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「アフガン戦争秘密文書」をすっぱ抜いた「内部告発サイト」ウィキリークスと組んだニューヨーク・タイムズ 「内部告発者は犯罪」という政府と真っ向対決 | 牧野洋の「ジャーナリズムは死んだか」 | 現代ビジネス [講談社]
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/971
2010年08月05日(木) 牧野 洋
「アフガン戦争秘密文書」をすっぱ抜いた「内部告発サイト」ウィキリークスと組んだニューヨーク・タイムズ
「内部告発者は犯罪」という政府と真っ向対決政府が国民の目から隠れて、悪事を働いている。ある時、内部告発者が現れ、それを暴露する。政府は「内部告発者は犯罪人。だから信頼できない」と反撃する。
こんな状況下で、新聞はどう対応すべきか。大々的に報道すべきなのは、政府の悪事か、それとも内部告発者の犯罪か。
9万点に上るアフガン戦争秘密文書「アフガン戦争日記」の暴露が格好の事例になる。
7月26日、匿名の内部告発を公開するウェブサイト「ウィキリークス」から情報提供を受け、米ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙など一部の有力メディアがアフガン戦争日記について一斉に報じた。同文書には、アメリカ軍の攻撃によって多数の民間人が巻き添えになって死亡した記録をはじめ、「政府が隠しておきたい情報」が含まれている。
ホワイトハウスは怒り心頭に発した。国家安全保障担当の大統領補佐官ジェームズ・ジョーンズは声明を発表し、「秘密情報を暴露すると、アメリカと同盟国の人命を危険にさらし、わが国の安全保障が脅かされる」と抗議した。
ウィキリークスに内部告発した人物がだれなのか分かっていない。軍関係者がアフガン戦争日記を盗み出したとすれば、犯罪行為になる。
国防長官ロバート・ゲイツは「リーク元の特定に向け徹底的に調査する」と強調したうえで、連邦捜査局(FBI)にも協力を求めたことを明らかにした。
さて、アメリカの有力メディアはアフガン戦争日記の暴露をどう報じたか。「軍の秘密情報の漏洩は重大犯罪。内部告発者を早急に特定すべき」「軍の情報管理はずさん。管理体制を抜本的に見直すべき」――こんなトーンで1面記事を掲載した大新聞があっただろうか。
皆無である。「政府の悪事」が明らかに重大であるのに、「内部告発者の犯罪」を1面トップのニュースとして伝えたら、政府の御用新聞と見なされかねない。権力のチェック役を自任しているならば、何によりも「政府の悪事」の究明に全力を上げなければならない。
アフガン戦争日記は「アフガン戦争版ペンタゴンペーパー(ベトナム戦争に関する国防総省機密文書)」とも言われている。ペンタゴンペーパー事件は歴史的なウォーターゲート事件へ飛び火し、最終的にリチャード・ニクソン大統領を辞任に追い込むほどの事態に発展した。
アフガン戦争日記がアフガン戦争版ペンタゴンペーパーであるならば、「内部告発者の犯罪」よりも「政府の悪事」に力点を置くのは、報道機関として当然の行為である。
アフガン戦争日記の公開に際しては、欧米の有力メディアがウィキリークスの「パートナー」になった。NYTのほか英ガーディアン紙と独シュピーゲル誌がウィキリークス経由でアフガン戦争日記を事前に手に入れ、ウィキリークスとの合意に基づいて7月26日付で1面トップ級のニュースとして伝えている。NYTなど3メディアは、「ウィキリークスは信頼できる」との判断から1面トップ扱いにしたわけではない。内部告発者がだれで、どんな経緯でウィキリークスにたれ込んだかなどは、基本的に無関係なのだ。独自の調査で「アフガン戦争日記は本物でニュース性がある」と結論できたからこそ、大きな扱いにしたのだ。
ウィキリークスは報道機関ではなく内部告発サイトだ。匿名性を維持したまま内部告発を受け入れ、公開するのを使命としている。
内部告発情報を読みやすく編集したり、第三者に取材してコメントさせたりすることはない。人命を危険にさらす有害情報を削除することなどはあるにしても、修正は最小限にしている。
そのためNYTなど3メディアは、実際に記事掲載に踏み切るまでに数週間にわたってアフガン戦争日記を分析している。事実関係についてのウラ取り取材も実施。逆に言えば、ウィキリークスはジャーナリズムのプロ集団であるNYTなど3メディアに対し、分析や事実確認の作業を「アウトソース(業務委託)」したといえる。
ウィキリークスは報道機関とは違うとはいえ、「権力のチェック役」という点で同じ理念を掲げている。自らのウェブサイト上では次のように宣言している。
「各国政府は自らの行動についてはできるだけ透明性を高めるべきだ。そうすることによって腐敗を減らし、行政を良くし、民主主義を強くできる。また、自国民に加えて、草の根レベルで世界中から今以上に監視されるべきだ。結果的に政府自身も利益を得られる。監視のために必要なのが情報である」
■ホワイトハウスが書いて欲しくないことを書く
かつてペンタゴンペーパーをすっぱ抜いたことでも知られるNYTは、破格の扱いでアフガン戦争日記を特集した。1面のざっと半分を関連記事と写真で埋めたうえ、中面では5ページぶち抜きで年表なども入れながら広範な分析を加えている。
1面トップ記事は2本で構成され、共通見出しで「問題だらけのアフガン戦争、秘密文書が明らかに」と伝えている。1つの記事には「困難極める戦争をありのままに記す文書」、もう1つの記事には「パキスタン、軍事スパイ活動を通じてアフガンの反乱分子を支援」という見出しが付いた。
NYTは1面で「内部告発者の犯罪」にはまったく触れなかった。中面の関連記事で、陸軍諜報アナリストのブラッドレー・マニング一等兵が軍の秘密情報を盗んだとして、逮捕された事実などに言及している程度だ。マニングが盗んだ情報にアフガン戦争日記が含まれるのかどうか、今のところ不明だ。
すなわち、NYTはアフガン戦争日記報道で「ホワイトハウスがメディアに書いてほしくない事」を中心に書き、「ホワイトハウスがメディアに書いてほしい事」は最小限にとどめたわけだ。ペンタゴンペーパー事件の際も似た構図があった。
1971年、「空軍のシンクタンク」と言われたランド研究所のアナリスト、ダニエル・エルスバーグが刑務所送りを覚悟してペンタゴンペーパーを盗み出し、暴露した。アフガン戦争日記以上の激震がワシントンに走った。ペンタゴンペーパーは最高の秘密文書だったからだ。
軍事情報の機密度は厳格に区分けされている。『アメリカ国防総省軍事関連用語辞典』によれば、機密度の高い順に「トップシークレット」「シークレット」「コンフィデンシャル」になる。日本語訳はそれぞれ「国家機密」「極秘」「マル秘」だ。
戦争現場の兵士からの報告などで構成されるアフガン戦争日記は「シークレット」とされる一方、専門家による高度な分析を中心にしたペンタゴンペーパーは「トップシークレット」扱いだった。
国家最高機密を盗み出したエルスバーグは、重大犯罪に手を染めたわけだ。当時のリチャード・ニクソン大統領は司法省に対し、エルスバーグを国家反逆罪で起訴するよう命じた。有罪となれば、終身刑に処せられるほどの重罪だ。
にもかかわらず、当時のメディアはエルスバーグの行為を糾弾することはなかった。「内部告発者の犯罪」には目をつぶったのだ。むしろエルスバーグを支援し、ベトナム戦争について真実を語っていなかった政府を糾弾するキャンペーンを開始した。
■「政府を信用するな」という教訓
エルスバーグが最初にペンタゴンペーパーを持ち込んだメディアはNYTだ。当時のNYTワシントン支局のニュースエディター、ロバート・フェルプスの回顧録『ニューヨーク・タイムズ、神、編集者』によると、NYTはニューヨーク市内のホテルの一室を借り、ペンタゴンペーパー取材班を数ヵ月にわたって缶詰め状態にした。
なぜか。ペンタゴンペーパーは、ベトナム戦争に関する3000ページの歴史的記録と4000ページの補足書類で構成されている。文字数にすると450万語という膨大な文書だ。情報が外部に漏れないようにしながら、これを徹底的に分析・検証するにはホテルに臨時の"編集室"が必要とNYTは判断したのだ。
言い換えると、NYTはこれだけの人的資源を惜しみなく投じることで、巨大権力からにらまれて、弱い立場に置かれているエルスバーグを側面支援したといえる。「要点をまとめてくれなければ記事にはできない」などと内部告発者を突き放すことはない。情報を整理したり証拠を集めたりする作業は本来、内部告発者ではなく報道機関の仕事である。
NYTは1971年6月13日の日曜日、1面トップ記事でペンタゴンペーパーを特報した。見出しは「ベトナム戦争機密文書、30年に及ぶアメリカの関与をペンタゴンが分析」。月曜日と火曜日にも続報を打ち、「政府が国民にうそをついている」ことを浮き彫りにした。
フェルプスによると、初報の編集作業が終わった土曜日の夜、ペンタゴンペーパー取材班はニューヨークのイタリア料理店でワイングラスを傾けながら祝杯を上げた。その席で、フェルプスはみんなに聞いた。「過去数ヵ月、われわれはペンタゴンペーパーの分析に没頭してきた。ここから何を学べただろうか?」
だれかが「政府を信用するなということ」と言うと、全員が同意した。フェルプスの言葉を借りれば、「十分にウラを取らない限り、政府筋から聞いた話は決してそのまま信じてはいけない」で一致した。「法を無視する内部告発者は信頼できない」といった声は出なかった。
NYTなどの有力メディアは、数十年前にエルスバーグの内部告発情報を1面で報じたように、ウィキリークスの内部告発情報も1面で報じた。政府と二人三脚で「ウィキリークスたたき」に走ることはなかった。結果的に、2006年にウェブサイトを立ち上げたばかりのウィキリークスは大躍進することになった。
日本でもウィキリークスは通用するだろうか。
カギを握るのは、大新聞など有力メディアが匿名の内部告発を「うさんくさい」として自動的に排除することなく、独自に分析・検証したうえで1面記事として報じるかどうか、である。この視点に立つと、ウィキリークスは日本では苦戦しそうだ。
ペンタゴンペーパーやアフガン戦争日記に匹敵するほどの内部告発は、大規模な対外戦争とは無縁の日本では起きにくい。だが、分野や影響度の違いを無視すれば、「政府の悪事」を暴く内部告発はある。
例えば、2002年に表面化した検察庁の裏金疑惑をめぐる内部告発だ。紙面上では「内部告発者の犯罪」が「政府の悪事」を圧倒していた。これについては次回で触れる。
(敬称略)
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