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http://www.magazine9.jp/shibata/090225/
長井氏の退職、NHKは恥ずかしくないのか(柴田鉄治のマスコミ時評 09年2月25日号「マガジン9条」)
2月13日の朝日新聞朝刊第3社会面に全文15行のベタ記事が載った。ベタ記事というのは、見出しが1段のこれ以下はないという小さな記事を指す言葉である。
僅か15行の記事だから、全文を再録する。「従軍慰安婦を取り上げたNHK教育テレビの番組が01年の放送直前に改変された問題で、『政治介入があった』と05年に記者会見し内部告発した長井曉・放送文化研究所主任研究員(46)が、近く退職することが明らかになった。この番組の担当デスクだった長井氏は06年、番組制作局チーフプロデューサーから異動し制作現場を離れていた。関係者によると、すでに辞表を提出、退職理由は家庭の事情という」
こんな重要なニュースがベタ記事でいいのか。もっと大きく扱うべきではないのか、と私は思ったが、他の新聞を探してみたところ、どこにも載っていない。ベタ記事といえども載っていただけでも朝日新聞をよしとすべきなのだろう、と考えると、いささか暗い気持ちになった。
従軍慰安婦をめぐる番組改変問題というのは、もう忘れてしまった方も多いかもしれないが、05年1月に朝日新聞が「自民党の安倍晋三、中川昭一氏らの政治介入があって、放送直前に改変された」と報じたことで、NHKと朝日新聞の『大喧嘩』に発展したことで知られる事件である。
その後、安倍氏は「NHKの幹部を呼びつけたのではなく、NHKのほうから説明に来たのだ」と言い、中川氏もいったんは認めていた発言を撤回して「NHKの幹部と会ったのは放送後だった」と朝日新聞に抗議していた事件だ。
長井氏は、朝日新聞が報じる前からNHKのコンプライアンス委員会に「政治介入があった」と内部告発していたが、いっこうにNHKの調査が始まらないため、朝日新聞の報道があった直後に記者会見して発表したのである。
この事件は、その後、NHKが長井氏の告発を「推測に過ぎない」と退け、一方、朝日新聞の主張も途中から腰砕けとなり、「記事は間違っていなかったが、取材に詰めの甘さがあった」と謝ってしまったため、長井氏の告発も宙に浮いたまま、長井氏も制作現場からはずされて閑職に追いやられていたのである。
長井氏の内部告発は、もともとNHKの不祥事続発から設けられた規程に従って行われたものであり、本来なら第三者がきちんと調査して判断すべきものなのだ。それなのに「上層部に問題があった」という内部告発を、当の上層部が「問題なし」と却下した形であり、これでは「被告が判決文を書いたようなもの」といわれてもしかたがないだろう。
コンプライアンス委員会が、コンプライアンス(法令順守)を守っていないのだ。しかも、番組改変問題を審議した東京高裁の判決で「NHKの上層部が政治家の言葉を過剰に忖度して改変を命じた」という事実認定まであったのである。
NHKは、こうした事情をすべて無視して、内部告発を理由に長井氏を制作現場からはずす報復的な人事異動をおこない、ついには退職に追いやってしまった形なのである。これでもNHKは恥ずかしくないのか。
NHKといえば、この番組改変事件のほぼ1年前の二〇〇〇年五月、当時の森喜朗首相の「神の国発言」に対して、釈明のための記者会見のやり方を指導する『指南書』を書いたNHKの政治記者がいて、大問題になったことがある。
この指南書には、「質問をはぐらかせ」とか「時間を打ち切れ」とか、記者が本来やるべきこととは正反対の、首相の側に立ったことが記され、記者倫理に反することは明白だった。NHKは、この記者が特定されていたにもかかわらず、まったく不問に付したのである。
政治家の番組制作への介入を内部告発したプロデューサーは、制作現場からはずして退職にまで追いやり、一方、記者倫理を踏み外して政治家に擦り寄った記者は、不問にする。もう一度いうが、NHKは本当に恥ずかしくないのか。
長井氏退職のニュースに、上記のように怒りを感じていたところへ、番組改変事件の政治家の一人、中川昭一氏の「酔眼朦朧・記者会見」事件が飛び込んできた。ローマで開かれていた主要7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)に出席した中川財務相・金融相が、終了後の記者会見で醜態を演じた事件である。
未曾有の経済危機のなか、全世界の注目する中での醜態だから辞任は当然として、報道陣に問題はなかったのか。酒癖の悪いことで知られる中川氏と会見前にワインなどを一緒に飲んだ記者たちの振舞いもさることながら、しどろもどろになった会見のなかで、そのことを質問した記者が一人もいなかったことは、最大の問題なのではないか。
2月18日付けの朝日新聞の投書欄に、そのことを衝いた厳しい投書が載った。それには、こうあった。「以前から政治家などの記者会見での記者の態度や内容に不信感を持っていた。それは、私たちが知りたいことよりも、ささいな質問に終始したり、不必要にこびたりしていると感じたからだ。『記者団には戸惑いが広がった』とあるが、その『戸惑い』が質問として出ないのが不思議だ。私の不信感はさらに募った」(以上)
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