 十五年戦争下における加害体験、大阪空襲、
      第二次大戦後の地域紛争・局地戦争、平和を求める国際的な動き
 1992 川崎市平和館: 川崎大空襲を含めた過去の戦争、現代の戦争と平和、戦争以外の平和を拒む要因
 1992 立命館大学国際平和ミュージアム: 学徒出陣、十五年戦争中の加害と被害の歴史など*27
 1992 吹田市平和祈念戦争資料室: 吹田市空襲
 1993 加世田市平和記念館: 特攻隊員の遺影や遺書
 1993 埼玉県平和資料館: 十五年戦争中の時代情況、熊谷空襲、戦中の人々の暮らしや考え方
★ 1995 ホロコースト記念館(在福山市): ホロコースト、アンネ・フランク
 1995 高松市市民文化センター:国際平和展示室 戦時下の市民生活、高松空襲
 1996 姫路市平和資料館: 明治維新からの歴史、戦時下の人々の暮らしの様子、姫路空襲
 1997 戦没画学生慰霊美術館「無言館」(関連ページへ)(長野県上田市): 太平洋戦争で亡くなった画学の遺作、遺品
 1998 地球市民神奈川プラザ・国際平和展示室: 過去の戦争、現在の地球規模の課題、地域からの国際協力
★ 2000 アウシュビッツ平和博物館(福島県白河市) 前身は「心に刻むアウシュビッツ記念館」(栃木県): アウシュヴィッツ収容所、ホロコースト、ユダヤ人への援助者
 2002 国立広島原爆死没者追悼平和祈念館: 原爆による犠牲者の追悼等と被爆体験の継承
 2003 国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館: 原爆による犠牲者の追悼等と被爆体験の継承

その他
   平和博物館関連のサイト(立命館大学国際平和ミュージアムのホームページへ)
    http://www.ritsumei.ac.jp/mng/er/wp-museum/pmlinks.htm

注意: 本ページにおけるリンクは、平和教育実践のための情報提供であり、ここでのリンクがそれぞれのサイトや内容を保証することを意味するものではありません。
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