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櫻田淳って誰よ?【正論】東洋学園大学准教授・櫻田淳 国民の士気鼓舞しない鳩山政権(産経) http://www.asyura2.com/09/hihyo10/msg/528.html
産経のカラー写真はもの凄いインパクト。 ところで櫻田淳氏って誰ですか? 北海道大学⇒東大院⇒議員政策秘書⇒大学講師⇒読売論壇新人賞・最優秀賞受賞・正論新風賞・・・ 何?世界日報にも寄稿。なるほど、なるほど。人物背景が分かったような気がします。 結局、意味不明の論文ですが、民主批判がしたいようです。でも、鳩山政権は、産経新聞や世界日報より「信」があると思います。 (略歴) 愛知和男衆議院議員の政策担当秘書、慶應義塾大学大学院法学研究科非常勤講師、東洋学園大学現代経営学部専任講師を経て、2005年第44回衆議院議員総選挙において愛知和男が政界に復帰したため政策担当秘書に復帰し、東洋学園大学兼任講師となった。 2007年4月、政策担当秘書を辞し、東洋学園大学准教授に就任した。 研究者としての専門分野は国際政治学、安全保障。
【正論】東洋学園大学准教授・櫻田淳 国民の士気鼓舞しない鳩山政権 2010.4.6 03:31 現下(げんか)、鳩山由紀夫民主党の主導する内閣の失速傾向は、既に明らかであるけれども、鳩山内閣は、その趨勢(すうせい)の反転を期して、枝野幸男行政刷新担当大臣を旗頭とする「事業仕分け」第2弾を始動させる模様(もよう)である。確かに、予算編成過程を「ガラス張り」にするスタイルを示した「事業仕分け」第1弾の様子は、多くの国民には従来の自民党主導内閣とは異なる新鮮さを感じさせ、そのことは、鳩山内閣発足当初の「勢い」を保つのには与(あずか)ったであろう。 ≪「事業仕分け」波紋の広がり≫ ところで、昨年の「事業仕分け」第1弾の結果には、学術、芸術、スポーツといった各界から反発や当惑の声が上がった。特にスーパー・コンピューター開発に代表される科学技術予算の縮減に際しては、野依良治博士(理化学研究所理事長)をはじめとする「日本の偉才」が一斉に反発の声を上げた。野依博士は、予算縮減の動きを前に、「歴史の法廷に立つ覚悟ができているのか問いたい」と批判した。 筆者のように「政治」を研究対象に選んだ学徒はともかくとして、こうした「政治」とは最も遠い位置にある自然科学系研究者が、予算配分の有り様を問い質(ただ)す「政治」の前面に姿を現さざるを得なかった事態は、過般の「事業仕分け」作業が及ぼした波紋の大きさを物語っていよう。 ≪多様な文化活動が停滞回避≫ そもそも、「事業仕分け」の論理は、「無駄の排除」にあると説明されている。しかし、鳩山総理や枝野大臣をはじめとして、「事業仕分け」の過程に関与する民主党議員には、自ら手掛ける「事業仕分け」、さらにいえば政治という営みそれ自体が「壮大なる無駄」であることに、どこまで認識が及んでいるであろうか。 政治とは、後世には何も残すことができない。政治上の業績は、決して、「永遠の生命」を持たないのである。第二次世界大戦中、ウィンストン・チャーチルは、英国国民に対して次のような有名な檄を飛ばした。「大英帝国とその連邦が千年続いたならば、人々がこう言うように振る舞おう。『これこそが彼らの最も輝かしい一時であった』と」 しかし、彼が護持(ごじ)しようとした「帝国」の枠組みは、千年どころか戦後に退場した。故に、彼は、最晩年には、「結局、自分には何も成し遂げられなかった…」と嘆いたと伝えられている。政治が「壮大な無駄」であるというのは、そうした趣旨においてである。 「壮大な無駄」としての政治が意味を持つ所以(ゆえん)は、それが実現する社会の安定や繁栄の下で、多くの人々が多様な活動を繰り広げ、その活動の中から「永遠の生命」を持つ学術、芸術上の業績が残されるであろうという展望にある。 たとえば、14世紀、イタリア・フィレンツェにおけるメディチ家の「権勢」や「富」は、レオナルド・ダビンチのような芸術家やニコロ・マキアヴェッリのような政治思想家が活躍したルネサンスの揺籃(ようらん)となった。 日本においても江戸期、徳川家260年の「権勢」の意義は、現在では古典として扱われる歌舞伎、箏曲、俳句、あるいは加賀藩の加賀蒔絵(まきえ)、加賀友禅、九谷焼といった伝統工芸に代表される多様な文化を育(はぐく)んだことにある。 そして、振り返れば、日本の戦後復興は、「湯川秀樹」と「古橋廣之進」から始まった。社会全体に苦境や沈滞の空気が漂っていても、学術、芸術、スポーツといった分野の多様な文化活動が展開されていれば、多くの国民は士気を落とさずに済む。昨年の「事業仕分け」の過程では、そうしたことは、どこまで考慮されていたのであろうか。 ≪「信」失わせる発言ばかり≫ 然るに、鳩山民主党内閣の執政の最たる難点は、その文脈から国民各層の士気を鼓舞しようという意向が全然、伝わってこないことであろう。たとえば、鳩山総理は、昨年11月のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会合直前、シンガポールのメディア取材に応じ、「日本が中国に経済力で抜かれることは当然である」という趣旨の発言をしている。 小沢一郎民主党幹事長も、韓国訪問時に「最近の日本の男は駄目だ」という趣旨の発言をしたと伝えられる。こうした発言は、他国の人々の歓心を買おうという意図は垣間見られるにせよ、日本国民の負託を受けた政治家のものとしては、不適切と評する他はない。 そもそも、こうした発言からは、国民に対する「信頼」を感じ取ることは難しいであろう。鳩山内閣の失速を招いているのは、「政治とカネ」に絡む姿勢だけではないのである。 政治家は、自ら手掛ける政治の営みが「永遠の生命」に結び付かない現実を凝視し、その故にこそ、偶々(たまたま)、手にしている当座の「権勢」を用いることには謙虚でなければなるまい。「永遠の生命」を持つ業績を残す学術、芸術の活動に比べれば、政治は所詮、「二流の仕事」でしかない。(さくらだ じゅん)
◆世界日報 「ご愛読者通信」 〜blog版 2009/9/16 12面 「Viewpoint」 自民党再生への三つの視点 生活・世襲・総裁任期 敗北教訓に政権奪還を準備 ◆【正論】小沢氏依存はドーピングと同じ
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